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ボタン鍋と古龍

ワタル達は、ワイガーの冒険者ギルド出張所に戻って、ドラゴンについての報告をしていた。

目の前のヘルマンの顔が引き攣っているのは、おそらく、ワタルの頭の上に乗っている白いドラゴンのせいだろう。

昨日ご飯を食べさせた後から、どうやらワタルはドラゴンに懐かれてしまったらしい。餌付けというやつだろう。

「ドラゴン討伐のクエストは失敗か?」ワタルが尋ねる。文字通りでいけば、ドラゴンは頭の上に乗っているので、討伐出来てはいないことになる。ただ、危険はなくなったと言ってよいだろうし、ダンジョンが正常化されてのは確認した上で、下山している。

「あ、いや,ドラゴンの脅威が無くなった訳だから・・・まあ、でも一度確認してみないと,俺だけでは判断つかない。」ヘルマンも困惑しているらしい。

今までにドラゴンをテイムした者はいない。ワタルも厳密には頭の上のドラゴンと契約を結んで居る訳ではない。頭の上でワタルの髪の毛をいじっているドラゴンが、人々の脅威になるとはにわかに信じがたいが、そうはいっても、そこはドラゴン、いつ凶暴化するか分からないという不安はある。

「もう一つ、、ドラゴンとの戦闘中、邪魔をしたパーティーの件だが」苦々しい気持ちでワタルは切り出す。

ドラゴンとの戦闘開始直後に出てきたワイズ達についてである。ダンジョンに魔物が復活すると面倒なので、1日前に山を下りてきたはずだが、ギルドには、自分たちもドラゴン討伐に協力したと報告していたらしい。なぜ、すぐにばれる嘘をつくのか。

それでなくても足元が不安定な山岳地帯での戦闘のため、ワタルが囮になって、避難小屋跡地の平坦な場所におびき寄せて少しでも不利を無くそうとした矢先に、竜の咆哮におびえて気絶し、地面に倒れたことで、障害物になったばかりか、ワタルが戦闘中に、4人を避難させる手間を掛けさせられたことで、致命的な場面を招きかねなかった。実際、あのときブレスがクリスを狙わずにマリアかリディアを狙っていたら、もしくはクリスがブレスを剣で切るという破天荒な技を身につけていなかったら、今頃誰かが犠牲になっていたかもしれなかった。

事前に忠告し、止めたにも拘わらず全員を危険にさらしたワイズ達をワタルは許せなかった。

「それについては、あいつらには厳しい処分が下される。冒険者ランクの降格と一定期間のギルドでの依頼受注禁止だ。」ヘルマンが説明する。

甘い、他人の生命を危険に晒しておいて、その程度か。

だが、ワタルは言葉にすることなく黙って頷くだけにしておいた。なんとかなったし、もう二度と関わることもないだろう。

「他になければ、俺たちは、これで・・・」

話を終えてワタルがギルドを出ようかと考え口を開いたとき、突然外で騒ぎが聞こえた。

ドアの向こうから誰かが走ってくる音が聞こえたと思ったら,勢いよく所長の部屋の扉が開く。そこに居たのはギルド職員だった。顔が青ざめて、息を切らしたまま駆け込んできた。

ヘルマンが何があったかを聞く前に、その職員が口を開いた。

「ドラゴンがこっちに向かってます。」

「ふぇ?」ワタルはその言葉の意味がすぐに飲み込めず、横にいたクリス達と顔を見合わせると、クリスが不意をつかれたのか、奇妙な声を発した。

それでもそこは歴戦の勇者、すぐに気持ちを立て直し、4人でギルドの外に出る。

日はまだ高いはずなのに、建物の外は暗かった。太陽を遮る大きな黒い影がギルドの建物と前のテント場を覆っていた。

見上げると、そこには巨大な生き物が空から舞い降りて来るところだった。

「・・・古龍」ワタルが呻くようにその言葉を口にする。

竜種の生き物は、何種類かいるが、唯一竜ではなく龍と呼ばれる存在、あまたの竜種の中で、他を寄せ付けない圧倒的な体躯と力をもって全ての竜種の頂点をなす存在、その古竜がワタル達の目の前に居た。

ワタル達はすぐに陣形を整えて、古龍との戦闘に備えたが、正直周囲に居る人に被害が生じるのを防ぐ方法はないだろうと考えていた。むしろ自分たちも無傷では済まない。

目の前の古龍の圧力は圧倒的だった。魔王すら可愛く思えるその桁違いの圧にも集中力を切らすことなく、対峙出来たのは、クリスに勇者のスキルが、ワタルに前世の登山家としての記憶があり、危険と隣り合わせだったことが幸いしたと言えるだろう。

古龍は、目の前のワタル達を鋭い眼光で睨み付けた。まさに一触即発の重い空気が辺りを包み込んでいた。

そのときである。

ワタルの頭の上に居た白竜が「きゅあっ」と鳴いて、パタパタと古龍に向かって飛んでいった。

「あ、危ないぞ、戻ってこい。」ワタルがそれに気付いてすぐに引き留めよとするが、白竜はお構いなしに古龍の元へ飛んでいく。

白竜が古龍の顔の前までたどり着くと、古龍は口を開き・・・

「あぁ、白竜が・・・」一飲みにされるとワタルは目をそらしたが、その後聞こえて来たのは、古龍の重低音のうなり声と白竜の甲高い鳴き声が交互に辺りに響く音だった。

「えーと、何コレ?話ちう?」どう見ても目の前の光景は古龍と白竜が会話をしているように見える。

周りの人たちは、もはや古龍の圧に耐えきれず、その場に気絶して倒れていた。

浮けば、ギルドの受付も目を回しており、ヘルマンは元は高ランクの冒険者だったからか、気を失ってはいなかったものの、腰が抜けて立てなくなっていた。

長いように感じられるものの、実際はほんのわずか時間が経過し、目の前の古龍から緊張が薄れていくようだった。張り詰めた空気が解けていくのが、なんとなく感じられた。

突然、古龍の体が光に包まれたかと思うと、その光は強く、それでも徐々に縮んでいき、光が消えたその中から、初老の男性が現れ、白竜を胸に抱きかかえると、ワタルに向かって歩いてきた。

老人はワタルの目の前まで来ると、おもむろに話を始めた。

「いきなり驚かせてすまんかった。ワシは見てのとおり、古龍じゃ。人語を話すことを不思議に思うかもしれんが、この世界には高度な知能を持ち、人語を話す生物はそこそこおる。1000年を超えて生きる竜は古龍へと姿形を変えるようになるが、古龍もまた人語を話すことが出来る。加えてさらに高位の古龍は人間の姿形に変わることも出来る。」

ファンタジーの世界には確かにそんな話があったような気がする。ワタルがなんとなく前世の乏しいRPGの知識から無理矢理記憶を引っ張ってこようとしたとき、

「このたびは、我が娘を解放してくれて,真に感謝する。」

そうして目の前の古龍は突然人間の集団に襲われ、交戦中に子供を攫われたこと、無事に返還して欲しければ、ゲルマニア他、周辺国を滅ぼせと脅されていたことを話し出した。

以来、娘の行方を追って方々を探していたが、娘の反応がなく、途方にくれておったところ、昨日、突然この方角から娘の反応があったので、居ても立っても居られず、ここに向かって飛んできたのだそうだ。

目に飛び込んで来たのは、娘がワタルと一緒に居るところ、てっきりワタルが娘を攫った人間の一人と考え、目に物を見せてくれようと戦意をぶつけたところへ、ここに居る娘が飛んできて、自分がワタル達に助けてもらったことを話したとのことだった。

「そういうことなら、ワイガーで、白竜を殺さなくて正解だったな。」

ワタルは、白竜が全身真っ黒の大きな竜であったこと、何かの理由でワイガーの山頂近くに留まって居たと思われたこと、戦闘の中で、どうやら光属性の魔法により禍々しい雰囲気が小さくなっていくことから考えて、呪いの類いに冒されている可能性にたどり着き、動きを封じた上で聖女の力をもって呪いから解放しようと試みたところ、白竜が今の姿になったことを古龍に話した。

「なら、子供は親の元に帰るのが一番だ。無事に親のところに届けられてよかった。」

ワタルがそう言って、背を向けクリス達のところに戻ろうとしたとき、

「待たれよ。」後ろから老人の声がしたので、ワタルは振り向く。

「おぬしに頼みがあるのだが、我が娘を連れていってもらえないか。龍たるワシでは、どうしても戦闘中に隙が出来てしまう。前回そこをつかれて娘を奪われたことを考えると、信頼出来る者に娘の安全を託したいのだ。それに、娘もお主と一緒に居るのが嬉しいらしいのだ。」

「いや、どう考えても、人間に襲われたのであれば、人間の住むところより、龍の住処の方が安全じゃないか?」

「お主は、人でありながら、ワシをも凌駕する力を持っている。お主に娘を預けるならワシも安心出来る。何、竜は生後1年で成竜となり、その後は自分の見は自分で守れるようになる。それまでの期間をお願いしたい。」

「いや、あまりそういうの得意じゃないんだが。」

「そこを曲げて是非頼む。」

「やってあげなさいよ」後ろから,クリスがワタルに詰め寄る。

「軽く言うなよ。何かあったら、古龍が世界を滅ぼしちゃうんだぞ。」

「ワタルは依頼した人の安全を確保するのが仕事なんだから、本業じゃない。」

「いや、竜の護衛とかやったことないぞ。」

「大丈夫、あまり変わらないでしょ。」

人ごとだと思ってなんだその軽いノリ。

「いくつか、確認しておきたい。まず、出来る限りのことはするが、俺は野営での生活が基本だ。竜を連れて宿に泊まることが出来るかどうかも疑問だが、危険に晒されることは竜を連れ歩くことで増えるのではないか。努力する約束は出来ても結果の保証は出来ない。」

「竜に限らず、全て生き物が生存するというのはそういうことだ。ワシはお主を信用しておる。」

「もう一つ、竜を連れて行けない場所に行くときは、その間だけでも白竜を引き取ってくれ。」

「あいわかった。」

「・・・仕方ない。連れて行くことにしよう。」

「よろしくお願いする。」

ワタルは、スライムのエメリーだけでなく白竜も連れて冒険することになってしまった。

ワタルは、いきさつを全部見ていたヘルマンに、白竜をワタルのパーティーメンバーとして登録することを依頼し、併せてスライムもメンバーとして登録することを依頼した。

白竜はこっそり連れ歩くことが出来ないため、テイマーの従魔登録に準じて、ワタルのパーティーメンバーとして登録したのである。

「承知した。あと今のいきさつを見る限り、お前らによってこの国が救われたのは明らかだ。古龍がその気になれば、この国は灰燼と帰しただろう。ベルリーのギルド本部に説明し、クエスト成功報酬に加えて、古龍から国を救った分の追加報酬も出るようにさせてもらう。」

何か得したらしい。

「要件は終わったな?」

ワタルはヘルマンにクエスト終了の確認を取ると、クリス達3人にも別れを告げようとした。

「何、そそくさとさよならしようとしているのよ。折角会いに来たのに。」

「そうなのか?クリス達はブリタニアでいろいろ役目があるんだろう?いつまでもこんなところに居たら、困る人も居るんじゃ無いのか。」

「夜会に引っ張り回されるのはうんざりなのよ。久しぶりに戦ったけど、やっぱり楽しいわね。ワタルと一緒に居るのが一番楽しい。」

にこやかに話すクリス

「ワタルも一緒にブリタニアに帰りましょう。」

マリアまで、ワタルを連れ戻そうとしている。

「悪いが前に話したようにブリタニアに行くつもりはないよ。」

「寂しい。」リディアがぼそっとつぶやく。

「今はしばらくゲルマニアを見て回る。」

この後は、南に回って、大樹の森方面に向かうが、ブリタニアとの国境はクリスが魔王討伐の報酬としてもらった辺境領だろ?辺境伯としての領主に近くまでいったらご挨拶するから、それで勘弁してくれ。

マリアとリディアは王都か?そうなるともう会う機会もなくなるのかもしれんが。」

「いえ、私たちは領地のない子爵ですが、王都に滞在する義務もありません。教会からは大神官としての就任を要請されてますが、冒険者の方が楽しいですし。」

マリアのテヘペロって。

「私も冒険者がいい。」

「リディアは王都にある魔術学院の院長の席を用意してもらっていたんじゃなかったか?」

ワタルが尋ねるが。

「3人と一緒がいい。」リディアが涙目で答える。

うん、あまり触れないようにしておこう。

「何にしても、3人は一度ブリタニア王都に戻るんだろ?」

「今晩はワタルと一緒にここでご飯を食べるわ。昨日食べたお鍋の料理美味しかったから、今晩もよろしくね。」

勇者の無茶ぶりは健在らしい。

「娘から聞いたが、ワタルの料理は美味しいそうじゃな。ワシも相伴に預からせてもらえんかの。」

古龍が横から口を挟んできた。まだ居たのか、そういえば。

さすがに材料が少なくなってきたのだが。

収納の中には、ラージボア、キラーベアの残りが少なくなっていた、ショートホーンブルはまだ、100kg以上は残って居るが、白竜は意外とたくさん食べる。エメリーも、食事用としてキマイラの肉がまだ20頭以上収納に残っているが、ワタルと同じものを食べさせてからは、そっちの料理を食べたがるので、キマイラの生肉が一向に減らないのだ。

古龍って、どれだけ食べるんだろう?あのサイズだと収納の中のものを食べ尽くしても足りないだろうが、人間の形をしてたら、少しはマシか?それでも小さい白竜が食べる量も尋常ではないし。

まあ、いいや。

とりあえず、今晩はまたテント場でテント張って、ワタルが一人用のテントを張ると、後ろからクリスの「私たちの分もよろしくね。」声が飛んでくる。

「勇者で貴族なんだから、コテージに泊まれよ。テントだとお風呂入れないぞ。」

「入れるわよ。もちろんヒノキのお風呂もよろしくね。」

「おまえら、テント場にお風呂設営してそこで入るのか。周りの男性冒険者の苦悩を考えたことあるのか?テントの布1枚隔てて美女がお風呂に入っているとか、生殺しにも限度があるそんな残酷なことをするのか?」

「いやーん美女だなんて。」

いや、そこじゃないぞ。衆人環視の下でお風呂入るとかちょっと気を遣えよ。

ワタルはテントの受付を済ませて、3人用のテント二張りを設営し、一つにはヒノキのお風呂を置く。女性3人が入浴している間に料理をするので、先にワタルと古龍とエメリーと白竜がお風呂に入る。エメリーも白竜もすっかりお風呂が好きになったようで、湯船の中ではしゃぎまわっている。古龍は人の姿のままで入浴しているが、山奥の温泉でキズを癒やすこともあるらしく入浴の文化はあるらしい。まあ見た目まんま温泉観光地に湯治に来たおじいさんだが。

ワタル達と入れ替わりに、女性3人がお風呂に入る。聖女マリアの結界を破ることが出来る人間などこの世に存在しないが、覗き防止の電撃付き結界が針目具される。

一応警告はしたのだが、炭になった冒険者が3人居た。自業自得だし、俺には責任はない。ただ、あれだけ周囲に人が居るのに、お風呂楽しみとかいうマリアにも多少は罪の意識は持って欲しい。挑発しているようにしか見られないのに自覚出来ないのは天然の悪女の素質があるとしか。

ワタルはその間に魔石コンロと銅鍋を取り出し、牛骨のスープを注いで火に掛ける。

今日はラージボアを使い切ってボタン鍋にする。味噌とショウガで出汁の味を纏め、ドロタケを多めにして、肌寒くなった季節に体の中から暖まるボタン鍋を完成させる。

きっと1回分じゃ足りないだろうとは思ったが、古龍が5人前分食べて、人間の料理は美味しいと感激していた。張り合ったクリスも5人前を平らげ、間違った方向に勇者の底力を見せつけた。白竜もちっちゃい体のどこにという位食べた結果、ラージボアはこの日で全部食べ終わってしまった。今度ボタン鍋するためには、またボアを手に入れねばなるまい。

〆はやはりうどんがいい。うどんとラーメンはバリエーションが効くので、時間があれば、作り置きするようにしている。さすがにこの辺にはパスタしか売ってないので、小麦粉を捏ねて打つところから自分で作るしかない。

クリスが食事中に「焼き肉は卒業する、今度から野営のご飯はボタン鍋に決まり」と突然叫んでいたが、まあいつものことだ。一番最後に食べたものに上書きされるので、無視して違うものを作っても、その次から今度はその料理だと言い出すだけだろう。

古龍のじいさんもたき火を囲んで食後に白竜との対決から、呪いを解いたところまでの話で盛り上がった。

クリスはワタルが重力まで操り、白竜を押さえつけるとか、目の前の光景が異常すぎて意味が分からないと言い出したが、ドラゴンのブレスを剣で真っ二つにするクリスに言われたいとは思わない。クリス曰く、この剣で切れないものなんでないわ、とのことだが、その説明で納得できるのだろうか?というよりそれで本当に切れるってどうなんだろう。

翌朝、クリス達は一旦ブリタニア王都に戻り、そこからクリスの領地である辺境領に行くことになるらしいので、古龍がクリス達をブリタニア王都まで背中に乗せて送って行くことになった。古龍の背に乗って王都に戻るとか、伝説になってしまうな。

それにしても龍の背中に乗るとかうらやましい。

そう思いながら、ワタルと白竜とエメリーは3人と古龍を見送った。古龍が元の姿に戻ったとき、またテント場はちょっとした騒ぎになったけど。

次はどこに行こうか。


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