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無事下山のご褒美は一杯の豚汁

「朝からt体感温度が下がるような寒い駄洒落振りまいてるんじゃねえよ。」

アレンが少し腹立たしげに口を開く。

「いや、この季節だ、山の上はもう冬だと思って間違いないぞ。」

とぼけた口調でワタルが言い返す。

「それより、昨日、気になることを言ってたわよね。夜中に魔物が襲ってくるんじゃないかって。どうして分かったの?」

「いや、そんな気がしただけだ。それより、尋ねたいことがあるんだが、この中で気配を消せる奴は何人居る?」

「どうしてそんなことを聞くの?」リナはワタルが質問に答えなかったことに少しいらだちながら、その真意を探ろうとしていた。

「ここまで、魔獣がほとんど見当たらなかったこと、夜になって今までどこに居たのかという魔獣に襲われたことから考えると、日中はこの先に居る魔物を怖れて姿を見せないのではないかと考えている。」

ワタルはあくまでも推測だとしながら自分の考えを話すことにした。いかに荒唐無稽のよに聞こえようと、可能性として考えられる以上、最悪のシナリオを前提に、その状況に対処する準備を怠らないこと、冒険者としての慎重さに加えて、他人の命をも預かるガイドとしてのワタルの経験が、空想に過ぎないと断言できないその可能性をあり得るシナリオの一つとして検討する必要があると警鐘を鳴らしていた。

「このすぐ先で灌木帯を抜ける。森林限界を超えることになる。そこで細心の注意を払う必要があると思う。ここに居たるまでの魔獣、昨晩襲ってきたものも含めて、その全部が怖れのあまり、日中はおとなしく隠れるような相手であることを考えると、俺たちでは役不足だと考えるべきかもしれない。」

「俺らはAランクのパーティーだぜ。」アレンが意気込んだ。

実力が不足していると言われたことが癪に障ったらしい。

「別にあんたらに力がないと言っているんじゃない。ここは避難小屋が設置されて、テント設置場粗もあり、そこそこ地面も平らで安定しているが、この先はさらに細い道の上に足場も不安定だ。盾役のミッシェルは、地面に両足を安定させてこそ、初めてその真価を発揮できる反面、足場が不安定な登山道では、その実力の10分の1も発揮できないだろう。」

ワタルは続けて、「アレンにしたって、剣を振り回すほどのスペースも与えてもらえない場所での戦闘では、有効な打撃を与えることも難しいのではないか。昨晩のブラックグリズリーですら苦戦を強いられたことを考えれば、そいつらがおびえて姿も見せられない相手だとすれば、その危険は計り知れない。」

ワタルは一拍おいて、「タダ、そうと決まった訳じゃない。あくまでも可能性の問題だが、妄想で片付けて良い話じゃないと思うんでな。」

ワタルはそういって、口を閉じ、山頂方面を、何か考えにふけるような顔をしながら仰ぎ見た。

そのワタルの言葉に、昨晩のまだ記憶に新しい魔物の襲撃を思い出し、4人も表情が暗くなる。

「一つ提案があるんだが、」

重たい空気を振り払うように、ワタルがしばらくして口を開く。

「オレとアレンだけ、先に行って森林限界のところから慎重に山頂方面を見てこようと思う。何もなければ一旦戻ってきて、全員と合流し、再度山頂を目指す。それでどうだろう?」

ワタルは4人に問いかけた。全員で行動すると万一の場合、退却に時間がどうしてもかかる。まして滑落の危険もある細い道を共謀な魔物に追われて駆け下りるなど、別の意味でも自殺行為だ。

「「「わかった」わ」」

納得してもらえたらしい。

一応念のために、ワタルは懐にBランク魔石を3つ用意して、アレンと一緒に先に進むことにした。

アレンたちのパーティー「勇者はYOUさ」の残り3人、前衛のミッシェル、魔術師のリナ、治癒師のミーナはワタルとアレンが山頂へ向かうのを見届けながら、避難小屋の前で話をしていた。

アレンには、念のため避難小屋の扉を少しだけ開けておくことと、戻ってくるまでの間、避難小屋に魔物が入り込まないようにだけは中位しておいて欲しいとだけ言われ、意味が全く分からなかったが、そうしていた。

「あの人本当に勇者のパーティーに帯同して魔王討伐したのかしら」ミーナがおもむろに口を開いた。

「でもずいぶん強いのは確かね、トレントもグリズリーも瞬殺していたし、動きに迷いがないもの」リナは、メガトレントとの戦いで弱点属性の助言を無視して手数を踏み、魔力を無駄に消費したことを注意された苦い思い出を浮かべながら答える。

「奴の料理は美味しかったぞ」ミッシェルがあさっての方向に相づちを打った。

「どこまでいったのかしら 」

ミーナがそうつぶやいたそのとき、

「逃げろーーーーー!」

突然山頂方向からアレンの声が響き渡る。

何事かと、3人が山頂方向の登山道を見つめていると、登山道を転がり落ちそうな勢いでアレンが駆け下りてくる。

その先にワタルも居た。ワタルは何事も無く登山道を下ってくるように見えるのだが、転がり落ちそうなアレンよりも速度が速く、ところどころでアレンが下りるのを町ながら下って着うるように見える。

アレンが3人に向かって「小屋へ『だめだまっすぐ下りろ、少し行った先にテントが張ってある、その中に入れ。』」小屋に入れと言おうとした言葉をかき消すように、ワタルが、急いで下り、林に入ったところにあるテントに入るよう指示した。何事かと怪訝そうな顔をするものの、さすがにここまで危険をかいくぐってきたパーティーメンバー、リーダーの逃げろという合図に対応し、荷物をもって、登山道を下り始めた。

避難小屋のある広場に出る手前にあった林の中に駆け込むと、昨日はなかったはずのテントが張ってあった。

「そこに入れ」

ワタルが一番後ろから声を掛ける。

全員がテントの入るとすぐにワタルはテントの入り口を閉めた。


時間を戻して避難小屋から山頂に向かった2人

ワタルは登山家の技術として前世の記憶と共に引き継いだ、浮き足を踏み足をひねったり、右石により下の登山者に気概を加えないための技術、地面に負荷をかけずに体重移動をする技術を駆使して音も立てずに坂道を登っていく。

アレンはそれをみて、「お前暗殺者のスキル持ちか?」と聞いてくる。

「音を立てずに歩くというのは、無駄な力は地面に伝わってないということだ、それはつまり体力を温存しながら山を登ることが出来るという意味でもあり、膝に負担が掛からないので、足を痛めることがないということも意味する。さらに石を落としたりすれば、そのまま下にいる人に当たると大けがにつながることもある。」

登山ガイドのときに何度となく繰り返した山登りの技術の説明、もはや条件反射のように答えが口をついて出てくる。

「悪いが、この先は念のため、静かに移動してくれ。」

目の前で灌木帯を抜け、森林限界を超える。この先は吹きさらしの岩と草花しかない。山頂まで遮るものがない。

ワタルは、森林限界を超える手前でアレンに振り向き、先に自分が森林限界を抜けて、山頂方面を中心に一帯を調べ、何もなければ,一旦避難小屋まで戻る。何か確認出来た場合には、合図するので、音を立てずに、慎重に後から来るように伝えて、腰を落とし、両手を地面に向けて開き,バランスを取りながら音も立てずに森林限界を抜けた。

30mも進んだだろうか、ワタルが山頂方向を見たと思ったら、そこで動きが止まり、その視線を固定したまま、右手をアレンの方に向けて、人差し指でを鈎状に曲げて伸ばして?繰り返し、示し合わせたとおり、後を着いてくるように指示した。やはり何かが居たらしい。

アレンは、ワタルの立ち止まっているところまで、慎重に歩いているつもりなのだろうが、どうしても山登りは素人、サクサクという音が足元から聞こえてくる。

Aランク冒険者ともありながら、魔物に気付かれないように移動するスキルくらい持っていないのか、ワタルの眉間には皺が生まれるが、ギルドに報告にするにしても、ワタルが今目にしているものは、ワタルだけの説明では納得してもらえないだろう。それほどまでにその存在は圧倒的だった。アレンも目にしておく必要がある。Aランクパーティーのリーダーだ、冷静に対処出来るだろう。

そう信じたワタルであったが、残念ながらその期待は空しく裏切られることになる。

ワタルのところまで静かに来るように事前に示し合わせていたにもかかわらず、ワタルの視線の方向が気になったらしくアレンは山頂方向への視界が開けた時点で、そちらに目をやり、驚きの余り後ずさった。

「あ、あれは、ド、ドラゴン?!」

そこに居たのは、翼から胴体まで真っ黒であるが、紛れもなく生物界最強の種であるドラゴンだった。

あまりにも禍々しいオーラをもつドラゴンは山頂付近に横たわっていただけなのが、遠近感を無視したような存在感で、まるでワタルたちの目の前にいるかのようだった。

その重圧に負けたのか、アレンが後ずさる。そして

「ガコッ」

アレンの足元の石が崩れ、押された頭大の石が登山道を外れて落石を起こした。

その音をドラゴンが聞き逃すはずもなく、首をもたげワタルたちの方をみた。

「見つかった。戻るぞ」

ワタルはアレンに声を掛けるが、まだ2kmは離れているというのに竜の重圧の前に血の気を失ったアレンはその場に立ちすくんでしまっていた。

「これえdAランクか」

ワタルはアレンの顔を張り倒し、正気に戻すと、後ろを見ずにまっすぐ避難小屋まで戻るように指示した。

漸くアレンが動き出したのを見て、ワタルも後を下りていく。

後ろからはドラゴンは追ってきていた。


ワタルは灌木帯の中に戻り、ドラゴンの視界から外れたところで、懐から魔石を一つ取り出し、魔力を込めた後、登山道においた。

囮にするためである。たいした時間稼ぎにもならないだろうが、灌木帯の中は空を飛ぶドラゴンからは見えず、魔力を探知して敵、この場合は餌かな、の存在を認識するはずで、近いところから襲うだろう。

成功するかどうかは分からないが、とりあえず、目の前を転げ下りるアレン、その派手な上半身の動きにもかかわらず、あまり下りる速度が早くないため、早晩追いつかれてしまうので、時間稼ぎが必要だった。

4人が居なければこんな苦労はしないのだが。

ワタル一人なら、倒せるかどうかは分からないが、ドラゴン相手に後れを取ることはなかっただろうが、4人を庇いながらでは、そういう訳にもいかない。戦闘中の死亡は自己責任なのが冒険者のルールとは言え、ワタルには安全に下山させるというガイドとしての変なプライドがあった。

頃合いをみて、もう一つ魔石に魔力を流して,今度は登山道脇の林の中に投げ込む。

まっすぐ登山道だけに置いておくと、ドラゴンを誘導していることにしかならないからである。

それでも、囮にはなにがしかの効果はあったようで、後ろを追いかけてくるドラゴンとの距離が少し開いた感じである。

ようやく避難小屋が見えてきた。


「逃げろーーーーーー!」アレンが避難小屋の前の広場に居た3人のメンバーに声を掛ける。

ワタルは、小屋に入ろうと指示するアレンを制止し、避難小屋前の広場を抜けた林の中にすぐ昨日のうちに用意しておいたテントがあるので、そのテントの中に入るように指示し、懐にあった最後の魔石を避難小屋に投げ入れると、入り口を閉めて、4人の後を追った。

全員がテントに入るとワタルはテントの入り口を閉じ、4人に口を開くな、と告げる。

「テントより避難小屋の方が頑丈に見えるだろうが、避難小屋に張ってある結界はドラゴンには通用しない。もちろん、このテントの結界もドラゴンには通用しないが、認識訴外の結界と魔力を遮断する結界が張ってある。ドラゴンのような高位の魔物にも気付かれないような措置がある分、避難小屋より、こちらのほうが安全だ。もちろん、お前らが被威名を挙げたり大声で叫んだら話は別だが、死にたいなら一人で死んでくれ。そうでない人間は巻き込むな。」

アレンを除く3人は自分たちが何から逃げてきたのかも分からない様子だったが、アレンの顔が青ざめているのをみて、恐怖が伝染したらしい。

まあ、黙ってくれるなら何でもいいのだが。

何分も絶たないうちに、その声は近づいて来た。すぐに避難小屋がつぶされる音が聞こえる。

4人は生きた心地がしないらしい。

Aランクパーティーともなれば、その圧倒的な存在感は結界を挟んで中にいても、肌で感じるらしい。竜の鳴き声を聞いたことがあるのかどうかは知らないが。

すぐ近くを空気を切る音がする。

「ひっ」ミーナが悲鳴を上げそうになったため、ワタルはあわてて、ミーナの口を押さえる。

「防音の結界もあるが、声よりも、感情の揺らぎによる魔力の流れ饒辺かの方が危険だ。あれくらいの上位種のドラゴンともなbれば、それでこちらの居場所を特定されても不思議はない。」

「「ドラゴン?」」

口を塞がれたミーナとアレン以外の2人が声をそろえて叫びそうになったので、ワタルがにらみつけると、声は落としたものの、口をついて出たらしい。

「とりあえず、コレまでの魔物の動きから考えて、ドラゴンは夜は活動しないだろう。だからといって、夜中に山中を行動するのは無謀でしかない。まだ昼前だが、今日はここでひたすら見つからないことを願うだけだ。明日の朝下山する。悪いが、夜まで食事は我慢してもらう。昨晩のような小物であれば、このテントの結界で十分だが、ドラゴン相手だとテント毎つぶされる。下手に食事をして気付かれるリスクを考えると、夜まで食事嵌まった方がいい。」

ワタルとしては冷静に提案したつもりだったが、4人は夜になっても食べ物がの度を通らず、一睡も出来ないまま、翌朝を迎え、ふらふらになりながらその日の日没直前に登山口にあるギルド出張所にたどり着き、ワイガーの異変は山頂付近にいたドラゴンが理由と思われること、7合目の避難小屋はドラゴンにつぶされたと思われることを説明した。

1合目から3合目までのフロアボス討伐の証明部位であった魔石はドラゴンから逃げるときに囮として使ったことをワタルは4人に説明したが、4人は生きて帰ってこれただけで十分だと行って、調査の報酬だけをギルドからそれぞれ受け取った。

「討伐隊を編成しますので、ワタルさんも強力お願い出来ませんか?」

「お断りします。」

即答してギルドを出たワタルだった。

今晩は、ご飯作るのも面倒だし、作り置きのおにぎりと豚汁にしよう。

バックパックからエメリーを出し、肩に乗せてテント場に戻るワタルだった。



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