第六十七話 側室誕生、魔王様
「……は……ははは。お、面白い冗談ですな、新魔王様。ろ、ローザを愛人にする?」
唖然とした表情を浮かべていたピーターだったが、はっと我に返った様にそう言葉を紡ぐ。まあ、うん。これ以上ないぐらいに表情は引き攣っていたけどな?
「まあ、愛人っつったら言い方悪いけどよ? アレだ。側室だ、側室。言ってみれば新魔王家の家族って事だよ。あれ? ピーターちゃん、まさか新魔王家の家族に弓引くってわけじゃねーんだよな?」
ピーターの顔がより一層と引き攣る。そのまま、まるで親の敵の様な表情で俺の方を睨みつけて来やがる。
「……」
……うん。ピーターだけじゃなくて隣のヒメもなんだけどな? いやさ? ヒメ、お前は納得してくれたじゃねーか。仕方ないって。だってさ……
◆◇◆◇
『ローザの実家の取り潰しの回避、これは中々難しいぞ?』
『え? マジで? 俺、新魔王じゃねーの? 俺が言ったら『ははー』ってなるんじゃねーのか、ラインハルト?』
『そうは言っても魔族とは元々独立独歩の気風の強いイキモノだ。種族によって――そうだな、例えばオークが農業を嫌ったように、ヴァンパイア一族にも誇りがある。特にヴァンパイアはプライドが高いからな。内政干渉の様な事をされるのを嫌うさ。幾ら新魔王と言えど、なんでも我儘は通らまい。特にマリア、お前は未だ実績を何も為していないからな』
『うぐ……新魔王って言っても神聖ローマ帝国の皇帝みてーなもんか。諸侯に反乱起こされる』
『その意味は良く分からんが……まあ、そうだな。方法は殆ど無いと言っても過言では無いだろう』
『そう――マテ。今お前、殆どって言ったか? んじゃアレか? ちょっとぐらいは方法があるって事か?』
『……』
『……ラインハルト?』
『……耳聡い奴だな。まあ、方法が無い訳ではない。無い訳ではないが……』
『……なに、ラインハルト? なんで私を見るの?』
『いえ……その、方法としてはあるのはあるんです。あるのですが、その……ヒメ様がご納得頂けるかどうか……』
『ええっと……私が何かを我慢すれば良いのね? 分かりました。多少の事であれば我慢致します。魔界の……ではないか。ローザの実家を取り潰すのも忍びないし』
『……本当にイイんですね? それでは――ローザにはマリアの『愛人』になって貰います』
◆◇◆◇
以上、回想終了。
まあアレだ、洋の東西を問わず王族の『姻戚』ってのは結構な力を持つのは想像に難くないだろう? その方法でローザの命&ローザの実家を救おうって話なんだけど……
「ほれ? ローザって結構美人だろ?」
「……」
「胸だって大きいし、泣き顔だってこう、なんていうか……守ってやりたくなるって言うかさ?」
「…………」
「そ、その……ま、まあだから? ちょっと側室に迎え入れようかなってな?」
「………………」
……ひ、ヒメの視線が痛い! いや、ヒメさん? 言ったじゃん!? 『マリアがローザを溺愛している様に見せた方が良い。誰だって、大事なモノを奪われたら怒るからな』ってラインハルトが言ってたじゃん! だから、精一杯の演技をしてんじゃん!
「……………………浮気者」
「ぐ! だ、だから!」
「…………………………ぷち」
「何処を!? っていうか何を!?」
明確な回答をせず、そのまま『ツーン』とソッポを向いて見せるヒメ。その姿にコホンと一つ咳払いをし、視線をピーターに戻す。
「……ヒメ様は納得されて無いようですが?」
「まあ、アレだ。『魔王』ってのは血族を残すのも大事な仕事だろう? 側室の一人や二人、居ても良くねーか?」
「否定はしませんがな。まあ、『正室』の前で言うのもどうかと思いますが」
そう言って苦笑を一つ浮かべて見せた後、やれやれと言った風にピーターは首を左右に振って見せた。
「……分かりました。それではローザの実家――アインベルク家については家の存続を認めましょう」
「……俺が言うのもなんだけどよ? 良いのか?」
「それこそ新魔王様の仰る言葉ではありませんね」
溜息一つ。
「ですが……まあ、これはこれで良いです。私が行いたかった事は『アインベルク家を潰す』事ではなく、ヴァンパイア族の安寧です。火種であったアインベルク家の首に新魔王様が縄を付けて下さるのであれば問題ありませんし……アインベルク家を潰しても、どうせ第二、第三のアインベルク家が生まれますからな。それなら、敢えて潰さずに飼い殺しにしておくのも悪くない」
ニヤリと笑顔を浮かべて見せるピーター。く、黒い……この狸――じゃない、コウモリ親父が。
「……但し、アインベルク家の犯した罪は重大なモノではあり、全くの無罪とする訳には行きません。罪一等を減じたとしても……そうですな、ヴァンパイア族の中での序列は下がりますぞ?」
「どれくらい?」
「現在序列二位ですが……そうですな、一族会議に参加する資格のあるぎりぎりの序列六位ぐらいでしょうか?」
「そんなもんで済むのか?」
「下手に下げ過ぎてもパワーバランスがおかしくなりますから。むしろ会議に参加させる程の序列であった方が良い」
副社長がポカして平の取締役に落ちるってイメージか。まあ、それぐらいは許容範囲内だろう。
「……悪い事は悪いからな。分かった、それで良い」
「それではその様に取扱いをさせて頂きます」
そう言って丁寧に腰を折って見せるピーター。
「……それでは、本日の御用向きはそれでお終いでしょうか? 済みません、お茶の一つも出さずに、平にご容赦を。それでは新魔王様――」
「おい。なに勝手に終わったカンジにしてんだよ」
「――どうぞ……なんですと?」
訝し気な表情を浮かべるピーターを、下から睨み付ける様に見やって。
「――今度はクレアの責任が残ってんだろうが。正確には、実行犯たるクレアを育てた、お前さんの……『ピーター・レークス』の責任が」




