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MOB男な灰魔術師と雷の美姫  作者: 豆腐小僧
第一章 MOB男な新生児は他業無得の零才子
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EX02 メイドさんは大忙しですぅ


 どうもー、アンジェですぅ。

 アンジェはアーガンソン家という、とってもお金持ちの家で働いています。

 今日はとってもユーシューなメイド、アンジェがアーガンソン家について説明しまーすぅ。


 アーガンソン家は24時間営業です。

 だから、わたし達メイドも交代バンコでお仕事しています。

 そう言えば、料理長のドラミさんはいつ行っても美味しい料理を作っています。すごいですねぇ。


 まずは起きます。

 今日は朝からのシフトなので、とってもツライです。夜中に活動することも多いので、私はとっても朝が苦手です。でもアンジェはユーシューなので頑張って起きました。


 最初は朝の点呼です。

 昼シフトのメイドさんや使用人さんが並びます。

 女中長であるマーサさんが連絡事項を話し始めました。執事のチャーベリンさんが女中長の後ろで黙って立っています。とっても大きな声でハキハキと喋る女中長に比べて、チャーベリンさんは偶にしか喋りません。頭が白くなっているので、もうおじいさんだと思うのですがとっても真っ直ぐ立っています。でもあまり喋りません。もしかしたら眠いのかもしれませんね。

 朝の点呼で女中長の話を聞いていると、私もウツラウツラしてきました。

 

 パコーンといい音がして、私は目が醒めました。

 私の頭を勢い良く叩いた女中長は、連絡事項を喋ったまま、何も言わずに私の前から立ち去っていきます。

 女中長は、もしかしたらドワーフ族かもしれません。とっても力が強いんです。

 おかげで目がすっきりしました。ありがとうございますぅ。


 朝礼が終わると、みんなそれぞれの持ち場に散って行きます。

 メイドのわたし達はいつも二人一組でお仕事します。

 今日の相方は、ギニー先輩です。

 ギニー先輩をギニー先輩と呼ぶのはわたしだけなんです。みんな、とくに男の人はギニー先輩のことをグウィネスさんと呼びます。ニックネームで呼んだほうが仲良くなれるのにね。


 ギニー先輩は、実は魔術師さんです。

 スラリとしていて、金髪に涼しそうな青い目の美人な先輩ですが、結婚には縁がありません。

 怒ると恐いことがバレてるんだと思います。

「アンジェ、なにか失礼なこと考えてない?」

 この通り、わたしがギニー先輩の結婚できない理由を考えている時は高確率で心を読まれます。

 さすが魔術師さんですねぇ。


「まさか! 一生懸命お仕事中ですぅ」

 わたしはお尻に火をつけられるかもしれないので、なんとか誤魔化しました。

「そんなことしませんからね」

 はう! やっぱり心を読まれてますぅ。

「前から言おうと思ってたけれど、アンジェあなた心で思ったことを喋ってるわよ?」

 ええ! まったく気が付きませんでした。

「これからは、男性の前では『毎晩寝る前にハーブティを飲んでます』なんて言いながら、部屋には酒瓶しか置いてないような女だから結婚できないんだとか思っていても、口に出さない様にしないといけませんね!」


「本当ね。ああそうだわ、アンジェ。ちょっとその扉の中に入ってくれる?」

「え? 倉庫に何かあるんですか?」

「ええ、ちょっと一緒に入ってもらえる?」

「ギニー先輩と一緒にですか? わかりました力仕事ですね、任せてください!」


 ガチャ。


 バタン。






「ギャース!!」












 いやー、大変な目に合いました。

 わたしは頭のてっぺんから吹き出たアレを手で押さえながら、次の仕事に向かいます。


 次の仕事はお昼時の食堂で、食事の配膳のお仕事です。

 基本的にアーガンソン商会の社員食堂では、食事の配膳は食べる人が自分でするんですが、お昼時は混むのでメイドのわたし達が配膳をするのですよ。


「ジャック先輩、サボりですか?」

 まだ、お昼には少し早いのに、ジャック先輩がテーブルでスープを飲んでました。

「なんでそうなるんだ?」

 いつも暗い顔のジャック先輩は、まだ若い、たぶん二十歳前なのにいつも憂鬱そうな顔をしています。

「別に憂鬱そうな顔なんてしてない。これが素の表情だ」


 あれ? また声に出してました? 危ない危ない。

 ジャック先輩はギニー先輩と同じ魔術師さんです。でもギニー先輩と違って、鉄拳制裁がないので安心です。貞操の危機はあるかもしれません。暗いから変な性癖とかありそうですし。

「……」


「で、さぼりですか?」

「なんでそうなるんだ?」

「だってまだお昼の時間までもう少しありますよ?」

「別に時間が決まっているわけでもないだろう。仕事が一段落したから食事を取りに来ただけだ」

 ジャック先輩は表向きは商なんとか部にお勤めしています。なんとかではわかりませんが、つまりはアーガンソン商会所属の商人さんです。そういえば商人の皆さんは食事の時間がマチマチです。出張も多い部門なので、ほとんど食堂で食事しない人もいますね。

 そんなことより、さっきから気になっていることがあります。


「ジャック先輩、スープだけ飲んでパンは食べないんですか」

 ジャック先輩はスープだけを黙々と口に運び、横に置かれているパンはキレイなままです。

「いや、あとから食べる」

「へんな食べ方しますねぇ」

「そうか?」

「はいー。ところでパンは食べないんですか?」

「いや、あとから食べ「食べないなら貰ってもいいですか?」」

「仕事しな!」

 背後から女中長の一撃を頭にいただきました。

 すごいですねぇ女中長。まったく気が付きませんでした。ドワーフじゃなくて暗殺者かもしれませんね。


 



 午後からは総務部の管理している備品倉庫に用事があったので行きます。

 総務部はわたし達のお給料を計算する会計さん達や、備品の管理をしているところです。わたし達メイドもこの総務部です。


「アヴリルさん、アヴリルさーん」

「んだよ、うっせぇなぁ」

 備品倉庫に置いてある机に座っているのがアヴリルさんです。

 わたしより若い女の子ですが、わたしよりも頭がいいので備品在庫管理のお仕事をしています。黒い長髪はまったく手入れしてなくて、パサパサですし、黒い瞳は鋭いを通り越してガラが悪いです。体つきは細いと言えば聞こえがいいですけど、トリガラみたいです。

 こんな口が悪くて、育ちの悪そうな、薄汚れた鴉みたいなアヴリルさんですが、実は可愛らしいお人形さんを集めているのをわたしは知っています。うぷぷ。


「うぷぷってお前完全に悪口だと思って言ってんだろ!」

 ありゃ、また心の声が漏れてましたね。

「そんなことより、アヴリルさん。ギニー先輩から床用の艶出し薬を取って来る様に言われたんですけど」

「あん? 艶出し薬なんか使ってたっけ?」

「なんか、新商品に切り替えるから貰ってこいって」

「ああ、なんかそんなこと言ってたっけか」

 アヴリルさんは、手元の書類の束に目を通し始めました。

「あー、これだな。床用ディンファインディスティンクト華蝋ディップイミッド工房製」

「なんか長ったらしい名前ですねぇ」

「ディップイミッドったら、帝都の新興工房だな。しっかし床用の艶出し薬とは、ソルヴの旦那もお屋敷の見てくれなんかに、金かけなかったのにな」

「女ですかね?」

「おめえそういうのを下衆のかんぐりっつーのよ……ああ、なんだ発注したのは一缶だけだわ。たぶん帝都の新製品を試すんだな」


「おおーい! F列の12からディップイミッドって刻印してある缶一個出してくれ!」

 アヴリルさんが、後ろに広がっている倉庫に向かって声を張り上げました。

「わざわざ出して貰わなくても、自分で持って行きますよ?」

「バッキャろー! おめぇに倉庫の大切な品を駄目にされてたまるかよ!」

「いやだなぁ、缶を一個とってくるだけで大げさですよぉ」

「てめぇ! 半年前に棚を将棋倒しにしやがったのを覚えてねぇのか!」

「あははは。半年前の事なんて覚えてるわけないじゃないですかぁ」

 アヴリルさんは仕分け係の人から受け取った金属缶をわたしに押し付けながら怒鳴ります。なんでいつも怒鳴ってるんでしょうか? どっかネジが外れてるんじゃないですかね?

「さっさと出てけぇ!」




 アヴリルさんに、叩き出された私は、ギニー先輩の所まで鼻歌交じりに戻ります。

 おやぁ? あんなーところにウォルボルトさんが。

「ウォルボルトさん、サボってるんですかぁ?」

 いつもは工房の中で作業しているウォルボルトさんが外に出ています。おまけにゴザやら、金槌やらなにやらまで外に出してました。

「これのどこがサボってるように見えるんだよ。工房の中に塵が溜まってきたから、掻きだしてんだよ」


「ああ、そうだったんですか。いつもサボってるから今日もそうだと思いましたよぉ」

 わたしがウォルボルトさんと話していると、背後から忍び寄る気配が……。

 パッと振り返り、捕まえて見ると、やっぱりラグ君でした。

 ラグ君はウォルボルトさんの息子で、鍛冶見習いです。明るい子なんですが、わたし達メイドを見つけるとスカートを捲り上げる悪戯っ子です。こんなに小さいのにしっかりとウォルボルトさんの病気を受け継いでいますねぇ。

「人を性病持ちみたいに言うんじゃねぇ」


「クソー、いつもはどんくさいのになんで分かるんだよ!」

 わたしに服の襟を掴まれ、宙吊りになりながらラグ君は暴れてます。ハハハ、そんなんじゃ逃げられませんよ。

「失礼ですねラグ君。わたしに気づかれたくないなら、せめて女中長くらい気配を消さないと無理ですよぉ」

「うちのカミさんにそんな特殊能力はねぇ」

 あ、分かってませんねぇ。女中長がわたしの頭を叩く時は全く殺気もなく近づいてくるんですよう。


「クッチャベってないで、働いてくれないかなぁ?」

 工房の中から苛々とした声が聞こえました。これはエッツ君ですねぇ。

「悪い、悪い。おい、アンジェ。おめぇも油を売ってないで仕事戻りな」

 おっと、いけない。お使いの途中でしたねぇ。


 ちなみにエッツ君はなんとかという有名な鍛冶師一派からやってきたそうです。ウチで何か学ぶものがあるのかどうかは、わたしは素人なので分かりません。もしかしたら他に目的があるのかもしれませんね。

 そう言えば、時々ギニー先輩を劣情の眼差しで見つめています。まったく、鍛冶師の皆さんはド変態さんばっかりですねぇ。

「そ、そんな目で見てない!」

 とまぁ、いつもは醒めたことをいうエッツ君ですが、突けばすぐにボロを出します。カラカイやすいですねぇ。


 私は、エッツ君の怒号を背に、仕事へと戻りました。

 そう言えば、ウチの鍛冶師にはもう一人、ドワーフのオジーさんがいるのですが、見かけませんでしたねぇ。まぁ多分工房の中でモソモソ蠢いていたのでしょう。いつも無言なのでそうだと思います。







 掃除が終わった後。遅い昼食を取ってから育児室の当番です。

 まずは、給湯室でおやつの準備です。

 さすがに子供達のお菓子をつまみ食いするわけにもいかないので我慢です。さっきお昼ごはん食べたばかりですしね。


 現在我がアーガンソン邸の育児室には三人の赤ちゃんと数名の幼児達がいます。

 赤ちゃんの一人は、ソルヴ様のお嬢様です。

 そう言えば、なぜご主人様のご令嬢と、使用人の子供が同じ場所で育てられてるんでしょうね?

 ソルヴ様は商人らしく、無駄なことが嫌いですから一緒にしているだけかもしれませんが。

 疑問に思ったのでギニー先輩に聞いてみました。


「それはね。この子達が将来のアーガンソン商会の中核的な面々になるからよ」

 ということだそうです。意味が分かりませんね。教えてグウィネス先生。

「つまり、幼い頃から教育していくことで高い忠誠心を養うことができるからよ。幼い頃から兄弟同然に育ってきたなら、裏切ったりしないでしょ?」

「そうですかぁ?」


「人間はそうなのよ」

「なるほど。人間ってそうなんですね。じゃあ、お嬢様が将来の御当主になるんですか?」

「どうでしょうね? それはお嬢様次第じゃない? 他の子供たちだって忠誠心があっても能力がなければ幹部にはなれないんだし」

「なるほど。忠犬かゴミクズってわけですねぇ」

「アンジェ、言葉遣い。さ、これを持って」

 ギニー先輩はわたしにバスケットを渡すと、その中にミルクの入った金属製の保育瓶三本と、幼児達用のお菓子を入れていきました。


「あ、そうだ、ギニー先輩。今日もわたしにミルク係をやらせてください!」

 わたしが意欲満点に立候補すると、なぜかギニー先輩は呆れたような顔をしました。

「あなたまだ諦めてないの?」

「モチのロンです」

「あらあら、じゃあやってみなさい。ただし力任せに飲ませちゃ駄目よ?」

「ハイのサイサイですぅ!」

 わたしは勢い込んで、ギニー先輩の後ろに続いて育児室に入りました。


「さあ、みんな。おやつの時間ですよー」

 ギニー先輩が声を掛けると、幼児のみんながワーと歓声を上げてやってきました。

 みんなはギニー先輩の前に一列に並びます。それはもうビシッと。

 わたしの時はサル山に放り込まれたパンくずみたいに取り囲まれるんですが、小さいながらも誰に逆らってはいけないかを分かっているあたりはさすがです。


 おっと、感心している場合ではありません。

 わたしはギニー先輩の背後にあるテーブルの上にバスケットを置くと、そこから哺乳瓶だけとって揺りかごへ向かいます。


 三本のうち、二本を元からいた育児当番の先輩達に渡します。

 わたしは残った一本を持って、乗り越えるべき好敵手の元へ。

「ちょ、アンジェ。あんたまさか」

 それを見た先輩メイドが止めてきました。

「大丈夫です。ギニー先輩の許可はとってますから!」

 私はぐっと握り拳を作って見せましたが、先輩達は不安そうにギニー先輩の方を振り向いています。失礼ですねぇ。


 ギニー先輩が無言で頷くと、諦めたように先輩達はお嬢様とヴィ君のもとへ行きました。

 わたしも、自分の担当する揺りかごの前に行きます。


 そこにいるのは、一人の赤ちゃん。

 なんの変哲もない平々凡々な赤ちゃんに見えますが、とんでもなく手ごわいエドゥアルド・ウォルコットこと、エドくんです。

 エドくんはウォルボルトさんと女中長の新しい子供です。鍛冶見習いのラグ君、わたしの唯一の後輩ミラちゃん、育児室にいるイーネちゃん、ヴィくんの弟くんになります。


 同い年のヴィくんが夜泣きが酷かったり、金属製の哺乳瓶を嫌がったりするのに比べると、エドくんは全く夜泣きもなく、ミルクも上手に飲むとメイドさん達の間でご好評です。

 しかし、わたしはゴクリと喉を鳴らして揺りかごの中を覗き込みます。


 エドくんは起きてました。他の赤ちゃんと比べてもよく寝ているのですが、今日は起きてましたねぇ。これは好機です。寝ているところを起こすとご機嫌を損ねるところでした。

「エドくーん。ミルクの時間ですよぉ」

 若干引き攣りながらも笑顔を浮かべます。

 エドくんはわたしの顔を見ると、ふーと溜息をつきました。信じられますか? 生まれたばかりの赤ちゃんが人の顔を見て溜息をつくんですよ? しかもその目は……養豚場のブタでもみるかのように冷たい目だ。 残酷な目だ…。 「かわいそうだけどあしたの朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね」ってかんじの!


「はは、やだなぁエドくん。おいしい、おいしいミルクの時間ですよぉ」

 わたしは今日のためにちゃんと練習してきたのですよ。母親の女中長に聞いて、ミルクを飲みたがらない赤ん坊の対処法を聞いてきました。

 わたしは哺乳瓶を逆さにして、その先を指先につけました。離すとミルクの雫が指先に乗っています。わたしはそれをエドくんの鼻先へと近づけました。こうして匂いで誘ってから、指先のミルクを舐めさすことで、むずがることなくミルクを飲ますことができるそうです。ヴィくんで練習済みなのでばっちりです。今日こそ飲んで貰いますよぉ。


 あれ? なんか顔をしかめて、指から顔を背けます。

 ミルクの匂いが嫌いなんでしょうか? そう言えば他の先輩の話でも、いつもミルクを不味そうに飲んでいるそうなので、嫌いなのかもしれません。

「ほらー、エドくん食わず嫌いはいい子になれませんよぉ」

 わたしが猫なで声で呼びかけると、エドくんが明らかにイラッとした顔をしました。君はほんとうに赤ちゃんなのですか?


 ついにエドくんは、突きつけられたわたしの指先を叩き落してしまいました。

「さすが我が好敵手。一筋縄ではいきませんね。しかし今日の私は一味も二味も違いますよぉ」

 ふ、ふ、ふ、ついに最終兵器を出すときが来ましたか。

 ミルクがお好みでないエドくんですが、唯一の例外があります。

 それはギニー先輩です。

 ギニー先輩がミルクをあげる時だけエドくんはとても幸せそうな顔をします。しかも絶対にギニー先輩に抱きついて胸元に顔を埋めます。


 ギニー先輩は「あらあら、寂しいのかしら?」と母性を求めていると勘違いしていますが、あの顔は絶対に違います。

 赤ちゃんと言えど、しょせんはウォルボルト家の男だということですよ。

 そこから導き出した秘策!

 破れたり、エドゥアルド・ウォルコット。


 わたしは手にした哺乳瓶を空中に投げて、頭上でキャッチ。

 腰に手を当てて、哺乳瓶からグビグビとミルクを口に含みました。

「ちょっとあんた何やってんの!?」

 横の揺りかごでお世話していた先輩が声を上げました。それをわたしは手だけで制します。

 ふふ、まぁ見ていてください。

 あ、ちなみに宙に投げたのは必殺技ぽく見せたかったので、とくに意味はないですぅ。


 わたしはミルクを一杯に含んだ口を、エドくんのそれに近づけていきました。

 なぜか、エドくんの顔が恐怖に歪んでいるように思えましたが、もう目を瞑ったのでわかりませーん。


 んー。


 可憐な唇を酸っぱい物を食べた時のようにすぼめながら、顔を近づけていきます。


 くらえぇ!

 

 ハシッ!


 うん? なにか柔らかい感触がして、これ以上顔が前に進みません。


 目を開けると、エドくんが必死のパッチで小さな手を突き出し、わたしの顔を突っぱねていました。

「んーんーんー! (何やってるんですか!)」

「アーアーアー!」

 わたしがミルクを口に含んだまま抗議すると、エドくんも必死の形相で抵抗します。


「んんんんー!(ほら、大好きな女人の口移しですよぉ!)」

 わたしはめげずにグリグリと顔を近づけていきます。

「アアアアー!」

 処女かっていうぐらい悲痛な叫びでエドくんが抵抗。


 しかし、わたしはもう勝利を確信していました。

 しょせんは非力な赤ちゃんの力では、そうそう長時間抵抗もできるわけがありません。


 もらったぁぁ!

 エドくんの唇まであと少し。


 しかし、次の瞬間。


 ボゴァ!


「ブ…………」

 わたしは口から白い歯、ではなく白いミルクを噴き出していました。


 わたしは起こったことがあまりにも衝撃的で手に持っていた哺乳瓶を落としてしまいました。

 わたしのミルクを一杯に含んだ頬っぺたに小さな拳がめり込んでいます。


 あっ殴ったッ! 生身の赤ん坊の拳で!!!!

 わたしの目は驚愕で見開かれます。

 エドくんの目は冷めきっていました。まるで「やれやれ、赤ん坊だからってなめんなよ」と言っているようでした。

 そして、エドくんの反対側の拳もグ!! と硬く握りこまれます。


「ヒィイイイイイイイイイイイイイーーッ」

 わたしはこの後に起こるだろう事が予測できて悲鳴をあげて、逃げようとしました。

 が、時は既に遅し。


 ボカボカボカボカボカボカ。

 エドくんの拳の弾幕がわたしの顔面に乱れ飛びます。

 わたしはドゴーンと衝撃を受けて仰け反りました。


「エ……エドゥアルドは……赤ん坊のときからやるときはやる……性格の……ひとだったのか。強い……」

 わたしは力尽きました。

 先輩達がミルクだらけのわたし達を見て、悲鳴を上げていましたが、もうわたしには何も聞こえませんでした。






 ショックから立ち直った時、ガラス玉みたいな目で微笑むギニー先輩と、騒ぎを聞きつけた鬼のような形相の女中長の姿が……。

 その後わたしは、ギニー先輩達からエドくんにされた何倍ものお仕置きを受けました。


 アーガンソン商会総帥ソルヴ・アーガンソン邸付きのメイド。

 アンジェ15歳。独身。

 はるかかなたにフッ飛ばされて

 (今日のお仕事) 再起不能リタイア





遅筆ですが、やっと番外編二話目です。

後半にアンジェの戦闘シーンと正体に関わるソルヴ邸の裏の顔を書くつもりでプロットをきっていたのですが、アンジェのコメディ部分が楽しくなって長くなりすぎ、しかも後半部分との雰囲気が違いすぎたのでごっそりカットしました。

 エドとの場面は悪ふざけです。書いているほうは楽しいんですが、悪ふざけ。

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