74部
『Q.あなたの職業は何ですか?』
次のVTRに変わり、決まりきった質問が繰り返されている。
「俺は・・・・、依頼主に頼まれた内容を調べて記事を書く、いたって普通のジャーナリストだった。政治・芸能・軍事、様々な分野を取材して記事を書いていた。テレビにも呼ばれてコメンテーターをしていた時期もあった。
でも、とある政治家一家についての記事を書いて欲しいという依頼を受けてから、俺は世間的にブラックジャーナリストって呼ばれるようになった。
書いた記事に関して、金銭の要求をして取材対象を脅すのが世間一般のイメージだ。
俺はそんなこと一回もしたことないのに・・・・その依頼を受けてからそういう風に呼ばれるようになってた。まともに依頼されたことを記事にしてきたし、ブラックって呼ばれるような記事を書いたこともない。それでも、誰かがそう呼びだしたことで、俺はブラックジャーナリストになってしまったんだ。」
『Q.取材した政治家一家はどんな家だったんですか?』
「江戸時代の大政奉還から明治政府ができた時、その政府の中心は薩摩・長州・土佐等の討幕派の藩出身者で政治を行う藩閥政治と呼ばれる政府だった。板垣退助が国会設立を訴えたのも、この藩閥政治を非難するためだったともいわれている。
じゃあ、明治政府にはそういう一部の藩の出身者が権力を持っていたという経緯があるが、今の政府はどうだろうかと考えると、明治政府の権力を持っていた一族の子孫が名を変えて、未だにはびこっている現実がある。
第二次世界大戦をはさんで、政治家の中にはA級戦犯になって刑務所に入った者もいたから、そこでイメージを変えるために名字を変えている奴らがいるんだろうな。
そういう一族は、政界にずっと太いパイプを持っていて、重要閣僚や総理大臣などを歴任して来てる。北条総理の一族もそうだし、前島財務大臣の家もそうだ。
特に俺の調べた前島一族なんてのはその典型だよ。前島財務大臣の親父の恒和という男は一族の名前だけで重要閣僚につき、一族の名前をかさに着てやりたい放題やってきた典型的なパターンだ。長州藩出身の政治家の子孫で、代々国会議員になり、政界でずっと力を行使して来てる。
俺の書いた記事が気に入らなかった前島恒和は俺を悪者にすることによって、記事の事実を隠蔽しようとしやがったんだ・・・・・・」
男の声に悔しさがにじむ。
『Q.二世・三世議員という言葉がありますが、それに関してはいかがでしょうか?』
「くだらない。その一言ですよ。
親が優秀なら子も優秀かと言われたら必ずしもそうではない。名家だからと言って優秀な人物を輩出できるとは限らない。祖父や親の名前を使って政治家になる者が政治家に向いているのかは全く別の問題だ。
じゃあ、何でそんなやつらが政治家になれるのか、それは英才教育もあるだろう。
政治家一家に生まれたから政治家になれと言われて育ってきたなら、そうなるのも自然なのかもしれないが、どこかで誰かがそうなるように仕組んでいるのかもしれない。
例えば、支援してきた政治家が引退した後援者は、その子に地盤を引き継がせることによって自分達の利益を守ろうとするだろうし、政治家としても自分の得ていた利益を自分が引退したことによって失いたくはないだろう。そういう思惑が重なって、クズみたいな国会議員が増えていくのかもしれない。二世だとか三世って呼ばれる政治家が自分の力だけで政治を行えるのかどうかは有権者には選挙の時に判別できない。だからこそ、候補者選びの段階で明確に政治家になるべき人物とそうでない人物を分ける必要があるんだ。」
前島財務大臣の会見の様子や北条総理が表明した政治家の資格任用制の会見映像と、資格任用制の流れを開設したVTRが流れる。そして、
『政治家の資質とはいったい?政治家とは何だとあなたは思いますか?』
の文字が大きく映し出される。VTRが移り変わり、足元を映し出した映像に
『Q.あなたの職業は何ですか?』
「今は自営業です。
元々はN局でディレクターをしていました。バラエティー番組からまじめな報道番組なども担当していました。でも、ある報道番組で扱う情報について上司と口論になり退社しました。」
『Q.それはどんな内容ですか?』
「元上司が今のN局社長の鈴木氏なんですけど、彼は視聴率を得るために芸能人のプライバシーに関する情報や真実とは思えないようデマ情報までも本当のことのように報道させていました。
それなのに、少しでも権力を持っている人の不都合な情報が出ると、事実と歪曲した情報をあえて報道させていました。
いとも簡単に他者の個人的な情報を垂れ流すのに、権力者は必死に守って、本来平等であるべき報道が弱者を攻撃し、権力者を守る、そんな状態になっていたんです。
会社もそれを容認していましたし、私はそんな状態に我慢ができなくなり、報道番組で扱う情報を私が個人的に精査するようになり、情報の平等性を追求していきました。
でも、鈴木氏をはじめとしたN局の上層部は私を閑職に追いやって番組から外しました。
絶望しました。私が少しでも抵抗していれば心変わりしてくれるのではないか、そう思っていましたが、会社の方針はあくまで『視聴率をとる』ことしか頭になかったのです。
番組を作る側の社員にもその意識が伝わって、次第に情報の正確さや倫理性などの一番重視されなければいけないことではなく、まず第一に話題性、次に違法性を考えるくらいでした。
訴えられるようなことを報道しなければいい、話題を呼んで視聴率が上がればいい、そんな考えは様々な番組に広がり、芸能人に無理をさせるような企画が増えたり、インターネットの信用性の薄い情報を番組の最初に流したりと、私が入社した時に思い描いていた『報道』とは大きく異なっていきました。
他者を傷つけてまで金が欲しいのか、出演者や視聴者に辛い思いをさせてまで視聴率が欲しいのか、報道とは何だ、情報とは何だ、私は何がしたかったのだ?
そんな疑問が回り続けて、何一つ答えを得ることもできずに私は会社を辞めました。
私が逃げたことで救えなかった人がいたことは理解しています。N局の報道によって傷つかれたすべての方に謝罪させて頂きます。申し訳ありませんでした。」
男の日焼けで浅黒くなった腕と頭が画面に移り座席部分にまで届いているのではないかと思うぐらいに頭を下げている。そこで映像が変わり、過激化した週刊誌報道、週刊晩夏編集長・井上氏の暴言、最近の各テレビ局の報道についての情報が流れて、
『報道とは何か、正しい情報とは何か、あなたは何を信じますか?』
大きな文字を見つめて、伊達は人の集まっている部分の一番後ろで腕組みをして壁にもたれ、
「『信じるもの』くらい自分で決めればいいんだよ。
誰かに頼るから騙されるし利用されるんだよ。」
そうつぶやいた伊達はN局のスタッフジャンパーと帽子を目深にかぶり、西川と藤江が占拠している編集室にいた。




