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第二十話 族長、チートです。


「準備は良いのか?」

「……それ、アンタが言うか? つうかそっちこそ準備良いのかよ?」

 頬を上気させ、まるでしな垂れかかる様にエドアルドに寄り添うエカテリーナを見ながらそう問う俺に、エドアルドは苦笑を一つ。

「エカテリーナ?」

「……あ……うー…………はい」

 エドアルドの言葉に恨みがましい、少しだけ拗ねた視線を向けた後、エカテリーナがエドアルドから距離を取る。一歩、二歩、三歩。都合、五歩程遠ざかった所で。



「――では、始めようか?」



 その言葉と、同時。

「――っ!!!」

エドアルドの巨体が跳ねる。不意のその行動に、エドアルドの動きを凝視していた筈の俺も呆気に取られながら、それでも何とか眼前に迫る拳をバックステップで躱す。

「……ほう。今のを躱すか」

「不意打ちは――趣味が悪いぜっ!」

 お返しとばかり、バックステップしながら俺は右足を蹴り上げる。体勢の悪い中で繰り出したソレは、まるで逆上がりの出来損ないの様な不格好さ、無論エドアルドにヒットする様なラッキーは望めないながらも、セーフティスペースの確保には成功した。

「……おい、武門の誇りっつうのは、不意打ちする事なのかよ?」

「相対した瞬間からそこが戦場だ。油断する方が悪い」

「はっ! ちげーねー……なっ!」

 なら、こんなのも許されるだろう?

「……煙幕代わりか?」

 地面を力一杯、蹴り上げる。普通の男子高校生と云っても三十人分の脚力だ。俺のねらい通り、雑草や小石と共に砂塵を巻き上げたその中央を駆け抜ける。

「お――らっーーーー!!」

 砂のカーテンの切れ間に、エドアルドの傷だらけの顔が見えた。同時、俺は体重を乗せた一発をエドアルドの顔面に放つ。吸い込まれるよう、俺の右ストレートがエドアルドの左頬に炸裂した。

「――っーーー!」

 まるで、鉄を殴った様な『ガキン』という音が響く。折れたんじゃねえかってぐらいの鈍い痛みに、慌てて俺は距離を取る様に後方に跳び、右手をプラプラと振って見せる。

「……いってーな、おい。何喰ったらそんなに硬くなるんだよ? ダイアモンドでも喰ってんのか?」

「いい一発だったな」

「そう思うんだったら、その辺でのたうち回っておいてくんね? 結構自信あったのに、無傷だったらちょっと凹むんだけど?」

「無傷では無いさ」

 そう言って、エドアルドがモゴモゴと口を動かして地面に向かって何かを吐き出した。

「奥歯が折れた。誇っていいぞ? 私の歯を折ったのはお前が初めてだ」

「……良かったよ。ちょっと自信が戻った」

「エカテリーナの強化の魔法のチカラが無ければ、あの一発で決まっていたかも知れんな。ズルいと言うか?」

「まさか。勝つために必要なんだろう? じゃんじゃん使えよ?」

 むしろ、光栄だと思っておくよ。オークの族長がチート使ってまでガチで戦ってくれるんだからな、コンチクショウめ!

「……そうか」

「まあ、そこまで頑なに守らなきゃいけねー『誇り』だとは思わねーけどな? 限界があるのは分かってんだろうが、おめーだって」

「無論だ。このままではオークが自壊するのは目に見えている。何時までも、このままで行けるとは私とて思っていない」

「だったら、さっさと俺の言う事聞けよ?」

「そうしたい処だが……先程も言っただろう? オークの民は武門の民だ。刀折れ、矢が尽きるまでは戦い続けるが性だ。そのオークを束ねる私が、戦う前に、負ける前に降伏など出来んさ。それはオーク族の『根底』を揺るがすからな」

 ……まあ、分からんではないが。誰だって、自分がボスと仰いだ人間が他のヤツに尻尾振ってる姿は見たくねーだろうし、そうなったらボスの威厳もへったくれもないもんな。

「だから――言う事を聞かせたいのであれば、私を倒せ」

 言葉と同時、エドアルドの右拳が俺の左頬を狙って打ち抜かれる。一体、この巨体がどんな動きをすればそんな速度が出るのか、目で追うのがやっとのそのパンチを紙一重で躱――

「――っぐ!」

躱せ、ない。思わずたたらを踏んで、俺は自身の頬を――『右頬』を抑えた。

「……なんだよ、今の?」

 対面に相対した場合、左右は対称になる。鏡写しってやつだ。つまり、左頬を狙って打ち抜かれた右ストレートが、そのまま右頬を打ち抜くなんて事は本来有り得ない。まるでキツネに摘ままれた様な違和感に首を捻る俺に。

「特別な事などしていない。ただの……左ストレートだ」

 ……ひ、『左ストレート』? 

「……は?」

「来ないなら、こちらから行くぞ」

思わず呆ける俺にそう宣言し、エドアルドが再び右ストレートを繰り出す。呆けた分だけ反応が遅れた俺は慌ててその右のストレートを躱そうと体を捻り。

「――っ!」

 捻った先で、エドアルドの左の握り拳が待ち構えていた。もう一度右に体を捻るのは間に合わないと瞬時に判断した俺は、左足に力を込めて無理やりに地面を蹴ってバックステップ。筋肉のキレる『ブチブチ』という鈍い音が耳から、肉離れの様な痛みが左足から伝わって来た。その音と痛みに頭がクリアになり――そして、先程の『手品』の正体が分かる。


「……マジかよ」


 分かってしまえば、なんのことは無い。

『ワンツーパンチ』って、知ってるか? 利き腕の反対の手の力だけで打つジャブと、重心と腰の回転の力を使って振り抜くストレートの合わせ技だ。恐らく、ボクシングでは一番メジャーな打撃技の一つだ。

「……化け物かよ、アンタ」

 エドアルドのソレは、右ストレートと左ストレートの『ワンツーパンチ』だっただけの話だ。しっかり重心移動と腰の回転を使って、殆ど同じタイミングで打ち抜いたって事だ。理論上、決して出来ない訳じゃない。


 ――あんなスピードじゃ無ければ、だが。


「……流石、オークの族長ってか?」

 あれ程のスピードでストレートが飛んでくるんだ。しかも、一つを躱しても、もう一本のストレートが躱した方向に正確無比に、だ。

「誰でも鍛えればコレぐらいは出来る様になる」

「人間には無理だ」

「では、それが『種族の差』だろうな」

 そう言って、エドアルドがもう一度右ストレートを放つ。トンデモナイスピードで迫るソレを今度は慎重に、余裕を持って躱し、次の左ストレートに備える。案の定、躱した先に待ち構えていたソレを丁寧に逆方向に躱して――


「……言っただろう。鍛えれば出来る、と」


 躱した方向に、今度は三つ目のストレートが待ち構えていた。避けきれないと悟った俺は反射的にもう一度バックステップで逃げようとして。

「――っく! ちっ!」

 左足に鈍痛が走る。先程の無理が祟ったか、思う様に動かない左足に舌打ちをしてノーガードだった顔面を庇う様に俺は両腕で顔面をカバーして。


 ――ゾクリ、と背中に悪寒が走る。


「……捕まえたぞ、マリア・オオモト」

「――っーーー!」

 ガチン、という音と共に、ガードの上から襲ってくる猛烈な痛み。それも、一度ではない。二度、三度、四度と、ガードした腕に衝撃が走り続ける。

「腹が、がら空きだ」

 顔面のガードに必死だった俺をあざ笑うかの様に、エドアルドの右のアッパーが深々と俺のレバーに刺さる。胃の中の内容物が逆流しそうなそんな感覚に、思わずガードを下げかけるも休む事の無いエドアルドの拳の結界に、逃げる事も叶わぬまま俺はなす術もなく殴られ続ける。

「一度捕まえてしまえばこちらのモノだ。マリア、さっさと降参しろ」

 仰る通り。

 これ程のスピードと手数の多さでは、逃げる事も、反撃する事も叶わない。手を出そうにも出すほどの隙はなく、ただ殴られ続けるしか……じっと、この『暴風』が吹き抜けるのを待つしか方法は無い。ジリジリと、拳の圧力に負けて俺の意思とは裏腹に後退し始める足。なんとか、エドアルドの体力が尽きるまでこのまま耐えようと、そう思って足を下げて――そして、バランスを崩す。

「――っ! しま――!」

 先程蹴り上げた地面、そのくぼみに右足の踵が引っ掛かった。不意の衝撃に、思わず下がるガードの隙間を縫う様なエドアルドのパンチに、思わず俺は顔面を庇う様に慌てて腕を顔面まで上げて。

「ぐ――がぁーーーーーーーーーーーーーー!」

 辛うじて顔面を庇う事に成功はしたが、無理な体勢から無理やり上げた左手、その手首に重たいエドアルドのストレートが突き刺さる。ポキっと、乾いた、聞きようによっては綺麗な音が脳内に響く。

「……終わりだな、マリア」

 堪らず左手首を抑え蹲る俺の頭上から、エドアルドの声が聞こえてくる。見上げた視線の先には両手の指を組んでダブル・スレッジ・ハンマーを作っているエドアルドの姿が映った。

「――ふんっ!」

 テクニックも、クソもない。

 ただ、単純に『叩き潰す』という行為の為に振り下ろされたハンマーが、無慈悲の鉄槌として俺の頭上に降って来る。防ごうにも両手はいう事を聞かず、左右に転がろうにも足は既にガクガクでいう事を聞かない。運命を受け入れるしかないか、と俺がそう思い、目を瞑りかけて。



 ――ガン、と、鈍い音が響く。



「……なんの真似だ?」

「……なんの真似だと思いますか?」


 ――父上、と。


 慌てて開いた視線の先に、ラインハルトの背中が映った。


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