ホットサンド
翌朝、ワタル達は予期せぬ訪問を受けていた。
荷馬車を襲った狼の群れのボス、銀狼王がワタル達のテントに単独でやってきていたのだった。
「恥を忍んでお願いしたいことがある。」
銀狼の王は、静かに語り出した、彼らは元々森の奥深くに縄張りを持って、ウサギや鹿、イノシシなどを狩り、暮らしていたのが、2ヶ月ほど前に森にグリーンドラゴンが住み着き、自分たちの縄張りが奪われたばかりか、餌としていた小動物がドラゴンの気配におびえて姿を消してしまい、食糧難に陥っていたため、森の入り口までテリトリーを広げ、道行く人間まで襲うようになっていたのだった。
修行中に襲ってきた狼も、群れの一匹なんだろうか。
ワタルは話を聞きながら、そうだとすれば悪いことをしたな、事情を知っていればもてあましているキマイラぐらい上げたのに、と考えていた。
頼みというのは、要するに、ドラゴンを追い払い、縄張りを奪い返したいというものだった。
何度もすでに試みたという。その都度犠牲だけを出して撤退を余儀なくされていたとのことであった。
銀狼王だけが狼の群れでは抜きんでた力を持っていても、所詮狼と竜、一対一では到底竜には及ばない。その他の狼は戦力として数えるには余りに実力差がありすぎた。
ワタルは横で話を聞いていたコルに、どうしたものか尋ねてみた。
言っても、グリーンドラゴンも正当な竜種である。古龍とは別の種類とは言え、目の前で竜の討伐とかあまり聞きたい話でもないだろうし、ワタルとしても銀狼王の依頼に二つ返事で応じられるものでもなさそうだった。
ところがワタルの意に反し、コルは乗り気だった。
「ブランカの訓練にはちょうどいい相手だ」とコルは言う。
「いや、いくらブランカが古龍の系譜でも、幼竜と成竜との間には実力差があるだろう。」ワタルは慌てて止めに入るが、コルはどこ吹く風だ。
「グリードラゴンごときに遅れをとる我らではないぞ。グリーンドラゴンの爪ごとき、我はおろか、ブランカの体にキズ一つ付けることも出来まい。」
その自信がどこからくるのか不明だが、コルがいいなら、まあいいかと思うワタルである。ワタル達は銀狼王の後について森の奥深くへと入っていった。
森の木々の合間を歩くこと、2時間、周りの木々が焼け落ち、見通しが良くなった広い小高い丘の上に,その大きな巨体が居た。
銀狼王はその姿が見える前から、すでに全身殺気で纏わせていた。もちろん、コルもワタルも、その存在に気付いていた。
ワタルは,念のため殺傷能力の高いメインの武器であるアイスアックスを両手に持ち替えていたが、コルは呑気に、ブランカに、「あれを相手に戦ってご覧」と話していた。
今にも飛びかかりそうな銀狼王の横で、ブランカが元のサイズに戻り、翼を広げて威嚇する。
いくら多少は大きくなったとはいえ、目の前のグリーンドラゴンとの体格差はまだ5倍はありそうだった。
本当に勝負になるのだろうか。
ワタルは念のため、いつでも助勢できるように身構えながらも、コルに任せておくことにした。
グリーンドラゴンの咆哮が戦いの合図となった。
銀狼王は、素早くドラゴンの足下に潜り込み、足に噛み付いた、がそれを一瞥もくれずにはじき飛ばすと、竜はまっすぐコルを見据えていた。
この場での最大の脅威はやはり古龍であるコルだろう。人の形のままであっても、その全身から放つ存在感は古龍のものだということが目の前の竜にも感じ取れているらしい。
ブランカは空中に飛び上がると、そのまま竜に向かって急降下し、鋭い前爪で引き裂こうとした。
緑竜は、空から飛んでくるブランカを地上で迎え撃つように、前足を上げて応戦する。足の長さの分だけ緑竜の法が先に相手の体に攻撃が届き、ブランカはそのまま地面にたたきつけられた。
それでもコルは、「相手の動きをよく見て、攻撃が通るところへ、通る方法を見つけなさい。」と叱責している。結構スパルタだな。
もっとも見た目は派手にはね飛ばされていたが、ブランカの体表に大きなキズはなく、緑竜の攻撃もブランカに大きなダメージを与え切れていないのは見てとれた。
緑竜は自分に向かってくる狼と幼竜に戸惑いつつも、目の前で最も強大な存在である古龍から目が離せないでいる。それは当然隙となり、子供とは言え古龍に進化する黒竜の特異臭である白竜の噛み付きを受けることになる。
見た目にも痛々しいその攻撃は緑竜の首筋に大きなキズを残すことになり、緑竜の敵意の対象はコルからブランカに移っていた。
助太刀を頼まれたワタルは、出番がなくても良いのかなと見守りながらも、念のため警戒だけは怠らないようにした。
緑竜は首に噛み付いたブランカをなんとかふりほどくと、空中に飛び上がり、雄叫びを上げた後、大きく息を吸い込み始めた。
おそらくドラゴンブレスの予兆だろう。ワイガーの避難小屋では、クリスが聖剣でドラゴンブレスを叩き切るという常識を斜め上に飛び越えた力業ではねのけていたが、ワタルには同じ真似は出来ない。射線上に入らないように身を躱す他ないが、コルとブランカは大丈夫なのだろうか、と思っていたら、ブランカもブレスで、これに対抗しようとしていた。
「ブランカもブレスが使えるようになったのか。」
ワイガーではクリス達に向けてブレスを放っていたブランカであるが、あれは呪いの影響下にあって、小さくて可愛かった頃のブランカとは別物である。呪いが解けて今の状態になってから戦闘でブランカがブレスを使うところは見たことがなかった。
ブランカも本能からか、ブレスにはブレスで対抗しようとしたが、いかんせん規模と威力は成竜と子竜のそれである。比較にはならなかった、が、横で見ていたコルが人の形のまま、口を開けて、ブレスを放ち、緑竜のそれに対し、相殺出来るほどの威力のないブランカのブレスを後押しし、ブレスは緑竜の口の中で破裂した。
大きなダメージを受けることになった緑竜は、生死を賭けた最後の一撃と全身に闘気を纏わせ始め、尋常ではない魔力が集まってきていることをその場にいた全員が感じ取れるほど空気が張り詰めていた。
そのとき、それまで傍観していたワタルが、ワイガーでブランカを押さえつけた最大級の魔法、それは魔王を討伐して大賢者の称号を得たリディアにも不可能な重力魔法を発動し、重力の3倍の力をもって、緑竜を押さえつけ、緑竜による最大にして最後の攻撃、それが何だったかは分からなかったが、を未然に防いだ。
身動きできなくなった緑竜に最後とどめを刺したのは、銀狼王だった。それまでほぼ忘れられた存在だったが、ブランカが噛み付いたことで出来た首筋の傷跡に再び銀狼王が噛み付いたことで、その箇所は銀狼王の牙をはねのける硬度が失われていた。
牙は、緑竜の首の血管を千切り、緑竜は、断末魔の叫びと共にそのまま前のめりに倒れた。
戦いは危機らしい危機もなく、ワタル達の圧勝となった。
そして、この緑竜との戦いによっていくつかの変化が訪れていた。
まず、緑竜にとどめを刺した銀狼王の体が光り輝き、その光が収まってくると、そこには従前の倍以上の大きさで、銀の毛並みが白銀に色を変えて光を増した狼がそこに居た。
ついでブランカは、さらに体が大きくなり、爪が大きくなっていた。
さらに、戦いには参加していなかったエメリーにも変化が生じていた。緑竜の討伐に経験がもたらす進化はパーティーの一員たるエメリーにも等しく恩恵を及ぼすようだった。
その進化は、ワタルが緑竜の解体を始めたときに明らかになった。
竜の素材は捨てるところがなく、鱗、皮、爪、牙、肉、血、内蔵、その全部が買取の対象となり、いずれも入手困難なものとして高値が付いていた。
ワタルは、重力魔法よりもさらに高度な反重力魔法によって息絶えた緑竜を銀狼王のトドメによって出来た傷口の首を下にして、血抜きした血液を容器に貯めようとしていた。
こればっかりは、エメリーに血抜きを頼むと、エメリーが血を消化してしまうので、手作業でやるしかなかった。
ところが、ワタルの目の前で、エメリーは緑竜に飛びつき、いつものように血抜きを開始してしまう。
ワタルは、慌てて、エメリーに今回は血抜きはしなくていい、と止めさせようとするが、エメリーは緑竜の首筋に張り付いたままであった。そしてその進化が起こった。
エメリーは、緑竜の首に張り付いたまま、触手を容器の中に伸ばすと、そこから血を容器の中に注ぎだしたのである。鑑定してみたところ、紛れもなく緑竜の血だった。
エメリーはワタルが緑竜の血液を集めているのを理解し、血抜きだけでなく、その血を集めるという作業もできるようになっていた。
これにより、あっという間に緑竜体内の血液を一滴残らずあっという間に採取出来、ワタルにも極めて負担の重い反重力の魔法が短時間で解除出来ることとなった。さらに、血抜きを短時間で済ませることが出来たことから、竜の内臓が極めて新鮮なまま採取出来た。
竜の鱗をはぎ取り、下の皮を丁寧に肉から剥がしていくことで、キズのない竜の皮が手に入った。
すでにワイバーンでテントを製作注文しているワタルだったが、ワイバーンを超える竜の皮で、ワイバーンの山岳用のテントと異なり、多少重くなっても構わない平地用の多人数ベースキャンプテントをこの皮で作ろうと考えるのだった。
世の冒険者が一生掛かっても自分の鎧の素材にと血の涙を流して悔しがる使い方をワタルはあっさり選択するのだった。
また、ワタルは、内臓の中でも、血管と胃の膜が酸で融けないように、すぐにクライミング用のチョーク、つまり石灰岩と貝殻を粉末にした炭酸カルシウムで中和させると、キズを付けないように丁寧に取り分け、収納した。
ワタルの前世において登山の三種の神器の一つと言われるレインウェア、その素材である防水透湿の素材の代表格であるゴ○テックスはもともと人工血管の製造のための素材だったものが、その防水透湿の性能故に,アウトドアの素材に転用されたという歴史を持つものだった。それなら逆に実際の血管で、化学繊維のないこの世界で防水透湿のレインウェアを作ろうと考えたのである。
また、竜の爪は、ミスリルよりも硬度が高く、アイゼンの前爪の素材としては最適だった。
12本爪のうち真下に伸びる10本の刃は氷や岩に食い込み、自身の体重を支え、スリップしなければよいので、今のミスリルの刃で足りるが、前爪だけは氷や岩に蹴り込んで、その2本だけで垂直方向にかかる全体重を支えなければならない。
この間のマリウス鉱山のように、ミスリル鉱脈が地表に出ていることもあり、ミスリルの爪では、突き刺さらない場面というのも想定できるかもしれなかった。
元々助っ人として参戦した対緑竜戦であるが、銀狼王もブランカも竜の素材を必要としているわけではないので、ワタルにしてみれば、ガイドとしてのアイテムをグレードアップする良い機会となった。
なお、竜の肉だけは食材になるのだが、元々肉食獣のそれもは虫類の肉である。しっとりした食感と上品な白身の肉はワニよりも淡泊でありながら味わい深く、鶏肉のささみよりも遙かに美味しいことは否定しないものの、草食のほ乳類の肉質とうまみには及ばない。
それなら命を賭してまで竜をその食材として狩る理由には乏しい。
一応肉としては取っておくが、ベヒーモスの肉と同じ重さでの交換なら応じるけどな、そう思うワタルであった。
とりあえず、全員無事で緑竜戦を終えることが出来たので、その場で昼ご飯にすることにした。
それぞれに全員が活躍し、ワタルにはまた巨額のお金が入ってくることは確実であったため、お昼はお祝いに奮発して先日ベルリーの街で手に入れた貴族用らしいふんわりパンで、ホットサンドを作ることにした。
ツェルマーの鍛冶工房で買い求めたホットサンドメーカーの初使用である。
幸いピザソースにしか使っていなかったトマトソースはまだ十分にあり、カレーソースに至っては、ずっとエメリーやブランカと一緒だったことから、ご飯を炊いていないので、手つかずで残って居た。
ワタルは、ふわふわパンを薄く切り、トマトソースを塗って、葉物野菜、チーズを乗せ、スキレットで焼いた薄切りのショートホーンブルの肉を2枚重ねて、その上にトマトソースを塗ったスライスのパンをのせ、ホットサンドメーカーで挟んで、コンロの火の上であぶっていった。
もう一枚は、トマトソースの代わりにカレーソースを塗り、葉物野菜の代わりにドロタケのスライスと同じくスキレットで焼いたラージボアのスライスを挟んでホットサンドを作り、一つずつ全員に配った。
やはり晴天の下、思い切り体を動かした後の野外でのランチは最高だった。
ファンタジーにリアリティを求めても仕方ないんだろうけど、食材としてのドラゴンの肉ってワニとそっくりのはずなんだと思う。もともと肉食動物は繊維が多いのでワニもそうだけど鶏のささみと比較されることが多い。ファンタジー世界だとドラゴンのお肉はおいしいみたいな内容が多いけど、牛肉のほうがおいしいと思うのですよ現実的には。まあ現実の生物じゃないので夢があってもいいのでしょうけど。




