薪ストーブでピザ
そろそろどうにかしないと。
ワタルは、ベルリーの街を取り囲む擁壁を超えた森の中を歩きながら、この先ブランカを付け狙う輩への対処を思案していた。
無益な争いを好まないワタルの性格は、敵対勢力と衝突するよりも、逃避することで、直接戦闘にならない結果をもたらしてきたが、これまでの経過から、敵はワタルに対し金をちらつかせて懐柔しようとする一方で、実力行使も辞さないという姿勢を明確に示してきている。
ゴールドモッテンマイヤーか。
聞いたこともないし面識もない。だが、世の中には金があれば何でも出来ると考える輩は一定数居る。
今はまだ幼竜だが、成長すれば驚異的な戦闘力になる。世界の軍事バランスを塗り替えてしまう存在だけに、悪用されかねない。
この次はもはや、戦いは避けられないか。
とりあえず、こちらから攻める話ではない。あくまで専守防衛にこだわる。
まずは、ブランカに防衛手段を覚えてもらうことから始めよう。
竜は生まれながらにして、敵と相対した場合にこれを蹴散らすだけの戦闘本能を持ち合わせているはずだが、幼少の時から何者かに捕らわれ呪いをかけられていたトラウマを癒やしながら、防御の方法を覚えさせないと、人類にとっての脅威となりかねない。
ひとまず、南に向かい、フランフールの町にはテントが完成する頃立ち寄ることにしよう。
これから本格的な冬になる。ブランカは寒さに弱いので、少しでも暖かい地方で冬を越しながら、ブランカの特訓をすることにした。
それから数日後、ワタルはゲルマニア共和国の南方にある森に来ていた。
近くの山に積もった雪が伏流水となり、地下を通ってわき出す泉の近くにこの冬を過ごす拠点を設営した。
山の上の方は雪が積もるものの、森の中はそこまで気温が下がらないとは言え、冬はやはり寒いので、テントの外に出るときは、ブランカに防寒着を着せる必要があった。
ワタルは裁縫が得意な訳ではないが、テントの修理や傷口を縫い合わせるなどの必要から最低限の裁縫のスキルはあったため、顧客用の防寒具をリメイクして、ブランカの胴体と肩周りが包まれるような防寒具が完成した。
まるで、ヒョウ柄のコートを着たおばちゃんが、自分の趣味丸出しでペットのダックスフントに無理矢理着せる洋服そのままだったが、ブランカは喜んでいた。
南の森は気候が温暖なためもあってか、また、ワタル達の拠点はそれほど森の奥ではないため、それほど脅威となる魔物は周囲に居なかった。
定番のゴブリンを中心に、狼、ごくまれに熊が出るかという程度のものだった。
たき火をしながら、テント周りの気温は高めにしておくと、周囲からテントめがけて魔物が襲ってくるので、ブランカに戦わせてみた。
子供でも竜である。その防御力はゴブリンや狼程度では太刀打ちできないが、念のため防御力を上げる扶助魔法で支援しておいて、攻撃がブランカにさせていた。
ブランカは接近してくるゴブリンをブレスで一瞬にして消し炭にしてしまい、ブレスの合間に至近距離まで到達する狼や、数をなして攻めてきたゴブリンなどは、その爪で容赦なく引き裂いていた。
元々攻撃が一切通らないのだから,ワタルも安心して見ていられるが、熊が襲ってきた時だけは,ワタルも攻撃に参加していた。
もっともそれすらもブランカは自分の獲物が捕られたと不服そうだった。
野営のテントの楽しみはお風呂と薪ストーブでの調理である。
お風呂は、クリス達もリクエストしていたとおり、ワタルのガイドツアーの目玉商品である。
ワタルがこの世界でもガイドとして商人や錬金術師などを護衛し、町の移動や素材の採取などに出て野営するときに、野外での緊張を少しでもほぐしてもらおうと導入したものである。
元々日本人のこだわり、総檜の湯船を木材の採取から、乾燥から,釘を使わず、仕口を切って組み合わせるこだわりの逸品である。防腐・防カビの仕上げを魔法で行い、毎回利用後にはすぐに浄化乾燥させるため、半永久に使用出来る湯船である。
この湯船を作った時はエメリーが居なかったので、木材の乾燥にずいぶん時間が掛かってしまったが、今なら水分吸収で一瞬にして高級ヒノキ材が完成してしまう。いずれまた作る機会があったら、エメリーに活躍してもらおうと思うワタルであった。
ヒノキの湯船はクリス達3人がゆったりつかることの出来る大きなものであった。
小さな湯船で一人ずつだと、無防備になる時間が長くなってしまうので、女性の顧客、男性の顧客がある程度纏めて入浴出来るようにしたものである。
その分使用するお湯の水も湧かす魔力も必要になるのだが、ワタルは普段戦闘に放出系魔法が使えないにも拘わらずその辺の魔術師など足下にも及ばないほどの魔力量を有しているため、入浴適温の42度のお湯を湯船に張るのに、わざわざ水を出してから温める必要はなく、ダブルキャストで最初からお湯を湯船に張ることが出来る。ワタルは生活必需出会って、誰でも出来るものだと勘違いしているが、異なる系統の魔法の二重発動は、高位の魔術師でも数えるほどしか出来ない高難度の技術であった。
雪こそ降らないまでも、すっかり森は冬支度となり、朝晩は冷え込む季節になった。
ブランカはワタルと一緒に入るお風呂がお気に入りで、エメリーも自分の方が先に従魔になったのにといわんばかりに、ワタルと一緒に入り、ワタルの肩の上の定位置から,お湯につかり、少し経つとのぼせたように、でろーんと体が崩れていってしまい。ワタルにたらいに張った冷たい水につけてもらうと、シャキッと元通りになるというのがエメリーのお風呂のルーティンだった。
今日も一緒にお風呂に入った後は、入浴前から薪をくべていたストーブで調理した晩ご飯も楽しみの一つだった。
多少のトラブルもあったが、ベルリーの街に立ち寄ったことで、ワタルのキャンプ生活を,特に真冬のキャンプをヨリ豊かにしてくれる薪ストーブを入手することが出来た。
口が二つに分かれていて下に薪を突っ込んで燃やし、室内を暖めると同時に薪を燃やした熱が、溶岩スレートの天井を熱し、上の空間でオーブン調理が出来る優れものである。
値段は張ったが、真冬のキャンプが楽しくなること請け合いの逸品だった。
いずれは、これでパンを焼きたいと思っていたワタルだが、野営を初めてすぐに作り始めた天然酵母がようやく完成したこともあり、いきなりパンを焼くのはハードルが高いので、まずはピザを焼いてみようと思ったのである。
ブドウから酵母を作る方法はワタルの前世の記憶で、ワタルが住んでいた白馬村の近所のパン屋がその方法で作った天然酵母のパンをワタルは登山のガイドの初日の昼食としてよく利用していた、その何気ない世間話の中で知った方法としてなんとなく覚えていた。
正確な作り方や分量が合っているのかどうかは怪しかったが、とにかく泡が出てくるというところだけは覚えていたので、おそらく合っているはずだろう。
ストーブの天板の上に水を張ったたらいにさらに別の容器を浮かべて、その中に一次発酵の終わった生地をさらに、1枚分のピザ生地にちぎって丸めた状態で二次発酵をさせようとしていた。
入浴が終わり、湯船のお湯を抜いて,湯船を浄化で綺麗にして収納して出来た空間にテーブルと椅子を設置し、ストーブの上の生地を確認する。
前世の記憶ではもう少し膨らんでいたはずだが、初めて作った生地だから多少膨らみが足らなくても、この世界の黒パンよりはましなものが出来るだろう。ワタルは、いくつもあるひとかたまりの生地のうち、一つを取って、テーブルの上で小麦粉をまぶして平たく円形に,そうピザの形に伸ばしていった。
その生地の上に塗るトマトソースはベルリーで作り始めたものだが、あのときはいろいろあって煮込みが足りてなかったことから、ブドウ酵母を作る合間に、さらに煮込みをlくわえて完成させておいた。カレーソースも同様である。ストーブの上を利用するので、1階に一つの寸胴しか乗せられないが、ブドウ酵母の作成に1週間を要したので、ソースを作る時間は十分にあった。
トマトソースを生地の上で伸ばし、トッピングは定番のチーズ、ソーセージは羊の腸はたくさん手に入れたものの、挽肉を作る機械がまだ手に入っていないこと、この世界の干し肉はどうも固すぎて塩味がきつすぎて、好みではないことから、今回は生肉を使うことにした。ピザに合うのはなんと言っても塩味の聞いた豚肉であるが、チーズの塩気がそれなりに強い上に、エメリーはともかく、ブランカにあまり塩味の強いものはよくないような気がしたので、ラージボアの肉を短冊切りにしてトッピングしていく。
後はダイスカットしたなすとドロタケを散らして、とりあえず、1枚、薪ストーブの調理口に入れて焼き始めた。
溶岩プレートはすでに十分熱せられており、窯内の温度も高めである。ちょっと目を離すと真っ黒焦げになりそうなので、取り出し口から覗きながら、チーズがぷくぷくいって、生地の端のほうが膨らんだところで、頃合いと判断して、窯からピザを引き出す。
テーブルの上で8等分した熱々のピザをやけど覚悟で口に入れると、溶岩のようにとろけたチーズが口蓋に焼き印のように押しつけられ、皮がべろんべろんになるが、それこそがピザの醍醐味である。忘れかけていたピザの記憶がワタルによみがえる。うん、これは白ワインが欲しくなるやつだ。
初めての薪ストーブでピザ記念だし、ちょっとええとこのワインを開ける理由としては十分と、今回も収納から瓶のワインを取り出し、カップについて一口飲む。
たまらないひとときである・・・と余韻に浸ろうとしたら、早く食べさせろと左右からエメリーとブランカが体当たりしてきて現実に引き戻された。
スライムとドラゴンってピザ食べるのかな?と思うのだが、2匹はワタルが調理を始めると同じものを食べたがるので、ピザのスライスをそれぞれのお皿に取って前に置くのだが、エメリーはともかく、ブランカは平たいピザを平たいお皿に乗せても食べにくそうなので、持ち上げて、そのままブランカの口に持って行く。
ブランカが美味しそう二食べるのをみて、自然とワタルの目尻も下がる。
ところがこの光景が面白くないのか、最近ことあるごとにブランカと張り合うエメリーも普段はお皿の上の食べ物に乗って、そのまま消化するのに、ワタルの肘を触手でつんつん突っついて来た。
「食べさせろって?」
エメリーがふてくされないよう、ワタルはエメリーにもピザを手に持って差し出す。
するとエメリーはワタルの手からぶら下がったピザを頭にのせるように持ち上げて、ジュワーと体内に取り込んで消化していった。
「俺が食べる暇がないんだが。」
仕方がないので、ワタルは自分が1枚食べ終わる、ブランカに食べさせる,エメリーに食べさせるのローテーションを繰り返したが、あっという間にピザは1人と2匹によって食べ尽くされてしまった。
その様子を見て、苦笑いしながら、ワタルはもう1枚ピザを焼くのだった。




