第八章:騎士決闘/01
第八章:騎士決闘
それから数日が経過して金曜日。週末のこの日……遂に決闘の当日が訪れた。
場所は学園都市エーリスのアリーナエリアのひとつ、以前にも使った小規模スタジアム型のフィールド、通称コロシアムと呼ばれている場所だ。この巨大な競技場が、今日の決闘の舞台らしい。
――――と、そんなスタジアムの観客席には、今日は何故だか大勢の観客が詰めかけていた。
その殆どはエーリス魔術学院の学生たちだ。一応は授業中の時間のはずなのだが……制服を着た多くの学生は今、二人の決闘を目当てにこのスタジアムに集まっている。
恐らくは各クラスの教師が後学のためにと、特別に見学を許可したのだろう。何せこの一戦、普通じゃ考えられないような戦いになるのは目に見えている。
かたや天賦の才で知られた雪城コンツェルンの御曹司が駆る、同グループが技術の粋を集めて造った究極のナイトメイル。そしてもう片方は、謎の転入生の駆る翼の生えたナイトメイルだ。普通の実技授業ではまず見られないような戦い、授業をほっぽり出しての見学許可を出すのも頷ける。
だが――観客の大半はそんな真面目な目的じゃなく、単なる野次馬根性で集まっているのは明白だ。
なにせ、傍から見ればこの決闘、見目麗しい美少女を取り合っての戦いだ。まして仕掛けた方はあの雪城コンツェルンの御曹司、そして受ける側は少女とともにやって来た転入生。どちらが横恋慕なのかなんてどうでもいい。この年頃の少年少女にとって、色恋沙汰というのは一番興味を引く話題なのだから。
「ウェイン、そろそろ時間のようだ」
「へいへい」
と、そんな観客席を眺めつつ――グラウンドの手前にある入場ゲートで、ウェインはフィーネに見送られている最中だった。
「……勝てよ、必ずな」
フィーネに言われて、ウェインは「わーってるよ」といつも通りのぶっきらぼうな調子で頷き。
「ま、最初は乗り気じゃなかったがな。んでも……なんでだろうな、今じゃ野郎との喧嘩が思いのほか楽しみになっちまってよ。だから手加減なんてしてやらねえ、全力で行かせて貰うぜ」
なんてことを、またいつかのようにニヤァッと悪そうな笑顔を浮かべながらうそぶいてみせる。
そんな彼に、フィーネは「ふふっ……お前らしいな」と小さく笑いかければ、
「んっ……」
と、彼の頬にそっと小さなキスを落とす。
触れ合う時間は、ほんの一瞬。僅かな口付けをウェインの頬に捧げると、フィーネはキスをした頬にそっと人差し指を押し当てて。
「今はこれでお預け、続きは終わってからのお楽しみだ。……私のキスを、お前以外に奪わせるんじゃないぞ」
なんてことを、いつものように堂々とした態度で――――でも、ちょっとだけ頬を朱色に染めながら、フィーネは言う。
そんな風な彼女に、ウェインは「言うまでもねえよ」と口角を緩めつつ。
「んじゃあフィーネ、行ってくるぜ」
「……ああ、行ってこい!」
最後にコツンと拳同士を打ち付け合ってから、ウェインはグラウンドへと足を踏み出していく。
――――と、そんなウェインたちの対面にある入場ゲートでは。
「頑張ってくださいね、風牙」
「言われんでもそのつもりだって―の」
風牙もまた、フレイアに見送られている最中だった。
「切っ掛けはどうであれ、勝負は勝負です。どうか全力を尽くしてきてください」
「おうよ、フレイアも見送りあんがとな」
ニッコリと人懐っこく笑う風牙に、フレイアは「……頑張ってくださいね」と、少しだけ寂しそうな顔で笑いかけて。グラウンドに向かって踏み出していく彼を、独り見送るのだった。
――――対面の入場ゲートから、ほぼ同時に現れたウェインと風牙。
そうして二人がグラウンドに姿を現せば、コロシアムにわあっと響くのは大きな歓声。周りをぐるりと取り囲む観客席から割れんばかりに響いてくる黄色い声が、今まさに決闘に臨まんとする二人を盛大に出迎えていた。
と、そんな観客席を見てみると……どうやら、居るのは六割がたが女子生徒のようだった。
まあ、ある意味で当然のことだろう。ウェインも風牙も、客観的に見てルックスはかなり整っている。そんな顔の良い二人が、一人の美少女を取り合っての決闘……色恋沙汰にとても敏感な年頃の彼女たちが、嬉々として詰めかけるのも当然といえば当然のことだった。
ちなみに、残る四割の男子たちも似たようなものだが、どちらかといえば野次馬根性の方が勝るといった様子。どちらにせよ、後学のために二人の戦いを見ておこう……なんて真面目な目的で見に来ている奴なぞ、ほぼ居ないに違いない。
――――と、そんな黄色い大歓声の中で、二人は向かい合っていた。
「へへっ、とうとうこの日が来ちまったな」
「俺なんて楽しみで夜も眠れなかったぜ、なにせ今日でフィーネちゃんが俺のモノになるんだからよ」
強気な言葉には同じぐらい強気に返して、ウェインも風牙も、どちらも闘志剥き出しのギラついた瞳でお互いを睨み付ける。バチバチと視線同士で火花を散らし合う中……二人の顔に浮かぶのは、凶暴さを隠そうともしない獰猛な笑顔。
そんな風に言葉と視線で火花を散らし合いながら、ウェインは風牙に語り掛ける。
「……俺はよ、どうやらお前のことを誤解してたみてえだ。この間の件で見直したぜ、お前のこと。最初にワケの分かんねえ理由で突っかかってきやがったからよ、だからお前のこと、イケ好かねえ野郎だと思ってたが……そんなお前のこと、俺は存外気に入っちまったらしいんだ」
「へッ、そいつは俺の台詞だってーの。お前……意外とイイ奴だったんだな。最初は突っかかって悪かったよ、その件に関しちゃ謝らせてくれ」
「今更だ、とうに水に流したことだろ?」
「……だがな、フィーネちゃんのことだけは別だ! 俺は欲しいと思ったモンは何だって手に入れなきゃ気が済まねえ……一目惚れだったんだよ、フィーネちゃんに!」
「へえ?」
「転入してきたあの日、俺の胸がときめいた! 一目惚れだったんだ……俺にはあの時、あの瞬間! あの娘が女神に見えた! だから……ウェイン・スカイナイト! 俺は今日、お前に勝ってフィーネちゃんを手に入れる! 例え奪い取ってでも……力づくでも! それが俺の……雪城風牙のやり方だぁっ!!」
心の底からの本音をぶつけるように、大声で吠える風牙。
そんな彼の雄叫びに、ウェインも「いいねえ、気に入ったァッ!」と楽しげな顔で吠え返す。
「ただし、てめえが負けたらアイツのことは綺麗さっぱり諦めて貰うぜ! それでも構わねえよなァッ!?」
「あたぼうよ、男に二言はねえ!!」
〈これ以上の問答は不要というもの。ならば……参りましょう、ウェイン!〉
「おうよ! 全力で行くぜ! さあ来い! ――――ファルシオンッ!!」
雄叫びを上げて、ウェインは左手に握り締めた白い短剣――ファルシオンを天高く突き上げる。
瞬間、彼の身体を包み込むのは目も眩むような激しい閃光。その一瞬の輝きの後、ふわりふわりと白い羽根が舞い散る向こうに現れたのは――――白い翼の魔導騎士、ファルシオン。
「オーケイ、真打の出番って奴だ!」
ファルシオンが現れると同時に、風牙も左手をバッと身体の前に構えて……その手首に着けた、細い金のブレスレットを激しく輝かせる。
「この生命、燃やし尽くす時だ! ――――天雷ッ!!」
左手首のブレスレット、その黄金の輝きが一層増したと同時に、空から突如として迸るのは強烈な稲妻。
バシンと空から叩きつけられた稲妻は風牙を激しく打ち、その身体を閃光の向こうに掻き消して――――そして姿を現すのは、鮮やかなオレンジ色のナイトメイルだった。




