25 美しい薔薇には刺がある
「ここが、そうです」
その後も灰魔術師の現状などを話しながら、半時ほどでサウスギルベナ北地区に辿り着いた。
ナイジェルがこの街にやって来たのもこの北地区からだった。
半島型、半島というより大陸にできた出来物程度に膨らんだ形になっているサウスギルベナの陸の入り口だ。白い石の防壁が見える。高さは人の倍くらいだろうか。
「ここから西に行けばアーガンソン商会が管理している王国への貿易港、サウスギルベナ港です。ナイジェルさんもここは知ってますよね?」
「まぁ、通っただけだけどな」
「あそこの門から入ってきたんでしょ?」
そう言ってエドは防壁の途切れている部分を指さした。門は丸太を組み上げた格子門だ。たしかに見た記憶がある。
「他にも門はあるのか?」
「このまま壁にそって東に行けば貧民街ですから。あの辺りはこんな石壁じゃない、ただの土を盛っただけの壁ですからね。入ろうと思えば入れますよ」
それからエドは門のそばにある更地、馬車が数台止まっている駅とは斜め反対の方向を指さした。
「あれがギルベナ魔導師ギルド支部の建物です」
「んー?」
確かに開けた更地にぽつんと館が立っている。
黒い外見の建物だ。木造のようだが表面に塗られている塗料に含有しているのか微かに魔力を感じる。後でエドに聞いたところ、これは黒渋塗というのだそうだ。防虫や防腐剤だけでなく魔力の通りが良いために防御結界が張りやすくなるらしい。
さっそく二人で中に入ろうと近づいたが、エドが玄関ポーチの数段になる階段に足をかけたまま立ち止まった。
「どした?」
「んー、誰も居ないはずなんですが、誰か中にいるみたいです」
エドは足元の埃を見て言っているみたいだ。普段の状態を知らないナイジェルには分からない。
「どれ」
ナイジェルは呪文を唱えて、目に力を宿す。『魔力探知』である。魔力の強さによって濃淡ができ、それによって中に人がいるなら見つけることができる。
使わずとも優れた魔力探知能力を宿すのが灰魔術師だが、さすがに建物内の、しかも防御結界を見通して探るには裸眼の状態では不可能だ。
魔力を帯びさせ、感度を調整した視界に、建物内が青く透けて見えた。防御結界があるが、ナイジェルの魔力のほうが優っているので突き通して見ることができた。
青い視界の中で、炎が燃えるように人型が見える。
「これは……」
この魔力波形には見覚えがあった。
「大丈夫そうだ」
中にいる人物を想定してそうエドに告げる。
「お姉さん? どうしたんでしょうね」
エドがナイジェルの意見に素直に頷いて、そのまま扉を開いた。
エドの背後から建物内を覗くとそこはエントランスになっているらしく開けた場所になっていた。
だが誰も使っていないのか少し埃っぽい。
そのエントランスに一人の人物が立っていた。
メイド服に身を包んだ、長身の女性。金髪を腰まで伸ばしている。
「ギニーお姉さん!」
エドが中に立っていた人物を見て、歓声を上げると駆け寄り、飛びついた。
「あらあら、お仕事ご苦労様。そろそろやってくる頃だと思ったわ」
ナイジェルと同世代の美女が箒を持って立っていた。
ナイジェルも見たことがある。アーガンソン商会のメイドで確か、グウィネスだったか。
ウェーブのかかった絹糸の束のような艶やかな金の長髪。女性らしい柔らかでほっそりとした曲線と輪郭を描く長身。潤んだ大きな瞳は星蒼玉の青さと光。メイドの服装でなければ由緒正しき貴族の細君とも見える二十代半ばの女性だった。
「ナイジェルさんもご苦労様」
青い瞳に、柔らかい笑顔を浮かべている。胸元に抱きついたエドを抱えながら楽しそうに笑っている姿は、微笑ましくも見えるが、ナイジェルは玄関口に立ったままの位置で動かなかった。
このグウィネスという女性こそ、魔術師が見た目通りではないという見本のような女だ。
先ほどの『魔力探知』で探った際に見えたように、防御結界に覆われた魔導師ギルドの中において、燃えるような、隔絶した魔力を持っているのが感知できた。しかもそれを普段は見えないように完全に制御している。
同世代で、他系統の魔術師だが、ナイジェルが自分と比較しても、このメイドは数段上の魔術師であることは分かった。
事前に『魔力探知』で内部を探っていたのも気がついているのだろう。こちらを見る目はどこかいたずらっ子を見つけたような目つきだ。
「ふひー!」
しかし、エドのこの脱力した、陶酔した顔はなんだろう。ナイジェルは普段大人びた少年が見せた初めてのだらしない顔。しかし決して子供らしくはない顔に若干、いやハッキリと引いた目を向けていた。
飛びつかれた方のグウィネスは、温泉に浸かっているおっさんの様な呻き声をあげながら、胸元に顔を埋めている少年に嫌な顔ひとつせず、逆にニコニコと笑顔を浮かべてその白髪の坊主頭を撫でていた。
「さあ、エド。今から灰魔術師としての勉強をするんでしょう。掃除はしておいたから頑張ってね」
そう言って、少年を床に下ろす。素直にエドが離れたが、顔は至福の状態のままだ。
「ああ、ナイジェルさんはギニーお姉さんを知ってましたか?」
ポワンとしたままの顔でエドが言ったので、ナイジェルは頷いた。
「メイドだろ。魔術師でもあるようだが」
少し敵愾心を含ませた口調になっているのは恐れのためだ。だがグウィネスはそんな声色を気にした様子もない。エドも同様だ。
「そして四年連続『サウスギルベナで最も恋人にしたい女性』です。ちなみに僕調べです」
「あらあら」
グウィネスが嬉しそうにエドの頭を撫で撫でする。
「で、そのメイドがこんなところで何を。あんたもギルド員なのか?」
「いいえ、私はただのメイドですから。今日来たのは中を掃除するためです。普段は誰も使っていないので汚れていたものですから。エドからあなたが研究室を持ちたいと言っていたと伺っていたので、二人が仕事に行っている間に倉庫にしていた部屋から荷物を出して準備しておいたんです。これからはその部屋を灰魔術師部門の研究室に使うようにジガ様から言付かっていますわ」
グウィネスの言葉に、エドの方を見た。エドはあいも変わらず呆けた顔で頭を撫でられている。
ナイジェルは研究室を持ちたいなどと言ったことは勿論無い。
「わかった。ありがたく使わせてもらうぜ」
しかしそれを否定はせずに頷いた。
「では、私はこれで。何か足りないものがあったらエドか、備品係のアヴリルまで言ってくださいね」
「えーもう帰っちゃうんですかぁ」
エドが残念そうな声をあげる。
「あらあら、ごめんなさいね。私はまた本邸に戻らなくちゃいけないの。エドもお勉強頑張ってね」
「はい!」
エドが元気よく返事した。少年の猫かぶりにも背中に寒気が走ったが、金髪の美女がゆっくりと玄関に向かって、つまり自分に向かって歩いてくるのに思わず戦闘態勢になりそうなほどの緊張を感じた。
グウィネスはそんな強張ったナイジェルに微笑みを向けたままゆっくりと歩いてくる。
そして、そばまで来ると、そっと耳元で囁いた。
「そんなに緊張しなくても、殿方をとって喰らうようなことはいたしませんわ」
クスリと笑い声をナイジェルの耳元に残して、長身のメイドは玄関から出て行った。
それでも、ナイジェルの背中にはべったりと汗が流れていた。
『魔力探知』の効力を切っておけばよかったと後悔する。
ナイジェルは少年の方を見ると、エドはまだ感触を思い出すようにのぼせ上がった表情のままだった。
「ね、僕が秘密にしたい理由がわかったでしょ?」
だが、その声色だけは全く冷静さを失ってはいなかったのである。




