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ダイバージェンス・フィーネ  作者: 黒陽 光
Chapter-03『DANCE WITH CRISIS』
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第四章:この大空に、翼をひろげて/02

 そうして午前中いっぱいあちこち連れ回されて、昼食も終えた後。フィーネに連れられていったのは、ある河川敷だった。

 市街エリアの外れの方、閑静な住宅街にほど近い場所にある大きな河川敷だ。

 なんでこんな場所に、と訊いてみると、どうやら風牙にここが落ち着くには丁度いいスポットだとフィーネは聞いていたらしく、今日はここにウェインを連れてきたかったそうだ。

 そんな河川敷の緩やかな坂に、とりあえず二人並んで座ってみる。

 ……確かに、なんだか落ち着く場所だ。

 住宅街にほど近いだけあって、なんだかここは静かだった。聞こえてくるのは、遠くから微かに響いてくる自動車のロードノイズと、後は目の前を流れる川のせせらぎぐらい。

 吹いてくる風は、川の水面が近いからかひんやりとしていて、肌を撫でる風の冷たさがどこか心地いい。

 ゆっくり過ごすには、本当に丁度いい場所だった。

「……今日、少しはリラックスできたか?」

 そんな河川敷の坂、隣にちょこんと座ったフィーネが話しかけてくる。

 ウェインは「まあな」と頷き返して、

「大分、肩の力は抜けてきた気はする」

 と、隣の彼女にそっと呟く。

「冷静に考えてみりゃ、あんなことで悩んでたのがアホらしいぜ」

「だから言っているだろう、変に考えすぎること、肩肘を張りすぎることは明確にお前の悪い癖だと」

「……分かっちゃ、いるんだけどな」

「自覚があるんだったら、少しは直すように心がけろ」

 と言ってから、フィーネは一呼吸置いて。

「……それでも駄目なら、私が受け皿になってやるから」

 細やかな声で、続けてそっと呟いていた。

「お前がどうしても思いつめるようなら、何度だって私が連れ出してやる。だから……心配するな」

「フィーネ……」

 本当に、彼女には随分と気を遣わせてしまった。

「……ありがとな、色々と」

 だからウェインはそっと呟いて、また彼女に礼を言う。

「お前の気が晴れたのなら、それでいい」

 今度は聞こえていたようで、フィーネもふふっと笑って返してくれた。

 それからは、もう交わす言葉もなく。

 二人は何も話さないまま、河川敷にゆったりと腰を落ち着かせたまま、ただぼうっと風に吹かれていた。

 でも、決して嫌な沈黙じゃない。

 むしろ、こうしているのがどこか心地いい。何も話さなくても、互いの存在を感じているだけで……なんとなく、心が落ち着くような気がする。

「……む?」

 と、そんな風に二人でぼうっと過ごしていた時のことだった。

 何かに気付いたフィーネが、急にその場で立ち上がる。

 ウェインが「どうした?」と見上げると、フィーネは辺りを見渡して。

「風を、感じたんだ」

「っていうと、プラーナの風か?」

 首を傾げる彼にああ、とフィーネは頷いて。

「どこかで感じたことのある、優しい色の風だった。とても澄んだ青色の風……お前によく似た、プラーナの風だった」

「って言われてもな……」

 フィーネと一緒に、ウェインも周囲を見渡してみる。

 すると……偶然、遠くに見知った顔を見つけた。

「おいフィーネ、あの坊主ってよ」

「確か、インヴィジリアに襲われた村で……」

 ずっと遠く、誰もいない河川敷で独り遊んでいる子供だ。

 だだっ広い河川敷で紙飛行機を飛ばしながら、はしゃいで走り回っている男の子。

 あれは、確か先日……不可視超次元獣インヴィジリアに襲われた村で、母親と一緒に二人が助け出した男の子だ。

 そういえばあの時も、フィーネは強くて優しい風を感じたと言っていた。ウェインとよく似た、澄んだ青色をしたプラーナの風を……あの子から感じたんだ、と。

「しかし、なんでエーリスに?」

「知らねえよ、とにかく行ってみようぜ」

「……ああ!」

 なんで彼がここに居るのかは分からないが、でも折角また会えたのだ。ウェインはフィーネと一緒に立ち上がると、男の子に声を掛けに行ってみる。

 おーい、と遠くから呼びかけながら歩いていくと、気付いてくれた男の子も手を振り返してくれた。

「お姉ちゃんっ!」

「偶然だな、しかしどうしてここに?」

「んーと、引っ越してきたんだ。お家もこの近くなんだよ?」

「そうだったのか……あの後、大変だっただろう」

「なんかね、あの時のことは誰にも言っちゃ駄目って、おじさんたちに約束したんだ。でも……お姉ちゃんたちなら平気だよね?」

「心配するな、私たちには話して大丈夫だ」

「一応は関係者だからな、俺もフィーネも」

 ……まあ、そうだろうとは思っていた。

 超次元帝国ゲイザーやDビーストに関することは、世間には完全に秘匿されている。外部に漏れてはマズいことなのだ、少なくとも今のところは。

 だから、男の子とその母親はスレイプニールから厳重な口止めをされている。下手に他言すれば罪に問われるぐらいのことは言われているに違いない。

 その代わりに住処の確保や、仕事の斡旋……後は幾らかの支援金も国から出ているはずだ。

 その辺りのことは、ウェインもフィーネも読めていた。

 だが……まさか学園都市エーリスに居たとは。

 きっと単なる偶然だろうが、しかしとんだ偶然もあったものだ。まさか彼と再会できるなんて……二人とも思ってもみないことだった。

「っと、そういえば坊主の名前を聞いてなかったな」

 そう思いつつ、ウェインは今更なことを口にする。

 よく考えてみれば、お互いにまだ名前も知らないのだ。

「んーと、僕はアルマ。アルマ・アグレイトっていうんだー」

「そうかい。俺はウェイン・スカイナイト。んでこっちが――」

「私はフィーネ・エクスクルードだ。改めてよろしくな、アルマ?」

 名乗り返した二人に、男の子――アルマは「うんっ!」と笑顔で頷いてくれる。

「んで坊主、お前は紙飛行機が好きなのか?」

 そんなアルマが持っていた紙飛行機に興味を持ったウェインが訊いてみると、またアルマはうんっと答えて。

「僕、おっきな空が好きなんだ。だから空を飛んでく紙飛行機が楽しくって」

「へえー、俺と趣味が合いそうだな」

「お兄ちゃんもやってみる?」

「いいぜ、一緒にやるか」

 ニヤッとしたウェインに「うんっ!」と嬉しそうに返事をした後、アルマは「でも……」と少し表情を曇らせる。

「前に、お父さんに作り方を教えて貰ったんだ。でも中々上手く飛ばなくって」

 と、手に持った紙飛行機を見つめながら、少し寂しそうな顔で呟く。

 ――――そういえばアルマの父親は、あの時インヴィジリアに……。

 それを思ったからか、フィーネは「ふむ」と小さく唸り。

「ちょっと紙をくれるか?」

 と言って、アルマから折り紙を一枚もらうとその場に座り込み、膝の上でテキパキと紙飛行機を作り始めた。

「よく見ていろ、ここはこう折るといいんだ。胴体は細長くして、後は……先っぽも翼みたいにすると安定する。カナード翼みたいなものだ……と言っても、お前には分からんか」

「へー!」

 どうやらアルマに紙飛行機の作り方を教えたかったらしい。

 それも、割に凝った造りのものだ。より高く、より長く飛ぶことを追求した形の折り方を、面倒見のいいフィーネらしく丁寧に教えている。

「お前、折り紙なんて得意だったのか」

 そんな風にフィーネが上手に紙飛行機を作るのが意外に思えて、ウェインが言う。

 するとフィーネは「うむ」と頷いて。

「ミアが……妹が好きでな、小さい頃はよくこうして紙飛行機を折ってやったものだ」

 と、楽しげに微笑みながら言った。

 ――――彼女の家族は、もういない。

 フィーネが小さかった頃、Dビーストに襲われて全員が生命(いのち)を落としている。彼女の言う妹……ミア・エクスクルードもその一人だ。

 彼女はその妹とアルマを、どこか重ねているのかもしれない。

 だからか今のフィーネの表情は、普段ウェインに見せるのによく似た……どこか姉っぽいような、慈愛に満ちた微笑みだった。

「よし、じゃあ私がお手本を見せてやろう」

 言って、紙飛行機を片手にフィーネが立ち上がる。

 左手を振りかぶって、ひょいっと紙飛行機を放り投げる。

 そうすれば、折り紙の翼はふわりと風を掴んで、スーッと見事に遠くまで飛んでいく。

「わあっ! すごいすごいっ! お姉ちゃんすごーいっ!」

 それを見たアルマがきゃっきゃっとはしゃぐ中、フィーネは彼の肩をポンッと叩いて。

「お前もやってみろ、きっと上手くいくはずだ」

「うんっ!」

 フィーネに言われて、アルマは自分でも紙飛行機を飛ばしてみる。

 小さな手から離れた翼は、こちらもスーッとよく飛んでいく。

「飛んだぁー!」

 フィーネと一緒に作った翼は、アルマが一人で折ったものよりずっと遠く、ずっと高くへと飛んでいく。

 飛んでいく紙飛行機に目を輝かせながら、嬉しそうにはしゃぐアルマ。

 でも、所詮は紙の翼だ。やがて勢いを失えば、よろよろと下降を始めてしまう。

「――――もっと、高く」

 飛んでいく紙飛行機にアルマがはしゃぐ中、フィーネはポツリと小さく何かを呟きながら……そっとパチン、と左手の指を弾く。

 すると、どういうことだろうか。失速しかけていたアルマの紙飛行機は再びふわりと風を掴んで再上昇。グッと機首を上げて急角度で昇り始めれば、そのまま……空の彼方へと飛んでいく。

「わぁーっ!!」

 ハイレート・クライム。まるで大推力のジェット戦闘機のように、紙の翼はぐんぐんと急上昇。

 白い雲が点々と浮かぶ、真っ青な蒼穹(そら)の彼方に向かって、紙飛行機が飛んでいく。もっと高く、もっと遠く……。

 飛んでいく紙飛行機を、嬉しそうにはしゃぎながら追いかけていくアルマ。

 そんなアルマを眺めながら、フィーネの隣に立ったウェインは一言。

「今、お前こっそり風魔術使っただろ?」

 なんて、小声でそっと彼女に耳打ちをする。

 フィーネはふふっと微笑みつつ「バレたか」と肩を揺らすと、

「だが、折角ああして喜んでくれているんだ。内緒にしておいてくれ」

 遠くで駆けまわるアルマを見つめながら、微笑んで言う。

 そんな彼女にウェインはやれやれと肩を竦めてはみせたが、でも浮かぶ表情は同じような笑顔だった。

「ふむ……」

 と、そうしていれば……フィーネは顎に指を当てて、何やら思案している様子。

 はてさて、今度はいったい何を言い出すのやら。

 彼女を横目に眺めながらウェインが思ったのもつかの間、何かを閃いたらしいフィーネは彼の方に振り向くと。

「……折角だ、あの子をファルシオンに乗せてやれ」

 なんて、突拍子もないことを言い出した。

 言われたウェインは一瞬きょとんとしたが、しかしすぐに彼女の意図を汲み取ると。

「ったく、しゃーねえな……」

 またやれやれと肩を揺らしながら、それを了承した。

「おい、アルマ! ちょっとこっちに来てみろ!」

 遠くではしゃぐ彼をフィーネが呼び戻す中、ウェインは懐から白い短剣を――スタンバイモードのファルシオンを取り出す。

「んじゃ、頼むぜ相棒」

〈ええ、喜んで。子供の夢を叶えるのも、ナイトメイルの立派な仕事です〉

 ファルシオンと小声で囁き合っている間にも、呼ばれたアルマは二人の傍まで駆け寄ってくる。

「どうしたのー?」

「あー……坊主、皆には内緒だぜ?」

 駆け寄ってきたアルマの頭を軽く撫でてやった後、ウェインはバッと左手を天高く突き上げて。

「――――ファルシオンッ!」

 叫び、ファルシオンと融合する。

 目も眩むような閃光がパッと瞬けば、ふわりふわりと白い羽根が辺り一面に舞い散る。

 そして、そんな宙を舞う羽根の向こうに現れたのは――天翔ける白翼の魔導騎士・ファルシオン。

「わあっ、おっきい……」

 目の前に現れた38メートルのその巨体にアルマが圧倒される中、ウェインは膝立ちにさせたファルシオンの右手をそっと二人に差し出す。

「あんまり長居すると騒ぎになる、早く乗りなお二人さん!」

「……だ、そうだ。行こうかアルマ」

「いいの?」

「お前は空が好きなんだろう? だったら……見てみるといい、本物の空を」

「……うんっ!」

 フィーネに手を引かれながら、アルマも一緒にファルシオンの手のひらに乗る。

〈落とさないように気をつけてくださいよ〉

「そりゃあこっちの台詞だ。じゃあ行こうぜ相棒」

〈高高度遊覧飛行ツアー、二名様ご招待ですね〉

「そういうこった。――――プラーナウィィィングッ!」

 バッと大きく広げた、背中の真っ白い四枚の翼『プラーナウィング』をはためかせて、二人を手に乗せたファルシオンがバッと天高く飛び上がる。

 空を目指して真っすぐに急上昇し、雲を突き抜けて一気に四万フィートの高高度に。

 メートルに直すとおよそ12000メートル。これぐらいになるとかなり空気が薄くなる高度だが、アルマと一緒に手のひらに乗るフィーネが上手く風魔術を使ってコントロールしているから心配は要らない。

 そんな四万フィートの高高度まで駆け上ったファルシオンは、かなりのスピードで風を切って空を飛んでいく。

「わあ……!」

 高高度から見渡す世界は、ダークブルー。頭上を支配するのは藍色の空、眼下に広がるのは真っ白い雲海と……その下に広がるエーリス群島の街並みや真っ青な海、更には帝国本土のグレートアンタレス島まで見渡せる。

 そんな、初めて見る本物の空の景色に、アルマは心奪われていた。

「綺麗だろう、これがお前の憧れていた空だ」

「うん……すごいよお姉ちゃん、空の上って……世界って、こんな風だったんだ……!」

「ふふっ、連れてきた甲斐はあったようだな」

 空の景色を見つめるアルマの傍にしゃがみ込み、彼の頭をそっと撫でてやるフィーネ。

 ふとした時、アルマはそんな彼女の方に振り返って。

「……ねえ、お姉ちゃん」

 そう、話しかけてくる。

「僕はね、魔導士になりたいんだ」

「魔導士に?」

 きょとんとしたフィーネにうん、とアルマは頷く。

「お姉ちゃんみたいな、誰かを守れる魔導士になりたい。あの時、僕とお母さんを守ってくれたお姉ちゃんみたいな……強くて格好いい魔導士になりたいんだ」

「……ああ、きっとなれるさ。お前なら」

 見つめるアルマの目は純粋すぎるほどに純粋で、あまりに真っすぐで。

 そんな目で見つめる彼に言われたフィーネは、またアルマの頭を撫でてやりながらそう言うと。

「――――そうだろう、ウェイン!」

 と、後ろを振り返って叫ぶ。

 そうすれば、ファルシオンは――無言のまま、静かにコクリと頷いた。

「僕は絶対なるんだ! お姉ちゃんみたいな強くて格好いい魔導士にっ!」

 無垢な笑顔を浮かべて、純粋な夢を叫ぶアルマ。

 ――――自分たちが戦う意味は、きっとある。こんな笑顔を……アルマのような子供が、未来に希望を持って生きられる世界を守ることが、自分たちがゲイザーと戦う意味になる。

 そんな彼の、アルマの無垢な笑顔をファルシオンの瞳越しに見つめながら、ウェインは改めてそう感じていた。

 きっと……彼の傍に居るフィーネだって、同じように。

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