08 噂の真相
「それで、面白いものって?」
部屋に入った私は、ベッドに腰をかけているソニアに言った。弟のサイロは座れる椅子がないので床に直に腰を下ろしている。大きな体をしているくせに体操座りなのが可愛らしい。
私は太極拳もどきの体操をしながら、顔だけをソニアに向ける。
別にダイエットのためにやっているわけじゃないよ? 断じて言うが太ってないから。
これは、魔術師修行のための基礎訓練だ。
魔力の体内集中、循環を行う動作を、太極拳のようにゆっくりとした動きによって体中巡らせているのである。
前世でも太極拳の経験なんてなく、せいぜいがヨガのポーズを雑誌を見ながらやっていたくらいだ。一番しっくり来る形を模索していたら、なんだか太極拳みたいになっただけである。この集中と循環させた体内魔力を外部に発すれば魔術となる。
基礎的な魔術の修行の方法はセドリックさんから六年前に貰った魔導書にも載っていたが、いまイチ合わない部分もあったので、自分でアレンジするようになった。違和感があろうが天才灰魔術師であるセドリックさんの出してくれた魔導書のとおりにするのがいいのかもしれない。でも直感でこの方が良いと思う方法を行っている。もう三年ほどやっているだろうか。
「ああ、それで来たんだったよな」
男みたいな言葉遣いのソニアだが、実際気性も男まさりの十二歳。ベッドに腰掛けている今もショートパンツから細い脚を大股開きに開いて座っている。別に意識して男っぽくしているわけではなく、興味のないことに無頓着なだけだ。
この姉弟と出会ったのは勿論家の縁によるものだが、友人関係と言えるほどの関係性になったのは勿論ウマがあったからだ。貴族の子供達、それも歳の近いとはなんどか会ったことがあったが友人づきあいがあるのはこの年上の姉弟だけである。姉のソニアは頭の良さと向上心の高さと、合理主義者なところが魅力だし、弟のサイロは気遣いができて、優しく押し付けがましさがない。
そうは言って毎日会っているわけでもなく、ソニアが気まぐれに立ち寄った際に会うくらいである。サイロはその姉のお供でやってくるだけだ。私は日本に帰るために修行に夢中だし、ソニアはもの造りに夢中で、たまに会うだけ。その距離感が私には居心地が良かった。
そんなソニアが久方ぶりに私の家にやって来た。ソニアとサイロはシクロップ家という鍛冶師の一家であることは述べたとおりだが、ソニアの興味のあることとは鍛冶に関することだ。だから面白いことというののもそういった関係のことだろう。
「ちょっとこれ見て欲しいんだけどさ」
そう言って持ってきていた麻袋をゴソゴソやっている。その麻袋自体はいつもソニアが持っているお出かけ用バックである。ただのズタ袋なのだが、ソニアにとっては物が入れば見た目はどうでもいいらしい。女の子としても職人の卵としてもそれでいいのかと思うが、ソニアの興味は鍛冶、その中でも刃物がお気に入りらしく、服飾装飾関係にはあまり興味が無い。あるとすればブローチなど細工物くらいだろうか。もちろん身につけるのではなく、作れるかどうかだ。
そんなソニアがズタ袋から金属の塊を取り出す。
「んー?」
私はそれを見せてきた意味が分からなかった。
パスタマシンだかミンサーだかにしか見えないが?
ちょうど魔力太極拳の途中なので、意識をその道具に集中してみた。魔力は感じられない。
私は魔力感知は使えない。というより魔術で使えるのは『雷撃』という名の放電と『風』と呼んでいる操風しかできない。セドリックさんの魔導書に載っていたのは魔力操作や魔力増強のための基礎訓練のみだ。もう手元には魔導書はないが最初の一月で細部まで丸暗記したので間違いなく具体的な魔術についての記載はなかった。家の本も漁ってみたが黒魔術、白魔術の魔導書なんてなく、家族にも素養のある人はいないので、それ以上どうにもならなかったのだ。
以前、六年前にセドリックさんに調べてもらった結果では、炎系の属性にも適正があるらしいが、炎の具現化などはできない。雷撃に関しては感覚として大抵のことが出来る感じなのだが、風と炎に関しては知識がないと無理な感じ。
風を起こせるのはセドリックさんに手ほどきを受けたから。六年経った今でも変わらない。おそらく、魔力を事象に具現化するっていうのは魔導師としての才能が必要なんだろう。ただし、魔道具の類などは意識を集中すればそれが魔力を秘めたものかどうか位はわかる。
「で? その鉄の固まりがなに?」
私は興味がなくなって、視線を前に戻した。
「なんだ、クレオリアでもこれの凄さがわかんねぇのか?」
ソニアは不満気な声色をあげる。残念だが私にはパスタマシンだがなんだかの文明レベルがこの世界でどういう意味を持つかまでは知らない。
「麺だか、挽き肉だかを作る道具でしょ? そんなに珍しい?」
「やっぱり知ってたのか?」
「? だからなに?」
「この挽き肉機のことだよ。最近この街や東の自由都市辺りでも出回ってるんだ。お前が作ったのか?」
「初めて見たけど?」
「じゃあなんで、これが挽き肉機だってわかるんだよ」
「そんなもの、見れば分かるじゃない。大体なんで私がそんなもの作らなきゃいけないの」
私は若干話しが咬み合わないので、ソニアの方を見る。
私の答えにソニアが唖然とした顔をしていた。
おっ、珍しい表情だね。
「うおおぉ、すげぇすげぇとは思ってたが……」
「なに?意味分かんない」
「だってお前ひと目見て何か分かるって、いや天才ってのはそんなもんか」
一人で納得しないで。
「たかが肉をミンチにする道具をわかったからなんなの?」
「いや、この機械を発明したのが六歳の子供だって話なんだ」
「ふーん。ああもしかして六歳だから私だって思ったの?」
「ああいや、作ったって噂のヤツの名前はわかってるんだ。アーガンソン商会の丁稚の子供なんだけどさ。でもいくらなんでもこれを六歳の奴が一人で考えられてるとは思えねぇだろ? だから作ったのはアーガンソン商会の職人でも考えたのは同じ六歳のクレオリアのことじゃないかって……」
私は一瞬固まった。
それから体操を取りやめてソニアの方に歩み寄る。
「今なんて?」
私の様子を見て、ソニアが眉を寄せる。
「? だからお前が考えたんじゃないかって……」
「その前!」
「前……って作った奴がアーガンソン商会の子供だって言われてることか?」
「それよ!」
エドゥアルド・ビスマルク。
今の姓はウォルコット。
六年前、エドと別れた時、彼はアーガンソン商会の奉公人の子供として引き取られていった。
六年後に、エドが街を歩き回れるようになったなら、私を迎えに来てほしいと約束した。
それまでは連絡の取るすべがなく、じっと来るべき日を待つしかなかった。
しかし、である。
一つ懸念がある。
三年前、この街で疫病が流行った。
死に至る病で、この街の子供達が大勢死んだらしい。
私がそれを知ったのは二年後。
五歳の時に教会で開かれている勉強会がその年は開かないことが決まった時である。
その教室は保護者が費用を出し合って開催しているそうなのだが、その殆どを拠出していたアーガンソン商会の子供達の間でも伝染病が蔓延し、教室を開くだけの人数が集まらなかったためだ。
私はそれを知った時、貧血を起こして気を失った。
エドは私が持つ日本と唯一のつながり。
同じ日本人だと言っても、クラスメイトだったエドと、千年前の日本から来たセドリックさんとは明らかに違う存在だ。
仲間というより、同志というのか、姉弟的存在というのか、彼自身の前世での素性を実はそれほど知っているわけではなかったが、他の人間と比較した場合の信頼度は格段に違っていた。
そのエドは私と違い、セドリックさんと一緒にいる。だから乳幼児の死亡率が高いこの街でも、比較的安全だったはずだ。もし感染したとしても対処のしようはあっただろう。
彼が無事だということを私は心の底から信じている。
信じてはいるんだけど……。
エドは今いち奉公人の子供で、その生死が噂に登ることはない。
そして私は外を出歩くこともできないので無事を確かめることもできない。
それがこの一年間だ。
そして今のソニアの言葉である。ミンサーのこの世界における価値はわからないが、それが『ずれた』発明であり、しかも発明したのがアーガンソン商会の六歳児だったのなら、考えられる可能性はひとつだ。
「それを作ったのはアーガンソン商会の六歳の子供なのよね?」
私は絞りだすようにして、ソニアに尋ねる。
「名前は……エド。エドゥアルド?」
だがしかし、
「あん? いや。名前はヴェルンドとかだったな」
「え? うそ、聞き間違いじゃないの!」
私の声が荒く、大きなものになる。
ソニアも険のある私の声に目つきが鋭くなった。
「職人の名前を間違えねぇよ。少なくともエドゥアルドじゃない。大体さっきから変なこと言い出してなんなんだよ! なんか知ってるんだな」
私はソニアの言葉なんて無視して考えこむ。
どういうことなの?
ソニアの様子ではミンサーは発明としては今までになかったものであるのだろう。しかし日本では当然ありふれたものだ。
そして発明者はアーガンソン商会の人間であり、奉公人の子供で、六歳児であること。
ならば答えは当然、それを考えついた六歳児はエドであるはずだ。
そして六歳児なら、エドが疫病から逃れることができ、無事であったことの証明になる。
なのに!
「ヴェルンドって誰よ!」
私は思わず怒鳴っていた。
「ヴェルンド! なんでエドじゃないの!!」
「ホントなんなんだ一体」
ソニアは怒りも忘れたようで私をおかしくなったみたいな目つきで見ている。
しかし、それまで黙っていたサイロが遠慮がちに手を挙げたのだ。
「あ、あの……姉さん」
「あん?」
「お、俺、エドゥアルド、知ってる」
その言葉に言われたソニアでなく、私の方が早く反応した。
「それ本当!?」
詰め寄られたサイロが、小さく縮めていた体の背中を後ろに伸ばして私から逃げるような態勢になっていた。もちろん私はそんなことを気にしない。
がっとサイロの大きな肩を掴む。
「エドを知っているのね!?」
サイロが目を向いて驚いている。しかし、彼は確かに頷いた。
「う、うん。姉さんは興味が無いことは知らない。けど、街でウォルコット兄弟と言えば有名」
「ウォルコット!!」
私は今度は期待で発狂しそうだ。
だけど私はまるで急ぐと事実が変わってしまうかのような気がして、ゴクリと唾を飲み込み、サイロに確認する。
「……エドゥアルド・ウォルコットっていう六歳の子供が確かにいるのね?」
「う、うん。挽き肉機、造ったヴェルンドと双子。名前はエドゥアルド」
「当然……アーガンソン商会の使用人ウォルコット家の子供なのね?」
その質問には、眉をしかめながらもソニアが口を挟んできた。
「ヴェルンドの父親は鍛冶師らしいよ」
私は掴んでいたサイロの肩から手を離した。
「あはは……」
私はヨロヨロと二三歩後ろへ下がると、顔を両手で覆った。
涙が溢れてきて止まらなかったからだ。
そんな私をソニアは相変わらず怪訝な表情で見つめ、サイロはオロオロとしながらも手ぬぐいを差し出してきた。
でも私はこの訳の分からない涙を手で覆うことしかできなかった。
先ほどまで高ぶっていた感情が嘘のようだ。エドが生きていたと知って全身から力が抜けた。
激情はない。
なのに涙が溢れてくる。
嬉しいとか、そんな感情じゃない。感じることのできない何かが涙を溢れさせたんだ。
「……」
しばらくして、ようやく涙が治まった。
それとは相反するように鼻水でズルズルになっている。私はサイロの手ぬぐいを掴み取ると、思いっきりチーンと鼻を噛んだ。
「ありがとう、サイロ」
お礼を言って、手ぬぐいを返す。
「……」
「ソニア、その双子の兄弟に会うことはできる?」
私はソニアに向けて、冷静になった声で尋ねる。それを感じ取ったのかソニアもすぐにいつもの表情になって頷いた。
「そりゃ奉公人の子供なら、アーガンソン家に行きゃ会えるだろ。クレオリアはおじさん達が街を歩かせてくれないだろうから無理だけど、別に私は普通に会いに行けばいいだけだし」
間髪をいれずに私が言う。
「じゃあ、エドゥアルドをここまで連れてきて。お願い」
「は? 何で?」
「いいから、会いたいの!」
しかし、ソニアも自分がよくわかっていないことを了承する性格ではない。
「ヤダよ、まず理由を言えよ。知り合いなのか? それに会いに行けても連れ出せるかどうかは別の話だぜ」
「ぐっ!」
理由と言ったって、まさか前世からの知り合いだとも言えないし、それに確かにいきなり見ず知らずの人間が家の外についてこいといっても理由が分からなければ、本人はともかく保護者は許可しないかもしれない。私はこの屋敷から出ることはできない。抜けだそうにもマヨイの目が光っていてそれもできない。
私は数瞬、言い訳を考える。
「その子、天才なんでしょ? 私と同じ次元の、優れた子と会いたいの! それにソニアだってヴェルンドとか言う子と話してみたいでしょう? わたしはエドゥアルドと話をするから、ソニアは好きなだけヴェルンドくんとお話すればいいじゃない」
その私の言葉にソニアがニヤリと笑う。
「確かに話してみたいな。クレオリアとそのエドとかいうガキがどういう関係なのか知らないけど。ヴェルンドの話を聞けるならどうでもいいことだし。でもどうやって連れ出すんだ?」
「公爵家の神童が同い年の天才兄弟に興味を持っていて、天才同士お話がしたいとか言えばいいわ」
自分のことを天才呼ばわりするのはダサいが、この際理由になればどうでもいい。
「最悪、会ってくれたらいいの。そしてエドゥアルドがどうしているか見てきて、彼に私に会いに来いって伝えてくれればいいわ。そのついでにソニアはもう一人と話せばいいでしょ」
「あ、あの……」
再び恐縮しながらサイロが挙手する。
「なに、サイロ?」
「て、天才なのは、ヴェルンドだけ」
私はサイロの言った言葉の意味が分からなかった。
「でも有名なんでしょ?」
小さな都市といえど、幼い子供の名前が知れ渡るなんてそうそうない。あるとすれば余程優れた能力、例えば神童とか呼ばれている場合だろう。凡人なら、いくら双子の兄弟が天才でも、その家族であるというだけで有名になるとは思えない。
「ゆ、有名だよ。で、でもエドゥアルドが有名なのは天才だからじゃ、な、なくて」
「なくて?」
「あ、頭がお、おかしい子供だって。天才の兄と気の狂った弟だから、有名」
「おかしい方がエドってわけね」
私はあまりそれに関しては気にしていなかった。
「ま、天才って理解されないものね」
彼が現代日本では当たり前の知識を披露していたなら、それがこの世界では頭が可怪しいとしか見えないとしてもしょうがないだろう。
エドが無事だった、という情報のせいでかなり寛容になっていた。
しかし、である。
「で、でもエドゥアルドは奇声を上げて、変な踊りを踊ってる、らしい」
サイロの言葉に、私の眉が少しあがる。
「そ、それに貧民街で毒を撒いて死体を切り刻んでいるって」
「え!? う、うん。まだ大丈夫」
天才は誤解を受けやすいものだって言ったばかりだしね。
どどめに、
「ウ○コを、頭から浴びて喜んでたって」
うん。
いや、そういう意味じゃなくて、『エドゥアルド、アウト~』の『うん』だ。
二四歳の精神でそれをやったら変態をオーバーランしていること間違いなし。
私は、窓辺にツカツカと歩いて行くと、窓を開け放つ。
ありったけの想いを込めて、
「なにをしてんのよ!!」
とどけ、この想い。




