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ダイバージェンス・フィーネ  作者: 黒陽 光
Chapter-03『DANCE WITH CRISIS』
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第一章:プラーナの風が吹く/03

 それから、少し後のこと。

「――――ってなわけで、競技会とやらに誘われたわけなんだが……」

「果たして本当に出ても良いものなのか、私たちでは判断しかねるからな。一応ニールの意見も聞いておきたい」

 所変わってエーリス魔術学院の学生寮は203号室、住み慣れた二人の部屋で……大きな通信機を通して、ウェインとフィーネは例のナイトメイル競技会のことをニールに――ニール・ビショップに話していた。

『へえ、良いんじゃないのか?』

 二人は割と真剣な顔で説明したのだが、しかし当のニール本人はというとこの調子。ぼさぼさで跳ね放題なくせっ毛の赤髪を揺らしながら、顎の不精ひげを触ったりなんかしつつ、お気楽な声で前向きな反応を示してくる。

『どのみち今まで散々派手にやらかしてきたんだ、今更その競技会ってのに出たところで誤差だ誤差。わざわざ俺にお伺い立てる必要なんてなかったと思うがな』

「良いのかよ、それで……」

『前も言ったが、お前たちのファルシオンもジークルーネも普通の出自じゃない。派手に暴れたところで辿れやしないさ』

 言った後でそれに、とニールは付け加えて。

『……その競技会、案外お前たちにとってもいい刺激になるんじゃないか?』

「私たちに刺激……か」

 唸るフィーネにニールはああ、と頷く。

『知っての通り、エーリス魔術学院は世界でも指折りの名門校だ。そこに在籍してる魔導士なら、例え半人前の学生だとしても……既に相当なレベルなのは間違いない。少なくともスレイプニールの内部でひっそり演習をするよりは、よっぽど良い対戦相手ってのは間違いないだろ?』

「ふむ……確かにニールの言うことにも一理ある、か」

 実際、彼の言う通りだった。

 エーリス魔術学院が世界トップクラスの実力を持つ、まさに世界一の魔術学院というのは知っての通りだ。

 そんなエーリスに通えている時点で、例え学生の身分であったとしても……かなりの才能を秘めているか、あるいは既に実力のある魔導士であることは疑うまでもない。

 …………何より、魔導士という存在そのものが決して多くはないのだ。

 魔導士はプラーナを操る特別な才能を持って生まれた者で、全世界規模で見てもほんの一握りしか居ない稀有な存在。だから……例え皇帝直属の極秘諜報チームであるスレイプニールであっても、所属している魔導士の数はごく僅かしか居ないのだ。

 だから部隊内で演習をするにしたって、自然と相手は同じ面子ばかりになってしまう。

 ……故にこれは、ニールにしてみても渡りに船のような話だったのだ。

 同じ相手ばかりと模擬戦をし続けるよりも、エーリス魔術学院に集った世界中の才能ある若者たちと戦わせた方が、ウェインとフィーネにより良い経験を積ませられるのは間違いない。

 ニールはそう考えたからこそ、実に前向きな反応を示していたのだ。

「ま、おっさんが良いって言うなら良いんだろうよ。俺は乗ったぜ。フィーネ、お前はどうするよ?」

「お前が出るというのなら、私だけ出場しない選択肢もあるまい。私も乗ったぞ」

 と、そんな風にニールが太鼓判を押してしまえば、二人もこんな具合に乗り気になってきて。そんな二人を見たニールは『そうそう、その意気だ』と小さく笑い。

『ナイトメイル競技会への出場は俺が許可する。ウェイン、フィーネ、折角の機会だ……存分に暴れてやれ』

 最後にそう締めくくれば、二人と少しの取り留めのない会話を交わした後で……彼の方から通信を切った。

「……ふいー、終わった終わった」

「これで決まりだな。先生には明日、二人で伝えに行こうか」

「んだな。っと通信機片付けねえとな……」

 そうしてニールとの通信を終えれば、小さく息をついた後。ウェインは通信機をそそくさと片付け始める。

 電源を落としてからバタンと閉じた通信機を、フィーネ用のベッド――ほぼ物置と化しているそこへ適当にひょいっと放っておく。

「風呂、沸けてたっけか?」

「もう沸いているはずだ、お前から先でいいぞ」

「おうよ、んじゃあお言葉に甘えて……っと」

 そうして通信機を片付けてから、ウェインはそそくさとバスルームに向かおうとする。

「――――ああウェイン、少し待て」

 が、フィーネが急に呼び止めてきた。

 んだよ、と立ち止まったウェインが振り返るより前に、近づいてきたフィーネは……その手を何故だか彼の後ろ髪に伸ばす。

 一本結びにしていた紐を解いて、長い襟足を触り始めるフィーネ。ウェインの黒髪を手櫛で弄りながら「ううむ……」と何やら思案するように小さく唸ると。

「やはりな。折角綺麗なのに、これではな……」

 と、妙に深刻そうな声音でポツリと呟く。

 それにウェインが「なんの話だよ?」と首を傾げれば、彼女は「お前の髪のことだ」と触る手を止めないまま即答し。

「お前は髪質自体は良い方なんだ。だが……折角こんなに良い髪質なのに、手入れがこれでは勿体なく思えてな……」

 続けてそう言えば、次にフィーネは――――また突拍子もないことを言い出した。

「……そうだ、私のシャンプーを使え」

「はぁ?」

「お前がいつも使っているのはアレだろう、あのよく分からん安物の。あんなものでは艶が出なくて当たり前だ。幾らなんでも質が悪すぎる」

「いやいや……あのなあフィーネ、別に洗えりゃ何だっていいだろ?」

 突拍子もない提案に戸惑いつつも、いつも通りのぶっきらぼうな態度でウェインは言うのだが。

「いいや駄目だ、私が駄目と言ったら駄目なんだ」

 しかしフィーネは有無を言わさぬ勢いで押し切ると、そのままウェインの首根っこを掴んで……ずるずるとバスルームまで引きずっていってしまう。

「お、おいっ!?」

「いいから、今日のところは私がやってやるから。お前は大人しくしていろ」

「待てよ、幾らなんでもそりゃあ――――」

「うるさい、決定事項だ」

 無論ウェインもある程度は抵抗を試みてはみたのだが、しかし相手はフィーネ・エクスクルードだ。彼ごときの抵抗なんて意にも介さぬまま、彼を強引にバスルームの中に放り込んでしまった。

 ……で、何だかんだとバスチェアに座らされて。

「どうだウェイン、この時点でもう違うだろう?」

「ま、まあな……」

 何だかんだと、ウェインはフィーネに髪を洗われていた。

 当たり前だが使っているのはフィーネ愛用のお高いシャンプーセット。ウェインが普段使いしている奴はバスルームに入る前に放り捨てられてしまった。

 フィーネは自分のものを使いながら、ウェインの後ろで膝立ちになって……今まさに彼の髪を洗ってやっている最中だった。

「貸してくれりゃ、自分でやるってのに……」

「丁寧なやり方なんて知らないだろう、最初は私が教えてやる必要があると思ったまでだ」

「でもよお……ここまでさせんのは流石に悪い気がしちまうって」

「良いんだ、私がやりたくてやっていることだ。……痒いところ、無いか?」

「あー……もうちょい右の方、そこら辺」

「ん、分かった」

 最初は地肌を中心に揉みほぐすみたく、指の腹で軽くマッサージしてやるみたいに。その後は一度シャワーで洗い流して、毛先を丁寧に研いでいく。

 二回に分けて丁寧に洗ってやれば、フィーネの目論んだ通り……ウェインの髪はみるみるうちにきめ細かさを取り戻してくる。

「折角お前はこんなに綺麗な髪をしているんだ、手入れが雑では勿体ないぞ?」

 そんな風に自前のシャンプーを使って丁寧に洗いながらフィーネが言えば、ウェインも「……かもなあ」と、彼女の手で洗ってもらうのが心地いいのか……リラックスした声で素直に頷き返す。

「よし、今日からは私と同じものを使うといい。思った通り、お前の髪との相性も良さそうだ」

「流石に悪いって……結構高いんだろ? お前の使ってる奴って」

「いいんだ、気にするな。二人一緒の方が在庫の管理もしやすいしな」

「……なんか、悪りいな。気ぃ遣わせちまって」

「私がしたくてやっていることだ、好きなようにさせろ」

 少しだけ申し訳なさそうな声のウェインにふふっと小さく笑い返しつつ、最後にコンディショナーでサッと艶出しをしてから……シャワーの温水で洗い流してやれば、これで洗髪は完了だ。

「ほら、目に見えて違うだろう?」

「おお……すげえ、シャンプーひとつでこんなに変わるのかよ……」

「指の通りが段違いだ、さっきみたいに変に引っ掛かることもない。やっと本来の艶を取り戻したといったところだな」

 つい先程までとは目に見えて艶の違う髪に、そっと手櫛を通しながら言うフィーネ。

 実際、彼女の言う通りだ。洗ってもらう前と後では、髪質が目に見えて違っている。

 普段は指で手櫛をするとあっちこっち絡まって引っ掛かっていたものだが、今はほんの些細な程度しか引っ掛かることはない。ゴワゴワだった髪はもう段違いにサラサラときめ細やかになっていて、今までじゃ考えられないほど髪そのものも艶めいている。

 ウェイン本人も思わず感嘆の声を上げてしまうほど、劇的な変化だった。

「さて、お前の世話も終わったことだし私も……」

「おいおいおいおい?! このまま入る気かよ!?」

「良いだろう別に、お前と私との仲だ」

「幾らなんでも勘弁してくれ! 反応に困るわ!!」

「む……? まあいい、お前がそう言うのなら後にするか」

 と、ごく自然にそのままの流れで服を脱ごうとしたフィーネをどうにかバスルームから追い出しつつ……後はいつも通りに身体を洗ってからゆっくり浴槽に浸かる。

 そうして、しばらく経った後で風呂から上がり、着替えてバスルームを出ると……すぐ外でフィーネが待ち構えていた。

「なんだよ、待ってたのか?」

「まだやることがあるからな、髪はまだ乾かしていないな?」

「おう」

「よし、じゃあちょっとここに座れ」

 と言って、フィーネは部屋に備え付けの椅子にウェインを座らせる。

 座らせたウェインの濡れた髪を少しだけ触って、様子を確かめた後……フィーネは突然パチンと指を弾いた。

 その瞬間――――優しい感触の風がウェインの頭を通り抜ける。

「おっ、おお……? 乾いたぞ一瞬で」

 さあっと風が通り抜けた後に自分の頭を触ってみると、濡れていたはずの髪は何故かもう乾いている。

 そんな驚きの出来事にウェインが感嘆の声を上げていると、フィーネはふふんと鼻を鳴らし。

「これも風魔術のちょっとした応用だ」

 なんて風に、どこか誇らしげに言う。

 どうやら今の風はフィーネが使った風魔術で、髪が一瞬で乾いたのもそのためらしい。

 流石は風魔術の使い手、このぐらいの芸当はお手の物といったところか。

「さて、ここからが仕上げだ」

 フィーネはどこからか取り出した自分の櫛を使って、ウェインの洗いたての髪を丁寧に梳いていく。

 決して力任せに引っ張り回すことはせず、ゆっくりと丁寧に。絡まった糸をひとつずつ解きほぐすように、僅かな引っ掛かりも見逃さないように……。

 そうして少しだけ時間をかけて梳き終わると、最後にフィーネは自分の手でそっと手触りを確認し。

「――――うむ! これで完璧だっ!!」

 今までとは比べものにならないほど艶めいたウェインの髪に、心から満足した様子でそう言うのだった。

「こんだけのことでここまで変わるんだな……勉強になったぜ」

「手入れは大事だ、特に髪となれば尚更な。これからは私が定期的に面倒を見ることにしよう」

 どうやらフィーネ、今後も今日みたいにウェインの髪の手入れをする気満々らしい。

 こうなった彼女はもう誰にも止められない。何を言ったって聞くはずもない。だって彼女はフィーネ・エクスクルードなのだから。

 それを誰よりも知っているからこそ、ウェインは遠慮することも止めることもせず。

「…………好きにしてくれよ」

 でも、どこか満更でもないような顔で――――ただただ、肩を竦めるのみだった。

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