Ⅳ【女が四人集まれば何とやらで】
会話が直接表現ありです。
するっと読み進めちゃえば良いです。
Ⅳ【女が四人集まれば何とやらで】
「お、女前と噂になった男前の彼女~。お話しない?」
「……その噂の出所詳しく」
「出所を絞めたところでもう遅いからおいでなさいな」
本日の講義を終えての帰り際、三階のカフェ前を通れば同ゼミで比較的親しい南吹耀子に呼び止められ。
腕を引かれるまま半屋上に面した店内へ入った。
すいすいと席を分けて進む彼女の後ろを歩きつつ、ありさの提示した金曜日を控えた思わずため息を吐く。
ここ最近ため息ばかりで、華の女子大生が笑える…と卑屈に思うアキだった。
昼時の食堂での一幕を終え。
翌日にゼミがあったため噂の真偽を女友達から聞かれた。
何やら学内ではある種有名な上に、お姉さま系の先輩方からお誘いの舞い込むイケメン具合で先輩後輩ならば誰しも知る人物が。
黎大のモーゼこと鉄板男嫌いのアキに誘いをかけた所ぶった切られた、云々。
モーションを掛けたのが金曜だったことから土日を挟み月曜はその真偽が問われながら流れたらしいが、その月曜に新たな噂が立ちあがった。
何と素モデルと謳われる美大の女子大生:柏谷ありさも微笑みかける進展具合で、実は良好?!さしては鉄壁は陥落か?!というお話。
耳疎くなるように噂話を釣ることもなく過ごしていたアキだが、何とも不十分な真実を帯びた話題に重いため息とやってらんないと一言呟き。
女友達はやっぱり杞憂だったわね~と、教授の入室とともにあっさり散開したのだった。
毎度毎度学校に出る度に気が重くて、ゼミが終わってとっとと下宿先に帰ってストレス発散として菓子を増産した。
しばらくの甘味の山に満足し、疲労感とともにぐっすり寝たけれど。
やはり一度飛び交った噂からはしばらく逃げられないらしい。
セルフの売店でカフェオレを買い上げ、待っていてくれた耀子とともにテラス席へ向かう。
所々にいる女子生徒たちの話し声が、どうにも示唆されているようで変に勘ぐる自意識過剰な部分が居心地悪くさせる。
隅の席を摂っていた、かしまし娘と称される面子の残り2人を(もう一人は勿論耀子である)目にし。
どうせだからお菓子持ってくれば良かった、と頭の端で考えた。
「あれ?アキちゃんじゃん。よく会えたねぇ」
「トイレの帰りに丁度前通りかかったの捕獲したの。褒めてつ・か・わ・せ」
「私は天然記念物か」
「何様なのよあんた」
一人はのほほんとしたタイプの小林紗智、もう一人は少しきつい言い方もあるが美人で通る中島彩夏。
アキを含めて4人とも、何の縁か1年度から同じゼミに配属されそのまま転属することもない持ちあがりの女友達である。
彩夏と耀子は面倒だからという理由だったけれど、交友関係は良好な間柄である。
席に付いて一息入れ、紗智が勧めてくれた某スティック型のチョコ菓子をぽりぽり拝借した。
「で?新たな噂の真偽はどうなのよアキ」
「半分以上はデマよ」
「その半分以下が気になるところよねぇー」
「まさか久尾坂くんがね…」
物憂げに彩夏が遠くを眺めるため、ひょっとして少なからず好意を抱いていたのかと思わずアキはハッとした。
「彩夏?告白が嘘だからね?ぶった切った…ことには切ったけど、恋愛感情どうのこうのはあたし何ら関係ないから」
「そんなの彩ちゃんもわかってるわよねぇ」
「え?」
「そうそ。どうせ前に言ってたルームシェアだかが関わってんでしょ?」
「さすが耀子ちゃん」
「じゃあ、彩夏何で?」
「…久尾坂くんは行動が読めなくてにこにこ笑ってるだけで煙に巻いてるっていう同年を排他した所が良いのよ。身近な所になったら妄想出来ないじゃない」
「……」
「相変わらずよくわからんわ、彩は」
「これが彩ちゃんだもん」
三者三様の反応を返したところ、彩夏も踏ん切りがついたのか丸テーブルに向き合って話に腰を入れた。
「まぁ、ちょっと前から掲示板見てた奴ならアキが張ってた物件紹介状知ってるからさ。噂も判別出来るでしょうけど」
「この半端な時期に大変だねぇ、アキちゃん」
「耀子が飛び入りで入っちゃえば?ご令嬢」
「私令嬢のポーズとってるだけでただの小企業の次女ですから。アキが期待させるようなこと言うない」
「私も実家通いだからなぁ…ごめんねアキちゃん」
「ウチは一年契約毎だけどもう結んじゃったしなぁ、悪いねアキ」
「謝ってもらうことないよ。悪い…ていうか、ちょっとした相違なんだし」
気安い友人たちの言葉に気にしないで、と微笑んで見せれば笑いかけられた。
「うーん…何とかしたげたいけど、こればっかりはねぇ」
「アキちゃん私たち以外ゼミの女子でもあんまり話せてないもんねぇー」
「…ちょっと、あの辺のタイプは、時間がかかる…」
「分からんでもないわ。ごりっごりの押せ押せお嬢さんたちだもんねぇ」
「寄れば男のネタ話ばっかだもんね。何のために四大入ったんだか」
「それは言わないお約束ぅー」
新生:風見ゼミは経済学部の中でもわりかし社会現象や文化背景を題材に経済を研究することを主体にしており。
50に差しかかった温和な雰囲気の風見教授は、2人の子持ちで家族の写真をこっそり携帯に保存している愛妻家だ。
若者文化に疎いとは言え、人気Jポップ歌手の振り付けで熱唱できるほどには部分的に固執している(奥さんがファンゆえ覚えたそうだ)。
雰囲気は柔らかくも、一度授業では妥協を許さない真摯さで中途半端な課題は即返却。再び違う課題を提出させてのける程には真面目に取り組んでいる教師である。
一回生の頃からその手腕に揉まれた4人はともかく、新たに入った残りの女生徒たちはてんやわんやなようで。
毎回化粧室で陰口を叩いているのを知っている。
叩くくらいならもっと楽なゼミへ行けば良かったのだと思うが、思うだけでアドバイスしようとは思わない。火に油である。
「それにさぁ、梶原くん?一回の頃はそれほどでもなかったくせに、最近垢ぬけたからかあの辺にちやほやされる的になっててちょっと面白いわ」
「ちょっとぉ、耀子ちゃん?」
「それを言うなら佐々木こそ、特にずば抜けて良い訳じゃないのに西に対抗心燃やしててウケるわ」
「~~~彩ちゃんまで!」
三人寄れば何とやらで、慌てる紗智を手懐けながらも止まらない耀子と彩夏というと…とても生き生きしている。
陰口の種類的にどうなんだろうと思いつつ、ありさが言っていた言葉にその通りだわ…と改めて同感した。
女性という生き物はいつまでたっても共通の話題の穴掘りに余念がないものだ。
コミュニティを設営するためとか仲間意識の表現方法だとか、難しい所に気を遣ったところでそろそろ止めに入る。
「そういえば耀子さ、女前ってどういう意味?」
「―――お?あぁ、そうだったわね」
「なぁに?それ」
「久尾坂くん?」
「そうそ、アキ…はそんなに知らないか。あんまり同じ講義とってないみたいだし知らないのも無理ないけど。久尾坂くんの板に付いたレディ・ファースト精神は正しく女の身に立たなきゃ出来ないって話で、女前って新語が出来たらしいわよ」
「そこまで女性崇拝してる?」
「分け隔てなく優しいことは優しいよねぇ。私、前に遠坂先生の講義でレポート運ぶの手伝った時、久尾坂くん頼んでないのに一緒にしてくれたもん」
「あら、やるわね紗智」
「うふふ。実は大事な用語が抜けてて、教授の部屋で書かせてもらうの頼みたかったんだって」
「あっさり言っちゃうのも流石久尾坂くんね」
「遅れて持ってけばいいのに。正直ねぇ」
「まぁ遠坂先生の講義、出席点ないわりかし楽な方だから採ってる人多いしね。去年見たけどあの量は運べる気になれんわ」
アッと言う間に流れる話題に思わず戸惑う。
レディ・ファースト?正直者?
(……女の子が性的に見れないだけで、私にも話しかけてきたんだから特に苦手ではないのか。でもそれって余計な誤解生む要因じゃないのかしら。それに正直者…?確かに聞けば内情教えてくれたけど、あれは切羽詰まってたからってだけじゃないんだ。ということはやっぱ自分についてあんまり懐に抱え込まないタイプってことなのか?)
人好きしそうな笑みを浮かべて、老若男女と関係なく優しく接する姿。
アキにとってほわほわと女性的なものより男性的な父親のような落ち着きの方が目立って見えたけれど。
よくよく審美眼は疑惑尽きないものだと、温いカフェオレを煽った。
絶え間なくおしゃべりは続いていて、ふと耀子が零した発言が耳に届いた。
「―――そう言えばさ、久尾坂くんが女性に配慮出来るの。女役やってるからって専ら噂なってたわね」
「…女役、って言うと?」
「セックスでの女役ってこと?」
「彩ちゃん赤裸々っ」
「恥ずかしがるこたないでしょーよ。まだ明るいけど単なる言葉。論議と変わらないわ」
「彩夏こそ男前でしょ…」
「あらやだアキ、根に持ってたの?あんたは十分男前よ」
「フォローしてないじゃん」
「まぁまぁ。…でも、久尾坂くん、入学してからあのカッコ良さですぐ噂になったけど。もう一つ流れたよねぇ」
「あれでしょ~?ホモだかバイだかって話」
「え?そんなの流れてたの?」
「あの頃アキ、ほんと付き合い悪かったもんねー」
「ごめんって」
「アキちゃん奨学生ってだけで、毎回大変な講義採ってたもんねぇ。ぎりぎりまでPC室いたし」
「後期になってようやく食事会顔出したわよね」
「いや、ほんと要領悪くて手の抜き方が分からなかったっていうか…」
「そうそう。無理矢理一コマ手抜きの出来そうな課題の講義一緒にねじ込んだっていうのに、親友が風邪引いた時しか代返頼まなかったもんねぇ」
手前勝手なお願いをして、休んだのはその授業のみだったのを思い起こす。
毎回出るものだと思っていたためどうにも心苦しく必死に頼めば、レジュメ見るだけでわかるもんを病気の親友置いて来るんじゃないと返されたのだ。
今考えると、己から踏み込もうと思ったのはそれからだった気がする。半年も同じゼミにいたくせに、少し酷い気もするが自己内で謝るに終わる。
「アキ弄りはこの辺にしといて。やっぱ苦手なあんたでも気になるもん?久尾坂くん」
「そりゃ…突拍子もなく性癖ひけらかされて安全牌だからシェア頼むって言われれば、多少気にするよ」
「おぉ?じゃあやっぱりその手の話題は真実な訳か」
「頻繁に女の子告白されてるのにねぇ…何かやなことでもあったのかなぁ?」
「彼氏でもない男が男が好きって言っても、へぇってしか返せないけど。あの顔で相手は男と想像すると、いけない気分になっちゃうわね」
「あら耀子、妄想癖うつった?」
「別に穴があるんだから突っ込むだけの事実に妄想癖だとか言うない」
「……耀子ちゃん?」
「ウフフ。嫌ですわ耀子ったら、いけないっ」
「仮面被るの止めなさい。わりと似合ってるからキャラ付くわよ」
「お褒め預かり誉れですわ。―――まぁ、十分社会適合できてイケメンで友達多いんだから。魅力的なのは確かよねぇ」
「…あのさ、3人ともよく顔見るんなら、知り合いじゃないの?」
「んー?確かに講義はたまに一緒になるけど、大講義が多いから話しかけるってもねぇ」
「福岡先生のゼミ、典型的理系だから話題に出来ないもんねぇ」
「あー…確か、西がたまに久尾坂くんの仲間内の唐沢くんと話してるの見るわ」
「唐沢くん…」
「あぁ!そういや見たわ。男子高育ちの典型デビュー系!人が良いけどよくフラれちゃうの」
「…細身で、黒髪アシメの、猫系?」
「―――皆の衆、アキが男の顔を覚えている…っ!」
「ちょっと」
「お赤飯日和だね、アキちゃん」
「鉄壁も崩れ落ちたか、モーゼの男前」
「~~~ワタルくんが一緒に帰ってったから、見ただけ!!!」
思いのほか大きな声で、思わず姿勢を低くする。
何やらがやがやと背後が騒がしいけれど、見ない見ないあたしは何も見ない。
ぽふん、と頭に柔らかい掌が当てられて身体をビクつかせる。
「…まさか名前呼びとは。進んでるわねアキ」
「―――耀子?」
「ごめんなさいな、悪ふざけが過ぎました」
よしよしとばかりに撫でられて、温かい体温が離れて行った。
自制出来ずに身体を揺らしてしまったが、気にしないことにしてくれたようだった。
「だって、久尾坂ってコウサカみたいで言いにくいし分かりにくい、って…」
「直々に言われたんならそうしなさいな、顔だけ知ってるのと比べれば会話したことあるってのは一歩前進よ」
「そうそ。今までゼミ以外で男の名前なんて教授と事務室系統のオッサンたちの名前しか覚えてなかったんだから。格段の進歩よ」
「アキちゃん、ちょっとでも男の子に慣れると良いねぇ。―――頑張ろうねっ」
「…うん。ありがとう」
思いもよらぬ言葉をかけられて、気が抜けた。
優しい子たちだと、素直に思う。
有名な男子生徒と知り合いだといっても、鼻にも欠けず。ちょっとばかし、肩を押し上げてくれる。
女の子に対してでも、少しビクつくのだ。前進といっても遠いものだと、上体をあげた。
「でもさ、唐沢くんはともかく久尾坂くんがあの斎条くんと仲良いって意外な話じゃない?」
ネタが降ってきたのか、楽しげに彩夏が話す件の人物。
アキが浮かびもしなかったのは言うまでもない。
「あぁ、そうねぇ~。あの男らしい男性的な魅力のある堅気の斎条くんと、柔和な物腰だけどわりとやんちゃな久尾坂くんは確かに異質だわ」
「?…よく一緒にいるの?」
「斎条くんわねぇ、建築学科なんだよ。学科違うけど、女の子と話すの全然見たことないなぁ。無愛想っぽいけど、普通に中庭で久尾坂くんと笑って話してるし」
「あの面子は良くも悪くも目を引くからねぇ。えーっと、確か斎条くんと久尾坂くんと唐沢くんに?大槻くんと、葛くん、立花くん?」
「多い…」
「6人くらい覚えときなさい。2回じゃ一番のイケメン変わり者軍団だから。上級生はそこまでフリーいないし」
「そういう話かい。…でもなんだっけか、斎条くんは久尾坂くんと地元一緒?で建築と経済の橋渡しになってて。唐沢くんが久尾坂くんとゼミ一緒で?葛くんと立花くんが同じサッカーサークルだかなんだかで、そこに唐沢くんが引っ張り込まれた形で?なし崩し的に大槻くんと知り合ってってだっけ」
「…とりあえず、仲良しグループなんだねぇ」
「西談義か。さすが耀子ね、玉の輿狙い?」
「西は年下のロリコンよ」
「マジでっ?!」
「あいつテレビ見ながら女子高生上がり立てって良いよなーって私の目の前で言ったのよ?」
「何て返したの」
「『じゃああんたが捕まらないように法整備して隠れ蓑になるからお小遣い頂戴!おにいちゃん』」
「~~~~ないわ…っ!耀子もないわ…ッ!!!」
「彩ちゃん笑いすぎ。でも、西くん満更でもなさそう」
「―――そう!もう一回言ってみて、とか言われて流石に私も引いたわ。病院の地図プリントアウトしたら妙な顔してたし」
「……あ、っはっはっはっは!西っ!西っ!!!」
「彩ちゃん落ち着いて…何があるかと思っちゃうよみんな、」
級友の新たな性癖が発覚したところで、彩夏が笑い発作のためにお茶会は解散となった。
何とも言えない気分で西くんをこれから見るだろうなぁと零すと、また彩夏は腹を抱えて笑って。
そんな彩夏を紗智は支えながら、それでもピクッと口元を動かして。
耀子と言えば、西にアキがJK萌えとかキモいって言ってたって話すわーとけらけら笑いながら階下へ降りていく。
明るいかしまし娘と教授に称された彼女たちのあだ名に虚偽はなく。
アキも明るい気分で、入ってきた情報をあれこれ整理しながら彼女たちとともに帰路につくのだった。
おまけ【後日余談】
「……西っ、西っ…!」
「~~~おい耀子!この笑い茸患者どうにかしろよっ!!!」
「え~、やぁですわ~JK萌えとかキモーい」
「ッ!!!―――秋本さん、違うからね。女子高生良いなって言ったのは若い肌が綺麗だなーって意味で」
「貴様ッ!西ィ!!!」
「~~~あっはっはっは!!!」
「…語るに堕ちたね、西くん」
「耀子ちゃんと西くん、すごい走るのはやーい!」
一陣の風が研究室棟を吹き抜けたのは、言わずもがなである。






