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第十二話 来た、見た、勝った

そして、ストックが尽きる……


 明けて、翌日。


 日が昇り切った頃に起き出した俺は、ルームサービス宜しく運ばれて来た朝食に舌鼓を打ち、そのまま頭に猫耳が乗っかったメイドさん(美人さん)に連れられるまま城内を歩いていた。時間にしてほんの十分ばかし歩いた所で、俺の目の前を歩いていたメイドさんがその足を止めた。

「え……っと?」

「こちらで魔王様、ヒメ様、ラインハルト様が御待ちです、マリア・オオモト様。さあ、どうぞ」

 そう言って一礼、メイドさんが俺の身長よりも遥かに高い鉄製のドアを片手で押し開く。ギギギと重たそうに音を立てながら開くドアの向こう側には、まるで古代ローマの闘技場の様な造りをした空間があった。

「あ! 来た来た~。待ってたよ、マリアくーん」

 闘技場の中央、左からラインハルト、魔王様、ヒメの順番で並んでいた三人。真ん中の魔王様が俺の姿を見つけてぴょんぴょんと跳ねる姿が目に入った。

「……お待たせしました」

 分かっていたけど子供みたいな人だな、と胸中で苦笑を零しながら、俺は一歩、また一歩と踏みしめる様に闘技場の中央に歩みを進める。そんな俺を心配そうな目で見つめるヒメに片手をヒラヒラと振って見せ、ラインハルトの前で足を止めた。

「よう? 待たせたか?」

「……構わん。それよりも……良く、逃げずに来たな?」

「逃げたら死んだ方がマシぐらいな酷い目に合わされそうだからな?」

 そう言って、チラリと視線を魔王様に――魔王様? サムズアップはマジで勘弁なんですけど? 貴方がそれをしていると全然冗談に見えないんですけど?

「お? マリア君? 『誓約の印』があるね?」

 そんな俺の右手の痣を目敏く見つめた魔王様がそう言ってニヤニヤした笑いを浮かべて見せた。えっと……なんですか?

「という事は……きゃー! ついにヒメちゃんと契っちゃった!? ヒメちゃん、だいたーん!」

「……そんなんじゃないです」

 ……何言ってるんだ、この人。つうか、自分の娘を前にして、『契る』とか言うなよな!

「……は? 契る? えっと、ママ? 何を言って――……? ……!? っ!! ま、ママ! 何バカな事言ってるのよ!」

 ヒメの顔が瞬間湯沸かし器の様に真っ赤に染まる。その姿に、『きゃー! こわーい』なんて言いながら魔王様が逃げ出した。

「ま、待ちなさい! ママ!」

「まったないもーん~」

 広い闘技場を使った鬼ごっこ、スタート。これから『勝負』するってのにまあ、呑気なモンだな、おい。

「……契ったのか?」

「……お前まで何言ってんの?」

「いや……『最後の別れ』に相応しいな、と思ってな?」

 そう言って余裕綽々な態度でこちらを見下ろすラインハルトに、俺は肩を竦めて見せる。

「殺し合いは無し、って魔王様言ってなかったっけ?」

「試合中の不慮の事故は仕方無いとも言っていたはずだが?」

「……試合にかこつけて、俺を殺すってか?」

 舐めた事抜かすなよ? 簡単にヤラれるタマじゃねーんだぞ、俺は? そう思い睨み付ける俺に、ラインハルトは首を振って見せた。

「……そうではない」

 横に。

「……は? そうじゃない?」

「ああ。そうじゃないんだ」

 向けた視線の先に、ラインハルトの真剣な目があった。

「その……マリア。頼みがある」

 そう言って、ラインハルトは俺に向かって頭を下げる。


「……試合が始まったら、直ぐに『降参』してくれ」


 ………………は?

「……何言ってんの、お前?」

「我らオーク族は武門の一族だ。常に生きるか死ぬか、その中で戦う……そんな一族だ。お前ら人間とは、根本的に体の作りが違うんだ。そして……私はこと戦闘となると、手加減出来そうにもない。また、するつもりもない」

「……」

「……私は殺したくないのだ、お前を」

「……随分な言い草じゃねえか。そんなに俺じゃ相手にならねーってか?」

 俺の言葉に、もう一度ラインハルトは首を左右に振る。

「お前はきっと、強い。眼を、体を、そして……『心』を見れば分かる。だが……それでも、種族の差は『絶対』だ。強いお前を前にして、このオークの血が騒がない筈がない。きっと……『俺』は、お前を殺す。これは言ってみれば唯の『ゲーム』だ。ゲームに命を賭す事も無い。お前は『魔王』を降りろ。そして――」

 一息。



「――ヒメ様を連れ、人間界に行け」



「……」

「魔王様は、『ヒメ様が魔王として認められないのは仕方がない』と仰った。私は今、此処でお前に勝ち、魔王を継ぐ。だから……お前は人間界で、ヒメ様を娶り幸せに暮らせ」

「……なに? ヒメは譲るから魔王を寄越せってか? なんだよ? もしかしてヒメは好みじゃねーのか?」

「まさか」

 俺の言葉にラインハルトは苦笑を浮かべて見せる。

「……ヒメ様は可憐で、お優しい方だ。私とて、ヒメ様を娶れればこれ程幸せな事は無いと思う。思うが……」

 そう言って、溜息一つ。

「……私は醜きオークだ。ヒメ様の隣で並び立つ器量では無い。ヒメ様には、お前の様な人間が相応しかろう」

「……」

「どうした?」

「いや~……オークの美醜の基準って、ホントに人間とズレてんだなって思ってな?」

 何言ってんの、ラインハルト? 明らかに俺よりお前の方がヒメの隣は似合ってると思うぞ? そう思い……そして、俺は頬を掻きながら肩を竦めて見せる。

「……分かんねえんだけどよ?」

「……何がだ?」

「あんま良い言い方じゃねーけど……ヒメみたいな美少女が『景品』だぜ? 普通、もうちょっと欲出すモンだろ?」

「……欲だと?」

「別にいいじゃねえか、並び立つ器量じゃなくても。だって『魔王』様なんだぜ? 好き放題、酒池肉林すりゃいいじゃねえか。嫌いじゃねーんだったら、別にヒメを俺に譲る必要なんてなくねーか?」

 見て見ろよ、当代の魔王様。あんだけ自由人じゃねえか。ホレ、今だって――

「……何してるんですか、魔王様?」

「ん~? ヒメちゃんの分際でママに逆らおうなんて比喩じゃ無くて百年早いって思って! 逆襲してみた!」

「ちょ、ママ! ほどいて! ほどいてよ!」

 視線の先で、縄でミノムシみたいにグルグル巻きにされて地面に転がされているヒメと、腕を組んで踏ん反り返ってる魔王様の姿が見えた。マジで何してるんですか、貴方? そんな姿に半ば呆れた表情を見せる俺とは対照的、ラインハルトが小さく笑んで見せて。


「昨日、魔王様も仰った通り……オーク族は醜く……そして、弱い」


 ポツリ、と。

「……『武門の一族』などと胸を張った所で、それはあくまで我々が言っているだけだ。竜族の様な圧倒的な力も、ヴァンパイア族の様な魔力も、サキュバス族の様な魅力ですら、持ち合わせていない。魔界では、虐げられるモノだ。マリア、お前に言った通り、種族の差は越えられぬのだ」

「……七大魔族なんだろう、オーク族は?」

「一族全体での力で見れば、の話だ。繁殖力は旺盛だからな、我がオーク族は」

 そう言って自嘲気味に笑う。

「……オークの戦闘は、衆の力を頼った総力戦だ。ヴァンパイア一体ならば十のオークで、ドラゴン一体なら百のオークで当たる。戦略など何もない、味方が腕をもがれようが、足を焼かれようが、首を跳ねられようが、それでもオークは一丸となって『敵』と当たる。敵の喉笛に噛みつき、例え自身が殺されようとも、次のオークがその首を跳ねる。それが、オークの戦い方だ。それしか能が無いからな、オークには」

「……蜂球みてぇな話だな、それ」

「……そうだな。当たらずとも遠からずだ。スズメバチの襲来に耐えるミツバチの様なモノだ、我々は。そして……ミツバチは、一匹ならば確実にスズメバチに殺される。それ程に……我らは、弱いのだ」

 少しだけ悲しそうに、視線を逸らし。

「……そんな我々にも、ヒメ様は優しく接して下さった。いや、ヒメ様だけではない。アイラ魔王様も、コースケ魔王様も……エルリアン家の方々は、オークを差別為されなかった。我らを、決して粗略に扱われなかった。感謝しても、感謝しきれない」

「……」

「……ヒメ様の希望を知っているか?」

「……『平和な魔界を』、だろう?」

「そうだ。ヒメ様の願いは、平和な魔界にある。争いのない、平和で、皆が手を取り合う、そんな魔界だ」

「……イイ事じゃねえか」

「お前らの価値観で言えば、そうだろうな。だが……そんな世界では、我々オークは生きて行けないのだ」

「戦いたいってか? どんだけ戦闘狂だ、このバトルジャンキーども」

「そうではない」

 迷いは、一瞬。


「そうせねば……戦いが無ければ、オークの民は飢えるのだ」


「……飢える?」

「……オークは多産で、長寿だ。平和な魔界では、オークの民の数は爆発的に増える」

「……どういう意味だよ? 多産で長寿って……イイ事じゃねえのか?」

「……」

「……おい」

「……オークは『戦い』によって、その数を調整する」

 ……は?

「……えっと……ちょっと言ってる意味が分かんない? え?」

「弱きオークは敵と戦い、そして散る。それこそが、一番の『数の抑制』になるのだ」

 数の抑制になるって……え? それって……?

「……それじゃ、なにか? 戦争が無ければ、オークが増えすぎて困るってか? 『口減らし』の為に、戦争しなけりゃならないってか?」

「……そうだ」


 ……意味が分からない。


「親を、兄弟を、恋人を、嫁さんを、旦那さんを、子供を、親友を、幼馴染を……『殺す』為に、戦争を起こすってか?」

「…………そうだ」


 ……意味が分からない。


「その為には、『平和な魔界』じゃ都合が悪いってか? 争わなくても済むのに、無理に争いたいってか?」

「……そうだ」

 最初は小さく。

「……そうだ、そうだ」

 徐々に大きく。


「……そうだ、そうだ、そうだ、そうだっ!!」


 ラインハルトの絶叫が、闘技場に響く。

「戦争が無ければならないのだ! 戦争が! 戦うための、戦争が! 相手を殺し……そして、『オーク』を殺すための、戦争がっ!」


 意味が……意味が、分かんねえよっ!


「――ふっざけんなっ!」

 なにかが、頭の中で弾け、衝動的に叫んでいた。

「ふざけてなどいない!」

 そんな俺に合わせるかの様に、ラインハルトも叫ぶ。

「貴様に……貴様に、分かるのかっ!」

 絶叫が、続く。

「貴様に分かるのか、マリア・オオモト! 老いた親を、自らの手で殺す子供の気持ちが! 生まれて来た子供を、祝福してやれない親の気持ちが! 愛した人を、頼りにしていた人を、肩を組んだ仲間を、自らが生き残る為に殺す我らの気持ちが、お前に分かるか! オークとして生まれ、オークとして生きた者が、戦場でもなんでもない、唯の『口減らし』の為に殺される――殺さなければならない我らの気持ちが、貴様に分かるか! せめて……せめて、華々しく散らせてやりたいと、そう思う気持ちが、お前に分かるか! それが、武門であるオーク一族の誇りだ! 戦闘に生き、戦闘に死ぬがオークの誇りなんだ! 貴様に……人間の貴様に、何が分かる!」

 肩で息をするよう、そう言い切るラインハルト。

「……オークの力など、微々たるモノだ。我らも全滅をしたい訳ではない。だが……『魔王』であれば? 最大にして最強、そして最凶のアイラ・マ・オー・エルリアンが後ろに付いていれば?」

「……」

「……私は『魔王』になる。『魔王』に成らなければいけないんだ。こんな……こんな、平和な魔界ではなく――」


 ――『戦争』を、望むから、と。


「……意味、分かんねえよ」

「……だろうな」

「全く持って分かんねぇよ。これっぽちも意味が分かんねえよ」

「……貴様には分からんさ。そして……きっと、ヒメ様にもな。だから、私はヒメ様の隣に並び立つ事は出来ん。ヒメ様が、悲しむ姿は見たくない」

 ……ああ、そうかい? 

「……一個だけ分かった事がある」

「……なんだ?」

「お前には、ぜってーに負けねー。そんな『魔界』は……俺が、絶対に認めねえ」

 睨み付ける俺に、ふんっとラインハルトが鼻を鳴らした。

「……出来るモノならやってみろ」

「話は終わったかな?」

 闘技場の中央で睨み合う俺らに、軽やかな魔王様の声が掛かる。そんな声に、俺たち二人は視線を逸らさずに片手をあげる事で応えた。

「……んん、もう。ちょっと私の扱いが雑だな~。ま、いいや。それじゃ、ルール説明……って言う程、大したルールもないね! 殺しちゃダメ、武器使っちゃダメ、正々堂々セメントで戦う事!」

 いじょー! と元気よく声を上げ、俺たち二人に『五歩ずつ下がって~』なんて呑気に声を掛ける魔王様。その声に、俺たち二人は相手から眼を逸らさない様に五歩ずつ下がる。

「……『良い試合』、期待してるよ? そうだな……マリア君?」


 せめて、『一分』ぐらいは持たせてね? と。


「それじゃ……はじめ!」

 その声と、同時。



「「――うっらぁああああーーーーー!!」」



 考える事は同じ、俺たち二人が同時に相手に向かって駆ける。たった五歩の距離だ。時間にして一秒にも満たないそんな時間で、俺とラインハルトは同時に右の拳を突き出す。


「――っ!」


 スピードは同時。ラインハルトの右の拳が俺の左の頬に突き刺さり、俺の右の拳がラインハルトの左の頬に突き刺さる。鉄を噛んだ様な味に、思わず顔を顰め――





「――ぐ……ぐっはぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」





 ――ない。


「……あれ?」


 ……え? あ、あれ? 全然、痛くないんだけど?


「…………………え?」


 ヒメの間の抜けた声が闘技場に響く。その声に、呆けていた自分を取り戻した俺は現状を確認。目の前から絶叫を残してラインハルトが消えた事に、俺は慌てて左右を見回して。



「……は?」



 左の壁に、大きな人型の『穴』が空いていた。さっきまで無かった筈のその穴、良く眼を凝らして見ると、なにか大きめの緑色の物体が目に入る。

「「…………」」

 え……っと……え? あ、アレ? あれあれ? え? あ、あそこに見える緑色の物体って……もしかして、ラインハルト?

「……もう、マリア君。言ったでしょ? 『せめて一分ぐらいは持たせてね?』って」

 呆然としながらラインハルトを見やる俺の肩に、魔王様の手がポンと乗る。いや……ちょ……は? っていうか、え?

「……まあ、予想通りっちゃ予想通りだけどね。それじゃ――」


 そう言って、俺の右手を高々と持ち上げる。



「――勝者! マリア・オオーモートー!」



 そんな、魔王様の勝ち名乗りを受けて。


「………………マジ?」


 なんとも情けない声が、口から漏れた。

シリアス? なにそれ、美味いの?


マリア君チート過ぎって思った皆さま:次回へ

え? オーク何言ってるかちょっと分かんないって思った皆さま:次回へ


次回も宜しくお願いします。

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