ヤマメシといえばオニギリ
「先ほどのメガトレントの攻略だが、弱点属性が雷だと教えた後も、炎の魔法で攻撃するのはどうなんだ?」
ワタルが怒りを抑えた低い声でリナに話しかける。
「・・・悪いと思ってるわよ。」
リナはどこかふてくされたような返答だった。
「臨時とはいえ、今は同じパーティーという扱いで、同じクエストを遂行しようとしている。これが、初めて対決する魔物なら、見た目から火属性魔法を試すことは否定しない。いろいろやってみた上で、経験を積んでいくことは悪いことではない。もちろん、生き延びることが出来て初めて言える話ではあるが。」
ワタルは、このクエストが終われば,この先拘わることのない相手だと思うが、人の話を聞かないのは危ういと思ったので、続けることにした。
「その前にトレントを雷魔法で容易に討伐しているところを見ていたはずだ、それでも火属性の魔法で攻撃しようとしたのは、上位の魔法を見せようとした虚栄心があるのではないのか。そういうのは、冒険者として生きていく上で邪魔にしかならないぞ。」
「だから、悪かったって言ってるでしょ。」
「何か勘違いしているようだが、別にマウントが取りたくて、こんな話をしているのではない。この先標高が上がれば必然的に、山道というのは狭く険しくなっていくものだ。そうなると、前衛のアレンもミッシェルも足場の悪いところでは、その真価を発揮することは難しいだろう。同じことはオレにも言える。遠距離攻撃の手段を持たない者には、ここでは、不利を受けることになる、つまり、この先の攻撃はリナに頼ることになるんだ。」
山岳地帯では、そもそも事由に動けない。魔物も同じ条件だとはいえ、そもそもこの場所に生息している魔物は、そもそも場所に適応しており、こちら側が慣れない場所で戦っているに過ぎない。
そのことを始めに理解してほしかった。手遅れになる前に。
そんなやりとりを聞いていたリナたちのグループのリーダーであるアレンが横から言葉をかける。
「ワタルさんは、俺たちより経験を積んだ冒険者だ、せっかくのアドバイスだし、ちゃんと聞いておこうぜ。少なくともさっきの言葉は間違っていなかったんだし。」
その言葉で、リナも引っ込むことにしたようだ。
会話で、少しおろそかになっていたソナーを再開する。
それにしても、全く反応がない。何があったというのか。ダンジョンであるからには、こんなに魔物が少ないはずはないだろうに。
3合目のフロアボス(?)はラージマンイーターだった。
2合目手前で出てきたマンイーターの倍を超える大きさである。
触手のように蔓を伸ばして人をとらえて、そのまま花弁の仲に引きずり込む溶かしてsh消化してしまう。肉食の植物であると同時に花粉によって麻痺、毒、混乱などの状態異常を引き起こす植物系魔物の中でも危険度の高い魔物ではある。
とはいえ、その場から動ける訳でもなく、触手の届かないところから弱点である火属性の魔法で攻撃することでそれほどリスクもなく倒すことが出来るため、攻撃力と火属性魔法に耐性のあるトレントの上位に当たるメガトレントより危険度が落ちる。
リナの上位魔法で根元から立ち上がる炎に瞬殺され、難なく3合目も進むことが出来た。
「やっぱり何かおかしい。」
ワタルが再び口に出す。誰かに話しかけるというより、独り言に近いが。
「ツェルマーの町のギルドの掲示板では、このあたりにブラックグリズリーが出没するはずだった。」1合目のフロアボスであるマーダーグリズリーは、ブラックグリズリーの上位に当たる。1合目からそれほど強力な魔物が出没しながら、3合目を過ぎても、エリアに普通に生息する魔物とは言え、ギルドの討伐クエスト対象とされる魔物が見当たらないどころか、ソナーにすら反応がない。
そして、4合目にたどり着いたとき、ワタルが感じていた違和感を他のメンバーも共有することになる。
「フロアボスがいない・・・」
そう、同じ法則で行けば、ここにも何か居るはずだった。
ところが目の前には少し開けた場所があるだけだった。
「とりあえず、この辺りで休憩し、お昼にしよう。」
アレンが全員に声をかける。
時間は分からないが、太陽の位置からして、お昼ご飯を食べるのにちょうどよい時間くらいだろう。
ワタルは、収納からおにぎりを取り出し、皮の水筒に入った水を飲みながら食べることにした。
醤油を手に入れたワタルが、牛肉を切り分けるときに出る切れ端を砂糖と醤油とショウガで甘辛く炊いた、時雨煮を具にしてある。醤油を塗ってあぶった焼きおにぎりと合わせて、100個以上は収納に入っている。
ツナマヨとか、鮭とかのおにぎりが食べたい。
と思うものの、海産物は普通に市場に出回ってないので手に入らない。マヨネーズも見たことがないので、今度時間があるとき、酢と油と卵で自家製にするしかなさそうだ。
とりあえず、3個たべようと、収納から取り出して食べ始めると、圃kの4人が、不思議そうな顔をして、ワタルの方をみている。
「それは一体何だ?」4人の中で一番ガタイがよく、まあ勝手な想像だが,一番食欲のありそうな(言葉を選んでみた)ミッシェルが珍しく一番最初に口を開いた。
他の3人もどうやら同じ質問を予定していたという顔だ。
「これか、これは『おにぎり』という食べ物だ、オレの故郷の国の食べ物だよ。」
故郷か。もう、遠い昔のことだ。帰るあてもない。まあ、それでも嘘は言ってない。あまり、故郷の国の話に発展してもらっても、異世界から転生したなどとは言えないし、言ったところで残念な人扱いになるだろう。
しかしながら、その心配は杞憂であったらしい。4人は目の前の見たことのない食べ物以外に意識は向かってないようだった。
「それ、美味いのか?」
まあ、言葉を変えればちょっとくれよ、ってことだよな、コレ
まあ、たくさんあるからいいか。春先にはフランフールにテントを受け取りに戻るし、そのときまた、たくさんお米を買えばいい。
「まだ、あるから2個ずつやるよ。」
ワタルはそういって、バックパックの中を探すフリをして収納の中から時雨煮のおにぎりと焼きおにぎりを1個ずつ、全員の分を渡した。
「何か悪いな、催促したみたいで。」
いや、催促しただろ。そう思ったが,口に出すのは辞めておいた。
「何だこれ、うめえ。」「この甘いのに、ちょっと塩っ気もあって辛みもある肉うめえ。」
時雨煮のおにぎりを食べ、口々にそう叫ぶ。
「ところで、なんでこれ暖かいの?」
ミーナが疑問を口にする。
あ、時間停止の異次元収納、隠したつもりで、意味なかった。
「まあ、気にするな。」
いろいろ話がややこしくなる前に、強引に断ち切った。
食事が終わると、再び山頂に向かって歩き出した。
5合目も6合目も出てくるのは、トレントとマンイーターだけだった。
その場を動けない魔物しか見当たらない、か。
ワタルの中に一つ気になる仮説があった。まあこの先に進んでみれば分かることだが、これは退却の手段を確保するのと、時期を見失わないことが大切になってきたかもしれない。
5合目を過ぎたところから、背の高い樹木と樹木に擬態したトレントはなくなり、灌木帯に入っていた。
ナナカマドやミネカエデ、ダケカンバなど、高山帯に生える低木をかき分けるように、山頂への道は続いていくが、麓の鬱蒼とした森林と異なり、大分視界が広くなってきた。
登山道は蛇行し、自分の頭の上に折り返しの道が見えるのが分かるようになり、傾斜がきつくなっていくのがそのことからもよく分かるようになっていた。
7合目の避難小屋に着いたのは,お昼ご飯を食べて、2,3時間ほど経った頃だろうか。
まだ太陽はそこそこ高い位置にあり、日没までは大分時間がありそうだった。
まだ森林限界を超えていないため、山頂方向までは灌木帯とはいえ、木が邪魔して見えない。
「今日はここまでにしよう。」
ワタルが登山ガイドのキャリアもあって、提案する。
当初の予定では2日目の夜がこの避難小屋宿泊だった。魔物と対戦することを想定し、3合目から4合目のどこかで野営し、2日目の目標をこの避難後や、3日目に山頂まで確認して、その日は再び7合目の避難小屋に戻り、無理なら山頂直下で野営し、7合目の避難小屋で体調を整えてから、下山、途中野営をもう一泊するか、一気に下山するかは遭遇する魔物の数次第という予定だった。
ところが、ここまでほとんど遭遇することなく、予定の倍以上の速度で避難小屋までたどり着いた訳だが、逆にそのことがワタルの不安をかき立てるのだった。
想像通りであれば、今晩何かありそうだな。もし、そうなれば、明日は相当危険なことになるかもしれない。
「いや、まだまだ俺たちは平気だ、先に進んで、こんなクエストさっさと終わらせようぜ。」
ワタルの心配をよそに、アレンがそう口を開く。
ミッシェルも同調するが、逆にリナとミーナは休みたそうだ。
体力バカ対後衛の構図か。
リナとミーナが避難小屋で休みたいと主張したことで、無事今日は、ここで宿泊することが決まった。
となれば、
「夜間の見張りだが、オレとワタルが前半と後半に分かれ、残りの3人が交替で、ミッシェルは寝る時間が分断されてしまう真ん中に、ミーナが最初、リナが最後に見張りに入ってくれ。」
アレンがよどむことなく、見張りの順序とシフトを指示した。
よく考えられている、この辺りはさすがAランク冒険者パーティーということか。
さて、誤解を招かないように早めに伝えておくか。
「みんなは避難小屋の中で寝てほしいが、オレは、小屋の前にテントを張ってそこで寝る。誤解を招きたくないが、あんたらと同じ場所が嫌だとか、あんたらが信用できないとかいうのではなくて、スライムの従魔が居るので、寝ている間にトラブルがあっても困るからな、理解して欲しい。」
そういって、ワタルはバップパックの中からエメリーを取りだして見せた。
「なんだそれ、ていうか、なんでスライムなんだ。」
「これまでも戦闘に参加してないし、そもそもスライムなんて弱すぎて戦いに向かないだろう。なぜそんなものを従魔にしているんだ。」
まあ、そんな反応になるよな。
「いや、これでこいつは結構有能なんだ。メガトレントを倒したこともあるし、調理や解体の時は非常に便利だ。」
エメリーをなでながらそう説明したが、エメリーはアレンたちに注目されるのが苦手らしく、ワタルの腕を伝って肩からワタルの背後に隠れてしまった。
「なんかカワイイ。」
女性二人からの反応はおおむね好評だったようだが、エメリーはそのままワタルの背後で固まってしまった。
一応納得してもらえたようなので、ワタルは小屋の前の広場にテントを張った。
本当なら、強風が当たる山の灌木帯のテント場では、防水で耐風強度もあるワイバーンのテントが望ましい。早くできあがらないかな、と思いながらもワタルは一人用のテントをヘア、ミスリルのペグを刺していった。
ワタルの懸念が現実の物となってしまうと防御結界は強めにしておく必要があると判断したのためである。
また、Aランクパーティーはそれなりに社会的信用もあるが、念のためにミスリルのペグを使用する以上、防犯の結界も重ねて掛けておくことにした。
まあ、あくまで用心のためだが。
テントを張り終わると、見張りを残して、避難小屋の中で2人ずつくつろぐことになったので、ワタルは「ちょっと確認したいことがある、すぐ戻る。オレのテントは防御結界が張ってあるから、特に気にしなくても大丈夫だ」と告げ、4人を残してその場を離れた。
ワタルが再び避難小屋に戻ってきたのは、それから1時間経った後だった。
日が沈む前に食事を済ませようということになり、4人は干し肉とチーズ、皮の水筒に入ったワインを取り出した。異次元収納の持ち主はいなかったが、高ランクの冒険者らしく、マジックバックの比較的容量の大きいものを持っていたようだ。
まあ食事は各自別々に自分の分を用意するということになっていたが。
ワタルは魔石コンロを取り出し、銅の打ち出し鍋に、昨日ストックしておいた牛骨のスープを入れ、火に掛ける。
ラージボアの肉とショートホーンブルの肉を入れ、スープが沸く寸前に葉物の野菜を入れ、火が通ったところで薄切りのドロタケを入れ、味噌を溶き入れて蓋をして火を止める。
しばらく蓋をしたまま蒸らすと主に蒸気でキノコに火がとおり鍋が完成する。
・・・まあ予想どおりだが、ここで顔を上げて4人の方を見ると、やはり自分たちの夕食はそっちのけで、こっちを見ている。
「それ何だ?」ミッシェルが口を開く。
何だろう、この既視感
「これは味噌鍋といって、寒い日には暖まる食べ物がありがたいんだ。」
「少しもらえないか。」
「見張りの時間少し多めに負担するなら分けてやる。」
「分かったそれで手を打とう。」
食べ物ってつええ。
ワタルは、それぞれがもっていた、容器になりそうなものに、具と汁をよそい渡した。
当たり前だが、鍋の中には何も残らなくなったので、再度ワタル自身の分を作る。
「うめえ。」「なんでこんな山の上で暖かいメシが食えるんだ。」
「おいしいわね」
まあ、外で食べる飯美味いよね。
ワタルは自分とエメリーの分をさらによそい、食べ始める。
その後、鍋の中に残った具を前部すくい上げると、ご飯を握っただけの白おにぎりを取り出し、スープだけを火に掛けた鍋の蓋を開けて、沸騰前に火を止めて、白おにぎりを投入し、鍋の中でほぐしていく。まあどうせ同じパターンなので、後2個追加で入れておく。
「それ何だ?」「昼食べたおにぎりってやつか?」
・・・はいはい。
「雑炊って、鍋の汁に浸して、卵を溶いて固めた状態で食べる食べものだよ。見張りはお前らだけでやれよ。」
そういって、4人の分を容器によそってやる。
最後に自分の分とエメリーの分を鍋が空になるまで入れて、卵の殻はエメリーに食べてもらう。
食べ終わると、食器を浄化魔法できれいにして収納し、エメリーを抱きかかえてテントに入る。
まだ日没まで間があるが、きっと夜中に起こされてしまうのだろう。
今は眠れるうちに寝ておかないと。
「夜中に多分魔物の襲撃があるけど、起こさないでくれよ。」
ワタルはそう言って、テントの中でシュラフに潜り込み寝てしまった。
夜中、ワタルが目を覚ますと、テントの外で魔力の乱れがある。
ソナーを発動するまでもない。
4人が何かと戦っているのが魔力の動きで分かる。
あーやっぱりか。
もうちょっと寝たかったのになあ。
ワタルは、テントの前室で靴を履き、テントの入り口を開けて、目の前の光景を確認する。
熊と、蛇と、あと四足獣も居るな。
昼間は影すらなかった魔物が押し寄せていた。
「おはよう。」
気の抜けた声でワタルが4人に声を掛けた後、ワタルは自身に身体強化の魔法をかけて、ミッシェルが、押しつぶそうとしていたブラックグリズリーの背後から、トレッキングポールに電撃を乗せて、首筋を刺し、硬直して地面に倒れたところを、さらに頭頂部と首筋に手のひらを当てて、制限なしの電撃でとどめをさす。
その後、アレンが剣で爪での暫撃を受け止めようとして剣を払われて隙が出来たところへ、追い打ちを掛けようとしていたグリズリーには、後ろ足をポールの石突きで刺して電撃を与え、バランスを崩したところを、再度首回りを狙って電撃、硬直して倒れたところを同じように、とどめを刺した。
次に、蛇は鎌首をもたげて足元から後衛にいたミーナに噛み付こうとしていたので、時間稼ぎに石を拾って投げつけ、最初の噛み付きのタイミングを外したあと、ポールに氷の魔法を乗せて、そのまま蛇を凍り付かせる。
この間に、4人の陣形の立て直しが出来たので、残り1頭のグリズリーはアレンとミッシェルに任せて、リナには後方にいた四足獣、おそらくは狐か狼だろうに狙いをつけてもらい、ワタルは残る蛇を全部凍らせて、四足獣に向かうことにした。
戦いが終わったのは、その後間もなくであった。
「全員無事か?」
ワタルが緊張感のない声で尋ねる。まあ、重傷者がいないことは確認できてたしな。
「なんでこんな状態で、のんきに寝てられるんだ。」
4人の猛抗議が飛んでくる。
「悪いな。テントに防音の結界が張ってあるからな。それにこの程度の魔物だと防御結界を破るのも無理だしな。」
「そういえば、ブラックグリズリーがワタルのテントを押しつぶそうとしたのに、テントに跳ね返されてたぞ。布のテントがグリズリーの攻撃を跳ね返すとか見ていて訳が分からないんだが。」
「まあ、グリズリーくらいならな。もうちょっとしたらちゃんとしたテントが手に入るしな。そうしたらグリズリーどころか、ミノタウロスも寄せ付けない程度には結界が張れるようになる。」
「「誰もそっちの心配してねえよ。」」
「グリズリーの攻撃を跳ね返している時点でおかしいって言ってんだよ。」
「まあ、誰も怪我してなくて良かったんじゃね?じゃあ、オレはもう一度寝るから。」
「寝るのかよ!」
「おやすみ。」
朝、ワタルが起きてテントから這い出てきたら、全員の目の下にクマが出来ていた。
「熊が出てきて隈も出来た。」
空気の読めないワタルの一言に全員の疲労が倍増した。




