羊のホルモンのアヒージョ
ワタルはベルリーの町にいた。
心配していたほど、町に入るのにトラブルはなかった。
ワタルに犯罪歴があるかどうかをギルドカードを通じて確認するだけであった。
従魔扱いでスライムとドラゴンの登録はあるものの、いずれも鞄の中に入っているため、連れて歩くなら止められることもあるにせよ、ワタルだけが町の中に入るのに、登録されている従魔は居ないのかという質問をされることはなかった。
まずは一安心である。
日が暮れないうちに宿を探す必要があったが、冒険者ギルドで尋ねる訳にもいかなかった。顔は知らなくても、ワタルの名前とツェルマーでの出来事はとうにベルリーの町の冒険者ギルドにも伝わっており、滞留している高ランクの依頼を押しつけて来ようとする過程で、冒険者にワタルの名前が知れ渡ってしまい、よからぬことを企む輩が出てこないとも限らない。
そこで、ワタルは、この町の来訪目的として予定していた薪ストーブを購入する店を探しているという名目で、商業ギルドに店の紹介を受けるときに併せて、宿の情報も尋ねようと考えていた。
ワタルは町の南の入り口から続く大通りを北に20分ほど真っ直ぐ歩いたところにある大きな広場に面している豪奢な商業ギルドの建物を訪れ、薪ストーブを売っている店と宿の情報を得た。
宿については、少々高くてもいいので、大きな風呂のついた個室と炊事場がついているものを希望すると伝えたところ、宿については通り過ぎたところにあった南門近くにある「隆獅子の巣」を紹介され、薪ストーブについては、ヴォルフガング商会本店であれば、おいているのではないかとのことだった。
そういえば、フランフールの町で会った支店長は元気だろうか。
フランフールの町の商会も結構な規模と品揃えだったが、本店ともなれば、珍しい食材なども手に入るだろう。この先のゆるふわなセカンドライフのためにも、野営に必要な買い出しを一気に済ませてしまおうと考えた。
まずは、宿を取らなければならない。考えてみれば、ずっとテントだった。ダウンのシュラフもそんなに寝心地は悪くないが、やはり屋外でソロで野営する緊張から解放される室内での宿泊のほうが疲れが取れる。
出来れば、食事も飲食店でしたいところだが、エメリーとブランカがいるため、残念ながらそれはかなわない。店内でドラゴンなど出したらそのサイズに拘わらず、大騒ぎになってしまう。したがって、室内で自分で調理して食事をするよりほかない。
ワタルは来た道を半分くらい戻った大通りに面している「鷹獅子の巣」を見つけると空き室の有無を確認した。大きなお風呂と炊事場はある種矛盾する要素であったため、ワタルは炊事を優先し、風呂については一人がようやく入れる程度の規模の部屋に譲歩した。
なお、ドラゴンとスライムを連れていることは内緒にしてある。
念のため、エメリーとブランカが入っている背中のバックパックには消音の付与をしてある。
ワタルは3日間の宿代を前払いで金貨1枚払い、部屋の鍵を受け取った。外出時には受付に鍵を預けるようになっていた。
炊事場付きというのは三食とも付かないという意味で素泊まりで3日の料金が金貨1枚というのは法外と呼べるくらい高い金額だが、高級宿だけあって、ベッドは柔らかく、また炊事場も結構広かった。
まだ日没まで時間はあったが、ここまで他人の目を気にしながら野営を繰り返してきたことで、ワタルは疲れていた。
すぐにでも横になりたかったワタルではあったが、ずっと鞄の中で寝ていたエメリーとブランカは昼夜が逆転しているに等しく、部屋に入り、鞄の中から出られるようになるとワタルに飛びついてきた。
ワタルは、念のために、部屋に鍵を掛けるだけでなく、防音と物理障壁の結界を張っておく。
これで外部から侵入できないと同時に、部屋の中の音が外部に聞こえなくなり、ブランカが少々鳴いてもバレないはずである。
ワタルとしては、寝かせてほしいなあ、と思いながらベッドに横になるのだが、その期待は空しいまでに裏切られ、自由になたブランカに早速おもちゃにされるのだった。
ワタルはブランカをお腹に乗せたまま仰向けになって、これからの予定を思い浮かべる。
ずっと部屋にこもりきりという訳にもいかないが、エメリーとブランカを鞄に閉じ込めたまま町を移動するのも可哀想である。
とりあえず、薪ストーブと食料を買ったら、町を出て、寒冷地を避けながら再びフランフールに向かいながらいろいろ各地を回ろう。
やっと緊張から解放されて、ゆっくり休める。
ワタルがゆっくり目を閉じて、意識も薄れていく・・・
エメリーが顔に乗ってワタルの口と鼻を塞ぎ、ブランカがワタルのお腹で跳ねたことで、ワタルは大きく呻き、ベッドの上で体を二つ折りにすることになった。
それでもワタルが疲れているのをなんとなく察してくれたエメリーとブランカが自分たちだけではしゃぎ回っている間、ワタルは少し休息することが出来た。
お腹をすかせたエメリーとブランカが申し訳なさそうにベッドに上がって触手としっぽでワタルをつんつんしたことで、ワタルは目を覚ました。
お腹をすかせているのが分かると悪いことをしたなと思い、すぐに食べられるおにぎりをそれぞれの専用のお皿に盛りつけて前において、その間にワタルは炊事場のコンロを使って、調理を始める。
一口は寸胴の中に残って居る牛骨スープに水を足してさらに、新しい牛骨を追加して、スープをとり、もう一つのコンロにはスキレットを置いて、木の実オイルをスキレットの中にひたひたになるまで入れて、火に掛ける。ニンニクをスライスして香りを油に移し、手に入れたばかりのバトルシープの内臓に塩胡椒を少なめに振って、素揚げしていく。
エメリーのおかげで完全に血抜きが出来ているので、アクもなく、倒してすぐ解体しているので、鮮度も申し分ない。肉は熟成が必要だが、ホルモンは新鮮でなければ食べられないのである。
火の通りにくいホルモンに火が通ったのを見計らって、エメリーと出会った山で採取したハシラタケとドロタケを一口大に切り、スキレットの中に投入していく。
キノコがしなった頃合いで火を止めて、あとは予熱で火が通るにまかせ、その間に黒パンとチーズを切り分けて皿に盛る。
夕ご飯、羊の内臓のアヒージョの完成である。
エメリーもブランカも生肉も食べられるのに、ワタルが自分の食事を調理すると、そっちを食べたがろうとするため、野営でやむを得ない場合を除いて、生食はさせていない。
もっとも、すでにエメリーは何度も役に立っているので、ご褒美の意味もあって、ワタルは自分の食事を調理する場合は、エメリーとブランカの分も併せて作ることにしている。
まあ、量が足りなければ、追加はキマイラの肉を生で食べてもらうしかないんだが。
今日くらいはいいかと、ワタルはアヒージョに合いそうな白ワインを収納から取り出し、カップに注いでいく。革袋に量り売りで売ってもらう安物ワインではなく、瓶で、コルクの栓がしてあるちょっといいやつである。
ここのところ落ち着くこともできなかったし,明日の朝が早いわけでもないし。
ワタルはワインを飲みながら,万一寝てしまうと、魔石コンロとは言え、火を掛けっぱなしになることから、スープを取っている寸胴の火を消しておいた。
後はゆっくり夜が更けていくのを楽しもう。
食事の終わったエメリーとブランカを引き寄せ、膝の上に乗せて撫でながら、ワインをゆっくり飲み、明日は昼前に宿を出て,薪ストーブと食材を買いに行こうと考えるのだった。
翌日、緊張から解放され、早起きの必要もなかったワタルだが、長年の習慣として身についてしまった早起きのサイクルはそう簡単に変更できず、窓のカーテンも閉めていたはずなのに、夜明けと共にワタルは起きてしまった。
よく考えたら、昨晩はお風呂にも入っていなかった。
野営中はクリス達と行動を共にしている場合は例外でも顧客が入浴している間も見張りがあり、ワタルは風呂に入ることはない。入浴中に襲撃されると危険はなくても面倒だからである。したがって、宿でお風呂に入ることが出来るなら、お風呂には入りたいのは当然である。お風呂に入るのに何の障害もないのに浄化魔法で済ませるのは、入浴の楽しみを損している。
ワタルは朝からお風呂に入ることにして、エメリーとブランカも併せて洗ってあげることにした。
両者は対極的といってもいい、体表だった。エメリーは汚れが付着しない体表なのか、洗ってお湯が黒ずむことはなかったのだが、ブランカは鱗の1枚1枚に埃汚れが付着するらしく、浄化魔法で綺麗にしても、すぐに汚れるようだった。
ただ、二匹とも暖かいお湯は好きらしく、お風呂に入ると嬉しそうだった。
風呂から出た後、ワタルは新しい服に着替え、エメリーとブランカにはバックパックに入ってもらい、鍵を受付に預けて街に出ることにした。
何よりも、今日はヴォルフガング商会でいろいろ買い物をする予定である。
ヴォルフガング商会本店は、お城と間違えるほど巨大な建物だった。
広場に面した見るからに一等地の区画を大きく占拠していた。
ワタルは入り口の受付で、薪ストーブが売っているかどうかを確かめ、売り場を教えてもらった。
素材によってピンからキリまで値段が分かれていたが、薪を燃やして暖を取るその目的と、持ち運びがかろうじて出来るサイズという条件を満たそうとすると、ワタルが前世で知って煎るキャンプ用の薪ストーブと外形はほとんど変わらないといって良かった。
素材は、熱伝導率が悪すぎるミスリルは薪ストーブの素材としてはかえって意味がないものになるので、ここでは鉄製のものが主流であり、少し高級になると鋼で、さらに高級になると魔鉄で製造され、それぞれ値段が高くなるにしたがって、耐久性が良くなるとのことだった。
全くお金に困っていないワタルは、人生を豊かにするアイテムには糸目をつけないとばかりに、最上級の魔鉄製薪ストーブを購入する。薪をくべる室の上に溶岩スレートの空間があり、石窯のように使えるものだった。
他の薪ストーブが銀貨60枚~金貨3枚だったにもかかわらず、この商品だけ金貨10枚と文字通り桁違いであったにも関わらず、ワタルは見た瞬間、この商品しか目に入らなくなっていた。即決、ニコニコ現金払いで、そのまま収納でお持ち帰り配達なしであった。
次に食料品売り場に回ると、ワタルの買い物はさらに常軌を逸したものになった。
ここまで結構使っている味噌をさらに100kg買い足し、醤油、砂糖、塩、胡椒はこれまでの使用料から逆算して1年は持つようにと買い溜めした。
また、もう一つの目的だったふわふわのパン、この世界では柔らかいパンは富裕層の食べ物という認識が蔓延していた。
酵母を使ってパンを焼くのがそんなに難しいとは思わないのだが、それでも柔らかいパンを打っているところはそれほど多くなかった。異次元収納に入れておけば腐ることもカビが生えることもないので、ここぞとばかりに大人買いした。
さらに、香辛料の売り場では、普段から多用する肉の臭み消しになる香草を棚にある分全部買い占めると、東方のスパイスの一角では、カレーが作れるとばかりに、在庫も含めて全部買い占めた。
その日のヴォルフガング商会全店舗を併せた1ヶ月分の売上をこの日の本店の食品売り場の売り上げが上回った伝説の日となったのはまた別の話である。




