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第九話 あれ? 段々話が違って来てません?


 オーク自身にオークと間違われる、なんて稀有な体験をした俺の目の前で俺を指差したまま怒鳴り続けるオークのラインハルト君。どうやら怒りが収まらない様子で、尚も口の端から唾を飛ばし続けていた。

「そもそも! この人間からはコースケ魔王様の様な『覇気』を感じません! この様な男が、ヒメ様に相応しいとは到底思えません!」

 そう言って鼻を鳴らすラインハルト君の気持ちは痛いほど分かる。あーうん。そら、そうだよな? いきなり『魔王候補です!』って連れて来られたのが俺みたいな人間なら、その気持ちはまあ分からんでも無い。良くは知らんが、ラインハルト君はそこそこ優秀なオークなんだろうし……

「え~。ウチの旦那だって、別に覇気がある感じではないよ? それにホラ! ウチの旦那よりはマリア君の方が強そうだと思わない?」

「そういう問題では御座いません、アイラ魔王様! 先程も申した通り、そもそも純粋な腕力では、我らオーク族と人間では天と地ほどの差があります! ですので、我らオーク族、元よりコースケ魔王様にはその様な荒事を望んでなどおりません! 我らが魔王に望むのは、偏にその『徳』です! しかるにこの『人間』には――」

 そこまで喋り、ラインハルト君が俺をチラリと見やる。

「……貴様」

「……なんですかねぇ?」



「……ホントに人間か?」



「人間だよ! 悪かったな、オークみてーな体型しててよ!」

 なんか文句あんのかよ、オラ! どんだけ失礼な奴だ、お前は! もういい! さっきまで『君』付けで呼んでいたが、お前なんか呼び捨てだ!

「い、いや、待て! 済まない。種族を間違える等、失礼な事をした。そ、そうだな。人間だな、お前は」

 俺の剣幕に少しだけ驚いた様にラインハルトは頭を下げた。なんだか拍子抜けすら覚えるその姿に、思わず怒鳴った俺ですらきょとんとしてしまう。

「あ……いや……そんなに畏まって謝られると……えっと……」

「……済まない、侘びよう。その……君は……」

「……ああ、名前? 俺の名前は大本麻里亜だ」

「……」

「……んだよ?」

「……いや……名前まで『あの女』と一緒か、と。最悪では無いか」

「……悪かったな、最悪で」

 放っておけ。別に俺のせいじゃねーだろうが。俺の母さんが付けてくれた名前なんだよ? なんか文句あるのか?

「いや……まあ、そうだな。それも重ねて侘びよう。済まなかった。心より謝罪する。許して欲しい」

「あ、だから……そんなに素直に謝られると……その……いいから! 取り敢えず、頭を上げろよ? な?」

 非情に調子が狂う。綺麗な所作で頭を垂れるラインハルトに頭を上げてくれと懇願すると、もう一度『済まない』と謝ってラインハルトがようやく頭を上げてくれた。あ、あるぇ~? なんだろう。こう、コレって、明らかに俺の方が――


「……なんだろう? 容姿も相俟って、マリアの方がイジメてるようにしか見えない」


「うるせーよ、ヒメ! 俺だって今、そう思ってたよ!」

 すっげー悪役っぽい、俺。いや、魔王だから悪役でイイんだろうけども!

「……その、ラインハルト? 貴方が納得いかない気持ちも分かるんだけど……ま、マリアは私が認めた人だから。その……貴方にも、認めて貰えたら嬉しいかなって……」

 俺とラインハルトの間に入るよう、ヒメがその身を滑り込ませる。オークと世紀末覇者の間に割って入る美少女、なんて絵面的にトンデモナイ物が完成しているが、それを気にした風もなくヒメが頭を下げる。その姿に、思わずラインハルトが息を呑んだ。

「ひ、ヒメ様! 貴方様が私の様なモノに頭を下げるなど! ど、どうかヒメ様、頭をお上げ下さいませ! ヒメさ――」

「その……だ、だから……う、巧くは言えないんだけど……ラインハルトにも、認めて欲しいの!」

 ラインハルトの言葉を意に返さず、頭を下げ続けるヒメ。その姿に面食らっていたラインハルトだが、やがて諦めた様に溜息を吐いた。

「……頭を上げてくださいませ、ヒメ様」

 頭を下げているヒメの肩を、まるで壊れ物でも扱うように優しく叩くラインハルト。あれ? なんかスゲーいい雰囲気じゃね? 明らかにこれ、俺が邪魔者の流れじゃね?


「……そう、ですね。そうでしたね。貴方様は何時だってそうでしたね」


「……ラインハルト?」

「なんでもありません」

 ラインハルトは苦笑をして見せて。

「……ヒメ様が選ばれたお方に、大変失礼な事を申してしまいました。そうですね。ヒメ様は魔王である、アイラ様のご息女様です。きっと、私などの考えの及ばない、深い考えがお有りなのでしょう」

 そう言葉を続けて、まるで何かに納得した様に天井を見つめる。自身の中で折り合いを付けているのであろう、そんなラインハルトの姿に、ヒメの頬にタラりと冷汗が流れた。おい、ヒメ。ラインハルトには見えなかっただろうが、俺はしっかり見えてるからな? 

「え、えっと……そうね! そうなのよ!」

 明らかに苦しそうなヒメの頷きにもラインハルトは笑顔を返し、視線をそのまま俺に向ける。

「……マリア……未だ、魔王に即位をした訳ではないのだ。今はまだ、『マリア』と呼ばせて貰うぞ?」

「あー……えっと、はい?」

「繰り言になるが、先程は失礼したな。悪気は無かったのだが……その、つい、な。お前の容姿が余りにもオークに似ているからか……『オークから選ばれるのであれば、何故私で無いのか』などとつい、卑賎な事を思ってしまった。許してくれ、とは言わん。マリアが即位した暁には、この武力を持ってお前の剣となり、盾となる事で謝罪の代わりとさせて頂きたい」

「……なに、このイケメン」

「ん?」

「なんでもない」

「……おかしな人間だな、君は。だが……ヒメ様が選んだ人間なのだ。お前にはきっと、なにか特殊なチカラがあるのであろうな」

 ごめんなさい、無いです。

「我らオークと貴様ら人間との美醜は違うし、加えて私は人間界の世情には疎い。マリアの容姿の美醜を正確に測る事は出来んが……そうだな、今の人間界ではお前の様な、オーク似の容姿が好まれるのだろう」

 ごめんなさい、きっと貴方の容姿の方が好まれます。

「……ほう! 良く見れば筋骨もしっかりしてるし、何処となく頼もしく見えるではないか。うむ。そうだな。魔王に相応しいかも知れないな!」

 ……もう勘弁して! 無理だって! ラインハルトの中で俺の株、ドンドン上がっていってるんですけど! ちょ、ヒメ――って、お前! 眼を逸らすな!

「……しかし……そうだな、マリア。お前の『チカラ』は一体なんなのだ? どの様な事をして、ヒメ様のハートをキャッチしたのだ」

「……ハートキャッチって」

「ん? 人間界では相手の心を射止める事を『キャッチ』というのではないのか?」

 言わねーよ。一体、何時の――ああ、そっか。疎いって言ってもんな、人間界に。

「いや……その、それは……」

「……ああ、済まない。確かに自身の『なりそめ』を話すのは幾ばくかの抵抗はあるのは分かる。だが、我らオーク一族、魔王に忠誠を誓う身として……マリア、お前のチカラを把握しておきたいのだ」

 ……どうしよう。すげー正論言われてる。これ、素直に言わなくちゃいけない流れか?

「あ、マリア君? 照れ臭いカンジぃ? だったら私が言おうか~?」

 ニヤニヤしながらそう言う魔王様。くそ! 面白がりやがって!

「あ! 嘘はダメだよ~、嘘は。嘘付いたら『ぷちっ』だからね~」

 ああ、もう! 分かりましたよ! 言えばいいんだろう、言えば。


「えっと……ヒメに三回優しくしたから、魔王に選ばれた」


「ははは! 成程、成程。ヒメ様に三回優しくしたのか。それでお前は魔王に――」

 

一秒。


 ……二秒。


 …………三秒。


「………………待て」

「……えっと……はい?」

「わ、私の耳が悪くなったのか? 今、聞こえ辛い言葉が耳に入って来たんだが……なに? や、優しく? 優しくした? ヒメ様に、か?」

「……そうだけど?」

「それは……なにか? こう、なにか特別な『優しさ』でも見せたとか……そ、そういう事か? た、例えば、人間界で何者かに襲われたヒメ様をお助けしたなどの、その様な武勇伝があっての話か?」

「……まあ、ナンパからは助けた。後は、コーヒー奢って、ネックレスをプレゼントしただけの話だけど」

 ……うん。なんだかラインハルトがプルプルしてるな。うん、うん、うん! こうなると思った。こうなると思ったんだよ!


「あ……あり得ぬ! 何故! 何故その様な事が優しさになるのだ! たった……たったそれだけの事でヒメ様が貴様を生涯の伴侶に選んだというのか! そんなモノ、認める訳にはいかん!」


 ラインハルト火山、噴火。まあ、気持ちは分かる。これから自分たちの王になるかも知れない人間が、『ナンパから助けてコーヒー奢ってプレゼントあげたから魔王です』だったら、暴動が起きてもおかしくはない。だから気持ちは分かるんだ。分かるんだけど、ちょっと落ち着け! 顔、めっちゃ怖い感じになってるから!

「し、知らん! 別に俺が決めた訳じゃねーんだよ!」

「く、くぅー! 余裕ぶった態度を取りおって! 貴様、『勝手にヒメ様が俺に惚れただけだ』とでも言うつもりか!」

「そんなつもりはねーよ!」

 いや、マジで。きっぱり『ねーよ』って言われてんだからな、こっちは! これで勘違い出来たら俺の頭の中はお花畑だろうが! なにそれ、絵面が超怖い!

「く……認めん! 認めんぞ! 私は絶対に認めん! 貴様の様な人間風情が、一体どうやってヒメ様を守り抜くというのだ!」

「どうやってと言われても……」

 そもそも、守り抜くってなんだよ? 誰かに狙われてるのか、ヒメ?

「そ、そんな事も知らないでヒメ様の伴侶となっただと! いいか! これからヒメ様は、魔王に成られんとされるお方だ! 無論、魔王へ至る道は簡単ではない! 魔界はチカラこそがモノを言う世界だ! 今後、ヒメ様が魔王へ即位される段階でヒメ様を害し、我こそが次の魔王にならんとするモノだっているかも知れんだろうが! それを――」

「ああ、それはないない」

「――お前は分かって――って、魔王様!?」

 ラインハルトの言葉を遮る様、右手をヒラヒラと振って見せる魔王様。途中で話を遮られ不満そうにするラインハルトに、苦笑を浮かべて。

「……ヒメちゃんを害すって……殺すって事でしょ? 私の可愛いヒメちゃんを。無理だって、そんなの」

「お、お言葉ですが魔王様! 確かにこの城の警備は完璧ではあります。ですが、万が一という事も――」

「警備?」

 ラインハルトの言葉に、きょとんとした表情を見せ。

「警備なんて関係ないよ? だって、私の可愛いヒメちゃんだよ? そんなヒメちゃんを殺すなんて言う輩は――」


 瞬間。




「――ぷちっ! だね?」




 比喩では無く、文字通り、空気が凍る。


「――っ!」

 城に飾られた装飾品に瞬く間に氷柱が出来る程の、肺まで凍りそうな冷たい空気が室内に充満する。

「ま、魔王様!」

「ま、ママ! お願い、止めて!」

 ラインハルトとヒメの声、その二つにもう一度苦笑を浮かべ、魔王様がパチンと指を鳴らす。と、同時、先程までの空気が嘘のように温かさを取り戻す。

「……と、まあ、こんな感じ。どう、ラインハルト? 私と勝負してみる?」

「め、滅相もありません!」

 ん? と首を傾げる魔王様に、顔を真っ青に――寒さではなく、恐怖で――染めるラインハルト。まあ、確かにアレを見たらこえーよな、うん。俺? 動けやしねーよ。

「ヒメちゃんが、魔族から魔王として認められないのは仕方ない。ラインハルトの言う通り、魔界は『チカラ』が重要だからね?」

 でも、と。


「――それとヒメちゃんを害すのはまた別の話だよ? 魔王じゃなくても、魔王に成れなかったとしても、ヒメちゃんが私の可愛い娘な事には変わりは無い訳だしね? だから、私が居る間はヒメちゃんに指一本触れさせるつもりは無いわよ~? もし、ヒメちゃんを倒して我こそが! って魔族が居るんだったらラインハルト、連れて来てくれない? 私が直々に潰して上げるから」


「……は、はい」

 完全に怯え切ったラインハルト――と、俺。今分かった。魔王、マジ怖え。

「そんなに怯えられたら、私傷付いちゃうな~。乙女心は傷つきやすいんだぞ!」

 未だに微動だに出来ない俺ら二人を見やって苦笑を浮かべる魔王様。いや……マジで怖かったんですって。

「……もう、二人とも情けないな~。まあ……でも、そうね? そうは言っても私だって何時までも生きてる訳じゃないし? それに……多分、マリア君がヒメのダーリンです、しかも決めては『優しさ』です! なんて頭痛薬みたいな理由じゃラインハルトも、他の魔族もきっと、納得しないわよね?」

 そう言って魔王様は人差し指を自身の顎に当てて『うーん』と考え込む。ヒメの母親、という事はソコソコ年喰ってる割に、可愛らしいその姿と、先程のギャップに背筋が震える。

「……マリア君、なんか失礼な事考えて無い?」

「か、考えてません!」

 エスパーかよ!

「んー……よし、決めた! ラインハルトの言ってる意味もまあ分からない訳じゃないしね! 別にチカラだけが重要だと私は思ってないけど……まあ、魔王に必要ではあるかも知れないしね、『チカラ』」

 そう言って、両手をパンと打って。



「それじゃ――ラインハルトとマリア君、一本勝負でヒメの旦那さんを決めましょう!」



 にこやかに、言い切りやがった。


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