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脱出!(後編)

憲兵隊の詰め所を出たワタルは急いで宿に向かっていた。

まさか、自分を足止めして、家捜しまでするとは思っていなかった。

ずいぶん乱暴な話である。証拠もなしに、勝手に他人の私物をあさることが許されるとは、共和国であるにもかかわらず、王国以上に横暴な、と思わざるを得なかった。しかも、黒幕は単なる富豪、権力の中にまで腐敗が及んでいるとは。

ワタルは歩いて15分のところを5分で駆け戻った。宿の女将から、出さなくてよくなった手紙を返してもらい、代わりに金貨2枚をトラブルのお詫びとして払った。

もっとも、ワタルの不在中にワタルの部屋の鍵を開けるのは,例え憲兵隊が要求したにせよ、何の根拠があるのかと詰問した。

女将は悪びれもせず、「役人の言うことに逆らうと目をつけられるんだ、悪く思わないでくれ。」と言い放った。

ワタルが部屋に戻ると、ワタルの帰宅を知って,出て行こうとした憲兵隊と部屋の前ですれ違った。

「何の理由があって、人の部屋に立ち入るんだ。」とワタルが問い質しても、「生意気言うな。」「憲兵隊に逆らうとつまらんことになるぞ」と捨て台詞を吐いていった。

それでも出て行く奴らがブランカを見つけた形跡はない。

憲兵隊が宿を出て行くのを見届けてから、ワタルは、何かなくなっているものがないか、変わっているところがないか?慎重に確認した。

出る時に気をつけていたバックパックの位置がずれていた。

中のものも全部出して、その後そのままバックパックに無造作に突っ込まれていた。

腹立たしいことこの上ないが、貴重品は残していかなかった,何より異空間収納があるので、本来はバックパックさえ不要だが、何の荷物もないとかえって疑わしくなるので、目くらましに置いておいた衣服類がかろうじて旅人としてのカモフラージュに役立ったようだ。

ワタルは念のためにソナーで出て行った憲兵隊の位置を確認する。

一人は宿の向かいに居て,残りは詰め所に戻っていった。

見張りを残すとか、まだ疑われているんだな。

部屋の防音結界を張ると、天井の結界を解き、エメリーとブランカの様子を確認する。

二匹とも何もなかったかのように残していったキマイラを完食し、昼寝していた。

ワタルが二匹を持ち上げて、ベッドと布団代わりのダウンの防寒服を収納したところで、ワタルの帰宅に気付いて、ワタルの腕に体をこすりつけて「きゅあっ」と鳴いた。

すると、先ほどまで索敵の探知で宿の向かいに居た憲兵隊の一人が突然詰め所に向かって走り出したのが、ワタルのソナーに関知された。

ブランカの鳴き声に反応した?

一体どうやって、防音の結界は張ってあるはず。

ワタルは、部屋の結界を一旦全部解くと、隠蔽の結界が出す特殊な波長の魔力が部屋から見つからないか、試してみた。

同じ波長の魔力を水紋のようにワタルを中心に広げていくことで、同じ周波の魔力に干渉すると、魔力がそこで乱れる現象を起こし、それによって隠蔽結界の有無を確認する特殊なスキルである。ガイドであるワタルには、ルート安全確保に必要不可欠なこのスキルが固有スキルとして備わっている。

ワタルが目を閉じ、集中して、探知を試みると,微弱であるが、ワタルのバックパックの首が当たる箇所から、反応があり、さらに部屋を出たところで、その微弱な周波が増幅されて、反射しているのが分かった。

どうやら、探知の網をくぐるために、微弱な魔力波を出す魔導具と、さらに音声を中継して遠くまで伝える魔導具なるものが存在していたらしい。

そんな魔導具が開発されていることをワタルは知らなかった上、そこまでやるとも思っていなかった。

しかしながら、今、敵はワタルのところに竜の子が居る事実を知ったことになる。

あと、何分も立たないうちに先ほどの憲兵隊が押し寄せてくることになるだろう。

元々何の権限もないはずだが、権力を悪用する人間にそんな話をしても始まらない。

ワタルは、まず、先ほど魔力波を発信していたバックパックの該当箇所を調べて見ると小指先ほどの小さな金属の縁に小さな魔石がはめ込まれたものが挟み込まれていた。

ワタルは、取り外して、踏みつぶす。これで、向こうもワタルが盗聴に気付いたことを知ったことになる。

発信器さえなくなれば、部屋の外の中継の魔導具は意味をなさない。

宿の宿泊はもう一日あったが、そんな悠長なことは言ってられない。この街をどうやって出るか、ワタルが考えなければならないのは、宿から門までの徒歩15分の距離を逃げ切ることである。

ワタルは、エメリーとブランカをバックパックに入れ、窓を開けると、部屋にBランクの魔石を2つ魔力を通してベッドの上に置き、ワタルは自身は天井裏の先ほどまでエメリー達を隠しておいたスペースに隠れ、気配遮断と防音の結界を張った。

何も知らないエメリー達は背中でもぞもぞ動いているが、ワタルの体から発せられる緊張感を感じ取って、鳴き声などは出さなかった。気配を読むことヶ出来るようになっているのは成長の証だろう。

ほどなくして、階段を駆け上がる音が聞こえ、部屋の扉の前に人が集まってくる気配がした。

ドアノブを回して鍵が掛かっていることを確認した後、ドアが蹴破られ、エドガー達が入ってきた。

「窓から逃げたぞ」「畜生、追え!」部屋の中から声が聞こえる。

そう、窓を開けただけなら、そこから逃げ出したように見せかける可能性にも当然気がつくが、ベッドに囮の魔石をおいたことで、憲兵隊の頭の中では、わざわざここに居るように見せかけるということは,実際は部屋から抜け出したのだと思わせる方向に思考を誘導したのである。

バックパックも何もかも全部部屋から持ち出しておいたのも、すでに街を出ようとしていると思わせるためである。

薄板一枚挟んだ部屋の中から騒がしく憲兵隊が出て行く音が聞こえてきた。

「街から出すな、門へ急ぐぞ。」声が聞こえる。

まず第一ラウンドはこちらが制した。

もっとも、この後門番にワタルが街を出ていないことを確認して、何人か配備し、残りで再び街中を探索してくるだろう。

今の第一ラウンドで稼いだ時間を有効に使って、どうやって街を脱出するか。

ワタルは気配がなくなったのを確認して、部屋に戻ってくる。

部屋の鍵を女将に返すと通報される可能性があり、自分が壊した訳でもないドアの修理を巡って口論になっても脱出のタイミングを失ってしまう。

ワタルは鍵を部屋の机の上において、窓から屋根伝いに隣の建物に移り、宿を離れてから人影のない露地に飛び降りた。そこから狭い露地を通りながら、悠然と歩いて、門のある方向とは反対側に向かう。

それから1時間後、門とは全く正反対の街を取り囲む高い外壁の前にワタルはやってきた。

ワタルは夜まで、近くの物置で隠れ、暗闇に紛れて壁を乗り越え、街を出るつもりだった。

どちらにしても、すんなり街を出してもらえなさそうだし、強行突破すること自体は罪にはなるが、それでも一部役人が裏金をとって富裕層のわがままのために市民に対し暴挙に出ている事実を公にするわけにはいかないだろうから、ワタルを指名手配するなどは出来ないだろうと考えていた。

まあ、実際そうなったらそうなったで考えるしかないが。

ワタルはソナーで、敵の現在地を確認する。

ワタルの魔力は街全部の探索程度は何の問題もなくカバーできる。

思った通り、門の前に終結していた。

日没と同時に閉門されるが、それでも見張りは残す。

残りは、何人かずつで家捜しか、おそらくは他の宿だろう。

元々やっていることに正当性がないので、黒幕とつながっている腐敗役人がそれほど多い訳でもなかったのが不幸中の幸いである。

ワタルが今居るところまでが捜索の対象となることはなさそうである。

辺りが暗くなるのを待って、ワタルは物置から出て再び外壁の前に来ると、収納からアイスアックスとアイゼンを取り出した。

アイゼンの刃はミスリル製でアックスはオリハルコンである。

街の外壁に突き刺すのに十分な硬度を備えていた。

ワタルはアイスクライミングをするかのように外壁をよじ登って行く。

外壁を越える時には魔物や不法侵入者に備えて、外壁を乗り越えるものに対し魔法探知の網があり、その魔法に反応してしまうが、敵意を示す者でない限り、街を囲む強力な結界にはじかれることはなく、また街に入ろうとする者への防御の結界は街を出て行こうとする者に適用されない。不法に脱出しようとする者への防御は外壁の高さが担っているといってよかった。

ワタルが壁を乗り越えた時、魔法探知に反応したことを知ったが、何もなかったように外へ下りて行く。しばらくすれば誰かが駆けつけてくるだろうが、壁に穴が空いているのを見つけて、訝しがるだけだろう。

ワタルは、腐敗した憲兵隊の包囲網を突破し、無事にベルリーの街を出ることが出来たのだった。


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