凡人の晩餐2
15
思いがけない紅依奈の提案に俺が無言で考え込んでいると、恥ずかしくなってきたのか、少しずつ顔が紅潮していく。
何となく気まずい空気を壊したのはファミレス店員だった。
「お待たせしましたー。」と言い料理を配膳した店員は足早に去っていく。
紅依奈の前には、スペースシャトル風の器に盛られたお子様ランチが、俺の前にはオムライスが置かれた。かなりの空腹状態の俺に対してオムライスは五感すべてに「今すぐ食べろ」と訴えかけてくる。
しかし俺は、オムライスを口にする前に先ほどの提案にこたえる。
「その提案は、無しだな・・・」
俺の回答に驚いたのか、もぐもぐしたまま「なんでぇ?」と尋ねてきた。
こちらが空腹に耐え対話しているのに、リスみたいにもぐもぐしている彼女に少しからず怒りを覚える。
何故俺が提案を断ったのか、それは匿名で人気になっても俺のアイデンティティーを見つけられると思わないからだ。本質を見失ってただ有名になっても意味がない。
「別に俺は有名人になりたいわけじゃない。匿名っていうのは俺の存在を証明することができないからな。」
「でもさ・・有名配信者になれば、お金もたくさん稼げるよ?」
「別に今、金に困っているわけじゃないしな・・・」
「ほら視聴者の情報を利用すればもっと効率的に世界の危機に対処できるよ。」
「別に、最近のSNSはパーソナルメディアとマスメディアの融合みたいなのが多いから、複数のSNSを同時に使用すれば補うに余りある。」
紅依奈と俺の一進一退の攻防はしばらく続いた。
数分間の激闘の後、紅依奈はスプーンを置き口の中の食べ物を呑み込むと、急に真顔になり
「逃げるんだ。弱虫だね・・・」
とつぶやいた。
俺の脳に「弱虫」という単語を聞いた瞬間激痛が走る。あの事件から常に俺は弱さを持つことは許されない。
苦痛に顔をゆがめながらも
「そこまで言うならやってやるよ」
強がりとしか受け取れない言葉を聞いた紅依奈は、笑顔で「じゃカメラマンは私だね」などと言っている。そんな彼女に少し不信感を抱いたのは否めない。
こんな姿を見せても何故俺に対する妄信は終わらないのか謎ではあるが、ひとまず冷える前にオムライスを食べる。一口また一口と無心で食べているといつしか皿は空になっていた。
紅依奈のほうを見ると彼女も食べ終わっていたので、伝票立てから伝票を取るとレジに行く。電子マネーで支払った後店を出ると既に外は真っ暗だった。
帰宅したら動画配信についてクオンはどう思うか聞いてみる・・・いや多分配信とか言っても何のことかわからないだろうしそこから説明しなければなと思い直す。
二人で夜道を歩いていても人に会うことはほとんどない。この地域は、小中高の学校施設が多くそれに伴いこの夜遅い時間帯に出歩いている人は少ない。
何か言葉を交わすこともなくただひたすらに家を目指していると右斜め後ろで「ふわぁ」などと紅依奈が欠伸をするのでもうそんな時間かと思いつつ、時間を確認しようとする。
すると今度は、「バタン」という音が聞こえたので慌てて振り返ると紅依奈が転倒していた。
「痛―、誰ここにこんなの捨てたの」
彼女の片手には缶スプレータイプの整髪剤の缶が握られていた。「大丈夫か?」と言って片手を差し出し彼女を立ち上がらせる。
「うちに帰って捨てるしかないな。」
と言って彼女からスプレー缶を受け取ると予想外の重さに驚いた。
この重さからして所有者は故意に落としたわけでないと、うかがえる。
試しに、缶上部についているボタンを押してみると整髪料が噴射され、辺りにシトラスの香りが漂った。
ここであることに閃く、もし小麦粉を効率的に噴射できるシステムがあれば戦いが楽になることに。
まず考えられるのは、このようなスプレー缶だがもっと容量が欲しいし気軽に詰め替えられたほうが戦闘中便利だ。
なら考えられるのは農薬散布の機械だ。家にはないので、今度ホームセンターで見てみるか・・・
などと考えながら歩いていると、この時間にめったに合わないはずの通行人に合った。
50代くらいの男性だ。会社員だろうか。スーツを着ているし恐らく残業帰りであろう。彼の右手には、おもちゃ屋さんの袋が握られていた。
それを見た時小さい頃を思い出がフラッシュバックした。父と遊んだ数少ない記憶の中の一つ、ノックもせず勝手に父の部屋に入る俺、マスクを付けた父は片手に模型を持ちもう片方の手に銀色の何かを持っていた。俺に気づいた父は、作業を止め俺を呼びよせた。そこで俺は父が仕事以外のことを初めてしているのを見る・・・・・・・・・・・・・・・
おのずと答えは見てきたように思える。つまり答えはエアブラシとコンプレッサーそして大量の小麦粉を入れられるピッチャーのような形状のもの、それらを融合したものが答えだと思いつく。
完璧な答えにたどり着いたことに歓喜し不敵な笑みを浮かべていると、紅依奈に
「急にどうしたの?」
と尋ねられた。
「別に」
とそっけなく答えながらも、俺の脳内で装置は組みあがっていた。