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第四十一話 大本家での朝の一幕


「……は?」

 突然の咲夜の言葉に固まる俺。そんな俺を見ながら、咲夜はスプーンを咥えたまま首をコクンと横に傾けて見せた。

「……あれ? アイラさんから聞いてない? なんかね? アイラさんの旦那さん、年末年始は忙しくて家に帰ってこないらしいの。それを昨日の飲み会の席でぽろっと言ったらしくて……ホラ、お父さんってああいう人じゃん? 『だったら年末年始、ウチで過ごしたらいいじゃないですか!』って」

 年末年始は忙しいって……アレか! コミケか! コミケに行くから忙しいってか、おい!

「……それで? なんでお前はソレ、知ってるんだよ?」

「さっきアイラさんに逢ってね。『昨日は美味しいお酒をご馳走になったから、今日は私がご馳走する! 秘蔵のお酒があるんだ!』って嬉しそうに家に帰って行ったよ?」

「……」

「ねえ、アイラさんとかヒメさんの家って近くにあるの?」

「……まあ、近いっちゃ近い」

 なんせ魔法の力でばびゅーんだからな。物理的な距離はともかく、時間的には短縮できるんだろう。つうかな?

「……そんな早い時間から活動してんのかよ、あの人」

 ……化け物か。ああ、いや、魔王様か。

「凄いよね~。お父さんもお母さんもそこそこお酒強いのに、『潰した!』って言ってたよ」

「……とんでもねーな。それで? 麻衣達も泊まるってか?」

「年末年始はKIDの活動もお休みだし、受験勉強合宿も兼ねて泊まるって。あれ? 不味かった?」

「親父がイイって言ってるんだから、不味いもクソもないけど……いいのか? アイラさん達はともかく、麻衣とか奏、鳴海は」

「麻衣ちゃんはお母さんも忙しいらしいから大丈夫だって。鳴海ちゃんの所は両親、海外旅行に行くらしいよ? むしろ、助かるって言ってた」

「……相変わらず仲良いな、あそこの両親も」

 中学生の娘が居る割に……と言うと失礼だろうが、鳴海の両親は仲が良い。いや、仲が良いの良い事なんだが……なんだろう? オークの族長夫婦みたいな『濃い』仲の良さだからな、あそこも。

「奏は? アイツんち、結構な旧家だから年末年始忙しいんじゃないのか?」

 晴れ着も新調したって言ってたしな。ウチに来てる暇、あんのかよ?

「あー……まあ、奏ちゃんは忙しいかも知れないね」

「だろ? だったら――」

「でもね? 奏ちゃんだよ? おじさん地下牢に閉じ込めてでも絶対来るに決まってるじゃん」

「――お、おう」

 なんだろう? なんか妹分にそこはかとなく恐怖を感じるんだが。

「という事で、今日の料理当番はお兄ちゃんになるかな~って思ってる」

「あー……うん。まあそうだろうな。そうだろうけど……」

 今日も昨日と同じ分量かよ。

「……鍋でもイイか?」

「うん! 私は全然構わないよ!」

 元気に両手を『はーい』と挙げる咲夜。まあ、鍋なら簡単で良いから助かるな。後で食材の買い出しに行かなきゃいけないのが面倒くさいが……

「……おはよ――うわ! な、なにコレ!? 戦闘でもあったの、此処!」

 そんな事を考えているとリビングのドアが開き、声が聞こえて来た。ドアの方に視線を向けると、ぎょっとした顔で突っ立て居るヒメの姿が視界に入る。ああ、うん。確かにこの惨状を見りゃそういう声も出るよな、うん。

「おはよう、ヒメ。そしてコレは戦場跡じゃねー。蟒蛇三人が飲み散らかしたなれの果てだ」

「……それはそれで十分戦場の気もするけど……っていうか早いね、サクヤちゃんも。おはよう」

「おはよーございます、ヒメさん! ヒメさんも早いですね! よく眠れました?」

「うん! なんか久しぶりに爽快な目覚めだったよ! 元気一杯!」

 そう言ってにこやかに笑いながら、『むん!』と力瘤を作って見せるヒメ。チャーミングなその姿に、咲夜と俺の顔にも笑顔が浮かぶ。自分の家で『よく眠れた!』って言って貰えるのは、やっぱり嬉しいモンだしな。

「そりゃよかったよ。それで、ヒメ? 腹は――」



 ――『きゅー』っと。



 俺の言葉を遮る様に、ヒメの腹の虫が抗議の声を上げた。耳まで真っ赤にして下を向き、プルプルと震えるヒメ。そんなヒメからツイっと目を逸らし。

「――……減ってるみたいだな」

「ち、ちが! こ、これは! だ、だって! なんだか物凄く良い匂いがしているんだもん! し、仕方ないでしょ!」

 俯いていた顔を上げ、若干涙目で俺に詰め寄りながらそんな事を言うヒメ。分かった! 分かったから! つうか顔がちけーよ!

「だ、大丈夫! ヒメさん、可愛いお腹の音だったから!」

「あんまりフォローになってないんだけどぉ! お腹が鳴るだけで恥ずかしいよ!」

 ……うん、俺もそう思うぞ咲夜。『ミスった!』みたいな顔をする咲夜に溜息を吐き、俺は視線と顎の動きで咲夜に台所に向かう様に指示を出した。

「ひ、ヒメさん! 朝ご飯! 朝ご飯食べましょう! 私の手作りの、カレーグラタン!」

「おい、ナチュラルに嘘を吐くな。別にお前の手作りじゃねーだろうが」

「う、嘘じゃないよ! これから作るのは私だもん!」

 耐熱皿によそって、チーズ掛けて、オーブンでチンするのが手作りというのかどうか、甚だ疑問だが……まあ、カップラーメンよりは難しいか。

「んじゃ、咲夜。お前の『手作り』カレーグラタン、ヒメに振る舞ってやれよ」

「手作りの言い方に悪意を感じるけど……らじゃりました!」

 ビシッと敬礼しキッチンに走る咲夜を見送り、俺は立ったままでお腹を押さえて赤くなってるヒメに視線だけで椅子を指した。

「……ありがと」

 それだけの動きで察したのだろう、ヒメが俺の対面の椅子に腰を掛ける。パジャマ姿の美少女が朝も早くから目の前に座っている風景というのは中々に眼福ではある。耳、まだ赤いけど。

「本当に良く寝れたのか?」

「そんな嘘は付かないわよ。そんなに気を使ってる様に見える?」

「そうじゃねーよ……って言うのは失礼か? いや、奏と鳴海はともかく、咲夜と麻衣は寝相が無茶苦茶悪いんだよ。蹴ったり殴ったりされて無いかなってな」

「そんな事なかったけど……そんなに悪いの?」

「麻衣の所って……ええっと……その……なんて言うのか……ちょっと、両親が忙しくてな」

「……離婚してるって話?」

 遠慮がちにそう言うヒメ。なんだ、知ってたのか。

「麻衣の叔母さん、外資系の化粧品会社に勤めてて結構エライさんらしくてさ。会議だなんだって、夜も遅いんだよ。今はともかく……小学生の娘一人を置いて行くのは色々危ないだろう? 良く泊まって行ってたんだよ、麻衣のヤツ」

「……そうなんだ」

「んでまあ、咲夜の部屋のベットで二人で寝てたんだけど……三回に一回は、壁とベッドの間に落ちてた」

 しかも、頭からな。何時まで経っても起きて来ないから見に行ってみたら、足が四本『にょき』っと生えてやがった。金田一先生もびっくりだぞ、アレは。

「…………そ、そうなんだ」

「まあ、最近は知らねーけどな。咲夜も早起きになったし……咲夜はともかく、そもそも寝起きの顔を見せようとはしないから、アイツら」

 昔は眼をこすりながら『おにいちゃん……おはよ』とか言ってくれてたのにな。時代の流れは寂しいもんだ。

「……そりゃ、女の子には色々準備があるもの。寝癖ついてる頭とか、見せられないわよ」

「女の子って……いや、アイツらだぞ? 妹みたいなモンだろうが」

「……」

 そんな俺の言葉に『もにょ』とした表情を浮かべて腕を組むヒメ。眉を八の字にするその姿は、なんとも言えない情けない表情だ。

「……なんだよ?」

「……うー……ちょっと、悩んでる所」

「悩む?」

 何をだよ?

「此処で『もう、鈍感ね!』って言うべきか、『そうね。あの子達、妹だもんね』って言うべきか」

「……は? なんの話だ?」

「わざわざライバルに花を持たす必要は無いかなって思うけど、此処で妹って言っちゃうのはなんだかズルい気がするのよね。嫌いな訳じゃ無い、むしろ凄くイイ子で大好きな子達だし……でも、折角のチャンスだし、とも思う訳よ」

「……だから、なんの話だよ?」

「こっちの話」

 そう言って、何処か吹っ切れた様に笑顔を浮かべるヒメ。思わず見惚れる様なそんな笑顔のまま、ヒメは口を開いて言葉を発す。


「マリアの、ばぁか」


 ……なんで罵倒?

「女の子はね? 何時だって『綺麗』に見て欲しいモノなの。特に……そうね? 『大好き』な……お兄ちゃんには」

「……は? いや、意味がわかんねーんだけど?」

「自分で考えなさい、この鈍感!」

 そう言って、可愛らしく『べ』と舌を出すヒメ。なんだかキツネに摘ままれた様な微妙な表情を浮かべる俺の視界に、こっちは苦笑を浮かべる咲夜の姿が目に入った。

「……いや~。ヒメさん、人が好いですね?」

「……聞いてた?」

「ばっちり。此処は一気に出し抜いてもイイかなとは思いましたけど……でも、逆にそういう事をしない所が私的にはポイント高いです。ますます『ヒメさん派』になりました!」

「……ありがと。なんか照れるけど」

「照れてるヒメさん、テラカワイス。まあ、それはともかく……さて、そんなヒメさんに朗報があります」

「朗報?」

「ええ」

 そう言って、出来立てのカレーグラタンをヒメの前に置く。

「今日、ヒメさん達もう一泊するんですね」

「えっと……そうなの? ご迷惑じゃない?」

「ノープロブレム。それでですね? 今日も料理をお兄ちゃんが作るんですけど……流石に十人超の料理ですし、荷物も多くなります。買い忘れとかあってもいけないので――」

 ウインク一つ。



「――ヒメさん、お兄ちゃんと一緒に買い物に行って来てくれませんか?」



 そんな事を、のたまった。


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