狼はキマイラを食べ、古龍はピザを食べる。
ワタル達が森にこもってブランカのレベルアップの修行を初めてから一月が経過した頃
ワタル達の元をブランカの父親が訪問していた。
何でも、ブランカ特有の魔力の波長は大陸のどこにいても分かるそうで、ワイガー山頂に呪いで閉じ込められていた時は、呪いのせいで,魔力の波長が歪められていて分からなかったそうだ。
こういうのも親子の絆っていうのかな。
ワイガーでは瞬く間に話が急展開して、尋ねることすら出来なかった経緯をたき火を囲みながら古龍は話してくれた。
ブランカの母親は、人間達がブランカを奪おうとしたとき応戦して命を落としたこと、そのとき自分は不在だったこと、以降、ブランカの行方と、ブランカを攫い、妻を殺めた人間を探し出して復讐し、ブランカを取り戻すために世界中を飛び回っていたことなど。
ブランカは父親の隣にいた。
生後3ヶ月を過ぎて、体も大分大きくなってきた。
そろそろテントに入れるのは厳しい状況で、かといって寒さに弱いブランカを野外に置いておくわけにはいかなかった。
ワタルは、古龍が人の姿になるように、ブランカも人の姿に変身できないのか尋ねてみた。古龍は首を横に振った。今はワイガーであった初老の男性の姿に変身している。さすがにいくらここが森だからといって、古龍のままの姿でたき火の前に座ってワタルと話をするだけの場所はない。
「幼竜には人の姿に変身出来る能力はない。成竜になった上に、人間そのものを十分に観察するだけの歳月が必要だ。もっともブランカは人間と暮らしているので、成竜になればそれほど時間を掛けずに人間への変身は出来るようになるだろう。」
ワタルは、「ベルリーでの出来事も踏まえ、ブランカの安全を保障出来るかどうか約束が難しい、古龍と一緒に居た方が安全ではないか。」と古龍にブランカを連れて帰ることを提案してみた。
古龍は、静かに「迷惑でなければ引き続きお願いしたい。ワタル殿を信用しておる。ワシはブランカを連れ去り、妻の命を奪った者を見つけ出して復讐しないと死んでも死に切れん。」
あと1000年以上は悠に生きそうな古龍にそう言われても、それより先に俺の方が死ぬだろうに、とワタルは思ったが口に出すのは無粋の極み、黙っていることにした。
「それでも、ブランカは大分大きくなった。これからもおそらく日に日にからだが大きくなるだろう。テントに入らなくなるし、宿にはなおさら泊まれない。大騒ぎになる。」
ワタルは現状の問題点を指摘した。
「それについては、ブランカも人に変身するのは無理だが、体を小さくすることは出来るじゃろ。」そう言って古龍は隣に座っているブランカになにやら話しかけると、ブランカの体が光り出し、小さくなっていった。最初に出会ったときの子犬くらいのサイズになって光が消えた。
「自由に出来るのか?それ。」
ワタルが尋ねると、ブランカは再び光り出し、元の大きさに戻った。
「おー、じゃあ今度から小さめで頼むわ。」ワタルがそういうと、ブランカは再び小さくなった。
「そういえば、あんたに名前はないのか?」
ワタルが古龍に尋ねる、
「名前というのは人族が使っているだけの概念だからの。わしらにはそういうものはないぞ。好きに呼んで構わん。」
「好きにといわれてもなあ。古龍・・・こりゅう・・・じゃあコルでいいかな。」
コルというのは山の二つのピークに挟まれた稜線上の一番低いところ、稜線を馬の背中に見立てて鞍部とも言われる地形のことである。
ワタルは登山家だったために、古龍から思いつく名前が真っ先にそこにいってしまった。
我ながら芸がないと思いながらも、一度結びついてしまうと、他には思い浮かばなくなっていた。
「古龍だからコルとはずいぶん安直じゃのう。まあ、好きに呼べと言ったのはワシじゃから、構わんのじゃが。それより、先日ブランカを襲ってきたというゴールドなんちゃら、という者が、ブランカに呪いを掛けた者なのか?」
古龍改めコルは、どうやらそのことを尋ねたくて仕方なかったらしい。
長年探していた復讐の相手かを確認したがっていた。
「正直分からないが、勘では違うと思う。成金が自分の力の象徴として竜を欲しがっただけのような気がする。」
「そうか。」
「それはそうと、ここから1km離れたところで、狼の群れが人を襲っているようじゃが。」
コルが突然話を変えた。
ワタルと話をしている間も周囲に気を配っていたようだった。
ワタルはすっかり油断して、索敵をおろそかにしていた。
あわてて、ワタルもソナーを発動する。コルの言うとおり、森の入り口であるここにほど近い街道に人の反応と、取り囲むように大群の魔物、コルは狼というところまで言い切っていたが、その反応がある。
「ブランカとエメリーを頼む。」
ワタルはコルにそう告げて、自身に身体強化を掛けて走り出した。
1km、1分弱か。間に合うか。
すぐにワタルの目の前に街道脇に脱線した荷馬車と商人と思われる人を護衛するように狼の群れとの間に立ちふさがる冒険者らしき人たち、護衛に雇われたのだろうが、が見えてきた。
死人は出ていないようだが、護衛の冒険者の何人かは片腕を押さえ、武器を持てなくなっている。間に合うか。
ワタルは大声を出して,狼の群れの注意を引きつけながら、手前に居た狼をポールではね飛ばし、荷馬車と狼の群れの間に割って入った。
狼は、突然現れたワタルに一瞬たじろぐも、すぐにワタルの前を左右に割れるように回り込み背後の負傷した冒険者を狙おうとしていた。
狼にしてはあまりに統率が取れすぎていた。ここまで洗練された動きはよほどのリーダーが居ると見るべきだろう。
ワタルは、群れの奥に注意して,そのリーダーを探していた。
多勢に無勢、頭を叩くのが常道である。
すぐに群れのリーダーを見つけることが出来た。
ひときわ大きな体をしており、その毛並みは銀色に輝き、他の狼がくすんだ灰色であるのに対し、同じ種類とは思えなかった。
ワタルは、ポールを構え、そのリーダーに向かっていく。
リーダーらしきその狼も、手下の手前、後ろは見せられないと、ワタルに向かってくる。
「ガキーン」両者が衝突した瞬間、鈍い金属音が辺りに響き渡った。
狼の牙をワタルのポールが受け止めた瞬間だった。
身体強化にも関わらず、狼の膂力は凄まじかった。じりじりとワタルが押されていた。
ワタルは、呼吸を止め、目を大きく見開いて狼を押し返し、それに負けじと狼がさらに体重を乗せてきた瞬間、左に体をひねって、ポールを受け流し、狼を転倒させた。
その一瞬の隙をついて、ワタルはワイガーで呪われたドラゴンを封じた重力魔法で、リーダーの狼を地面に押しつける。
狼は、逃れようとその場で抵抗するが、自身の体重の何倍もの重力が掛かり、骨がきしみだしていく。
ついには、狼もあきらめたように目を閉じて、力を抜いた。
ワタルは、それを確認すると、重力魔法を解除した。
ワタルには商隊への襲撃を止めさせたいとの思いはあっても、食べない魔物の命を奪うつもりなどなかった。
「襲うのを止めて、森に引き返してもらえないか。」
言葉が通じるはずもないが、ワタルは目の前に横たわる狼に向かって、そう告げた。
「・・・やむを得まい、お主に殺されても文句の言えない立場だ。」
うぉっ誰だ、今の?
ワタルはどこからか聞こえた声に一瞬たじろぐ。
「我は、この辺り一帯の狼を束ねる銀狼王、まさか人に負けるなどとは思わなかったが、慢心したつもりは一切ない。正真正銘実力で負けた。我の世界では負けることは死を意味する。我の命はくれてやる。群れには手を出さないでもらえないか、我が責任をもって森に引き替えさせる。ただ、我らも生きるためには食料を得なければならない。この先も人は襲わないというのは約束が難しいが、お主がその気になれば、今日ここに居る者達は生きて帰れないだろう。そのことは言って聞かせる。情に縋るが、我以外の者の命は見逃してもらえまいか。」
「お前、人の言葉が話せるのか。」
ワタルはその事実に純粋に驚いたが、一部の高位の魔物には人族の言葉を理解し話すことが出来ることは、コルですでに経験済みであり、驚きはしたものの、目の前の現実を受け入れる用意はワタルに出来ていた。
「お前の命も取ろうとは思わないぞ。手を引いてもらえばそれでいい。あと、食料なんだが、うちの仲間のスライムとドラゴンが、最近舌が肥えてしまって、非常食になってしまったキマイラがまだたくさん残って居るので、商隊を襲う代わりに、キマイラをやるよ。部下にそう伝えてくれないか。」
ワタルがそういうと、怪訝そうな顔をしながらも、銀狼王は群れに向かって吠えた。
すると、商隊とその護衛ににらみをきかせていた狼も戻ってきて銀狼王の後ろに控えた。
「理解頂いて感謝する。ではこちらも約束を果たそう。」
ワタルはそういって、収納から、キマイラ5頭分を出し、狼が運びやすい大きさに切り分けて、目の前に積んでいく。
銀狼王はさらに狼の群れに向かって吠えると、一頭ずつ狼が前に出てきて、キマイラを一切れずつつかみ、森へ帰っていく。
最後に銀狼王はワタルにお辞儀をして、一番最後に残ったキマイラ1頭分をまるごと加えて、森に引き上げていった。
その後ろ姿を見送った後、ワタルは生気を失いながら荷馬車の周りにうずくまっていた人たちに声を掛ける。
「大丈夫か?」
「あ、ああ、おかげさまで。目の前で起こったことが未だに信じられないですが、こうして生きていられるのもあなたのおかげです。ありがとうございます。」隊の責任者らしき人物がそう答えた。
「無事ならよかった。じゃあ,俺はこれで。」
ワタルがテントに戻ろうとすると後ろからさらに呼び止められる。
「お待ちを、命を助けて頂いたお礼をさせて頂きたいのですが。」
「別にお礼を期待して助けた訳ではない。」
ワタルはそう言ってなおも立ち去ろうとする。
「それでは、手前どもの気が済みません。」
このまま押し問答をするのも面倒だ。
「ならば、護衛の相場の金貨3枚を頂戴しよう。」
無理のない数字かなとワタルは、そう申し出た。お金が欲しいわけではなく、話を終わらせようとした。
「見ていましたところ、私共の代わりにキマイラ5頭を狼にお渡しになられておりました。キマイラといえば、高値で取引される素材でございます。1頭につき金貨10枚は下らないはず。それだけでも金貨50枚に相当します。加えて従業員の命はお金には換えがたいものがあります。」
「いや、キマイラは爪と尾はすでに換金済みで、それほどの価値があるわけでもない、加えて、邪魔だったから処分しただけで、特にあんたらのためにしたわけではない。気にしなくていい。金貨3枚が気に入らないのであれば、金貨1枚でいいぞ。」
「いえ、減らす方向では全く考えておりません。それではどうか、せめてコレをお受け取りください。またベルリーにお立ち寄りの際は、是非手前共の商会にお立ち寄りください。」
そういって、金貨10枚を渡してきた。
「ありがたく受け取っておくが、ベルリーには立ち寄るつもりはない。」
そういって今度こそワタルはその場を離れることに成功した。
テントに戻ってくると、ブランカとエメリーはコルの膝の上に居た。
「おお、戻られたか。狼も森に戻っていったようじゃな。」
「ああ、何があったか知らんが、相当切羽詰まった状態で食料を求めて商隊を襲っていた。収納の中で余っていたキマイラを上げてきたぞ。」
「我らにとってもキマイラはなかなか口に出来ないご馳走なんじゃがのう。ワタル殿の料理を食べてしまうと、生のキマイラは食べたいと思わなくなるのじゃろう、それでのう、ワシもピザという物を食べてみたいのじゃが。」
どうやらブランカにピザが美味しいということを聞いたらしい。それにしてもブランカはワタルの言葉が分かるということか。「ピザ」が食べ物の名前だということはワタルの言葉が分かっていないと知らないはずだった。
まあいいか。
ワタル達はテントに入り、薪ストーブでピザを5枚焼いてうち3枚をコルが完食することになったのだった。




