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MOB男な灰魔術師と雷の美姫  作者: 豆腐小僧
第二章 MOB男の人言奸計と片隅の原始星
88/132

44 森羅万象と幽鬼の庵

BGMはモーリス・ラヴェルのベスト




 帝国の西の果てに巨大な山脈が聳え立つ。

 帝国と王国を分断するその大山脈は大陸の北から南までを隙間なく埋める。


 だが、大陸の最北に広がる零峰フロストヘブンという何者も生存することはおろか立ち入ることもできない凍土の山脈とは違う。

 この西の大山脈に住むモノは多い。ただし、それは人以外に限ればだ。

 この大山脈に住む最上位の生物とは、古代竜エンシェントドラゴンという世界全体でも最強の生物である。人はそこから見れば、その位置は遥か下。


 このあまりにも厳しく大きい山脈があるからこそ、西側に王国ニーグランドという国が三百年前に建国され、しかし少なくともここ百年ほどは小康状態が続いている原因だった。


 その大山脈の東側。つまり帝国に近い方の山の中。ただし、もちろん近いと言っても人が行くには余りも険しい深山の中に、ひとつの庵があった。


 深い山の中の、鬱蒼と茂った木々に埋もれるように、小さな庵がある。

 そこは誰も知ることはないだろう場所に違いない。こんな深い場所に、こんな小さな庵では到底探し当てることなどできない。


 庵はすべて木でできていた。泥も石も使われてはいない。屋根の部分は藁が敷き詰めてあり、長い年月のために苔生していた。


 風通しの良い部屋。畳の部屋に四人の人物がいる。


 一人はこの世の者とは思えないほど、光り輝く金色の人物。

 別に発光しているとか、そういう奇抜な人であるということでない。

 金の長い髪に、白い肌、細い体つきの、恐らく男性。性別が疑わしいほどの柔らかな美を持った男だ。言ってみればその美ゆえに輝いて見えるという単純な理由。

 そしてそれは単純ゆえに明快で、あくまでも清々しく、純粋な美だ。

 尖った耳に、細い顎。

 おそらく十中八九彼を見た者は、その美に心奪われ、思考できない場合を除いて、それはエルフだと思うだろう。


 しかし、その中の数人はまた、疑問に思うはずだ。

 果たしてエルフといえども、これほど美しいものだろうかと。そしてそう感じる感情の出はどこからかと自分の感性を疑うはずだ。まさか魅了の魔術でも掛けられているのかと。


 それは概ね正しい。

 いくら造形の極地と言えど、造形の極地だからこそ、そこには行き着く限界がある。

 しかし、自身に感じた心の底からの震えを照らしあわせてみると、いくらなんでもそこまでのものではない筈だと分かるはずだ。

 いくらエルフが美しかろうが、彼の美はおそらく人間だろうが、ゴブリンだろうが、知性を持つ限りは囚えられてしまうものだから。この心の震えは形也だけを原因とするものではないと。


 その対面に座る男も、こちらも恐らく男だろうと思わしき、中性的な美を持った、男だ。


 室内にもかかわらず黒の、上に向かって細長い珍しい帽子と、白いゆったりとした外套カフタンガウンのような服を着ている。


 こちらの男も目の前のエルフほどではないが中性的な美を持っている。

 ただし、エルフが清々しい生命の樹のような美しさであるとしたら、男の美しさはどこか宵闇の怪しさがあった。


 男の名を、セドリック・アルベルト。

 この深山の庵に居を構えて二百五十年になる、人を超えた存在。

 社会的に知られた存在として説明するなら、灰魔術と呼ばれる、正式名を『積道』というもっとも新しい系統の魔術を興した魔導師だと言われている男だ。


 言われている、などと確定的に述べられないのは、彼が二百五十年この帝国西の深山に『囚われ』ているために、世間が彼の存在を係ることがなく、そしてその間に『積道』が灰魔術として世間にあまりにも受け入れられた皮肉な結果だった。


 だから、彼自身は、当然自分が開祖であることを知っているし、現在の宗家といわれる積道衆の総本家などという存在のことなど全くもって彼には有り様の知れない輩だった。


 そのセドリック・アルベルトは、自分の庵に珍しい客人を迎えていた。

 ここに知性を持った客人が訪れること自体が珍しい。

 セドリックが会うといえば、これは自分から赴き、少し谷に下った場所に巣食う白い古代竜エンシェントドラゴンと話をするくらいだ。それも数十年に一度。


「珍しいことですね。森羅万象アダム

 セドリックは美しいエルフのような男に恭しく頭を下げた。

 彼はエルフに見えるがエルフでなく、森羅万象アダムと言われる『人』だ。

 最も人らしい『人』を挙げるなら、それは彼になるのかもしれない。たった一人の『人類』でもいい。


「それとも父上と言ったほうが宜しいか」

 にっこりとそう言ったセドリックに、森羅万象アダムはニッコリと返す。


「私としては嬉しいことだけれど、それは君が呼びたいように呼べばいい」

 やはり美しい声で言った。


 今、この場には四名の者がいるが、客人は彼のみだ。

 残りの二人の男女。一見すると獣人のようにも見える、やはり美しい、セドリックと森羅万象アダムさえいなければ確実にそう言われるだろう男女は、セドリックの従者だ。


 セドリックの脇に正座をしてきっちりとした姿勢で仕えている美しい、ただしそれ以上に雄々しい長い黒髪の男。人に見えるが、ただ一点その大きな黒々とした獣の耳を持った男。


 そして森羅万象アダムの傍で、客人にかしずく身であるにもかかわらず、少し足を崩して座っているやはり獣の、しかしこちらは銀の耳を持った、腐りかけの果実の様に怪しくむせ返るような性臭を放つ妖の美女。


 彼らはどちらも主人たちの話には口を挟まず、男は黙々と、女は楽しそうに、主人たちの横に控えていた。


「しかし貴方がこのような場所に来るのは珍しいですね。あなたは家族を作ったのに、中々会おうともしない人でしたのに」

 セドリックの言葉に恨みがましさはなく、どことなく楽しそうに尋ねる。


 森羅万象アダムもやはり、楽しそうに答えた。

「私が欲しかったのは家族であって、束縛ではないからね。今日来たのは、先日便りを貰った新しい家族について、だよ」

「おや」

 と意外そうに、セドリックが顔を挙げる。


 先日の便りと言っても、セドリックがそれを知らせたのはもう何年も前だ。二人の時間の流れを考えれば、それは先日でもおかしいことではないが。


「あの子達については、私に任せてもらった筈ですが?」

「うん、そうなんだがね」

 少し森羅万象アダムは困った顔になった。

「我らの家族の卵まで、家長である貴方が気を回すということもなかったことでしょう?」

 さらにセドリックが言って、やはり森羅万象アダムは困った顔のままだ。


 彼らの家族は、それに成るべき者は、そうそう現れるものではないが、それでも確実に、長い時を見れば現れる。だが、家族と成れるかどうかは別で、家族になるのは成りたくて成るものではないというのが、彼らの家族のあり方だった。そして成れる者は自然と成るのであって、そこでもこの森羅万象アダムは『放任主義』だったはずだ。


「うん、君とヴォルグに任せていたんだが、ほら、そののちのことがあるだろう?」

「のちのこと? ああ、もしかして私の後継者として育てていた、エドのことですか?」

「そうそう、そのエド君のことだよ。彼の、病と言っては可哀相だからそうだね、才能、性質のことさ」


 その言葉に、少しだけ、ほんの少しだけ、セドリックの瞳が細く締められた。

 それ以外に変化はない。

「どこでその事を?」

 セドリックの声に変化はないが、その部屋の空気が下がっている気がした。


「なに、私も長としてそれはそれなりに目配りをしているのさ」

 森羅万象アダムにも、セドリックにも変化はそれほどないが、その場に使えていた従者は、その空気にまたは主人の心内に反応したのかは知らないが、森羅万象アダムの隣にいた女の従者は明らかに笑みを消し、目を細めて少し距離を取った。セドリックの隣にいる男の従者も少しだけ前に出ようと腰を浮かせた。


 だが、森羅万象アダムはニッコリと微笑んだ。

「別に何もする気はないよ」


 セドリックは従者たちと違ってピクリとも体の重心を動かさない。

「そうは言っても、彼が異罪アノマリーだというなら、それは人のそれとは全く意味が違う。貴方にとって、この世の結成者の一人である森羅万象アダムにとって、それは在り得て良いとは思いますまい」


 森羅万象アダムはここで、初めて今までと違って声に出して笑いを上げた。

「ふふふ。もし彼が現神アキツカミにして異罪アノマリーだと言うならば、それすらもこの世界の運行に必要な存在だと言うことくらい君のように先が詠めない私にだって分かっているよ。もし彼が我らの異罪アノマリーだとしても、その存在を是とするか否とするかはそれこそ世界が決めるさ。そして私は君の言うとおり、時の流れるままに、という方針に変わりはない」


 セドリックはその言葉の後も暫く黙っていたが、やがて少しだけ佇まいを直した。

 それを契機に、従者の二人も、先程まで発していた敵意を治め、また二人の横に控えた。ただしもう女の方は笑みを浮かべていたが、先程までとは大分意味合いが違っている。


「でしたら、その放任主義の父上が何故か様な場所に?」

 と最初の問に戻る。

「いや、謝らなければならないと思ってね」

「謝る?」

 それはおかしな言葉だ。放任主義にのっとって何も手を加えなかったし、加えるつもりもないなら、そこに謝る要素もないはずだ。


「いや、それが」

 と森羅万象アダムは柔らかくしかし、確かに苦笑した。

「オルガにそれを話したのだよ。聞かれたし、彼女の家族になるかもしれない子供たちのことだからね」


 その言葉に、セドリックはギュッと眉を寄せた。

「それは……不味い事をしましたね」

「そうは言っても、彼女ほど家族想いの子はいないからね。知っているのに言わなかったとしたらそれはそれなりに面倒な事になったろう?」


「それは、何時のことです?」

「つい先日だよ」

 セドリックは、笑みを浮かべた。それはそのまま受け取ることはできないものだ。


 この森羅万象アダムの時間感覚で言えば、そしてこの森羅万象アダムの性格を考えれば、セドリックがこのことを知った現時点で、全ては終わっているか、全ては手遅れになっているはずだ。


「君達に任せていたのに、あの子が会いに行ってしまったから、何か迷惑を掛けてしまうかもしれないと思ってね。直接謝りに来たのさ。なにせあの子は家族想いだけれど、少し我慢の出来ない子だからね」

 ニッコリと言う森羅万象アダム


「それはご丁寧に」

 セドリックは同じようにニッコリと気にしていないことを告げた。


 まあいい。


 と内心で思う。良いことはないが、いいだろう。

 セドリックは朗らかな口調とは打って変わって、心のなかでは嘲笑を浮かべる。


 森羅万象アダムがどう思おうと、究血姫アルファ・オメガが何をしようが、世界の流れはあるようにある。

 あの子供たち、つまり新しい家族かもしれないエドとクレオリアと言う存在は、珍しいが、確かに世界が産んだ存在であり、自分が種を蒔いて育てた闇星だ。


「……」

 セドリックはやはり心情を素直には言葉にしなかった。それを少し言語として表すならば、この男はそのような言葉使いはしたことはないが、わかりやすく表現するなら、こうかもしれない。


 やれるものならやってみろ、と。







次回から第三章が始まりますが、長くなったので便宜上分けただけです。

また次章から殺害シーンなどもありますので注意してください。


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