エメリーの能力
良い買い物が出来た。
ワタルは満足だった。特に銅の打ち出しの鍋は、ワタルが以前に住んでいた日本の料理屋が好んで使っているものだった。
これで冬のキャンプがさらに充実する。
ゲルマニアもブリタqに亜も内陸の国であり、海産物は滅多に店頭にならばない。
大きな商会のアイテムボックス持ちが港より運んでくるしかないが、ワタルのように無制限の容量を持つアイテムボックス持ちなど聞いたことはないし、限られた容量であるため、海産物は王族や貴族の口にしか入らないものであり、従ってそういうものは、商会から直接王族や貴族に販売されるため、ワタルのような平民は買う機会にも恵まれない。
いつかは海のある町で、海岸にテントを張ってキャンプし、寄せ鍋とかかにすきとかを楽しむ。
その日が待ち遠しいワタルであった。
ところで、ワタルには先日のキマイラ狩り以来、気になっていることがあった。
今は肩掛け鞄の中に居るエメリーである。
先日のキマイラ討伐以来、エメリーの動きが素早くなり、ワタルとの意思疎通も深まっているように思えた。
単純に考えれば、エメリーがキマイラ討伐におる経験値を得てレベルアップしたということだよな・・・。
ワタルには鑑定のスキルがある。しかし、それは他人や魔物のステータスを確認するためのものではなく、薬草やアイテム、魔物の食べられる部位などを見分けるスキルであって、元々戦闘が好きなわけでもないワタルにとって戦闘にどれだけ有意義だろうと、興味の無い対象に鑑定スキルは発動しないのだった。
したがって、鞄の中にいるスライムのレベルがどうとか、体力がどうとか、どのようなスキルを持っているかとかは知る術がない。
ただ、外から目に見える範囲で明らかに敏捷性があがっていることから、なんとなく強くなっているんじゃないかと思うのであった。
注文した調理器具が完成するまでは,この町に滞在しなければならないのだが、その間に、エメリーの能力についていろいろ確認しておきたいと考えていた。
まずは冒険者ギルドに行って、スライムについての情報収集をしよう。併せてこの町が玄関口となるヴァイスホルンや、大陸に広く怖れられた山岳型ダンジョンであり、「死の山」の二つ名を持つワイガー、ツェルマーの町を国内最大の金工の町とする要因となったマリウス鉱山の地図や情報を得ようと考えていた。
元々山好きのワタル、 テントが完成する春には、再びフランフールの町でテントを受け取らなければならない。
首都ベルリーや、さらにその先、海に面した国であるベルガーなどに足を伸ばすのは、細部にまでこだわったオーダーメードテントを入手してからにしよう。テント一つで世界を回るノマド生活こそワタルが求めていた男のロマン、まあ実際冒険者の生活そのものだったが、魔物討伐ではなく、行く先々ならではの食文化に親しむ、ついでにおいしいと噂の魔物もなんなら狩って食べちゃう?そんな生活で余生を過ごそうと考えていた。
ツェルマーは人口も少ない町で町の面積自体も狭いため、同じ建物の中に商業ギルドと冒険者ギルドがあったが、中に入ってみると実際には外からの見た目と異なり、賑わっていた。
まあ、ダンジョンがあるのだから、そこそこ冒険者のニーズもあるよな。
本来はダンジョンのある町の冒険者ギルドはもっと賑わっていてもおかしくないのだが、ワイガーは山岳型のダンジョンであり、いうぇあゆる洞窟や神殿タイプのダンジョンと違い、奥に進んで行くこと自体が難しく、平坦な道に階段付きで、親切にもセーフエリアまである至れり尽くせりのダンジョンと比較しても、人気がない。足場も不安定名上に、出てくる魔物も山岳という特殊な環境のため、普段目にしないような魔物が多く、そうした事情が人気薄に拍車を掛けている。
ワタルは、建物の1階にある冒険者ギルドのフロアに行くと、習慣もあって、クエストが張り出してある掲示板を見に行った。
依頼を受けるつもりはさらさらなかったが、どのような地域にどのような,魔物が居て,討伐対象になっているかを知っておこうと考えたのだった。
張り出してあった依頼は
護衛 依頼ランクC
内容 ツェルマー初等学院生徒の野外研修引率
2日間の警護、6名以上の冒険者による8時間毎のシフト制
おやつは銀貨3枚以内、竹筒の中身はブドウジュース可、ワインは不可
「バナナはおやつに入りません。」
報酬 8時間1単位で銀貨30枚、深夜零時から午前8時までのシフトは銀貨36枚
依頼者より一言 「家に帰るまでが遠足です。」
討伐 依頼ランクD
内容 ヴァイスホルンの標高2300m~3000mに生息するサンダーバードの討伐
上限 10羽
報酬 1羽あたり銀貨35枚
討伐 依頼ランク B
内容 ワイガー5合目より上部の森の中に生息するブラックグリズリ-の討伐
報酬 金貨3枚
討伐 依頼ランク A
内容 ヴァイスホルンに生息するスノーグリズリーの討伐
報酬 金貨10枚
以下、常設クエスト
という感じだった。最下層ランクであるFランク対象のクエストは町の外に広がる草原で薬草採取であり、Eランク向けのクエストとしては、ここでもゴブリン退治だった。
どこにでもあるクエストであり、駆け出しの冒険者はやはりここからということだろう。
スノーグリズリーか、おいしいと評判なんだよな。
熊肉が美味しくなるのは秋から冬にかけてである。
雑食のスノーグリズリーであり、他の獣や魔獣も餌にするが、冬はどうしても餌となる他の獣が少なくなるため、木の実を食べ、体脂肪を増やして、活動が著しく低下する。
肉食の獣より、草食の獣の方が肉が美味しいのはファンタジー世界もワタルの居た世界も同じであり、肉食獣の肉はどうしても臭みが出やすくなってしまう。
まあ、失敗すると罰則もあるので、前もって依頼を受けることなく、何かの拍子に遭遇して、肉をゲットすることが出来たらついでに討伐証明部位も回収して、クエスト成功にすればいいか、そう考えてギルドを出た。
その日の夕刻、ワタルはワイガーの麓の草原に居た。
0合目、つまりダンジョンの入り口である。
周囲には同じようにテントを張ってダンジョン攻略の拠点にしている冒険者が何組か居た。
また乗合馬車の停留所の前にはログハウスで出来た宿があり、ワタルはその雰囲気も好みだったが、エメリーが居るので、極力宿には宿泊せず、テントでの生活を選んでいた亜。
冒険者が安全にテントを張ることの出来るこのスペースは限られているので、ソロの冒険者テントに、鉄のペグで、結界も低ランクの魔物と対盗賊及び冒険者用に留めた。
ダンジョン用のテントスペースは冒険者ギルドが管理しており、水場と公衆トイレも設置されており、見回りも常駐していたが、一応念のために対人用の結界は張っておいた。
ワタルは、エメリーの能力について確認しておきたいことがいくつかあったので、テントの入り口を閉じて、鞄からエメリーを出した。
エメリーはずっと鞄の中でじっとしていたため、外に出ると、それまでの窮屈な状態から」解放されたとばかりに、飛び跳ねて鞄から出てきて,しばらくワタルの周りをとっびは寝て回っていたかと思うと、ひときわ高くはねて、ワタルの頭の上に乗った、と思ったらそのまま顔の横から肩を通って左腕に転がり落ちた。
「ずっと我慢させて悪かったな。」
ワタルがそう話しかけると、エメリーはその場でポンポン跳ねて、そのままワタルの左肩まで飛び上がると、ワタルの頬に震えながら、体をすりつけてきた。
やっぱり、言葉が理解出来ている感じがする。
今回ワタルが確かめたいことは二つあった。
一つ目は、分裂して数を増やしたり、また一つに戻ったりすることが出来るかということだった。
冒険者ギルドで読んだ本には、様々ばスキルを持ったスライムと共に活躍する冒険者の英雄譚が掻いてあるが、そのどれもに共通していたのがスライムが分裂して増えるというものと、スライムが、対象となる植物や動物から水分や血を吸い取ることが出来るというものだった。
おおむねこの二つについてはどの話にもあったため、スライム共通のスキルとして一般的なのではないかと考えたのである。
なお、スライムが動物植物人工物を問わず体内に取り込んで消化することから、その消化液を放出することで攻撃出来るとかいう内容も比較的多く散見されたが、そのような特徴的なスキルがもし本当にスライムに一般的に備わっているのであれば、上記の二つのスキル以外にも全部の話に共通しているはずなので、このスキルについてはあまり信用していない。
ワタルは、目の前で飛び跳ねているエメリーに「エメリー分裂して数を増やすこと出来る?」と話しかけてみた。
するとエメリーは、飛び跳ねるのを辞め、その場で横に伸びようとした。
普段の1.5倍くらい横に長くなったが、そこで止まり、フルフルと震えたまま、しばらくして元の長さに戻った。
どうやら、ワタルの言葉は分かり、分裂しようとしたものの、まだ条件が満たされずに分裂出来なかったらしい。
何が足りないのかは分からないが、エメリーの行動からすれば、スライムが分裂して数を増やすということはどうやらありそうだと思われた。
そこで次に、スライムが対象物から水分や血液を吸い取ることが出来るかどうかの確認作業を行うことにした。
これが可能になると、キャンプでたき火をするのに、枯れ枝がなくても、生えている木を伐採し、エメリーに水分を抜いてもらってから、適当な太さに割っていくことで容易にたき火用の薪を手に入れることが出来、また食用の解体時に、アクや臭みの原因となる血液を抜いてしまう,いわゆる血抜きの作業が簡単にできることになる。
今までは切り口を下にして逆さ吊りにすることで重力によって血液が大概に排出されるのを待つ、いわゆる原始的な方法による血抜きの作業をしていたが、獲物が大きいほど血抜きに時間が掛かってしまい、効率が悪いのと、どうしても解体場所に血溜まりが出来るため、そのにおいで周辺の魔物を追い引き寄せる原因になってしまっていた。
もちろん、解体後にエメリーに掃除はしてもらっていたが、それでも,解体前に血抜きが出来るなら、臭みが移りやすい内臓の除去作業などが格段に簡単になるので、アウトドアの魔物解体調理に極めて便利なスキルであることは間違いない。
ワタルは、エメリーの食事用にとここまでの道中に手に入れたホーンラビットを一羽収納から取り出して、エメリーの前に置くと、「エメリー、このホーンラビットの血液だけ抜き取ることが出来る?」と聞いてみた。
エメリーはワタルの言葉が終わるや否や、ホーンラビットの上に乗り、そのまま動かなくなった。
しばらくすると、エメリーがホーンラビットの上を離れ、プルプル震えたので、ワタルは、解体用のナイフを取り出し、ホーンラビットを切り開いてみた。
この実権のために敢えて、ホーンラビットを狩る際に、石を投げて倒し、解体せずにそのまま収納していたのだが、ワタルがホーンラビットを切り開いたところ、普段ならナイフを突いた時点であふれてくる血が一滴も出てこなかった。しかも内臓解体時には指先が血まみれになるのが、内臓を切り離しても、血が流れることがなかった。まさに今まで見たことがないほど、完璧な血抜きが出来ていた。
「すごいぞ!」ワタルはエメリーを褒め、その頭(?)とりあえず平べったいお饅頭型の天辺をなでた。
エメリーはプルプル震えた後、何度も飛び跳ねた。言葉はなく和からに亜けど、なんとなく嬉しそうだなというのがワタルにも伝わった。
エメリーのスキルは、これからのグルメキャンプに非常に有用であることヶ判明し、満足な調査となった。
ワタルはたった今エメリーが血抜きしたホーンラビットをそのままエメリー用の皿にのせて、エメリーの前に置いた。「今晩のご飯だよ。」そう言うと、エメリーは再び皿の上のホーンラビットに乗り、今度は体内に取り込んでみるみるうちに消化していった。その事実を目の前にして、ワタルも収納から調理済みのサンドイッチを取り出し、自分の晩ご飯とした。
明日は初めて渡来するワイガーのダンジョンであり、とりあえず調理器具が出来るまでの暇つぶしで、本格的な挑戦は、フランフールで注文した全環境対応のテントが完成してからにしようと考えていた。もっともテントのポールの問題は残っていたのだが、柔軟性がありながらも強靱な金属素材についても、冒険者ギルドで読んだ本にヒントがあった。
明日は朝からダンジョンだ。
遠足の前日の子供のように目が覚めてしまったワタルだが、「子供か」! と一人ツッコミ死守ラフに潜って目を閉じ、枕元のエメリーの上に手をおいてなでていると、エメリーがワタルの手にスリスリ体を寄せてきた。
「デキる子なのに、愛嬌もあるなあ」とワタルがエメリーに癒やされていたそのうちにワタルの意識もだんだん遠くなっていった。
キャンプに便利なスキル、千貫と薪の感想ができるスライムはパーティーにいると便利です。




