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ダイバージェンス・フィーネ  作者: 黒陽 光
Chapter-02『金色の姫騎士』
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第二章:ムーンライト・デュエル/04

 助け出した母子は無事ではあるものの、怪我をした様子だった。

 特に母親の方が酷くて、子供を庇った時にどうやら左腕の骨を折ってしまったらしい。それ以外にも軽傷ながら多少の怪我を負っているようだったから、ウェインたちはひとまず二人の手当てを優先することにした。

 村の中でまだ無事に形を留めていた家を拝借し、その中で母子を休ませてやる。

 細かな傷は手持ちのファストエイドキットですぐに手当てしてやれたが、しかし母親の骨折が問題だ。間に合わせ程度のことは出来るにしても、早めにちゃんとした病院に運び込むに越したことはない。

「――――ああそうだ、二名の生存者を救出した。子供とその母親みてえだ。坊主の方はまあ元気なもんだが、母親の方が腕を折っちまってる……出来るだけ早くピックアップしてやってくれ、頼んだぜおっさん」

「よし、こんなもんだろう。後は添え木だが……これでいいか。少し痛むが我慢してくれ」

 ウェインがニールに連絡して救助ヘリの手配をする傍ら、フィーネは手近な椅子の脚をバキンとへし折って、それを添え木にしつつ包帯を巻き……拝借したカーテンの切れ端を三角巾代わりにして、とりあえず母親の腕を固定。ひとまずの応急処置をしていた。

「オーケィだ、二人とも安心しな。時間はかかるが救助はちゃんと来てくれるぜ」

「すみません、何から何まで……本当にありがとうございます、お二人は私たちの命の恩人ですね……」

 振り向いたウェインが言えば、母親は深々と頭を下げて二人に礼を言う。

 その隣で、男の子も一緒になってぺこりと可愛らしくお辞儀をしていた。そんな二人を見たウェインが「良いってことよ」とぶっきらぼうに返す中、フィーネは真剣な顔で問う。

「それで……この村で、一体何があったんだ?」

 訊くまでもないことかもしれないが、一応確認しておきたい。

 すると、訊かれた母親は「……突然の、ことでした」と衰弱した顔で、事の経緯を話してくれた。

「真夜中のことです、突然あの怪物がどこからともなく現れて……私たちの村を、襲ったんです。家を焼き、畑を踏み潰し、村の人たちを大勢殺し回って……抵抗する人たちも居ました。でもあんなのに敵うはずもなく、皆……死んでしまって。何も出来ないまま、ただ蹂躙されるだけでした」

「あの怪獣みたいなのが、背中からびゃーって光線みたいなの出してた!」

「……坊や、それは本当なのか?」

「うんっ! 僕ちゃんと見たよ、水鉄砲みたいにいっぱい光線が出たら、色んなとこから花火が上がったの!」

「なるほど……坊やの話が本当なら、奴は背中からレーザーを撃てるということか……」

 これは思わぬ収穫だった。透明化以外の能力が一切不明だったインヴィジリアの攻撃手段が、ひとつだけだが判明したのだ。

 男の子の言葉を信じるなら、奴の背中からはレーザービームかそれに近しい……熱光学系の攻撃器官があると思われる。些細な新情報かもしれないが、しかしフィーネたちにとってこれは大きな収穫だった。

「偉いぞ、よく教えてくれたな」

「ありがとよ坊主、値千金の特ダネだぜ」

 フィーネが頭を撫でて褒めてやって、ウェインもニッと小さな笑顔を向けてやる。

 すると男の子は「えへへー」と、嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべていた。

「……それで、生き残ったのは二人だけなのか?」

 そうした後で、フィーネは改めて母親に問うてみる。

 すると母親は「……はい」と唇を噛みながら、辛さを堪えるようにコクリと頷いて。

「多分、私たちだけです。村の人たちはご存知の通り……そして私の夫も、この子を守ろうとして」

「…………辛いことを思い出させてしまって、すまなかった。状況はよく分かった……お前たちだけでも、よく生きていてくれたな」

 この母子が、どうやら村で唯一の生き残りらしい。

 聞いている側も辛かったが、しかし本人たちの味わった辛さに比べれば大したことではない。むしろ二人だけでもよく生き残ってくれた……と、それだけでフィーネはどこか救われる思いだった。

 ――――なにせ自分の時は、他に誰も生きていられなかったのだから。

「よく頑張ったな。村はこんなになっちまったが、あんたらだけでも生き残って良かったよ」

「……どれ、傷を見せてみろ。私が治してやるから」

 ウェインが頭を撫でて励ましてやる傍ら、フィーネは男の子の手を取って傷の具合を見てやる。

 母親が庇ったおかげか、怪我の方は大したことなさそうだ。せいぜい掠り傷とかその程度。これぐらいなら治癒魔術ですぐに治るだろう。

「ちょっとだけ沁みるが、我慢しろよ」

 言って、フィーネはそっと傷口に左手をかざす。

 すると彼女の左手から、青白いプラーナの光がぼわあっと浮かび上がって……そうすれば、男の子の腕にあった細かな掠り傷がみるみるうちに塞がっていくではないか。

 これが治癒魔術だ。プラーナの作用によって人間の治癒能力を爆発的に加速強化して、瞬時に傷を治す医療用の術式。魔導士なら誰でも使える程度には簡単で初歩的なものだが、しかし見ての通り効果は絶大だ。

 本当なら母親の骨折も頑張れば治せるのだが、しかし術者は半端なく体力を消耗してしまう。Dビーストがいつ現れるか分からない今、むやみに体力を使うわけにはいかない。だから母親には悪いが、そちらは敢えて放置させてもらった。

「よし、これで大丈夫だ」

「ありがと、お姉ちゃんっ!」

「……お二人とも、魔導士の方でしたか」

「そういうことだ。救助もいずれ到着する、それまで休んでおくといい」

 治癒魔術を見て驚く母親にフィーネは言って、立ち上がると……部屋の隅の方に行ってウェインを手招きする。

 招かれたウェインが「どしたよ」と訊けば、フィーネは小声で「感じるか?」と彼に問う。

「この辺りのプラーナ……妙に薄いような気がする」

「ま、だろうな」

 これは流石にウェインも感じていた。彼女のような特異体質でなくても分かるほど、この村一帯の空気中に漂うプラーナはなんだか薄まっている。

 魔導士でない母子には分からないようだったが、しかしこれは明らかな異常事態だ。普通プラーナが薄まるなんて現象はあり得ない。

 …………そう、普通なら。

「相手はDビーストだ、連中の目的はプラーナを食い荒らすことだからな……薄まってて当然だぜ」

 ウェインはさも当然だと言わんばかりに、やれやれと肩を竦めて呟く。

 ――――Dビーストは、プラーナを求めてこの世界にやって来る。

 その理由は分からないが、しかし奴らが空気中に満ちたプラーナを主食にしているのは明らかだった。

 奴らのエネルギー源なのか、それとももっと別の理由なのか。ともかくDビーストという怪獣じみた化け物は、現れると必ずその一帯のプラーナを食い荒らす性質があるのだ。今まで現れた全てのDビーストが、一度の例外もなくそういう動きを見せている。

「プラーナは奴らにとっちゃ一番欲しいもんなんだろうよ、多分俺たちで言うところの水みてえなもんだ」

「だが……同時に猛毒にもなり得るがな」

「まるで人間でいう水中毒みてえだな。欲しいが吸収し過ぎると毒になっちまう」

 ――――そう、確かにDビーストはプラーナを欲している。

 が……同時にプラーナは奴らにとっての明確な弱点でもあるのだ。

 その証拠として、Dビーストは魔術のようなプラーナエネルギーを利用した攻撃にはめっぽう弱い。例え対艦ミサイルや強力な地中貫通爆弾(バンカー・バスター)のような通常兵器で歯が立たなくても、何故か魔術ではやたらと大きなダメージを与えられる。

 プラーナを確かに必要としているが、しかし浴び過ぎると猛毒にもなり得る。

 ウェインの言った通り、これはまるで人間でいう水中毒みたいな症状だ。

 人間にとって水分は必要不可欠なものだが、過剰に摂りすぎると血が薄まって低ナトリウム血症を引き起こし、最悪の場合は死に至ることもある。

 あくまで極端すぎる例えで、しかも水中毒の症状そのものがDビーストに当てはまるわけでは決してないが……しかし、簡単に例えるとそういうことに近い。

 だからDビーストの倒し方というのは、かなり噛み砕いて言えば過剰な量のプラーナエネルギーを魔術やその他の攻撃で叩き込むというものなのだ。

 Dビーストは未だ謎に包まれた敵だが、しかしプラーナを必要とする割にプラーナにめっぽう弱い、これだけは確たる事実として分かっていることだった。

「……それにしても」

 と、フィーネは後ろをチラリと振り向きながら呟く。

「本当に不思議だな、あの子は」

「あの坊主のことか?」

「うむ。私を導いた青いプラーナの風は……あの子から出ていたものだった。不思議だよ、とても言葉では表せないような強くて優しいプラーナを、あの子からは感じるんだ……まるでウェイン、お前みたいに」

「……俺みたい、だって?」

 母親に抱かれる男の子をチラリと見ながら、フィーネは「そうだ」とウェインに頷き返す。

「よく似ているよ、お前から感じる風と、あの子の持つ優しい風は」

「へえ……そんなに似てるのか?」

「ああ、驚くほどにな。そんな青いプラーナの風が、私をあそこへと導いたんだ。きっと……生きたいと願ったあの子の心が、無意識に呼びかけていたのかも知れないな」

「……なんにしても、助けられて良かったな」

 遠い目をして、小さく息をつくウェイン。

 フィーネはそんな彼の手に「ああ」と小さく触れると。

「あの子には、真っ直ぐな心のまま育って欲しいものだ……そのためにも、私とお前が戦わなきゃならない」

「ゲイザーとか、Dビーストとか……そんなもんと殴り合うのは、俺たちだけで十分だもんな」

 それはエージェントとして、それ以前に自分自身として抱く、二人の願いだった。

 超次元帝国ゲイザーとの戦いは、まだ始まってすらいない。終わりなんてまるで見えない戦いかもしれない……だからこそ、ウェインもフィーネも願わずにはいられなかった。せめてあの子が大人になる頃には、何に怯えなくてもいい世界であって欲しい……と。

 ――――と、二人がそんなことを話していた時のことだった。

「っ!?」

「な、なんだってんだ……っ!?」

 ズシンと地響きが鳴り響いたかと思えば、耳をつんざくような轟音が聞こえてきたのだ。

 その轟音は、まるで猛獣が威嚇するときのような――――咆哮。

 そう、これは紛れもなく何かの鳴き声だ。低く唸るような声が大地を、空気を揺さぶっている。

 あまりに凄まじい音なものだから、家の窓ガラスがびりびりと震えている。身体を通り越して骨を直接揺さぶるような、そんな本能的な恐怖を覚える咆哮が、突如として村中に木霊したのだ。

「――――きゃあぁぁぁぁぁっ!?」

 その直後、母親の悲鳴が聞こえてくる。

 振り向くと、そこには腰を抜かして床にへたり込んだ母親と……窓の外を指差す男の子の姿が。

「おいどうした、大丈夫かよオイ!?」

「落ち着け、一体何があった!?」

「あ、あれ……出た、出たんです……!」

「お姉ちゃんたち見て! あれだよ! 村を襲った怪獣だっ!!」

 腰を抜かした母親と、窓の外を指差す男の子。

 二人が見つめる先、びりびりと震える家の窓から外を見てみると――そこにあったのは。

「出やがったな、Dビースト……!!」

「遂に現れたか、不可視超次元獣インヴィジリア……!!」

 そこにあったのは、怪獣としか喩えようのない巨大な化け物の姿。四本の大きな脚で焼けた村を踏みしめて、我が物顔で闊歩する怪物の巨体。

 ――――Dビースト、コードネーム『不可視超次元獣インヴィジリア』。

 姿を消していたはずの奴が、今再びその巨体を現して……生気のない双眸で見下ろしながら、今まさにウェインたちに襲い掛かろうとしていた。

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