第七十一話 族長と、父親
「……おい。そりゃどういう意味だよ、ピーター?」
誰に言うつもりもないであったろう、唇の動き。その動きを捉えた俺の言葉に一瞬驚いた様に目を丸くし、その後ピーターは自嘲気味に笑う。
「……なんの話ですかな?」
「恍けんな。『それがお前の幸せなんだ』って、どういう意味だよ?」
「……」
「おい」
「……驚きましたな。新魔王様は読唇術まで使えるのですか?」
口で言う程驚いた風でもなく、そう言って見せるピーター。まあな? 俺の見た目じゃ結構陰口叩かれるからよ? ある程度、顔色と唇の動きは――
「……おい。なんでお前が『うわー』って顔するんだよ、ヒメ?」
「いや……なんか、マリアが根暗っぽいって思って」
「根暗じゃねーよ!? 自己防衛だ!」
つうか、話の腰を折るな。
「コホン。まあともかく……どういう意味だよ? 『お前の幸せ』って。なんだ? クレアを家から追い出せば、幸せになれんのか?」
個人的にはそんな事、有り得ねーと思うんだけどよ? そんな俺の疑問符が付く様な言葉に、少しだけ諦めた様にピーターは口を開いた。
「……ヴァンパイア一族は何よりも『血』に拘ります。誇り高きヴァンパイアの一族であるという事を第一に考えております」
「貴族的、ってヤツか?」
「種族に貴賤はあります。新魔王様を前に非礼である事は重々承知しておりますが……ヴァンパイアと『人間』では、圧倒的に種の力が違います。そしてその場合、往々にしてヴァンパイアが『主』で、人間は『従』に御座います」
「……まあな」
俺は――訂正、鳴海もだけど、俺らはまあ規格外だとしても、流石に普通の人間が吸血鬼に勝てるとは思っちゃいねー。
「なればこそ、誇り高きヴァンパイアの一族である我々と人間の――」
一息。
「――人間との『混じりもの』であるクレアは、ヴァンパイア一族では迫害されます」
「……」
「かといって、人間社会で暮らす事もできますまい。幾ら『混じりもの』と言えど、クレアはヴァンパイアの血を半分引き継いでおります。その力は人間に比べれば強大ですからな」
吸血鬼として、規格外。
人間としても、規格外。
ベクトルの向きは真逆でも、結局どちらにもなれない哀れな子。
「……それが、クレアに御座います」
「……だから、追い出すってか?」
「……」
「……いいじゃねーかよ、別に。吸血鬼的にはダンピールってのはあんまり宜しくねーってのは分かったよ。人間界で暮らせないのも分かった。でもよ? だからと言ってクレアを追い出す理由にはならねーんじゃねーか? 仮に日陰者だとしてもよ? クレアを手元に置いて……お前が、ピーターが一緒に居てやればいいんじゃねーか?」
「我らがレークス家でなければ、それも良いでしょうな」
「……なんだ? 一族の汚点とでも言うつもりか? 族長を追われるのは辛いか?」
俺の言葉に、苦笑を浮かべてピーターは首を左右に振って見せる。
「我らはレークス家です。ヴァンパイア一族の、その頂点に立つ族長家です。族長には族長の責務がある。ヴァンパイアという『種族』を率いるという、その責務があります」
意志の籠った瞳で。
「先程も申した通り、私達ヴァンパイアは血の『混じり』を何よりも嫌います。無論、『ダンピール』という言葉が存在する以上、吸血鬼と人間の間で子を為した前例がない訳では御座いません。ですが、ダンピールが迫害されなかった歴史は私が知る限り皆無です」
「……」
「レークス家の、族長家の娘として生まれた以上、一度も表舞台に出る事なく過ごす事は不可能でしょう。巧く隠し通せればそれが最善でしょうが、そこまで蓋然性に頼れる訳もございますまい」
何処でばれるか分かりませぬからな、と自嘲気味に笑って。
「また、無理に隠し続ければ当然詮索もされます。そして、族長家たるレークス家の『隠し事』は必ずや政治に使われるでしょう。一族は混乱し、無用の争いを生みます。そして……私は、そんな展開を望んでいない」
「……だから、クレアを出したってか?」
「最低の親である自覚はあります。ですが……私は、娘可愛さに種族の行く末を誤る訳にはいかないのですよ」
そう言ったピーターの瞳に映る力強い色。思わず逸らしたくなる様な瞳に気圧されそうになりながら、それでも俺は虚勢を張るように肩を竦めて溜息を吐いて見せる。
「一個だけ、聞かせて貰っても良いか?」
「なんでしょうか?」
「さっき、『娘可愛さ』って言ったよな? お前は……ヴァンパイア一族の族長とかなんの関係もない、ただの『ピーター・レークス』として」
クレア・レークスの事を愛しているのか?
「……愚問ですな」
そんな俺の言葉にニヒルに笑って。
「――愛した女との間に生まれた、大事な娘です。可愛くて仕方ないに決まっているでしょう」
ピーターの言葉に。
「――おとう……さまっ!」
「……早くあちらに行け、クレア。ヴァンパイアが『にんにく』が平気など、怪しまれる。私の事は忘れて、お前は王城で真面目に勤務をしろ。そして……もう、ヴァンパイア一族の事も、掟も、『血』の縛りも忘れ、好きに生きろ。今の魔王城は『それ』が出来る」
「……」
「ヒメ様は魔族と人間のハーフ、ラインハルト殿もオークとエルフのハーフだ。種族が違いながら、それでも共存できる事を体現してくれている。なんの心配もいらない、ただ……ただ、幸せに暮らせ」
今まで見せた事のない、優しい微笑みを浮かべてそういうピーター。その笑顔は、きっと族長としてのモノではなく……一人の父親としての笑顔。
「……」
だから。
「……気に入らねーな」
だからこそ――気に入らない。
「……新魔王様?」
「お前の考えは分かった、ピーター。個人的にはクレアが嫌いでそうなった訳じゃねーのも分かったし、どっちかって言えば『よかったよかった』って感じなんだけど……でもまあ、気に入らねーな」
「……子供ですか、貴方は。それは我儘でしょう?」
「魔王ってのは我儘なモンなんだろう?」
ソースは現役の魔王様。
「ともかく、俺はお前のその考えが気に入らねーし、そもそも親子が好きに会えずに『お前の幸せの為に~』なんてお涙頂戴な展開も気に入らねー」
ハッピーエンド至上主義なんだよ、俺は。え? フラれたじゃねーかって? うるせーよ。
「ともかく、俺はクレアがそんな顔してるのも、ピーターが無理して笑ってるのも見るのがイヤなんだよ」
俺の言葉に、今度こそ呆れ返った様にピーターが肩を竦めて見せる。
「……では、どうしろと? クレアを娘として手元に置けと? それは後々、ヴァンパイア一族に禍根を残す事になりますぞ? それとも新魔王様? 貴方は戦乱がお好みですか?」
「んな訳ねーだろ。見た目ほど争い事が好きな訳じゃねーんだよ」
「では、どうしろと? 新魔王様、対案が無いのに反対するのは如何なものかと思いますぞ? 幾ら魔王が『我儘』と言えども」
ピーターの視線と声音に思わず『うぐ』っと言葉に詰まる。い、いや、確かに大していいアイデアがある訳じゃねーよ? でもな?
「……それでも、家族が笑って逢えねーのは納得が行かない」
……理屈じゃねーんだよ、こういうのは。
「……呆れたバカね、マリア」
そんな俺に、心持バカにした様な視線を向けて来るヒメ。う……いや、確かに無茶苦茶言ってる自覚はあるけどよ?
「……バカって」
「馬鹿よ、貴方は。はあ……もう、仕方ないな~」
そう言って、肩を竦めて見せて。
「あんまり言いたくなかったんだけど……まあ、今の現状を解決するアイデアあるんだけど」
聞く? と。
溜息を吐きつつ、そんな事をヒメがのたまいやがった。
……は? あんの?




