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第3話 選挙開始

 告示まで1日となった。

 明日ついに告示日だ。

 選挙は告示日から正式に始まるがこのままでは何もできずにいつも通り選挙戦に突入して惨敗するだけだ。何とかして社会党の議席を守らなくてはいけない。

 どうやれば守れるのか。民友党に断られた。ほかの野党と協力してもそれほど効果はないだろう。では、連立与党となるため平和党に協力するか。いや、それが一番現実のない。右と左の政党が連立を組むなんてありえないことだ。絶対に世間からはたたかれるし話はすぐ破産する。

 では、どうすればいいんだ。

 今の私には最善の策というものが思い浮かばない。このままでは……

 私は社会党の本部にある会議室で1人ずっと考え事をしていた。部屋の中は誰もいないかのように真っ暗になっている。その真っ暗な部屋の中でずっと考えている。今の社会党の状況はこの真っ暗な部屋と全く同じであると感じていた。

 希望がない。これはかなりきつい状況だ。

 そして、この日は何もすることができずに終わった。


 ◇◇◇

 告示日。

 この日から選挙活動が認められるようになる。選挙期間は15日だ。この日一番最初に注目されるのは各政党の党首がどこの選挙区から演説を始めるのかが話題になる。8時に選挙の号砲が鳴る。

 平和党総裁佐藤俊彦総理は、東京1区という都心のど真ん中であり日本の行政の中枢機能の集まる場所を演説のスタートにした。

 民友党代表玉城雄一郎は、愛知11区で演説を始めた。愛知11区は古山光一衆議院議員が比例復活を他候補に許さない圧倒的強さを見せ連続当選しているいわゆる民友王国と呼ばれている選挙区だ。そこをわざわざ最初の演説先に選ぶことは全国の民友党支持者を鼓舞するという狙いがあるのだろう。さすがは玉城代表といったところだ。

 そして、私はどこから演説を始めたのかというと……


 「北海道の皆さん。社会党委員長の森本です!」


 北海道9区であった。

 北海道9区は私の選挙である。選挙区の広さは全国でも6番目。その広さは小選挙区なのに広島県1県と全く同じ広さを持っている。

 その北海道9区の中心に当たる苫小牧駅の北口の前にて演説を私はしている。なぜ、この選挙区を選んだのか多くの理由があるが一番の理由は情けない話だが、自身も選挙で落選する可能性がある以上党の代表としてこれから自分の選挙区入りは極力できないので当日にやっておこうとしたのだ。そして、ここで20分程度の演説をしたらすぐさま車に乗って同じ北海道で選挙に立候補した社会党候補の応援演説に向かわないといけない。

 私はものすごく広い北海道を移動する。こうして選挙活動1日目は移動と2つの選挙区の応援だけで終わってしまった。この日はわざわざ東京に戻る必要もないと思いまたしても地元に戻り実家に泊まる。実家には妻がいる。妻は、私にあまり気負いすぎるなと助言をしてくれた。その一言をもらえるだけで私の気は軽くなる。本当にうれしい。ありがとう。感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。


 ◇◇◇

 選挙活動2日目。

 この日は飛行機に乗って移動する。移動する先は北海道から一気に飛んで沖縄だ。社会党の基盤は一番は北海道である。そして、2番目は意外にも沖縄である。基地問題の影響により革新系が強いと血であるため社会党は沖縄において小選挙で当選し続けているのだった。沖縄1区の演説に入る。沖縄1区は新人の赤満政勇氏だ。年は49歳。32歳で沖縄県議会議員選挙に当選し沖縄県議会議員となる。社会党系の会派で16年議員として仕事をし昨年国政候補となり県議会議員選挙に不出馬した。そして、今回本人にとっては初の国政選挙だ。県議会議員の時の仕事はネットなどの情報をもとに調べておいた。かなり弁の立つ人だ。ぜひとも社会党の復興のためにも当選してもらいたい。


 「では、応援に来てくれました。森本委員長です!」


 私は那覇市内で選挙カーの上に乗って演説を始める。隣には赤満候補もいる。私は熱が入った演説をする。


 「社会党のやり方は左派の人だけじゃありません! この日本には多くの人がいます。今の政治では救えないような弱者の皆様! そのような人々を救わずして政治はあるのでしょうか? ないです! 絶対にないです! ……」


 弱者のための政治を社会党は掲げる。米軍基地問題で不安に思っている人のためを思った政治をしたい。社会党の仕事はこれしかない。私は訴える。

 私の熱のこもった演説は20分に及ぶ。そして、20分ののち主役の出番だ。赤満候補が演説を開始する。内容は私の話を基盤に自分の考えを述べていく。基地問題。沖縄でのやはり一番大きなテーマであると思い知った。

 沖縄1区での演説を終えると次は沖縄3区に行く。沖縄3区は現職いやここでは前職の国会議員の島崎幸彦氏の選挙区だ。

 島崎氏は当選回数5回を誇る社会党の中でも当選回数の多い議員だ。現在は国会対策局長をしている。国対をしているため多くの政党の議員と交流関係がある。この人も落とせない議員だ。絶対に社会党の存続のために落としてはいけない議員だ。それに私が落ちた時は島崎氏に次期党の執行委員長になってもらわなくては。そのためにもこの応援演説も熱が入る。

 私の熱の入った演説が終わり、島崎氏の演説も終わる。沖縄4区と5区の候補もいるので応援する。この人は沖縄の選挙区で応援演説を終えると夜は島崎氏のいるホテルに向かう。島崎氏に話があるので事前に呼んでおいたのだ。

 那覇市内にあるホテルの最上階と言わないものの高い階の部屋を借りる。カーテンを開けると沖縄のきれいな海が見えるが夜であるのでそこに見えるのはただ真っ暗な空間だ。何もない真っ暗な空間だけが広がっている。

 その部屋で私は何も見えない海を見ていると部屋に1人の男が入ってくる。それは島崎氏であった。


 「森本さん。どうかしました? わざわざ私を呼んで」


 島崎氏は私に呼ばれた理由が分からないといった表情をしていた。まあ、確かに私もいきなり党の代表に呼び出されたら何事かと思う。


 「実は折り入って話がありまして……」


 歯切れが悪く言う。わざとではなく、本当はあまりしたくない話であるがするしかない。ここでだけの話。


 「その、話というのは?」


 「実は、私はこの選挙でもしかしたら落選するかもしれません。落選しなかったとしても社会党の議席はものすごく減るでしょう。取れて5議席ぐらい。そうなった場合は私に責任問題が来るでしょう。そうしたら、是非とも次の社会党の委員長に島崎さんになってもらいたいのです」


 「っ!」


 私の話を聞いて島崎氏はものすごく驚いていた。そして、返事をする。


 「待ってくださいよ。私だって選挙で落選するかもしれないじゃないですか。まだ、わからないのでこの話は受け入れられません」


 「いいや、受け入れてもらう。何としても島崎さんには当選してもらいます。応援演説をもう少しやろうと思います」


 私は譲らない。

 何としてもこの案件を受けてもらわないと困る。私にはもう社会党を復興させることなんてできない。でも、島崎氏にはできると私は思っている。島崎氏は政治手腕がかなりある。政策を考えるのが趣味と言われるぐらいの人だ。彼じゃないと社会党は蘇ることはできない。だから、何としても社会党のために島崎氏には当選して代表になってもらわないと困る。


 「……私でいいのですか?」


 私が何度も何度も頼んだのでついに島崎氏は折れてくれた。島崎氏は不安そうな表情をして返事をしてくれた。声は震えている。


 「ええ、是非とも頼みます。あなたなら絶対にこの社会党を復活させることができると思います。でも、私にはできないのです。私よりもあなたの方が党のためになります」


 「……本当にいいのですか?」


 島崎氏は何度も何度も同じことを聞いてきた。私でいいのですか、という言葉をだ。何回も何回も聞いてきた。

 その度に私はあなたじゃないとだめですと言う。この同じような会話を何回したのだろうか。ようやく島崎氏は覚悟を決められた。


 「わかりました。絶対に選挙で当選して、社会党を復活させて見せます」


 「ありがとうございます」


 「ただ……1つ条件があります」


 私が感謝の言葉を述べお辞儀しようとすると島崎氏は1つだけ条件を出してきた。


 「な、何ですか?」


 「その条件は、もちろん森本さんにも選挙に受かってもらいます。何としても選挙で当選してもらわないと困ります。あなたの力は私たちに必要だと私は思っています。たとえあなたが自分のことを低評価していても私はかなり高く評価しているのですから」


 その言葉を聞いて私は感動してしまった。

 こ、こんな私でも評価されている。役に立っている。その言葉がたとえお世辞だとしてもうれしい。その言葉が聞けただけでとても胸がいっぱいだ。この気持で残りの選挙を乗り越える。そう決めた。

 それから、選挙の応援演説を頑張った。日本中すべてを回った。

 回るが社会との劣性は全く変わらない。そのままついに最後の日がやってきた。この最後の土曜日が選挙活動できる最後の日だ。

 私の最後の悪あがきが始まろうとしていた──

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