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第二幕(7)


 ステラは、淡く色づいたモクレンの花が咲きこぼれる、高等部女子寮の玄関へ到着した。


「お邪魔しまーす!」


 扉を開けて、中へ大きく声をかける。


「ごめんくださーい! どなたかいらっしゃいませんかー!」


 ん、ん、と咳払いとともに、右手の部屋の中から恰幅のいい女性が出てくる。肩を膨らませたドレスは、ボリュームを出した髪型と相まって、さらに迫力を増している。


「あなたが、ラクロワ総裁が言っていた編入生ですね」

「いえ、私はヘンニューセーではなく、ステラ・フィユです!」


 はきはきと訂正したステラを、寮監のテレーズは片眉を上げて見返す。ステラは駄目押しする。


「あなたがリョーカンさんですか?」

「……ん? ん、ん、ええそうですが、私のことはマダム・テレーズとお呼びなさい」

「はい! よろしくお願いします、マダム・テレーズさん」


 テレーズは、ぶかぶかの制服を誇らしげに着たステラを、足元から頭のてっぺんから眺め、ん、ん、ともう一度咳払いした。


「あなたの部屋はこっちです」


 踵を返すと、曲線を描く階段をテレーズは上がっていく。しずしずと進んでいくテレーズの後ろを、ステラは小走りに追いかけた。


「私の部屋? 私の部屋があるんですか?」

「ええ。ここは寮ですから」

「へぇー! みんなで住んでるんだと思ってました」

「みんなで住んでいますよ」


 噛み合わない話をしているうちに、二階の端の部屋へ到着する。テレーズは一室の鍵を開けると、それをステラに手渡した。


「ここが、あなたの部屋です」


 ステラは中を覗き込み、そこに誰もいないのに不思議そうな顔をする。


「ここが、私の……部屋? 一人、一部屋って、ことですか?」


 訝しむ入寮者の表情には慣れっこのテレーズは、顎を持ち上げて厳しく言い放った。


「ええ。ここは家での生活とは違いますからね。贅沢できると思ったら大間違いですよ」


 ステラは、自分より一回りも二回りも大きな寮監の女性を見上げる。


「……マダム・テレーズさんは」


 ぱっと笑顔になり、ステラは言った。


「すっごく面白い人ですね!」


 どこからその感想が出てくるのかわからず、テレーズは怪訝としながら「あら、どうも」と答えた。

 決まりについて一通り説明を受けた後、ステラは一人部屋に残された。


「ここが、私の、部屋……」


 入ってすぐにスペースには、壁に寄せて本棚つきの書斎机と椅子、それとは別に食事用の丸テーブルが置かれていた。続きになった奥の部屋には歓談できるようなソファセットが設えられ、横に大きなベッドが置かれている。


「はー……」


 ぽかんと口を開けたまま、ステラは部屋を歩いていく。奥の部屋にある扉を開ければ、浴室やトイレに繋がる部屋や、そこだけで住めそうなクローゼットがあった。


「すごい」


 ステラは絨毯の敷かれた床の上に立ち、天井から窓、壁を見渡す。


「これなら部屋の中で踊れる」


 そこで、ぐぅ~っとステラのお腹から低い音が鳴った。気づけば、朝食べて以降何も口にしていなかった。


「えっと、確かまだ……」


 ステラは鞄の中を漁り、昨日宿場で買ったパンを引っ張り出した。日持ちするライ麦パン(カンパーニュ)にかじりつこうとし、さっき食堂での食事の時間を告げられたことを思い出す。


「そうだ。食堂!」


 ステラはパンを抱えると、サラミやハムを分けてもらえたら、と考えて部屋を出た。




 ディナーの時刻に差しかかった食堂は、すでに校舎から戻ってきた生徒たちがテーブルにつき始めていた。


 食堂はアーチを描く高い天井からシャンデリアが吊るされ、その下には白いクロスのかかった丸テーブルがいくつも並べられていた。テーブルの上には花とキャンドルが飾られ、配置された銀食器が輝いていた。


「うーん、食堂ってどこなんだろう……?」


 ステラはまさか、この空間が寮の食堂とは思わず、きょろきょろと入り口近くでさまよう。

 そのそばを通りかかった女生徒たちは、ステラの姿を見つけると眉をひそめた。


「ねぇ、あの子じゃない?」

「信じられない、この寮に平民の子がいるなんて」

「ちょっと、あれ見て。食べかけのパンを持ってきてるわよ」


 少女たちの大きめの囁き声は、ステラの耳にも届いていた。


(やっぱり、パンを持って食堂に来てる子がいるんだ!)


 違う場所に来てしまっていただろうかと思っていたステラは、その言葉に勇気づけられ、食堂はきっとこの近くに違いないと確信する。

 その様子は、食堂のテーブルについたエリーの視界にも入った。


「いた……」


 前菜を待っていたエリーは、優雅に歩く学友たちと正反対に、ちょろちょろ動き回っている小柄な少女が、さっきの編入生であることに気づく。

 同じテーブルについていたディアナもまた、エリーの視線の先にいるステラを見た。


「あら、ほんとね。夕食に来た……わけではないのかしら?」


 食堂の前まで来ているのに、どこかを探しているように辺りを見回しているステラを見て、ディアナは首を傾げた。入口は一目瞭然だと思うのだが。


「あ!」


 ステラの方もまた、入口から見えるテーブルに座る、金の髪の少女が目に入った。

 エリーは、突然自分の方を見て目を大きく見開いたステラに、ぎくりとする。


「え、何……?」

「あなたを見てるみたいね」


 ディアナがそう言っている間に、ステラはテーブルの間を一目散に走ってくる。


「ちょ、なんでこっち来るのよ」


 席を立つ間もなく、ステラはエリーのテーブルに到着した。


「あなたの、プリエール、見ました!!」

「え……?」


 ステラは身を乗り出して、エリーを大きな瞳で見つめた。


「お昼に、ルノと踊ってた時の!」


 近くのテーブルに座っていた少女たちが、あからさまに眉をひそめる。


「ちょっと、呼び捨て? 平民なんだから様をつけるのが当然でしょ」

「でもさすがに、ルノ・セレヌス・ヴェルネ様の名前は知ってたみたいね」

「さっき教えてもらいました!」


 ステラは振り返り、陰口のつもりで囁いていた女子たちに返事をする。まともに反応されると思っておらず、少女たちはとっさに閉口した。


 頓着せず、ステラは再びエリーに向き直る。


「すごくすごく素敵でした! 踊るたび、お日様の光が、キラキラッて跳ね返ってくるみたいで……眩しくて、本当に全部綺麗で!」


 熱烈に感想を伝えてくるステラを前にし、エリーもまた嫌味の一つも返せないまま、目を白黒させる。


「あ、ありがと……」


 たじろぐ幼馴染が珍しく、ディアナの方は顔を背けて笑いを堪えている。


「私は、ステラって言います! あなたはなんていう名前なんですか?」


 無遠慮な聞き方にエリーは鼻白むも、名乗らないのも失礼と咳払いした。


「エリアンヌ・ラヴェルよ」

「エリーって呼んでいい?」

「えっ!? 嫌よ」


 エリーはぎょっとして答える。ステラは拒否されて、ガーンと顔を固まらせる。むしろなぜ、いいと言ってもらえると思っているのか……。エリーは混乱しながら、突然現れたこの平民の少女を見る。


「あの、でもまた……エリ、エリアンヌの、踊ってるところ見たいです」


 ステラは懇願するように告げた後、本来の目的を思い出した。


「あとすいません、食堂ってどこですか……?」

「ここよ」


 何を尋ねているのかと、エリーは端的に答える。


「えっ」


 ステラは驚き、周りを見渡した。吊り下がるシャンデリア、テーブルに揺れるキャンドル、金縁の皿に銀食器……。


「ここが……食堂なんですか?」

「見たらわかるでしょ」


 エリーはわずかに眉間にしわを寄せて答えた。すでに食事が運ばれているテーブルもあり、聞いて確かめるまでもなく一目瞭然だ。


「そう、ですか……」


 ぽかんとしているステラに声をかけたのは、エリーの向かいに座るディアナだった。


「良かったらここ、座ったら? あなたも一緒に夕食を食べましょう」

「ちょっとディアナ!」


 空いている席を勧める親友を、エリーは噛みつくようにたしなめた。ステラは笑顔のまま、大きく首を振った。


「いえ! 大丈夫です! 誘ってくれてありがとう、えっと……」

「ディアナよ。本名なディアン・ラングランだけど、ディアナって呼んでちょうだい」


 女性的な装いや仕草を徹底していても、低い声や肩幅で、性別については明白だろうとディアナはこれまでの人生でわかっている。薄く自嘲を含んだ微苦笑で、ステラにそう言い添えた。


「わかった! ディアナね、よろしく!」


 ステラは、ディアナが自己紹介の中に込めた意図を正確に把握できているのかわからない、屈託ない返事をし食堂を出ていった。


「何、今の……」


 竜巻にあったかのように、エリーは呆然としてステラが出ていった方を見る。


「なんだか、面白い子ね」


 ディアナは、肩を揺らして笑う。面白いぃ? と、エリーはこの微妙に笑いのツボが浅い友人を、片眉を持ち上げて見やった。



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