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ダイバージェンス・フィーネ  作者: 黒陽 光
Chapter-02『金色の姫騎士』
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第一章:少女の抱く想いと、月夜に祈る願いと/07

「――――という感じで、週末の予定は決まったぞ」

「いや事後承諾かよ……」

 で、その日の夜。

 学生寮の203号室でそのことを話したフィーネに、ウェインはただただ呆れ返っていた。

 ちなみに、なんですぐ話さなかったのかといえば、単にフィーネが伝え忘れていただけのこと。本日の学業が終わり、バスルームで入浴している最中にハッと思い出して、今更ながら伝えてみた……というのが今の状況だ。

「なんだ、嫌だったか?」

 あんぐりと口を開けて呆れるウェインに、フィーネは小さく首を傾げる。

 そんな彼女に「ま、良いんだけどよ……」とウェインは肩を竦めながら返して。

「にしたって、せめて確認してくれたって良かったんじゃねえか……?」

 と至極当たり前のことを言ってはみるのだが、しかしフィーネの答えといえば。

「別に予定なんて何も無いんだから、決めてしまっても構わんだろう? お前のスケジュールは私が全部把握しているんだ、何も問題あるまい」

 なんて具合な、当然のことだと言わんばかりの……何というかどうにも彼女らしい言葉で。だからウェインも大きく肩を揺らせば「へいへい……お前にゃ敵わねえよホントに」と、諦めた風に呟くのみだった。

「……それにな、フレイアの様子も少し気になるんだ」

 そんな呆れているというか、諦めた様子のウェインに対し、フィーネがぽつりと呟く。

 さっきまでの声の調子とは違って、どこか真剣なトーンの声だった。

 だからウェインも小さく目を細めると「……気になるって、何がだよ?」と、同じようにシリアスな顔で応じる。

「アイツと風牙とのことだ。あの時は否定していたが、しかし……私にはそうは思えないんだ。やっぱり……私の勘は正しいと思うのだがな」

 ――――フレイアが、風牙のことを好いているのではないか。

 前に本人にも直接確かめたことで、その場では否定していたことだ。フィーネもその時は納得していたのだが……しかし、彼女の風牙に対する反応を見ていると、やっぱりそうとしか思えない。

 具体的な理由があるのか、と問われれば、フィーネは否定するしかない。

 そう、これはあくまで彼女の勘でしかないのだ。だが的中率はかなりのもので、そんな自分の直感力には昔から自信があっただけに、外れているとは思いにくい。

 フィーネが今回のダブルデート……もといお出かけの誘いに乗っかったのも、実はその辺りを確かめようという意図もあってのことだった。

「あの二人のこと、ねえ」

 そんな彼女の一言に、ウェインは腕組みをしながら小さく唸る。

「やっぱ気のせいじゃねえのか?」

「ううむ、しかしだな……」

「前も言ったけどよ、いくらお前の勘がやたら当たるたって、外れるときゃ外れるもんだろ? 少なくとも俺にゃそうは見えねえがなあ」

 確かに、ウェインの言うことも尤もだ。

 フィーネ自身、自分の勘に自信は持っているが、しかし的中率が百パーセントかと言われればそうでもない。まさにウェインが言ったように、当たる勘も外れるときは外れるものだ。

 ――――が、やっぱり違うとは思えない。

「いや……」

 だからフィーネは目を細めて唸るが、ウェインはそんな彼女の肩をぽんっと叩いて一言。

「ま、当たってるにせよ外れてるにせよ……俺たちが考え込んだってしゃーねえことだろ? 最後は本人同士が決めるこった、ここでお前が悩み過ぎたって仕方ねえだろ」

 と言うと、今度はふわーあ……とウェインは大きなあくびをする。

 随分と眠たそうな顔色だ。今にも倒れそうというほどではないが、瞼は随分と重そうにうつらうつらとしている。

 だからフィーネが「眠たくなってきたか?」と訊いてやれば、ウェインは「んあ」と間の抜けた調子で答える。

「もう何だかんだ遅いしな……悪りい、今日はもう限界だわ」

 チラリと壁掛け時計を見て言った後で、ウェインは紐で結んだ髪を解くと……のそのそとベッドに潜り込んでいく。

 と、彼がベッドに横になれば――――やっぱりフィーネもすぐ隣に、さも当然のように入り込んでくる。

「電気、消していいか?」

「ん、頼むわ……」

 ポチっとフィーネがリモコンを操作して、部屋の電灯を消す。

 そうして灯かりの消えた、薄暗い部屋の中。今日も今日とてフィーネは隣のウェインを抱き枕代わりにして眠りに就く。

 ――――――はずだったのだが。しかし今日のフィーネはどこか様子が違っていた。

「……起きてるか?」

 灯かりを消してから、十分か二〇分ぐらい経った頃だろうか。

 薄暗い部屋の中、ウェインを抱き締めたまま……フィーネがぼそっと声を掛けた。

 ウェインは殆ど寝付いていたが、しかし完全に眠るまではいかないタイミングだったから……眠そうな声ながらも「……なんだよ、眠れないのか?」と訊き返してやる。

 するとフィーネは「少し、な」と頷いて。

「こんな月の夜は……なんだか、昔のことを思いだしてしまってな。そのせいかもしれん、妙に寝付けないんだ」

 細い声音で、どこか寂しそうな調子でポツリと呟いた。

 ――――こんな月の夜は、昔のことを思い出してしまう。

 遮光カーテンの隙間から微かに垣間見えるのは、うすぼんやりとした月明かり。

 そういえば、丁度こんな月の綺麗な夜だったと聞いたことがある。幼い頃にフィーネが……家族を目の前で奪われた日の夜は。

 優しい両親と、ミアという妹が居たらしい。幼かった頃のフィーネは小さな村で家族四人、幸せに暮らしていたそうだ。

 でも、そんな大好きな家族を――――彼女は目の前でゲイザーに奪われた。

 その凄惨な光景は、幼い彼女が目の当たりにするにはあまりにショッキングな出来事だったのだろう。その時の出来事がトラウマとなって彼女の心を深く傷つけて、フィーネから安らかな眠りを奪い取った。

 でも、そんなフィーネでも……ウェインが一緒に居てやればよく眠れる。

 しかし今、彼女はなんだか寝付けずにいた。

 それはきっと……あの夜とよく似た月明かりのせいだ。村を焼かれ、両親と妹を目の前で奪われた……全てを失った夜のことを思い出してしまって、フィーネの心を乱しているのかも知れない。

 要は、不安に駆られていたのだ。昔のことをふいに思い出してしまったから。

「……やっぱり、まだ思い出すと辛いのか?」

 それを知っているからこそ、察したからこそ、ウェインは普段のぶっきらぼうな態度は取らずに素直な声で訊いてやる。

 そんな彼を抱き締めたまま、フィーネはうんと小さく頷き返す。

「こうしてお前を抱き締めていれば、私は大丈夫だ。でも……たまにフッと思い出してしまってな。もう随分と昔のことなのに……思い出すたびに、胸が締め付けられて仕方ないんだ」

「……そういや、たまに夢にも見るって前に言ってたな」

「良いんだ、仕方ないことだから。こうして思い出してしまうことも、夢に見ることも……私にとっては大事なことかもしれないからな。いなくなってしまった父と母のことを、ミアのことを忘れないための、これは大切な記憶だから……例え、どんなに辛い出来事だったとしても」

 独白のように呟いてから、フィーネはぎゅっとウェインの身体を強く抱き寄せる。

 そのまま、強く抱き締める。どこにも行かないでくれ、私の傍に居てくれと……言葉じゃなくて、心で直接訴えかけるように。

 だからウェインも――力が強すぎて少しだけ苦しかったけれど、でも拒絶することなく。ただ黙って受け入れて、彼女のされるがままに抱き締められていた。

「……すまんな、付き合わせてしまって。話している内に落ち着いてきた、もう安心だ……やっと、よく眠れそうだ」

「良いってことよ、話ぐらい幾らでも付き合う……って言いてえとこだけどよ、すまんもう限界だわ。寝てもいいか……?」

 ウェインは最初の方こそいつも通りの声音で言ってたが、しかし強烈な睡魔には抗い切れないようで……後半の方はもうふにゃふにゃというか、ボロボロな感じの声だった。

 だからフィーネは「もういいぞ」と囁くと、そっと彼の頭を撫でてやる。

 撫でる指の隙間を、黒い髪がスッと流れていく。今は一本結びにしていないからか、彼の長髪は普段触るときと比べて少しだけ柔らかかった。

「ああ、そりゃ……助かるわ…………」

 そんな風に頭を撫でてやると、どうやら安心したらしく……限界を越えた眠気に引っ張られるがまま、すぐにウェインは寝息を立て始める。

 すやすやと、穏やかな寝息を立てて眠るウェイン。

 そんな彼の頭をそっと撫でてやりながら、自分の胸に埋まる彼の寝顔を見下ろしながら……フィーネは囁きかけて、そっと瞼を閉じた。

「…………おやすみ、ウェイン」

 そのまま、二人で眠りに落ちていく。瞼を閉じたフィーネの胸から、さっきまで感じていた不安は……もう、綺麗さっぱり消えていた。





(第一章『少女の抱く想いと、月夜に祈る願いと』了)

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