第七十二話 家族の絆
ヒメの『方法、あるよ?』という言葉に思わずヒメを二度見する。そんな俺の視線に呆れたようにため息を吐いて見せながら、ヒメはやれやれと言わんばかりに首を左右に振って見せる。
「……あんの、ヒメ? そんな方法」
「まあ、あると言えばある。マリアの覚悟次第、って所もあるけど……」
「俺の覚悟?」
「そ。マリアの覚悟」
そう言って、ヒメは視線をピーターに向ける。その視線を受けて、ピーターは居住まいを――まあ、ニンニクの山の中だから居住まいもクソも無いんだが……ともかく居住まいを正したピーターにヒメはゆっくりと微笑んで見せた。
「ちょっと聞きたいんだけど……ピーター? 貴方達ヴァンパイアは人間を見下している、って認識で間違ってないんだよね? 人間は、ヴァンパイアよりも劣る種族、そういう事だよね?」
「……そう、ですな。まあ、間違ってはいません」
「じゃあさ? 今の魔界の魔王様――私の父親の事もそう思っているってこと? 『自分達よりも劣る人間の魔王だ』って……そう、思ってるの? そして、その人間の魔王の娘である私も、劣等種族だと思ってるのかしら?」
コクン、と首をかしげて見せるヒメに、首よもげよとばかりにピーターが全力で左右に振って見せる。それだけでは不足と取ったか、少しばかり上ずった声をあげた。
「め、滅相もございません! ユウスケ魔王様はアイラ魔王様の伴侶であらせられる高貴なお方にございます。そ、それは……た、確かに我々魔族と比べてお力自体は弱いでしょうが、ですが!」
そこで、少しだけ躊躇う様に言葉を止める。
「……魔王様は、やはり特別でございます。で、あるからこそ……我ら魔族も魔王様に従うのです」
「人でも、でしょ?」
「……はい」
「そう考えるとね? あなた方ヴァンパイアが考える『純血』って理論は凄く薄いと思うのよね。結局、どれだけ……そうね、貴方たちの理論で言うところの『汚れている血』でも、力が強ければ良いって事でしょ?」
「……」
沈黙は肯定。何も言わないピーターの表情に、ヒメは慌てたように両手を振った。
「あ! べ、別に馬鹿にしてるとかそういう意味じゃ無いのよ? ええっと……ま、まあ何が言いたいかって言うとね?」
コホンと一つ咳払いをして。
「今ピーターが抱えている問題ってさ? クレアがマリアに『輿入れ』したら……片付くと思わない?」
とんでもない事を言い出した。いや……待て。待て待て待て!
「……おい、ヒメ。お前、何言い出してるんだよ? は? クレアが輿入れ? そ、それってお前……」
「結婚って事。まあ、側室扱いだけど」
なんでもない様にそんな事をしれっと言って見せる。いや、お前……
「まあ、マリアがびっくりする気持ちも分かるけど……でもね? これで全部、解決すると思わない? クレアがマリアに嫁ぐことで、クレアは『人間』の奥さんになる。それって、ヴァンパイア一族的には結構重大な問題の筈だけど、さっきピーターも言ってた通り、ヴァンパイア一族は人間だけど『魔王』であるウチのパパは認めてるんでしょ? なら、その後継者である『魔王』のマリアの事も認めないと変じゃない? まあ、勿論マリアがちゃんと魔王になってこそ、ではあるけど……でも、有力魔王候補に先行投資で側室送り込むってのは悪くない方法じゃん」
ローザもその『てい』で救うんでしょ? と首を傾げて見せ、そのままヒメは言葉を続ける。
「そして、この方法はクレアが『レークス家』の所属じゃないと意味がない。だから、クレアは……違うか、ピーターはレークス家からクレアを追い出すことは出来ないし……人間の元に嫁いだんだよ? ヴァンパイアかダンピールかなんて些細な話じゃない? 別に今ばらさなくても良いし……そうね? 仮にダンピールって分かっても、『今の魔王様が人間の出身だったから、時代の魔王様も人間になるとふんで、人間との間に子を為した。すべては、次期魔王様の側室にする為』とかなんとか理由付ければ、先見の明があるな~ってなるんじゃないの?」
……なるほど。確かにヒメは魔王の有力候補だし、洋の古今東西を問わず、政略結婚はいつだって行われて来ている。言っている事は至極全うで……いや、まあ……言ってることは全うなんだが。
「……どうした、ヒメ。先行投資とか、先見の明とか難しい言葉使って。お前、おバカキャラだろうが」
「誰がおバカキャラよ! 違うわよ!」
不満そうに頬を膨らましたヒメ。ああ、すまん。今のは照れ隠しだ。
「いや……その、なんだ? ホレ、俺らってその……まあ……ええっと……」
「……うん。婚約者よ、私達。だからさっきも言ったじゃん。『あんまり言いたくないんだけど』って。正直、『側室を取れば全部解決!』なんて、私だって言いたくないよ? その……正直、色々『もにょ』っともするし」
そういって、それでも困ったように苦笑を浮かべて見せる。
「……でも、マリアは、クレアとピーターが離れ離れになるの、嫌なんだよね? 二人の間を繋ぐ……そうだね、架け橋になりたいんだよね?」
「……ああ」
「だったら……うん。私はマリアが悲しむ顔、見たくないから。その……ほ、本当は嫌だけど……ほ、本当は嫌なんだよ? 嫌なんだけど……でも……う、うん……が、我慢できる」
……おい、ヒメ。なんだよ、その健気さ。え? なんか、物凄く抱きしめたいんですが。
「……ん……え? なんで撫でてくれるの?」
「……まあ、色々不味いからな。つうかお前、イイ女だな、マジで」
抱きしめたら放送事故だろう、流石に。
「ほ、褒めても何にも出ないんだからね! そ、それに、きっとマリアが一番大変なんだから! きっと、ママとか『マリア君の浮気者!』って詰るだろうし、結婚前に側室二人も作った魔王なんて感じ悪いし、それに私の事粗末に扱ったら烈火の如く怒るんだから!」
照れ隠しからか、一転して怒ったようにそう言って見せるヒメに苦笑を浮かべ、視線をそのままピーターに向ける。
「……んで? 魔界のお姫様はこう言っておられますが、どーするよ、ピーター?」
「……」
「おい。無視は感じ悪いだろう、無視は」
「……なぜ」
「あん?」
「なぜ……なぜ、そこまでして下さるのですか? いまのご提案は、我々に――私にはメリットしかない提案です。ですが、魔王様にはメリットがない」
「嫌な想いしなくてもイイってのは十分メリットだけどな。ニコニコ笑ってた方がいいだろう、みんな」
「で、ですが……それでは魔王様、貴方のお立場は……きっと、傷つく。いや、立場だけではなく、貴方自身も傷つく事になると思います。なのに……」
「なぜなぜうるせーな、お前も。あんな? さっきもヒメが言っただろう? 俺はお前らの架け橋になりてーんだよ。二人が逢いたい時に何時でも逢える様な、そんなピースになりたいんだよ、俺は。空飛べるヴァンパイアは知らねーかも知れねーけどよ? 橋っつうのは踏まれて傷つくもんなんだよ。まあ」
そこまでしゃべり、ピーターから視線を逸らす。そのまま、両目からはらはらと涙を零すクレアに視線を向ける。
「……んで? どーするよ、クレア。俺はこんな見てくれだけどよ? 俺のところに来たら……そうだな、新しい家族と古い家族、どちらも守れるぞ?」
「で、ですが……そ、それでは……」
「俺の迷惑になるとか、ピーターが困るとか、んなしょうもないことは考えんなよ? 単純に、お前がどうしたいか、それだけ言えばいい」
「で……そ……」
声にならない声が、後から後からクレアの口からこぼれる。そんな姿にため息を吐いて、俺はクレアに問いかける。
「それじゃ声も出せねーな。んじゃ、クレア? これから俺の聞くことが良いと思ったら首を縦に振れ。行くぞ? 俺の所に来たら、お前は家族と気兼ねなく逢える。色々としがらみも多いだろうけど……まあ、面白おかしく、楽しく過ごしていける……様に、頑張る。どうする、クレア? 俺の所に来るか?」
そんな、俺の言葉を受けて。
「……一回でイイんだよ、首を振るのは」
涙を零しながら、何度も何度も首を縦に振るクレアの姿が目に入った。




