第二章:ムーンライト・デュエル/03
ヘリを降りた二人は、壊滅した村を目指して山の中の獣道を歩いていく。
山奥だけあって自然は豊かで、鬱蒼とした森の中は月明かりすら僅かにしか届かない。右も左も分からない森の中で、頼れる道しるべといえば持ってきたコンパスと端末のマップ表示ぐらいなもの。
とはいえ、村はここからでもハッキリ見えるほど激しく燃え盛っている。あの遠くに見える炎と煙を目指していけば、いずれ村には辿り着けるだろう。
「……フィーネ、今のうちにお前も抜いとけよ。何が出てくるか分かったモンじゃねえ」
言いながら、ウェインは後ろ腰からピストルを抜く。
スレイプニール専用の制式ピストルだ。学院に転入した日、寮に運び込んでおいた荷物の中に紛れ込ませておいたもの。巨大なDビースト相手には何の役にも立たないが、お守りぐらいにはなるはずだ。
そんなピストルを彼が抜いたのを見て、フィーネは少し不満そうに眉をひそめつつ。
「射撃はあまり得意ではないのだがな……」
ぶつぶつと言いながらも、彼に言われた通りに自分もピストルを抜いた。
左手でスカートの後ろ腰から抜いて、一度カチャッとマガジンを抜いて残弾確認。五・七ミリ口径の特殊拳銃弾がフルロードされているのを確認してから、マガジンを差し直して……右手でスライドをシャコッと引き、初弾を装填する。
「お守り、やっぱ持っておいて良かったろ?」
「お前に言われて仕方なく、だ。私にはこんなもの必要ないんだ」
「そう言うなよ、何かの役に立つかもしれねえだろ?」
「……どうだかな」
ウェインとそんな言葉を交わしつつ、フィーネは左手にピストルを、右手にフラッシュライトを逆手に握り締めて。両手をクロスさせるように構えながら、彼と一緒に村を目指して獣道を歩いていく。
そうして森の中をしばらく歩いて行けば、やがて目的の村に辿り着いた。
「……ひでえな、こりゃあ」
「…………」
辿り着いた村の光景を目の当たりにして、ウェインは眉をひそめて。フィーネは無言のまま……苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
――――村は、焼け野原に等しいような状況だった。
きっと、元はのどかで平和な田舎の集落だったのだろう。しかしそんな村の家々は殆どが焼け落ちてしまっていて、あちこちでまだ炎が上がり続けている。
真っ赤な炎が穏やかだった村を焼き尽くし、もうもうとした黒煙が夜空を灰色に汚している。
そんな村のあちこちには……分かっていたことだが、地面に横たわった村人の姿がいくつも見える。
とうの昔に、事切れた遺体ばかりだ。まだ生きて動いている者の姿はどこにも見当たらず、ただそこにあるのは……一面に広がる、無惨な骸の山ばかり。
「っ……」
そんな凄惨極まりない景色を目の当たりにして、フィーネは辛そうに顔を強張らせていた。
彼女がかつて経験した出来事と、今目の前に広がるこの景色が重なり合って……言葉で表現できないほどの辛い感情を、彼女に味あわせているのだ。心に深く刻まれた癒えない傷を、抱えたトラウマを否応なく刺激するこの景色を前に……フィーネはひどく動揺しているようだった。
それでも平静でいようと努めているのか、取り乱すことはしない。そんな風に堪える辺りが、ある意味で彼女らしいといえば彼女らしいのだが……。
「……おい、大丈夫か?」
しかしそんなフィーネの様子に気付いたウェインは、案じた顔で声を掛けてやる。
すると振り向いた彼女は「……問題ない」と、まだ辛そうな顔でコクリと頷き返す。
「少し……昔のことを思い出してしまっただけだ」
「無理すんなよ、駄目そうなら俺一人でどうにかすっからよ」
「馬鹿言うな、ウェインだけに任せられるものか。お前は案外抜けているところがあるからな……私が付いていないと心配で仕方ない」
「……それだけ言えるなら、大丈夫みてえだな」
「うむ、心配かけてすまないな」
「気にすんなよ、俺とお前の付き合いだろ?」
ニヤリと冗談めかして笑うウェインに、フィーネも小さく肩を揺らして返してやる。
実際、彼と話している内に少しだけ気が楽になってきた。まだ心に辛さは残っているが……任務に支障をきたすほどではなくなっている。
「……行くぞ、気を抜くなよ」
「おうよ」
フィーネは最後に小さく頭を振って気持ちを切り替えると、ピストルを構えながら村の中に足を踏み入れていく。
そうして入っていった村の中は――――凄惨ではあったが、しかし肝心のDビーストの姿はどこにも見当たらなかった。
偵察機の目の前で消滅してから今まで、あのDビースト……不可視超次元獣インヴィジリアは一度も現れていないらしい。透明になるどころか、最初からそこに居なかったかのように、奴は一度として姿を見せていないのだ。
…………これでは、透明化どころか瞬間移動かも知れない、と言ったニールの言葉があながち間違いじゃないとも思えてしまう。
とにかく、村の中に奴の姿はなかった。
「肝心の野郎が居ねえんじゃあ、どうしようもねえな……おいフィーネ、とりあえず生存者が居ないか探そうぜ」
「うむ」
「この分じゃあ期待できねえが……一人二人ぐらい、生きてて欲しいもんだけどよ」
「……私も、そうであって欲しいと思うよ」
燃え盛る村の中を、二人は警戒しながら奥へと歩いていく。
いつどこから、何が出てくるか分からない状況だ。ピストルを構えながら慎重に、油断なく互いにカバーし合いながら進む。
Dビーストが居ない以上、とりあえず今すべきことは生存者を探すことだ。
だから二人は崩れて瓦礫の山になった家屋を中心に、ひとつずつ地道に探索を進めていった。
「……なあウェイン、分かるか?」
そうして生存者を探す中で、ある時フィーネが話しかける。
「この辺りの風は……なんだか嫌な感じだ。ここ一帯のプラーナの流れがどうにも気持ち悪くて仕方ない」
「いやまあ、俺はフィーネと違ってそういうの分かんねえけどよ。んでも例のDビースト……インヴィジリアは消えてるんだろ?」
「うむ、しかし……どうにも嫌な気配がする。私の感覚が正しければ……奴はまだ近くに居るはずなんだ」
目を細めながら、フィーネが真剣な声で呟く。
彼女が何を言っているのか、よく分からないと思うが……しかし、これは彼女の特異体質のひとつなのだ。
――――フィーネは周囲のプラーナの流れを『風』として敏感に察知することが出来るらしい。
ウェインにはそういう能力は無いからイマイチ理解していないのだが、とにかく彼女はそういう……人より敏感にプラーナを探知できる、かなり特殊な体質なのだ。
そんな彼女の言うことが正しければ、奴は……不可視超次元獣インヴィジリアは、まだこの近くで息をひそめているはず。
「――――ッ!? ウェイン、あっちだ!」
彼女の言葉を聞いて、ウェインが改めて気を引き締め直した直後――――ハッとしたフィーネは急に振り返ると、突然どこかに向かって走り出した。
まるで、何かに導かれるかのように。血相を変えて一直線に走っていく彼女の後を「お、おい!?」とウェインは戸惑いながら追っていく。
「今度はなんだよ急に、一体何を見つけたってんだよ!?」
「分からん! だが……あっちから奇妙な風を感じたんだ!」
「風だって……?」
「ああ、綺麗な……澄んだ青色の風だ! きっと生きている……生きているんだ、まだ誰かがっ!!」
やっぱりウェインには理解出来ないけれど、でも今は彼女の感覚を信じてみるしかない。
この凄惨極まりない村の中で、邪気と死臭に満ちた中で……そんな中でフィーネが感じたのなら、それに賭けてみるのも悪くない。
だからウェインは、先を行く彼女の後を黙って追いかけていった。
「ここだ、ここなんだウェイン!」
「わーったよ、この下なんだな!?」
フィーネに導かれるまま辿り着いたのは、村の片隅にある崩落した家。これも他の家屋と同じように瓦礫の山と化していたが……しかし燃えた様子はなく、ただ崩れただけといった感じだ。
これならば、もしかしたら誰かが生き埋めになっているかもしれない。
「っ……! 聞こえたか、ウェイン!?」
「ああ……! ああ聞こえたぜ、確かに聞こえた!」
そう思った直後、瓦礫の下から誰かのうめき声のようなものが聞こえてきた。
微かだったが、しかし二人の耳は確かに捉えている。間違いない……この下に、まだ生きている誰かが居るのだ。
ウェインはフィーネを押し退けて瓦礫の前に立つと、ピストルとフラッシュライトを仕舞い……代わりに懐から白い短剣を抜いた。
「いけるな、ファルシオン!?」
〈無論です! 賭けてみましょう……フィーネさんの直感に!〉
彼の声に応じるのは、白い短剣から聞こえてくる落ち着いた男声。
そんな相棒の声に――ファルシオンの声に「おうよ!」と頷くと、ウェインは構えた短剣……スタンバイモードのファルシオン、その剣先から緑色の光を放出させる。
刃のような形に形成されたそれは、プラーナエネルギーを剣の形に収束させた緑色のビーム刃だ。
本来は生身で戦うときに使うものだが、人命救助でも使えないことはない。少なくとも……こんな瓦礫ぐらい、容易に叩き斬れるはずだ。
「オラァッ!!」
ウェインはビーム刃を放つ短剣を握り締めて、豪快に……かつ慎重に、目の前の瓦礫をひとつずつ斬り開いていく。
「フィーネ、お前も手伝えっての!」
「言われるまでもない! ――――ウィンドカッタァァァァッ!!」
そんな彼をサポートするように、フィーネも風属性の魔術『ウィンドカッター』を発動。無数の小さな風刃で瓦礫を細かく斬って砕いていく。
〈……! お姉様、あそこに誰かが!〉
そうして瓦礫を砕いていくと、フィーネの首に揺れる銀のペンダント――彼女の相棒、ジークルーネがハッとした声を上げる。
スタンバイモードの相棒、その低い女声が耳朶を打てば、フィーネはすぐさま瓦礫の傍に駆け寄っていく。
駆け寄っていくと、そこには確かに……生存者の姿があった。
折り重なった瓦礫の山に埋もれるようにして、二人の母子が倒れている。母親が庇うようにして抱き締めているのは、小さな男の子……まだ十歳にも満たないぐらいの、小さな男の子だ。
「ウェイン!」
「おうよ、任せな! ――――オラァァァッ!!」
手招きされたウェインが、その母子の上にあった瓦礫を力づくで持ち上げる。
邪魔な瓦礫をひとしきり退けた後で、二人で協力しながら慎重に母子を外に引きずり出してやると、どうやらそこで意識が戻ったのか……目を開けた母親が、衰弱した顔でウェインたちの顔を見た。
続けて、一緒に目覚めた男の子も「お姉ちゃんたち、だれ……?」と、恐怖に震えた瞳でじっと見つめてくる。
そんな男の子の頭を、フィーネはそっと優しく撫でてやりながら。
「もう大丈夫だ、私たちは助けに来たんだ。……無事でよかった、本当に」
と、心から安堵した様子で……そう呟いていた。




