第六章:少女たちの休日/03
「お腹も減ってきたことだ、そろそろ昼にしようか」
ひとしきり水族館を満喫すれば、次にフィーネが言い出したのはそんな一言だった。
言われてみれば、確かにもう昼過ぎの時間だ。言われたウェインも急に空腹感を覚えて、思わず腹の虫を鳴らしてしまうほど。ちょうど水族館を出たところだし、タイミング的にも丁度いい頃合いかもしれない。
「んじゃあ、そろそろ飯にすっか」
「うむ。とは言ったものの、どこにしようか……」
「調べりゃいいだろ、そんぐらい」
言いながら、ウェインが懐からスマートフォン――学生証代わりの例の端末とは違う、私物のそれを取り出したのを見て、フィーネもそれに倣い自分のスマートフォンを手に取る。近くにいい店がないか、探すのならこれが一番だ。
そうして、二人揃って調べること十分少々。
「ウェイン、良さそうな店を見つけたぞ。ここからそう遠くはない、行ってみるとしよう」
また急にフィーネは言い出せば、有無を言わさずにウェインを引っ張っていく。
そんな風に彼女に引きずられていった先は……どうやら、レストランのようだった。
メインストリートから一本入った横丁にある店で、小ぢんまりとした店構えなものの、雰囲気はどこか上品で洒落ている。見るからにお高そうな感じの店だ。
そんなレストランの戸を、フィーネは何のためらいもなく潜っていく。
「おいおいおい……」
戸惑いながら、彼女に引っ張られる形でウェインも一緒に入っていくと……店の外見に違わず、内側も中々に洒落た雰囲気だった。
店内はほんの少しだけ薄暗くて、暖色系の明かりがぼんやりと照らしている。微かに軋む板張りの床に、地味過ぎない程度のシックな調度品。客席のテーブルに掛けられた白いテーブルクロスには一点の曇りもなく、なんというか……見るからに高級感のある感じだ。
昼時なのに店内に居る客の数はまばらだったが、その誰もが落ち着きのある所作の、見るからに品格のある者ばかり。いわゆる高級店なのはもう疑いようがなかった。
そんな店に入っていくと、フィーネはやって来たウェイターと二、三言交わしてから、通された席にウェインを引っ張っていく。予約なしの飛び込みだったが、意外と大丈夫だったようだ。
「おいフィーネ、ンなとこ俺たちみたいなのが入っても良いのかよ……」
そうして通された席に向かい合わせになって座り、ランチメニューを見てさっさと注文をしたフィーネに……ウェインはなんとも言えない表情でボソリと囁く。
しかし、フィーネはそんな彼に向かって一言。
「お前は気にし過ぎだ」
と言ってバッサリ一蹴してしまう。
「我々が誰であろうと、店にとっての客であることに変わりはないんだ。恐縮する必要はどこにもない、もっと堂々としていればいい。やっていることは普段の任務と何も変わらない……違うか?」
更に続けてフィーネが口にするのは、まあなんとも彼女らしい堂々とした答えで。そう言われてしまえばウェインも諦める他になく「分かったよ……俺の負けだ」と小さく肩を竦めて、大人しく昼食を楽しむ方向に頭を切り替えることにした。
「おっ、来たようだぞウェイン」
そんなやり取りから少し後、料理は思いのほか早く運ばれてきた。
やって来たウェイターが完璧な所作でコトン、と静かに皿を二人の前に置く。
まずは前菜からだ。フィーネが注文したのは昼のコース料理だから、前菜から順番に運ばれてくる形になる。
「なるほど、これは評判通りかも知れんな。では頂くとしようか」
「んだな」
予め用意されていた銀製のナイフとフォークを手に取り、二人は料理に手を付け始めた。
右手のテーブルナイフで前菜を静かに一口大に切り分けて、左手に持ったフォークで丁寧に頂く。
そんな所作は、フィーネはともかくとして――意外にウェインも完璧なものだった。
一見すると荒っぽくてガサツそうな彼だが、そこは流石にスレイプニールのエージェントなだけはある。任務の一環で会食の場に潜入することも少なくないためか、こんな彼でもテーブルマナーは完璧だったりするのだ。
「うん、これは中々に美味いな!」
「そんなにか?」
「そんなに、だ! ウェインも食べてみるといい、病みつきになるぞ!」
「分かった分かった。――へえ、ホントに美味いな」
「だろう、そうだろう! 思った通りだ……ここにして正解だったな、ウェイン!」
幾つかの前菜を食べてから、次に肉料理を主としたメインディッシュが運ばれてきて……そんな出された料理全部をフィーネは美味しそうに、それこそ子供のように無邪気な笑顔で喜んで食べている。
そんな彼女をすぐ目の前から眺めつつ、自分も出された料理に舌鼓を打ちながら……フィーネの無邪気な笑顔を見ていると、ウェインは不思議と満足した気持ちだった。




