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MOB男な灰魔術師と雷の美姫  作者: 豆腐小僧
第一章 MOB男な新生児は他業無得の零才子
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EX05 夜刀神と幼子 陸





 そうして、エドの中で新しい人生を始めたのだ。夜と、昼寝の時間にエドは眠りにつくとこの世界にやって来る。我はエドの修練を見守り、時々助言を与える。エドのいない時間はこの闇の世界でまどろみたゆたうのがここ最近の生活だった。


 だがその日は雰囲気が違った。

 少しではなく、ハッキリと、エドがこの『箱庭』にやって来た時からある感情を発していた。


 それは怒りだ。

 殺気と言ってもいい。我はこの幼子がこれほど荒々しい感情を持ったところを初めて見た。

 そしてその感情は我に向けられていた。


 我はその理由を知っていた。

 エドの内にあって、この世界からこの幼子に起こったことを見知っていたからだ。


「聞きたいことは分かってるよな」


 エドにもそれは分かっていたらしい。我の言葉を待っているが、同時に殺意を持った力が蓄えられているのも分かる。ビリビリとこの『箱庭』の創造主であるエドの気迫に反応するように空気が震える。


 黒霧でしかない我にもし肉体があれば、微笑んでいただろう。

 愉しさからではなく、哀しさからだ。

 このように世界を揺るがす力を用いずとも、エドに寄生して生きざると得ない我の存在など、彼がそう願うだけで消し飛ぶだろう。


「お主の姉御の命を奪った病についてであろう」


 空気が冷える。それはエドの表情が怒りから静かな殺意に転じたのと同時だった。

 返答を誤れば即座に我の存在は消し飛ばされるだろう。

 しかし、我は淡々と答えた。


「確かに我に原因がある」


 我はまずそう答えた。それは上手い返答ではない。それだけでエドの我慢が限界を迎えてもおかしくはない答だったからだ。事実、御しきれない力が、黒い霧である我の体を切り裂いた。

 すぐにその力は無理やり抑えられ、我の体も黒い塊に戻る。


 抑えられなかった意識が、エドの怒りの大きさを物語っていた。

 それは裏切られたという気持ちだったろう。我を助けたせいで、自分の姉が死んだかもしれないのだ。

 思いとどまったのも、我に真相を喋らせるまではという気持ちであったに違いない。


 何はともあれ、我は説明の時間を持った。

 恩を仇で返したなどと思われたなら、我としても痛恨の極みである。

 我はできるだけ静かに、実際に静かな心持ちでエドに姉の命を奪った病について知っていることを話して聞かせた。


 エドの姉は瘴気化した土地で育った食物を口にしたせいで、病に侵された。

 人の世では魔病と呼ばれる病の一種となっている。


 その原因は確かに我にあった。


 正確には、我が力を失い、ギルベナ世界での光と闇の天秤が崩れたからだ。

 我という存在はギルベナの闇を吸い、力を蓄える存在だった。

 その我が消えたせいで、谷に溜まった闇が溢れだしたのだ。それゆえ土地は闇に侵された。

 この偏りはギルベナの谷に我の次なる存在が生まれるまで続くだろう。

 そして力を失った我にはもうどうすることもできない。いや、現身さえあれば溢れでた魔素を吸収することはできたのだろうが、どちらにせよ今の我には手の施しようがなかった。


 我はそのことを淡々と話して聞かせた。


 エドは黙って聞いていたが、やがてじっと目を閉じ何かをこらえるように固まっていた。

 そしてカッと目を見開くと、思いっきり自分の頬を己が拳で殴りつける。

 それから痛みではない何かに耐えるように両手を膝について、頭を垂れて体を折る。


 そこまでしてようやく、大きく息を吐き出して我を見た。そこには険しいが殺意ではない感情が浮かんでいた。


「お前の力をくれるんだったよな?」


「もちろんだ」

 我は即答した。


「それで消え去っても構わないんだよな?」


「望むところ」

 それにも即答した。


 それはもう随分前に決断したことだった。そして我ら魔族にとっては決断するに十分な理由があった。同時にエドの顔に浮かぶものが、怒りにとらわれ自分を見失った末での決断ではないことに安堵もしていた。


 我らにとっても、人にとっても、復讐心に囚われた怒りは身を滅ぼす。だがエドの顔に浮かぶ決意の表情は、何かわからずとも幼子の思惑の上にあることだと判断した。


「では、我の力を受け継いでくれるのだな」

 我は意思を確認する意味でエドに問いかける。


 エドはそれには答えなかった。代わりに指先に魔力を込めて、腕を振るった。


 黒い水面のような、この『箱庭』世界の地面に変化が起こる。

 エドの指先が発した魔力が飛んだ地面に扉が浮き出てきた。

 それは地下に通じるらしい小さな扉だった。


 エドが力ある言葉を呟く。

 それに従って地下への扉が独りでにゆっくりと開いた。

 そこには黒透明の階段が闇の中に続いていた。


「ついて来い」


 エドはそういって先にその階段を降りていく。

 我は躊躇うことなくそれに続いた。


 エドにとって、この姉の死とその後に起こった兄の死が、この幼子の歩む道に重大な影響を及ぼしたと我は思っている。


 そして、この日は、我が新しい存在意義を得た日だった。






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