凡人の過失2 □
インターホンを押して出てきた紡葉の母から聞いた話をまとめるとこうだ。
彼女は朝学校に行くと言って出ていったこと。
学校からは特に連絡はなく今まで登校していると思っていたこと。
整理してみてわかるこの情報の少なさが、いかに危機的状況かを隠喩している。
彼女の母親は学校に相談した後警察に届け出るか考えるという。そして俺はもう帰るように言われた。
彼女への謝罪という目的を達成できなかったと認識した脳は、さらに痛みを増す。
ただ痛みから逃れることしか考えられなくなっていた俺は、あてもなく紡葉を探すために足を動かした。
ただひたすらに歩き続ける。
ふと気づくと空は夕焼けを通り越し闇に染まっている。周りを見渡してみても見覚えのある建物はなく、すでに隣の町まで来てしまったことに気づく。当然紡葉は見つかっていない。つまり歩みを止めることは出来なかった。
ただひたすらに歩き続ける。
次第に夜は明け日が差し始める。10時間近く休みなしで歩き続けた足は、徐々に上がらなくなってきた。
痛みと睡眠不足で朦朧とした思考と合わせて、運動能力が著しく低下した脚部はある現象を引き起こす。
右のつま先に衝撃を感じ歩行のリズムが乱されると同時に、体のバランスを崩し前方に倒れる。顔面を地面に強打し、下げていたバックの中身が地面に散乱した。
そう簡潔に言えば、躓いたのだ。
思考能力の低下と運動能力の低下が、小さな段差を超えられる物だと誤認し、この現象を引き起こした。
数秒間己の無力さと惨めさをうつぶせで倒れたまま噛み締めた後、上体を起こし散乱した所持品を拾い始める。
教科書にノート筆箱、紅依奈から貰ったメモ、そして銃。紅依奈のメモ帳の内容がふと目に入る。そこには紅依奈が設定したであろう固有名詞を使って銃の説明が書いてあった。
銃とメモ帳を放り投げてやりたいと思ったが、今回の件に関してはクオンは関係ない俺の過失だ。
後悔も弁明も贖罪もすべて容易く感じられる。なぜならこの世界は不可逆だからだ。
だからこそ【今】を生きるのは辛く苦しい。
すでに過ちを犯した俺は【紡葉の捜索】という【言い訳】をするしかない。
再び立ち上がろうとした時、額に液体が滴るのを感じ、雨が降って来たのかと空を仰ぐがその様子はない。右手で拭ってみてそれが血だと気づく。
そのまま顔を地面に向けると一滴一滴黒いアスファルトに赤い雫が落ちる。
その様子を数秒間眺めていると突如地面が発光し始めた。俺は驚き立ち上がると自らの足元の光を注視する。
これは魔法陣だ。
その事に気づくと同時に俺の体は光に包まれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
光が消滅したと同時に視界に広がった光景はさっきとは全く違うものだった。
古びた倉庫が何軒も立ち並び、その横には古びたコンテナが積まれている。足元には砂利が敷いてあり足を少し動かしただけでも石のこすれあう音が響く。
周囲を見渡すと右後方にクオンと紅依奈が立っていた。つまりこれは敵を見つけたからクオンの魔法で呼び寄せたということなのだろう。
紅依奈がこちらに向かって歩いてくる。
「昨日なんで帰ってこなかったの?しんぱいしたよ?」
彼女の怒りと心配が含まれた問いに対し、
「別にお前に関係ないだろ?」
とそっけなく返す。顔を真っ赤にさせますます怒った紅依奈は、無言で何かを渡すと俺のそばから離れていった。
よく見るとそれは衣類であり、恐らくこれを着て戦えということなのだろう。黒を基調とした上着で特徴は裾が異様に短いこと。つまり短ランのような服である。
ひとまずその服を着ていると今度はクオンが話しかけてきた。
「今回の敵はあの倉庫の中に隠れている可能性が高い。」
「今回は随分と人気のない場所なんだな」
自分が以外にも冷静にクオンと会話できていることに気づく。
「昨日、紅依奈といろいろ調べて話し合った結果ここが怪しいと思ったんだよ。時間もないし、逃げられたら元も子もないから、早く着替えて配信始めるぞ。」
そうだったこれは配信されるのか。もうそんなことどうでもいいが、ひとまず早く終わらせて紡葉の捜索を開始しなければならない。
バックから自分で作った小麦粉を噴霧する装置を出し腰に装備する。そして左手にエアブラシ、右手に銃・・・いや紅依奈命名の「Noah」を持つと、クオンと共に一番近くにある倉庫に向かった。