第一章:少女の抱く想いと、月夜に祈る願いと/04
それから数時間が経ち、昼休みが訪れれば。
「おーいお前ら、学食いこーぜ学食ぅー」
風牙に誘われる形で、ウェインたちは今日も今日とて学食棟に足を運んでいく。
ウェインとフィーネ、風牙とフレイア。転入して以来、なんだかんだお決まりのメンバーだ。そんな見慣れた面子で学食棟のテーブル席をひとつ占拠する形で、今日もいつもと何ら変わらない昼休みの時間を過ごすのだった。
「なあおいウェイン、お前今日の課題やった?」
「ああ当然だ。てめえと違って俺は真面目だからな」
「一言余計なんだよこの野郎! ……まあそれはそれとして、すまん後で見せてくれ」
「……また忘れたのか?」
「ちっ、ちげーし! やったけど部屋にノート置き忘れてきただけだし!」
「小学生かてめえは……」
「うるせー! 小学生並みの頭で悪かったなコノヤロー! どうせ俺の頭脳は子供ですよーだ!」
「いや何もそこまで言ってねえだろうが。……しゃーねえな、ひとつ貸しだぞ」
「うっひょい恩に切るぜ、あー助かった……」
「お前らな……食事中ぐらい静かに出来んのか」
「ふふっ、まあいいじゃないですかフィーネさん。賑やかな方が美味しく感じますし♪」
「まあ……そう、だな?」
いつものように言い合うウェインと風牙に、それを横目で見て呆れるフィーネと、どこか楽しそうに笑顔を浮かべるフレイア。
ちなみに席配置は例によってウェインとフィーネが隣り合わせに、対面にフレイアと風牙といった感じだ。空きっ腹を満たすべく箸を動かしつつ、馬鹿なことを言い合う男二人をフィーネとフレイアが眺めている、といった具合だった。
「んでんでフィーネちゃん、結局お二人さんのエアチェスはどっちが勝ったんだよ?」
「持ち越しに決まっているだろう、休み時間だけではとても時間が足りん」
「まだ互角の勝負、といったところですね。チェックメイトはまだ遠そうです」
「何ならこの場で続きを始めても、私は構わんぞ?」
「いえ……食事中ですし、また今度にしましょう」
どうやら例のエアチェス、まだ決着はついていないらしい。
ちなみに二人とも、対局の進行状況はバッチリ記憶しているはずだ。今どの駒がどの位置に乗っているか、相手の駒はどこにどれだけ残っているか……フィーネもフレイアも、端から端まで全て頭に入れているに違いない。
今更過ぎて言うことでもないし、分かり切っていることだから風牙も言わなかったが……三人の話を横で聞いていたウェインは、改めて二人の頭の良さを思い知っていた。
頭が良い、というのはイコール座学の勉強が出来るというわけではない。まあ勉強が出来るに越したことはないのだが、この二人の場合はそんな次元の話じゃないのだ。
根本的に頭の造りが違う、と言い換えても良いだろう。
記憶力もそうだし、大局的な視点が出来る……戦術眼に優れていると言っても良い。もっと簡単に、頭の回転がめっぽう早いと表現しても構わない。
とにかく、思考力とその速度が抜群に早いのがこの二人なのだ。
フィーネがやたら頭の回るタイプだというのは、ウェインも長い付き合いだからよく知っている。
だが……フレイアはそんな彼女に勝るとも劣らないと、少なくともウェインはそう感じていた。
もしも敵になるとしたら、これ以上なく厄介な存在かもしれない――――。
同時にそう思ってしまうほど、フレイア・エル・シュヴァリエは天才的な頭脳の持ち主だった。
――――超次元帝国ゲイザーと通じている内通者は、この学院のどこかに居る。
あまりに平穏な日々が続き過ぎて忘れがちだが、ウェインとフィーネはあくまでエージェントとしてこの学院に潜り込んでいるのだ。学院で息をひそめているであろう、ゲイザーの内通者が誰なのかを突き止めるために。
……その内通者は、このフレイアじゃないとは決して言い切れない。
もしかしたら風牙かも知れないし、担任教師のエイジ・モルガーナかも知れない。はたまた全く別の誰かかも。少なくとも……この学院に居る誰かなのは確実だ。
それを思えばこそ、ウェインはごく自然にそう思ってしまっていたのだ。敵に回す相手として、フレイアは最も厄介な存在になり得ると……。
もちろん、そうであって欲しくないと思う気持ちはウェインにもある。きっとフィーネも同じ思いだろう。右も左も分からないまま潜り込んだ学院で、ここまで仲良くしてくれている相手を……敵だとは思いたくない。
だが、油断は禁物だ。故にウェインは個人としての気持ちはともかくとして、スレイプニールのエージェントとしての部分で……フィーネ以外の全員を、ある意味で分け隔てなく平等に疑っていた。
それは何も、この二人を信頼していないというわけじゃない。私情は別として、職務上そういう可能性も考慮しているだけなのだ。
「しかし風牙、また課題をサボりましたね?」
「うえっ、急に蒸し返してくるじゃんフレイア……だからサボったわけじゃねーって」
「私には隠しても無駄ですよ? もう……テストの成績もそうですが、風牙は出来ないわけじゃないんです。やればちゃんと出来るのは、私が一番よく知っていますから。もう少し真面目にやってみたらどうです?」
「うへー……言い返せねえ……」
「なんなら今度の期末、私が付きっきりで見てあげても良いんですよ?」
「そ、それは勘弁! いや赤点回避の為にはその方が……いや、いやいやいや! 勘弁してくれってフレイア!」
……なんて真面目なことをウェインが考えている間にも、風牙とフレイアはこんな風にやり取りを交わしている。
フレイアは基本的に誰に対しても物腰柔らかで、敬語調の丁寧な喋り方をする少女だ。それは風牙が相手でも変わらないのだが……なんというか、彼のときだけはほんの少し砕けた調子な気もする。
きっと、それは二人が幼馴染だからなのだろう。互いに幼い頃からの気心の知れた仲なのだから、フレイアの態度が自然と砕けていても自然なことだ。
と、ウェインの方はそう思っていたのだが――――しかし隣のフィーネは違っていて。
(ううむ、これは……)
風牙に対するフレイアの様子を見ている内に、どうやら何かを悟り始めた様子だった。
「……なあ、フレイア――――」
でも、これはあくまで勝手な憶測。本人に聞いてみないことには始まらない。
だからフィーネは意を決して、フレイアに声を掛けてみたのだが……しかし風牙を相手に楽しそうに話す彼女の横顔を見ている内に躊躇してしまい、言いかけた言葉を半ばで引っ込めてしまう。
「? フィーネさん、どうかしましたか?」
そんな言葉半ばで引っ込めたフィーネに、きょとんとした顔でフレイアが首を傾げる。
が、フィーネは言いかけた言葉を言い直したりはせず。
「……いや、なんでもないんだ」
とただ一言、首を横に振るだけだった。
(これは……私の思った通りなのかも知れんな)
きょとんとしながらも、また風牙との会話に戻っていくフレイア。
そんな彼女の様子を見つめながら、フィーネは……風牙に対してフレイアが抱く、その胸に秘める感情の正体を悟るのだった。
(フレイア……やはり、お前は)




