第四十話 お兄ちゃんの朝ご飯
「……昨夜はお楽しみでしたね?」
「……なにしょうもない事言ってんだよ、お前は」
深夜の大騒動から、開けて一夜。目をしょぼしょぼさせながら、何時もより遅い六時半に目が覚めた俺がボリボリと頭を掻きながら階段を降りていると、階段の下でニヤニヤとした笑みを浮かべた咲夜と目があった。どこの宿屋の主人だよ、お前。
「いや~、お兄ちゃん、モテモテだねっ!」
「なんの話だよ」
「だって昨日、クレアさんが言ってたじゃん! 『捨てないで!』って」
「……ピンポイントで変な所切り取りやがって。そういう意味じゃねーよ」
「にゅふふふ! 隠さなくてもいいよ! 咲夜ちゃんはなんでもお見通しだから!」
憎いね! このっ! このっ! なんて言いながら肘で脇腹を突いて来る咲夜。あれ?コイツってこんなに絡みづらいキャラだっけ?
「……あー、もうそれでイイよ。それより他の皆は?」
「麻衣ちゃん、奏ちゃん、鳴海ちゃんはもう帰ったよ。ヒメさんとクレアさんはまだ寝てるけど」
「……あの三人、もう帰ったのか? はや――くもないか」
「大体五時に起きてるからね、あの三人。私もだけど」
「部活引退したのにか?」
「んー……なんとなく、もう癖になってる感じなんだよね」
「頭が下がるよ、マジで」
アイドル活動しながら、学校にも通いながら、朝練までしてるんだもんな。取り敢えず、習慣って怖い。
「ん? お前、シャワーでも浴びたのか?」
咲夜の髪が少しだけ濡れている事に気付く。そんな俺の視線に、少しだけ恥ずかしそうに咲夜が頬を掻いた。
「あー……うん、ちょっとランニングしたからさ。汗かいちゃって」
「お前も結構夜、遅かったろうに」
「なんか目が覚めちゃうんだよね~。まあ、アレだよ。ダイエットも兼ねて!」
「何処の脂肪取るんだよ、お前は。それで? 朝から運動したんだろ? 朝飯、ちゃんと食ったか?」
「ふふふ……お腹、ペコリン」
「……わーったよ。なんか作ってやるからちょっと待ってろ」
さっすがお兄ちゃん! なんて調子のいいことを言ってくる咲夜に片手を振って、俺はキッチンへ続くリビングの扉を開ける。
「……うん、ある程度予想はしてた」
酔っ払いが朝まで飲んでいたんだろう、辛うじて室内に人影こそ無いモノの、そこらかしらに飲み散らかした酒瓶や空き缶、食べかけのポテチの袋やカピカピに乾いた、文字通りの『乾き物』の数々がそこにはあった。思わず眼を覆いたくなる『惨状』に頭を振りながら、床に散乱している空き缶やら空き瓶を回収しつつリビングへ。
「軽めが良いか? そこそこガッツリイケるか?」
「そこそこガッツリ! お腹空いたし!」
俺の後ろに続きながら、リビングの椅子に腰を降ろす咲夜が元気よく手を挙げる。うむ、そうなると……
「……結構喰ったな、皆」
鍋の中に残ったカレーの量を確認。俺の予想以上に減りの激しい鍋の中のカレーは、一人分には微妙に少ない量しか残っていない。製作者としては嬉しい限りだが……これじゃ流石に少ないか。
「うし。んじゃアレで」
水屋の中から六枚切りの食パンの袋を取り出し、その内の二枚をトースターへ放り込む。
「……カレーパン?」
「まあ見てろ」
俺の手元を覗き込む咲夜にそう返し、カレーに水を入れる。ええっと……
「……ソースぐらいしか無いか」
これでいいか。そう思い、俺はソースをカレー鍋の中に投入し火を掛ける。二日目のカレーだし、弱火でコトコトではなく、単純に温める為に強火で。
「わ! お、お兄ちゃん! なんでソースなんか入れてるのさ! 何時から大阪の人になったの!?」
「確かに大阪の人はなんでもかんでもソースをかけるイメージはあるが、別にそういう訳じゃねーよ。なんだ? 醤油の方が良かったか?」
「醤油? いや、そうじゃなくて!」
「まあ黙って見てろって」
慌てた様な咲夜を制し、俺は火に掛けた鍋が沸騰しだした所で弱火へ。次いで、トースターの中の食パンに焦げ目がついた事を確認すると、それを取り出した。
「チン! って言ってないけど……いいの?」
「焦げ目と歯ごたえ出す為に焼いただけだからコレで良いんだよ」
二枚の食パンをまな板の上に置き、サイコロ状にカット。それをそのまま、煮立ったカレーの中に放り込む。時間にして一分程、食パンにイイ感じにカレーが染みた所で火を止める。
「おい、咲夜。グラタン皿取ってくれるか? お前のと俺の、二枚な」
「あ、なるほど! はーい!」
此処に至ってようやく我が意を得たか、咲夜が納得した様に小走りで食器棚に向かう。青と赤、二枚のグラタン皿をシンクの上に置いた事を確認し、俺はグラタン皿にカレーを注ぐ。
「はい、お兄ちゃん。とろけるチーズ!」
「雪の結晶とは違うチーズだけどな、これ。さんきゅ」
同時に咲夜が持ってきてくれたチーズを受け取り、包装を破くと適当に割いてグラタン皿の中へ入れて、オーブントースターに突っ込んでスイッチオン。
「……ほい、終了。後は焦げ目が付いたら食べて良いぞ?」
「五分ぐらい?」
「そうだな……まあ、十分以内ぐらいかな?」
物のついでに、コーヒーメーカーでコーヒーを作る。咲夜はブラック飲めねーし……オレンジジュースで良いか。
「お兄ちゃん!」
「ん? おお、そろそろ良いか?」
オーブンの前で目をキラキラさせながら中を覗き込んでいた咲夜の跳ねる様な声に苦笑を浮かべながら、俺はミトンを手にはめてオーブンの中からグラタン皿を取り出してシリコン製の鍋敷きの上に置く。自分で言うのもなんだが、こんがりと焼けたチーズとカレーの香りが中々に食欲をそそる一品だ、うん。
「お兄ちゃん!」
「どうぞ、召し上がれ」
「うひょー! いっただきまーす! あふっ! はふっ! ふーっ!! おいひい!」
「そりゃよかった。ホレ、オレンジジュースだ。誰も取らないから、ゆっくり食えよ」
あひがほー! なんて、口にカレーグラタンを入れたままの咲夜に苦笑を浮かべながら、俺はグラスに注いだオレンジジュースを咲夜に手渡す。美味しそうにそのジュースを一息で飲み干すと少し落ち着いたのか、ニコニコした笑顔を浮かべて咲夜が話しかけて来た。
「美味しいよ、お兄ちゃん!」
「そりゃどうも。ホントはバケットとかあれば良かったんだが……まあ、食パンでも十分代用できるだろ?」
「うん! 全然美味しい! これってアレ? 焼きカレーってヤツ? なんか最近、流行りなんだよね!」
「どっちかって云うとオニオングラタンスープのカレー版のイメージ。流石にコレを焼きカレーって言ったら怒られるだろう」
主に、門司の人に。
「うーん……お兄ちゃんがそう言うなら……でもこれ、本当に美味しいよ! 流石だね、お兄ちゃん!」
「どっかで聞いた事あるな、それ」
「そう? まあイイじゃん。あ! そう言えば昨日のクレアさんのアレ、結局何だったの?」
「あー……」
アレか。
「……クレア、持病があるらしくてな」
「持病? シャクとか?」
「……癪ってなんの病気なんだろうな? 取り敢えず癪じゃなくて……なんだっけ? ええっと……ああ! 血管迷走神経反射って病気らしい」
「……なにそれ? 必殺技かなんか?」
「……血の繋がりってすげーよな」
俺と同じ感想だよ、わが妹よ。
「そうじゃなくて……とにかく、血を見ると気分が悪くなるらしい」
「貧血?」
「症状的には似ているらしいぞ。別に血が足らなくなる訳じゃないらしいけど」
「あー……なるほど。まあ、女の子には多いしね」
「そうなのか?」
「私や麻衣ちゃん、奏ちゃんは武道やってるからソコソコ見慣れてるけど……普通の女の子はあんまり耐性ないかもね。鳴海ちゃんは……近接格闘系じゃないし」
「……アイドルの台詞じゃねーな」
「アイドルが後だからね。格闘技が先だよ」
「そりゃそうだけど……」
「でも、倒れる程ってよっぽど酷いんだね?」
「あー……うん、まあな」
色んな意味で『酷い』のは『酷い』んだよな、うん。多分、咲夜の考えるのとは別の意味だろうけど。
「そっか……それじゃ、お兄ちゃん! 今日の晩御飯は『血』になるものだね!」
「いや、だからな? 別に血が――」
……ん?
「――ちょっと待て。え? なに? 今日の晩御飯?」
「あれ? 聞いていない?」
俺特製カレーグラタンの最後の一口を口に運び。
「なんか年始まで泊まるらしいよ? アイラさん達と……麻衣ちゃん達」
スプーンを咥えたままで、そんな事をのたまった。




