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ドライアドさんと焼きリンゴ

ワタルは、ようやく半年前に注文したテントを手に入れた。

ポールをどうするかという問題については、より好適な素材が見つかるまで、グリーンドラゴンの骨を削って作成したポールで代用することにした。

適度名粘りのある金属は、アルミニウムかマグネシウムの合金で作るしかないが、その比率や錬金の方法はワタルには分からなかった。

おれでも、できあがったテントは、設計時にワタルの詳細な注文の仕様を全て満たしており、軽くて丈夫、防水機能もあり、テント内の換気も考慮された、前世の山岳テントにほど近いものとなった。

これで野営がまた一段と楽しくなるとワタルは新しく手に入れたテントにご満悦であった。

ヴォルフガング商会では、さらに追加のお米、味噌、醤油を購入し、小麦粉も大量に購入した。ほぼ無制限の収納があるため、容量を全く気にせず「在庫あるだけ」という買い方で商会の人間を驚かせた。

また、ブランカが加わり、一度に消費する食事の量が格段に増えたため、魔石コンロは、ソロ登山サイズではなく、調理場用と言っていい、一番大きなものを購入した。魔石を原材料とする火力を調節出来るもので、最新式、値段も当然目が出るほどだったが、ベヒーモス討伐でさらに高額の報酬を得てしまい、ドラゴンの素材の買取でも高額な代金を受け取り、湯水のようにお金を使っているにも拘わらず、その支出を遙かに上回るお金が入ってきてしまい、口座の残高は増える一方だったのである。

しかも高ランクの冒険者であるにも関わらず、駆け出しの冒険者以上に野営で過ごすことが多く、食事もほぼ自炊しているため、宿泊費と食費が圧倒的に少ないのである。

酒は嫌いでないが、料理に合わせてワインやエールを飲む程度で、しかも街の飲食店で飲まないので、ほとんどお金を使わないと言っても過言ではない。

かと思えば、皿やフォークやナイフなどの食器類をミスリル製で求めるなど、普通の冒険者の斜め上を行くような高級素材の使い方を平気ですることから、決して倹約家という訳ではない。

さらに、大型のコンロに併せて、ご飯を炊く大きな鉄製の釜を買い足し、寸胴も従前のものより、さらに大きなサイズを3つ買い足した。

此で、キャンプというよりも移動する食堂というレベルの調理器具はそろったといってよかった。

なお、調理器具と言えば、ワタルはフランフールの鍛冶工房に、蓋の着いた円柱型の容器の真ん中に容器の中を通る棒を上部のハンドルを回すことで回転させる器具と、銅製の箱で観音開きの扉と底に引き出しと小さな排気口のついた、つまり燻製器を発注していた。

さらん、前世でいう注射器のシリンダーの部分のようなものもミスリル製で発注していた。

鍛冶職人はワタルの注文の意味が理解出来なかったが、ワタルが特注の代金を割り増しで払ったことから、文句一つ言わずに完成させ、ワタルはその出来に満足していた。

これでワタルが思い描くノマド生活をエンジョイするための器機はおおむね揃ったと考えていた。


となると、いよいよワタルはゲルマニアを離れ、キャンプしながらのスローライフを満喫する旅に出ようと決意し、ワタルはフランフールの街を後にした。


それから2週間、ワタルは、フランフールを出て真っ直ぐ南に向かい、深淵の森と呼ばれる魔王が居た頃は魔王の領地につながる森を経由して、ブリタニア王国辺境領に入った。

言わずと知れた、勇者クリスが魔王討伐の報酬として拝領を受けた領地である。

一応ワイガーで約束してしまったので、領主であり伯爵であるクリスを訪ねることにしたのである。


ワタルは、深淵の森の中にいた。

魔王が討伐されたことで、領主のいない土地ということになっているが、依然としてレベルの高い魔物が生息する地とあって、人が住む集落は存在しなかった。

ワタルにはソナーがあるため、敢えての戦闘を避けて進むことが出来たし。いくら強力な魔物の生息地とはいえ、新調したテントの防御力とミスリルのペグによる結界は、相手がベヒーモスやドラゴンでもないかぎりびくともせず、快眠を約束してくれる野営となっていた。

米も一度に大量に炊けるため、時間があるときに大量に米を炊いて、収納することで、毎日炊きたてのご飯を食べることが出来たし、肉もイノシシと羊と牛が大量にストックしてあった。


森に入って5日目、あと数日で辺境領にたどり着くという距離のところで、ワタルは森の中にある泉に出た。

それまでの鬱蒼とした森の雰囲気から、突然そこだけエアポケットに陥ったように、光が差し込み、泉は光の反射を受けて金色に輝いていた。

泉の周りには、禍々しい雰囲気など微塵も感じさせない小動物が水を飲みに集まり、花が咲き、夢のなかのような空間がそこにあった。


ワタルは初めてその地を訪れたにもかかわらず、どこか懐かしいような気持ちになり、昼前だったにも拘わらず、そこに野営し、なおかつ、特に予定もないのに、数日そこですごそうと思い立った。

ワタルは、泉の近くの平らな場所にテントを設営すると、念のため泉の水を鑑定し、飲用に適しているかどうか、不純物有害物質が混ざってないかを確認した。

何の問題もないばかりか、ワタルが自分の人生において一番美味しいと思った八ヶ岳の行者小屋前の水場の水と同じくらい美味しいと感じた。

その泉の水は、深淵の森の南にある、大陸でも南部の温暖な気候の地にあって、なお標高が4000mを超える山に積もった雨や雪が長い年月をかけて麓にわき出す伏流水であった。


ワタルの拠点である白馬も水の名所であった。白馬三山に降る雨と雪が麓の村に水も恵みをもたらし、名水百選のわき水も近所にあった。


その日の晩、ワタルはいつものようにテントの前でたき火を始めた。

春になり、日中は気温が上がったとはいえ、日が沈むとまだ肌寒い季節で、たき火の暖はありがたい季節だった。

ワタルは、先日ベヒーモスの皮を追加で入手出来たことで、たき火での料理に挑戦することにした。

材料は定番のスイートポテトの他、タマネギ、ショートホーンブルの肩肉に加え、キャンプデザートの定番焼きリンゴのためのリンゴであった。

まずは、火が通り憎いものから順に時間差でたき火の中にベヒーモスの皮で食材を包んで入れていき、できあがりの時間を合わせる。

ブランカもエメリーもワタルと同じ物を食べたがるので、全員の分を作るとなるとそれなりに量も多くなるので、時間をかけてゆっくりと食事をすることにした。

スイートポテトは二つに割って、皮を剥き、定番のバターを一片落とし、エメリーとブランカの皿にのせると、ワタルが自分の分を食べようとする前に、全部食べきって、「もっとー」とねだってきた。

人語が話せるようになって、遠慮もなくなった、というか人語が話せないときから同じ反応であったのかもしれないが、エメリーが何を食べたがっているかが分かるようになったので、リクエストの量も多くなっていった。

ショートホーンブルはベヒーモスの皮で包んで焼くことで、全体に均一に火が通り、肉質も柔らかく、しかも肉汁が逃げずにしっとりとした焼き上がりとなった。

炎を遮断しながらも熱だけを通すベヒーモスの皮は遠赤外線加熱に適しているらしい。

タマネギも同じで、しんなりして甘みが引き出されたタマネギに醤油を一滴垂らして食べると醤油の塩味がタマネギの甘さを強調し、丸ごとのタマネギをただたき火に放り込んで火を通しただけなのに、ものすごく洗練された料理に感じられた。

普段野菜など食べたがらないブランカも、このタマネギはお替わりをねだった。

そして異変は、焼きリンゴの時に起こった。

ワタルとエメリーとブランカはたき火を囲んで焼き芋を食べながら、今はたき火の中のリンゴが焼き上がるのを待っていた。

リンゴは、芯をくりぬいて,中に砂糖とバターを詰め、こぼれないように、穴の空いた方を上にしてたき火の中に置く。たき火の薪は熾になっていて,白や黒の炭のところどこが赤く光っていた。

しばらくすると、ジューっという音と共に、あたりに香ばしく、そして甘い香りが広がっていく。

エメリーがピクッと動いたと思うと、「ご主人ー、誰か来たよ。」とワタルに話した。

その言葉が終わるか否かというタイミングで,ワタルの後ろに人の気配がした。

いくらソナーを使っていなかったとはいえ、そこまでの至近距離で気配が察知できなかったということは、ワタルの記憶にもなかった。

ワタルがあわてて、後ろを振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。

「ドライアドさんだね。」エメリーが言った。

エメリーは面識があるらしい。

「ドライアド、さん?」ワタルはエメリーに尋ねる。

「ドライアドさん、森の精霊さん。スライムとも仲良しなんだよ。」

精霊か、ファンタジーの世界だよな、って魔法とか魔物とか、ファンタジーの世界なんだけどね、と、そのドライアドさんはなぜ、ここに?

「あのー、エメリーはドライアドさんだと言っているのですが、どなたですか?」

ワタルは背後にいた少女に声を掛けてみる。普通に人の姿をしているが、ここは強力な魔物が出るという深淵の森で、夜に少女が一人で出歩いて良い場所ではない。

「良いにおい」

少女はうなされたかのようにそう口にすると、近づいてきて、たき火の前にいた、エメリーの隣に座る。

エメリーは何もなかったかのように、少女の膝に飛び乗ると、少女はエメリーを撫で始めた。

ワタルは何を話していいか、分からなくなり、再び静寂が訪れ、聞こえるのは、たき火の中のリンゴがシューっという先ほどより少し乾いた音がするだけだった。

その音も小さくなっていったのを合図に、ワタルはトングで一つずつベヒーモスの皮に包まれたリンゴをたき火の中から取りだし、皮を外してから、エメリーとブランカの皿に

一つずつ乗せて、目の前に置いていく。

少女はそれをじっと見つめ、視線が皿の動きに一致していた。

当然ワタルとしては、「食べる?」と聞くしかない。

「いいの?」少女がおそるおそる聞き返す。

「まだリンゴはたくさんあるからいいぞ。」

ワタルは自分の分だったリンゴを、新しいお皿に乗せて、ミスリルのスプーンと一緒に少女に渡す。

「ありがとう。」少女は満面の笑顔でワタルにお礼を言うと、焼きリンゴをスプーンで掬いながら食べ始めた。

「おいしい。」少女はリンゴの上に乗っているエメリーと味の感想を共有しているようだ。

ワタルは、リンゴをもう一つたき火の中に入れると、少女に向かって問いかける。

「それで、君は一体誰なんだ?こんな時間になぜ森の中に?エメリー、ってそこのスライムだが、君のことを知っているようだが、ドライアド?って何だ?森の精霊ってエメリーが言ったけど?」矢継ぎ早に質問を浴びせた。

少女は焼きリンゴを食べながら、「私、ドライアド、ドライアドっていうのは、森に生える植物の守護として、植物にとって平穏な場所を望む希望と信仰の気持ちが形になったもので、人の形をしているのは、話をする相手に併せて形を変えられるから。普段は植物の中にいて共生しているから、人には見えないの。知らない良いにおいがしたから、気になって見に来たの。」

少女はそう話し終えると、食べ終わった自分の皿を見つめ、寂しそうな顔をした。

ワタルは苦笑しながら、もう一つリンゴを取り出してたき火の中に入れる。

「時間はかかるけど、もう一つあげるよ。ちょっと待ってろよ。」

ワタルの言葉に曇りかけてた顔が再び笑顔になる。

ワタルは、「お腹がすいているなら、肉も芋も焼くけど食べるか?」と少女に聞いてみる。

「ううん。私お肉は食べられないの。これがいい。」少女は焼きリンゴがご所望のようだった。

「分かった。できあがるのに30分くらい掛かるから待っててもらう必要があるが。」

ワタルは少女に自分の分を渡したときに追加した焼きリンゴを先に少女に渡す。

それを見た、エメリーとブランカも、自分たちも食べたいとねだって来たが、キリがないので、ワタルは、「また今度な。お前らは肉も芋も食べたろ。」と言ってたしなめようとすると、それを聞いていた少女が、自分だけ2個食べているのが申し訳なさそうな静zんだ顔になった。

「分かった.エメリーとブランカの分も作ってやる。」ワタルは重い空気にんりそうだったし、別に作るのが面倒とか食べさせたくないと考えていた訳でもないので、リンゴをさらにたき火の中に入れていく。薪が燃え尽きてしまいそうだったので、薪も追加していく。再び炎が上がり、パチパチと燃える音がリンゴがやけ果汁が沸騰する音をかき消す。

ワタルは、2個目の焼きリンゴを美味しそう二食べているドライアドに「この森に済んでいるのか?」と尋ねてみる。

「森に住んでいる、というのか、森に限らず,この辺の植物は私自身でもあるというのか、ちょっとうまく説明できないけど、森の植物が見ている景色を私も見ることが出来るの。」

ワタルは、自分の分の焼きリンゴを取り出し、食べ始めた。エメリーとブランカがこっちを見ているが、一方にだけ先に上げると喧嘩になりそうなので、エメリーとブランカには後で入れた2個ができあがるのを待たせる。

その後、エメリーとブランカが美味しそうに2個目のリンゴを食べている間、何を話していいか分からなかったワタルも、特に会話を続けようという気持ちもなく少女が楽しそうにエメリーやブランカがリンゴを食べているのを見ている姿をほほえましく眺めていた。

夜も更けていき、そろそろワタル達が寝る時間になって、ワタルは少女に自分たちがそろそろたき火の後始末をして寝る時間であることを告げると、少女は笑顔で「美味しかった。ありがとう。また来てもいい?」そう尋ねてきた。

「ああ、構わない。ただ、今は行くところがあって、この森は立ち寄っただけなんだ。まあ、あちこちでキャンプはしているけど、いつでも来ていいぞ。ただ場所は決まってないので、見つけられるならという話になるが。」

ワタルは、ずっと同じ場所にいる訳ではないことを説明する。

「それは大丈夫、木や草や花のあるところなら、どこにでも行ける。」

少女は嬉しそうにそう言うと、「ありがとう、さよなら」と言って、スーッと消えていった。

人間ではなかったらしい。精霊と聞かされてもピンと来なかったワタルであったが、目の前で消えていった少女をみて、話を信じる気になったのだった。






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