EX03 我が家に天使がやってきた 1
僕の名前は、ウェントアース・オヴリガン。
7歳だ。
オヴリガンの名前からも分かるように、あの英雄初代オヴリガン公爵様のまつえいであり、皇帝へーかの血も引いているというゆいしょ正しい家に生まれた。
このギルベナじゃ、血筋だけの貴族なんてとバカにされるけれど、僕は自分のご先祖様をすごいと思っている。そんなふとどき者はせいばいしてやる。
僕はそのゆいしょ正しい家の次男として生まれた。
だから、僕はこの家ではこうけいしゃではない。
ほこるべきオヴリガン家の当主になることができないのは悔しいだろうって?
そんなことはだんじてない。
なぜなら僕よりもっと次期オヴリガン家当主に相応しい人がいるからだ。
それがオヴリガン家ちゃくなん。つまり僕の兄さん。
オーランド・オヴリガン。
兄さんは父上の髪の色と顔立ちを受け継いでいる。
でも、雰囲気はまったく父上と違っている。兄さんはとっても品があって、大人びていて、そして時々強い目をする。ギルベナの貴族の中で一番カッコイイ。僕が言うんだから間違いない。
それに比べて、僕はどちらかというと母上に似ている。
髪の色も赤の混ざったような金色だし、目つきも、優しい笑顔が似合う兄さんと比べると、なにか険しい気がする。いや、別に母上と似ているからって不満はない。なにせ母上はこのギルベナで一番の美人だし、父上と結婚するまでは帝都でも美人で有名だったそうだし。
うん、まぁ母上のことは好きだから、似ているのは……嬉しい。
話を変えよう。
中等部を卒業した兄さんは来年から帝都にある有名な学校の高等部に特待生として進学する。
僕も今年、初等部を受験したが、学費を免除される特待生にはなれなかったので入学を諦めた。
僕の家じゃ、とてもじゃないけれど帝都の学校のおかねを納めることはできない。
「そんなに気にすることはないよ。僕も初等部の特待生試験には落ちてるからね」
と、兄さんはなぐさめてくれたけれど、僕は知っている。兄さんが初等部の試験に落ちたのは学力や体力に問題があったわけじゃない。
うちの家だ。
うちの家にもっと力があればきっと兄さんは少等部で特待生になれていたに違いない。
兄さんが中等部に合格したのは、父上の副官であるラウールが推薦状を書いてくれたからだ。僕はそれにも不満がある。僕が初等部の特待生試験に落ちたことじゃない。
昔からすごかった兄さんが、推薦状があったから受かったっていうことだ。
推薦状のあるなしで、すごい人が合格できるかどうか決まるなんて、僕はすごく不満に感じている。
もちろん、推薦状があったのに落ちた僕には言う資格はないのかも知れないけど……。
「でもウィー」
背の高い兄さんが片膝を付いて、僕の顔を覗き込んできた。
「僕はウィーがギルベナにいてくれるほうが、嬉しいよ。ウチは女の子が増えたから、ウィーが母さんと妹を守ってくれよ」
僕は兄さんの言葉に頬を膨らませた。子供っぽいけど、僕は大いに不満だったんだ。
そんな僕の顔を見て、兄さんが苦笑している。
「……ウィー。寂しいだろうけれど、クレオリアは生まれたばかりなんだよ。父さんも母さんもたしかに妹にかかりっきりになってるけれど、今は仕方がないんだ。ウィーが生まれた時だって、父さんと母さんは一生懸命お前の側で世話をしてくれたんだから」
兄さんはそっと僕の頭を撫でてくれたけれど、僕は思わずその手を振り払ってしまった。
「僕は別にさびしくなんかありません!」
僕はそう叫ぶと、走って屋敷を飛び出した。
息がきれるまで、とにかく夢中でサウスギルベナの街を走った。
息が続かなくなって、僕は膝に手をついて、顔を地面にむけぜいぜいと何回も深呼吸した。
走りすぎて気持ちが悪い。
「なんだよもう!」
僕は別にえこひいきして欲しいわけじゃない。ただ受験が控えていた僕のことを少しだけでも気にして欲しかっただけなんだ。
だから僕は、ウチのなかが、新しく生まれた妹のことばかりになったのが気に入らなかった。
もう少し、僕のことを気にしてくれたら、試験にも受かったかもしれないのに。
口にはしないし、そう思ってもいけないことはわかってる。
だって兄さんは同じなのに、ちゃんと特待生として高等部への進級試験に合格したんだから。
でも、
そのでもという気持ちが抑えられない。なんだかわからない。心の奥から次々と湧き上がってくる。
妹なんて生まれてこなければいいのに。
そんな考えちゃいけない気持ちが、自分の心の中にあるのが分かる。
そんな自分が余計に嫌だ。
僕はようやく、鼓動が平静に戻ってきたので歩き出した。
この辺りは、居住地区みたいだ。
サウスギルベナはいくつかの地区に分かれている。
僕の住んでいるのはお役所が集まっている地区で、この居住区は隣になる。
隣といっても、居住区はこの街で一番大きな地区なので、同じ居住区でも色々ある。この辺りは役所が近いから比較的治安がいい。逆方向の貧民街には絶対に近づいちゃいけないと言われている。僕が歩いていける距離でもないから、別にいいんだけど。
それより問題は……。
「貴族様がオレたちのナワバリで歩いてるぜ!」
後方から悪意のこもった声が聞こえた。
振り返ると五人の少年達が僕のほうにやってくるのが見えた。
まずいヤツと会っちゃったな……。
貧民街の子供達だ。
他の街の事はしらないけれど、この町では子供達がそれぞれグループを作っている。
貴族の子供は貴族たちで、商人の子供は商人たちで。
集団の呼び方は『組』とか呼んでいる。大体はリーダーの名前をつけて呼んでいる。
違う組同士で出会うと、喧嘩になることもある。特に貧民街の組とはよくある。
大人たちもそれを止めたりしない。もちろん違法なことをすれば捕まっちゃうけど。
でもお菓子やおもちゃをとられたり、目にアザを作ったくらいじゃ助けてもらえない。この街ではそれがオキテなんだ。
「おい! なに勝手にオレたちのナワバリで歩いてるんだよ!?」
先頭を歩いていた少年が怖い顔をして、僕を覗き込むように威嚇してくる。
僕は股間の辺りがキュッとなる嫌な感じがして、思わず目をつむりそうになったけれど我慢する。
この街のいくつかある集団の中で一番が貧民街の集団。彼らはみんなケンカにも慣れている。僕らの貴族組なんて一つしかないのに比べて、彼らは数も多い。そのいくつもある貧民街の組の中でも一番強くて怖いのがいま僕を怒鳴りつけているブディ率いるブディ組だ。
貧民街の子供達の中には盗みや不法な組織に入っているヤツも多い。ブディも盗賊ギルドの一員らしい。それにコイツは10歳を過ぎて11歳なのにまだ組に入っている。普通は10歳を過ぎれば組はやめなきゃいけないんだ。だって、10歳を過ぎれば、みんな仕事や勉強が忙しくなるから。
いくつかあるこの街の組の中で、一番仲が悪いのが僕たち貴族の組と、コイツらの貧民街の組。
なぜなら、商人や職人の子供達が作っている組の子達はとっても忙しくて、五歳になると見習いとして働き始める。だから彼らは僕たちみたいに仕事をしていない子達と普段であうこともない。そして大人に頼まれた仕事中の子に、喧嘩をふっかけたりするのは僕らの間で最大のやっちゃいけないことなんだ。僕らは大人の力を借りちゃいけないし、大人のじゃまもしちゃいけない。自分達のことは自分達で解決しなきゃいけないんだ。それは貧民街の子供達も分かっている。
「僕がどこを歩こうが僕の自由だろ……」
どなり返してやろうと思っていたけど、口から出た言葉は、とても心細そうな印象しか与えなかった。実際のところ心細いんだけど。
「なにっ」
ブディが僕の首根っこを掴んで吊り上げる。7歳と11歳じゃまったく力が違っていて力いっぱい暴れても振りほどくことができない。
「おい、ニックス。コイツどうする?」
ブディが後ろにいる仲間の一人に声をかけた。
ひっ。
僕は悲鳴を上げそうになった、いや、実際は上げていたんだけど苦しくて声が出なかった。
ニックスと呼ばれたのは、ヘドニクスという少年だ。
少し色の濃い肌をしていて、背が高い。どれくらい背が高いかというと確か僕と変わらない年なのに11歳のブディより少し低いくらい。
ブディ組がこの街で一番の組になったのは、じつは11歳でギルド員であるブディが頭なのが理由じゃない。このヘドニクスという少年がいるからだ。
ヘドニクスは東の異民族の出身らしい。
家族がいるのかどうかはしらないけれど、彼もブディと同じ盗賊ギルドの一員で貧民街で暮らしている。
そして、メチャクチャ、ケンカが強い。それはもうメチャクチャに。彼は亜人でもないのにやたらとケンカが強いんだ。おまけに顔もスゴイ怖くて、たいていのヤツはにらまれるだけで動けなくなる。
ブディ組がこの街で一番強いといわれるようになったのは彼がいたからだ。
僕も彼のことは知っていたから、メチャクチャ怖かった。
でも、ヘドニクスは僕の顔を見ると「どうでもいい」と興味を無くしたように言った。
もしかしたら僕がちぢみ上がっているのがばれたのかも。
なさけないヤツって思われたかもしれない。
でも、今は彼が僕をボコボコにしてやろう、なんて言い出さなくて本当によかったと思った。
「ちっ、つまんねぇな」
ブディはヘドニクスが興味のなさそうな顔をしたので、舌打ちをして僕を地面に降ろした。
ほっと息をつく。このまま何もせずにどこかへ行ってくれるかもしれない。
そう思ったとたん、ブディの膝が僕のおなかに叩きこまれる。
ぼくはヒドイうめき声を上げて、地面に転がった。
息が止まって、のたうちまわる事もできない。ただ足を地面にこすり付けるようにわずかに動かすだけだった。
「こんど見かけたらこんなもんじゃすまないからな!」
ブディはベッと僕にツバを吐きかける。でも僕は苦しすぎてそんなことを気にしている余裕もなかった。ただ膝をくらったおなかをかきむしって、うめいているのが精一杯だった。
ようやく、呼吸が楽になってきたのは、それからしばらくしてからだった。
もう、ブディ組の姿はない。
僕は呼吸が楽になってからもしばらくぼうぜんとして、ひとり地面に転がっていた。
体が楽になると同時に口惜しさがこみ上げてくる。
僕は両手をつっぱって無理やり自分の体を地面から起こす。
このまま寝ていたら、泣いてしまいそうだった。
ほこり高きオヴリガン家の人間なら、簡単に涙を見せちゃいけない。
僕は目のはしに涙が浮かんできたのを、ぐっとこらえて歩きだす。
地面を見つめて何も考えないようにして歩いた。
それは自分のことを、弱くて意気地なしだという事実を認めないためだった。




