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第七十話 本当の気持ち


 ピーターの言葉に、動き出したクレアの動きが完全に固まる。そんなクレアをふんっと鼻を鳴らして見つめ、そのままピーターは再び眼前の『にんにく地獄』から逃れようとし始めた。そんな実父を見るとは無しに、ただ茫然と見つめていたクレアは不意にはっと意識を取り戻したように叫ぶ。

「お、お父様! お父様の力では無理であります! こ、ここは本官が!」

「くどい! 何度も言わせるなっ! お前の様な半端者に助けてなど貰わなくても良いと言っているのだ!」

「そ……んな……」

 圧倒的な、拒絶。

 クレアの想いも、気持ちも、そんなモノは何も関係ないと言わんばかりの一刀両断なその姿勢のまま、ピーターは更に言葉を継ぐ。

「そもそも――そもそも、何故、この屋敷の敷居を跨いだ! お前は魔王城に出仕に出た身だろう? 二度とこの屋敷に帰って来るなと言った筈だ! 覚えていないのか!」

「……」

「クレア!」

「……覚えて……いるであります。で、ですが! ですが……マリア様がお父様の下に行くと仰られ、今回の件による『制裁』の意味を込めてとお聞きしました! 本官の……本官のせいで、お父様にご迷惑をお掛けする訳には行かないであります!」

 クレアの必死の反論。そんな反論を受け、ピーターは面白くも無さそうに再びふんっと鼻で笑って見せた。

「迷惑? お前の行動で、私に『迷惑』など掛かるモノか。お前はこのレークス家を出た身だ。そんなお前の行動に、一々責任など取れるか。何処で何をしていようが、私は一切関知も干渉もせん!」

「そ、そんな……」

 ピーターの言葉に、クレアの瞳から一筋の涙が流れる。そんなクレアを、ピーターが心底イヤそうな表情で見つめて。


 ――この辺りが、限界だった。


「――っ! ま、マリア!」

 歩き出した俺の後ろから、ヒメの慌てた様な声が掛かる。そんなヒメにヒラヒラと手を振って見せ、俺は泣いているクレアの頭を通りすがりにポンポンと撫でる。

「ま、マリア様?」

「泣くなよ、クレア」

 涙で潤んだ瞳を向けて来るクレアに苦笑を浮かべ、俺は歩みを止める事無くそのままピーターの所へ。鼻を突くにんにく臭に顔を顰めながら、にんにくの山から顔だけ出したピーターに笑顔を向けてやる。

「よう、ピーター。中々いい恰好じゃねーか」

「……新魔王様? ――っ! な、なにを!?」

 既に眼前にあるにんにくを手に取りポンポンと手遊び。そんな俺の行動に最初は訝しみ、次に俺の意図に気付いたのか、慌てた様な顔をするピーターに満面の笑みを浮かべて。


「それだけじゃ不満みてーだからよ? コレも追加で――どうよ!」


 喋りかけたピーターの口に、にんにくを押し込めた。口腔から満たすにんにくの香りが体中を駆け巡りでもしたか、ピーターのその閉じられた口から悲鳴にも似たくぐもった声が漏れた。

「――っ! マリア様!?」

 俺のその行動を呆気に取られた様に見ていたクレアだったが、俺が何をしたのかを正確に脳髄が理解してからの行動は早かった。ピーターの前で泰然と立つ俺を殆ど突き飛ばす程の勢いでどかすと、クレアはピーターの口の中にある涎でベタベタになったにんにくを取り出すと、それを地面に投げつけた後に俺の方にキツイ視線を向けて来た。おお、怖。

「なんだか介護みたいだな、クレア。おいピーター? 娘は大事にしとけよ? ウチのおふくろ、よく言ってるぞ? 『こんなマリアの所に来てくれたお嫁さんに介護までして貰うのは忍びないわ。ねえ、マリア? 実務は咲夜、資金はマリアって計画でどう?』って」

 そうなったら施設に入れるが。いや、別に嫁さんがどうのこうのではなく、咲夜に介護実務はきっと無理だからな。俺だって流石に仕事もあるだろうし。

「ふざけないで下さいであります、マリア様! 父に……ヴァンパイアになんて事をするのでありますか! ヴァンパイア族に取って『にんにく』とは凶器なのでありますよ! それを、口に押し込むなど……父を殺すつもりでありますか!」

「別にそんなつもりはねーけど……でも、そうだな? 『そういう』つもりだって言ったら、お前……どーするよ?」

 幾らか挑発的な俺の言葉に、先程以上にクレアの視線の温度がぐんっと低くなる。唇を噛み締め、まるで親の仇――いや、まあ、まんま親の敵ではあるんだが――ともかく、およそ人に向ける様な視線ではない視線をこちらに向けて来る。

「――そうであるのであれば、マリア様。本官は、容赦はしません。刺し違えてでも……貴方を、討ちます」

 冗談なんて一切混じってない、純粋なガチな悪意の視線に肩を竦め、俺はクレアの後方のピーターに視線を向ける。

「おい、ピーター? お前さんの娘がこんな事言ってるけどよ? なんか言う事、あるか?」

「……な……な……」

「あん? 良く聞こえないんだけどよ? なんだ?」

 耳元に手を当てる仕草。そんな俺の、若干小馬鹿にした様な仕草にクレアが声を上げ。



「――余計な事をするなと言っているだろう、クレアっ!」



 聞こえて来た怒声に、クレアがその口を閉じる。自身の父に一体、何を言われているか分からない。そんな視線を向けてくるクレアに、忌々し気にピーターが舌打ちをして見せる。

「……余計な事をするな、クレア。誰が『助けてくれ』と言った?」

「え……で、でも……」

「お前の様な半端者に助けて貰わなくても良い。それとも、なんだ? そうやって私に『恩』でも売ったつもりか?」

「ち、ちが! そ、そんなつもりは!」

「いいか、クレア? はっきり言って置く。既にお前は我がレークス家を『出た』者だ。その籍はレークス家には無い」

「そ、それは! で、でも、本官は……『私』は、お、お父様の娘で!」

「……」

「だ、だから! お父様の娘だから! だから、お父様を助けたいって! そ、それで!」

 言い募るクレアを手で制し。



「――では、はっきり言おう、クレア。お前は……もう、私の『娘』ではない。レークス家を出て魔王城に出た以上、お前は『魔王家』の人間だ。だから、私の事を助ける義理などない」



「――っ!」

 完全に突き放したピーターの言葉に、クレアは絶句したままその場にへたり込む。見るに堪えないその姿に視線を外し、クレアにそんな顔をさせたピーターに正義の鉄槌でも下してやろうかと思った所で。




「――――それが、お前の幸せなんだ」





 声に出さずに、唇の動きだけでそう伝えるピーターの姿を見た。




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