第一章:少女の抱く想いと、月夜に祈る願いと/03
「F3、ポーン」
「でしたら……G6、ビショップ」
「ふむ、そう来たか。ならばC3、ナイト」
「…………なあウェイン、この二人は一体なーにやってんだ?」
そんな日の、ある休み時間のこと。
椅子に腰掛けたまま、目を瞑って口頭で何かのコミュニケーションを交わすフィーネとフレイア。そんな二人の……どこか暗号じみたやり取りを見て、風牙は不思議そうに首を傾げながらウェインに訊く。
するとウェインは頬杖を突いたまま、気怠そうに一言。
「何って、見りゃ分かんだろ。エアチェスだよエアチェス」
「エアチェス……って、何のこっちゃ」
「読んで字のままだ。頭の中で盤面を作って、駒の動きをシミュレートするんだ。……G6、ナイト。お前のビショップは頂きだ」
と、ポカーンとする風牙に横から答えるのはフィーネだ。
「ふふっ、教室にチェス盤を持ち込むわけにもいきませんからね。フィーネさんが出来ると仰ったので、試しているところです。……ではG6にポーンを。引き換えにナイトを頂戴しますね」
更に続けてフレイアも――対局を続けたまま、風牙にそう説明する。
「…………マジかよ」
すると言われた風牙はあんぐりと口を開けたまま、完全に絶句した様子だった。
――――エアチェス。
他には脳内チェスという言い方もあるか。今まさにフィーネが説明した通り、実際の盤面と駒を使わずに、互いに想像するのみでチェスを楽しむという……簡単に言えば、人間離れした対局方法だ。
そんなエアチェスは、フィーネが得意とするもののひとつ。暇なときは一人二役でやることもある……と、ウェインも前に聞いた覚えがある。
とはいえ、こんな芸当は流石にウェインでも出来っこない。だから風牙が驚くのも仕方ないと思っていた。
「えぇ……エアチェスってなんだよ……どんな頭の構造してたら出来んだよ」
「んなもん俺が聞きてえよ」
今のは完全に本音だった。
エアチェスは単純なチェスの腕前だけじゃなく、互いに駒の配置と動きを思い描いて、更にそれを正確に記憶する必要がある。そんな離れ業……一体全体どんな頭の構造をしていたら出来るのか、是非とも二人に訊いてみたいところだ。
「まー、フレイアの頭の回転は昔っからエラく早かったからなあ。こんな芸当出来ても当たり前か。それについていけるフィーネちゃんもスゲえんだが……」
「ちなみにお二人さん、今はどっちが勝ってるんだ?」
うんうんと一人で唸る風牙の横で、ウェインが何気なく訊いてみる。
するとフィーネは「五分五分だな」とチラリと横目を流しながら頷いて。
「思いのほか手ごわい相手だ、これは長い勝負になりそうだな」
「ふふっ、それはこちらの台詞ですよ。これほどまでに拮抗した勝負……とても、久し振りですから」
「ほう、意外だな? ここまでの打ち手、誰も放っておかないと思うが」
「チェスを嗜む方は、私の周りには少なかったですから。なので前は風牙によく相手をして貰っていたのですが……えっと、その、手加減が大変だったので」
「おいサラっとひでえこと言うなぁっ!?」
フィーネとの会話の中でポロっとフレイアが漏らした本音に、風牙が勢いよく突っ込めば。フレイアは「冗談です」と微笑みかける。
「少し、風牙をからかってみたかっただけです」
「ひっでえなあ……いや俺がチェス下手くそなのは事実だけどよ」
「良ければ、今度久し振りにやりましょうか」
「いやぜってー秒で負けるだろ……オセロなら良いけど」
「……そういえば、オセロで遊んだ時も手加減するのに一苦労でしたね」
「ねえ笑顔でひっどいこと言うのやめてくんない!?」
「ふふっ、だから冗談ですって♪」
「冗談に聞こえないってえの! マジだったよね、絶対今の顔マジだったよねぇ!?」
「私が冗談と言ったら、冗談なんですっ」
「嘘つけぇーっ!!」
楽しそうに風牙をからかうフレイアと、からかわれながらも突っ込みだけは続ける風牙。
そんな二人の微笑ましいやり取りを眺めながら、エアチェスの対局を進める傍らで……。
(ふむ……)
…………フィーネの中で、ある疑問が浮かび始めていた。




