EX05 夜刀神と幼子 参
「おーい。蛇の魔族さんよ」
幼子の声で我は意識を取り戻した。
まわりを見渡す。
暗闇だった。
我も闇だった。
闇の中に闇というのも分かりにくいが、我とは別の闇がそこに広がっていた。
我は三百年前に意識を持った時と同じように黒い霧となっていた。
ここは九重の地の底、あの世という奴であろうか?
「失敬なことを言うな」
また幼子の声が聞こえた。そちらに意識を向けると人の子供が立っていた。
白い髪を伸ばした、赤い瞳の雄だ。
「雄ってアータ、せめて坊主って言えや」
人のくせに無礼な口である。いや無知な人だからこそか。
そう思ったら幼子は両掌の間にある空気を固めるような仕草をした。途端に霧であるはずの我の体が締め付けるような激痛に襲われる。
叫びを上げてぐったりした我を確認すると、幼子は両手を下した。同時に痛みからも開放される。
むむ、この力、やはり地獄の極卒の類か?
「だからあの世とかじゃねーから」
すぐに幼子が否定する。しかし、先ほどから我の思念がダダ漏られている気がするのだが。
我が不思議に思っていると、幼子が説明してくれた。
目の前の幼子はエドこと、エドゥアルド。
正真正銘の人の雄、……じゃなくて男の子供らしい。
そしてこの暗闇の世界は、エドの精神世界に魔法で作られた「かそうげんじつ」とかいう世界らしい。この世といえるのか我には疑問だが、あの世ではないらしい。
エドは道端に斃れていた我を発見し、その力の核を自分に取り込んだということだった。
なんと言う不幸か。
せっかくあの盗賊から逃れたというのに、力の核を人間の子供などに奪われるとは。この世に留まれたとは言え、それもひと時のことか。
「いや、奪う気とかねえですよ?」
人間の言うことなど信じられるか。
「もういっちょギュッといっとくか?」
……ところで、なんで我の思っていることだけが筒抜けかというと、
「ごまかしたね」
……かというと、我が弱りきり、エドの体内の魔力を頼りにするしか生きられない存在だからだという。我は今、エドの魔力を啜ることでかろうじて生きている存在だ。だからある程度回復すれば、個として独立してこの「かそうげんじつ」で存在できるんだそうだ。よくわからないが、時間が経てば考えていることを覗き見されることもないということだ。
しかし、やはりそうは言ってもやはり人間なので信用出来ない。
「別に信用される必要もないけどね」
くっ。
我は影だが、顔をしかめた。実際は変わりはなく霧が少しうごめいただけなのが物悲しい。とにかく、このエドの言うとおり我に抵抗する力はない。
だが、そもそも人の子供とは我を取り込むほど魔法について精通し、実行する力を持っているものだろうか? 我には生まれて間もない子供に見えるのだが。我の知識では人の子は生まれたばかりの時は、ほとんど無力な存在だったはずだ。
「もうすぐ三歳だよ。で、灰魔術師、見習いでもある」
ほう、灰魔術師。それは我も知っている。
海岸線の街に住んでいた金色の人の側にはいつもそのような仕事をしている者がいた。あれはあまり人という感じのしない者だったが、そうかエドもあれと同じか。そう言えばお主は海岸の者よりも我らに近い匂いもする。仕森のような気配だな。
「海岸の街? それってこのサウスギルベナ?」
我が人間のつけた名前など知るわけあるまい。だがこの地をギルベナと呼んでいるのは知っているぞ。
「オウっ、相変わらず偉そう。ま、いいか。で、金色の人ってのは……いや人の見分けなんてつかないか。しかしこの街にも灰魔術師っていたのね」
うむ、随分前の話だがな。しかし、そうかエドは灰魔術か。ならば珍しき、懐かしい匂いにも納得ではある。
「匂い?」
エドはクンクンと自分腕を嗅いでいるが、そういう意味ではないよ。
お主は魔族と呼ばれる我と同じ側の者のようだ。




