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For Gold - 黄路の異聞録  作者: 三ツ星行雲


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2話 - 絆の国

 黄色い霧が薄れた先に、城壁がそびえていた。

「黄輪」の六脚が石畳を踏みしめると、金属の響きが街に広がる。レビオは装甲車のハッチを開け、外気を確かめた。毒は検出されない。だが、街の様子は妙だった。


 人々が二人一組で歩いている。いや、違う。手首に鎖が繋がれているのだ。

「面白い趣味の国だな」

ダレカがガスマスクを外しながら呟いた。

「鎖プレイが文化になってるとは」


プラントが荷台から降りる。

「商売にゃ関係ねぇ。さっさと取引して出るぞ」

門の前に立つ衛兵が三人を見咎めた。鎖を持たない異邦人に、露骨な侮蔑の視線を向けている。


レビオが淀みなく告げる。

「越境者です。交通網の確保と情報の交易に参りました。滞在許可を」


衛兵は鼻を鳴らした。

「鎖なしか。哀れなものだ」


「哀れ?」

レビオが思わず尋ね返す。


「絆を持たぬ者は人にあらず。この国では常識だ」


ダレカが苦笑する。

「俺たちゃ確かに孤独な稼業だが、人扱いされねぇとは思わなかったぜ」


衛兵は滞在を許可したが、条件をつけた。

「取引は絆広場でのみ許す。それ以外の場所への立ち入りは禁ずる」


―――


 絆広場は、鎖の音で満ちていた。

市場には露店が並び、人々が品物を吟味している。しかし全員が、最低でも一本の鎖を手首に繋いでいた。中には五本も六本も鎖を持つ者がいる。鎖が多い者ほど、周囲から恭しく扱われていた。


「あれが、この国の信用制度ですか」

 レビオが呟く。

ダレカが露店の主人に声をかけた。無精髭を撫でながら、飄々とした調子で尋ねる。

「面白い装飾品だな。どういう意味があるんだ?」


露店主は誇らしげに五本の鎖を掲げた。

「これは絆だ。私には五人の絆人がいる。私が困っていれば、彼らは助けてくれる。彼らが困っていたら、私が助ける。鎖が多いほど、信用される」


「なるほど、互助制度ですか」

「しかし鎖で物理的に繋がる必要性は?」

レビオは疑問を問いかける。


「口約束では信用できぬ。鎖があれば、逃げられない。頼る者も頼られる者も、責任を果たすしかない」

露店主の言葉にダレカが笑った。

「要するに、互いに足枷をつけ合ってるわけだ」


露店主の顔が強張る。

「何を言う。これは美しい相互依存だ。誰もが誰かを支え、支えられる。孤独な者など存在しない」


「孤独がねぇってことは自由もねぇってことだろうが」

プラントが腕を組んだ。


「自由など、孤独の言い訳に過ぎん。貴様らのような鎖なしは、誰にも頼られず、誰も頼れぬ哀れな存在だ」

露店主は吐き捨てるように言った。


レビオは冷静に話題を変えた。

「では、取引の話を。我々は各国の情報を持っています。この国に有益なものも多いですよ」


露店主は首を横に振った。

「情報など不要だ。我々には絆人がいる。困ったことがあれば、絆人に頼れば良い」


―――


 その日、交易の経路を確保したものの、取引はほとんど成立しなかった。

黄輪に戻った三人は、わずかな食料と引き換えに情報を売っただけだった。


「あの国の連中、外の情報に興味がねぇ。これじゃあ商売にならねぇ」

プラントが舌打ちする。


「絆があれば何でも解決できると信じているからですね」

レビオが頭の中の報告書を纏めながら言う。

「閉じた相互依存の中で、自己完結している」


ダレカがコーヒーを啜った。

「閉じてるってより、ありゃ流れの無ぇ淀んだドブ池のような思考回路だぜ」


―――


 翌日、三人は街の様子を観察した。


鎖は、決して外されない。食事をするときも、眠るときも、繋がれたままだ。絆人が遠くにいるときは、鎖が長く伸びる。近くにいるときは、短く縮む。常に、互いの距離を意識しながら生きている。


ダレカが酒場で噂を集めた。

「この国じゃ、鎖を切る者は裏切り者として処刑されるらしい」

「逃げることは許されねぇのか」

プラントが眉をひそめる。

「逃げる必要がないってのが公式見解だ。絆があれば幸せだから、とな」

ダレカは肩をすくめた。


「鎖を持たない者は、どうなるのですか?」

 レビオが店主に尋ねた。

店主は哀れむような目で答えた。

「孤児や病人だ。誰も絆を結びたがらない、価値のない者たちだ。彼らは街の隅で細々と暮らしている」


「価値がない、ですか」

「この国では、依存し合えない者は存在価値がないと?」

レビオは表情を変えなかった。


「当然だろう。絆なき者は、共同体に必要ない社会の荷物さ」


―――


 翌日の朝、空気を切り裂くような叫び声が響いた。


絆広場で、一人の若い女が鎖を引きちぎろうとしていた。

「離してください! もう嫌なんです!」

女の絆人である老婆が、必死に鎖を握りしめている。


「お前は私の絆人だ。私を見捨てるのかい!」

「あなたは何もしてくれない! 私ばかりが働いて、あなたは寝てばかりで!」

「それは仕方がない。私は老いた。お前が支えるのは当然だろう」


女は泣きながら叫んだ。

「私にも人生があります! この鎖を外して、自由に生きたい!」


群衆が集まってきた。しかし、誰も女に味方しない。


「絆を捨てるなど、なんとおぞましい」

「人が支え合って生きるのを否定するとは許せん」

「困った隣人を助けるのが人として正しいのがわからんのか」


衛兵が駆けつけ、女を取り押さえた。老婆が憤然として言う。

「この娘は絆を破ろうとした。法に従い、言う事を聞くよう処罰しなさい!」

女は地面に座り込み、泣き崩れた。


ダレカが一歩踏み出した。

「ちょっと待て」

衛兵が振り返る。

「鎖なしが口を出すな」


「いやいや、外野からの素朴な疑問なのだが」

ダレカは両手を挙げて見せた。

「その婆さん、絆ってのは互いに助け合うもんだろ? だったら、この娘を助けてやるのが筋じゃねぇのか?」


老婆が睨みつける。

「私は老いている。助けることができないのは当然だよ」


「じゃあ、一方的に助けられてるだけじゃねぇか」

「それがどうした。若くて元気な絆人を使う。それが私の当然の権利だよ」


ダレカは肩をすくめた。

「知ってるか?『絆』って言葉は元々、犬や馬みたいな家畜を逃げないように繋いでおく綱って意味なんだとさ」

「つまり、絆ってのは他人を縛るための道具ってわけだ。美しい相互依存じゃなく、都合のいい奴隷という意味なわけなのだが」


群衆がざわめいた。

「黙れ、異邦人!」

「我々の絆を侮辱するな!」


プラントが静かに立ち上がった。潰れた耳と額の傷が、群衆を威圧する。

「おい、衛兵。その娘を処罰する法律ってのは、誰が決めたんだ?」

「国の法だ」

「誰が作った?維持できねぇ絆なんざ無いも同じだろうがよ」


衛兵は言葉に詰まった。群衆も沈黙する。


レビオが冷静に割って入った。

「提案があります。我々が、この娘を引き取りましょう」


「何?」


「彼女に価値がないなら、処罰して更生するより有効活用すべきでは?我々は労働力が必要です。彼女を越境者として雇いたい」

レビオの細い目が老婆を見据える。

「一方的に依存しているだけだ。それは絆ではなく、寄生です」


 衛兵が困惑した様子で上官を呼びに走った。しばらくして、鎖を十本以上持つ高官が現れた。

「越境者が、絆なき者を引き取りたいと?」


「そうです。彼女は、ここで生きるより、外の世界で生きる価値がある」


 高官は考え込んだ。そして、意外な答えを返した。

「よかろう。どのみち、絆を破ろうとした者は我々にとって不要だ。好きにするがいい」

老婆は抗議しようとしたが、高官に制止された。

「貴様は十分に彼女を利用した。これ以上、我々の絆の名を汚すな」


―――


 女は、「黄輪」の後部座席で縮みこむように座っていた。

手首の鎖は切られ、その跡には赤い痣が残っている。彼女は呆然としていた。


「どうして、助けてくれたんですか?」


レビオが振り返る。

「助けたわけではありません。あなたを雇った……ただそれだけです」


 その言葉に、ダレカが横からニヤリと笑った。

「おいおい、素直じゃねぇな。首長のラヴィアにはどう報告するんだ?」

「『何もかも失って絶望してたどっかの誰かさんみたいで、つい同情しちまいました』とでも言うか?」

レビオは細い目を少しだけ険しくした。

「……くだらない憶測ですね。彼女のように一切のしがらみを絶たれた孤独な人間こそが、『黄信』を学ぶ器として最も効率が良い。極めて合理的な判断です」

「はいはい、そういうことにしておいてやるよ」

ダレカは肩をすくめ、向き直りコーヒーカップを女に差し出した。

「今までは、相手が決めてったんだろ?これからは自分で決められるんだ。まぁ、失敗しても誰のせいにもできねぇという意味なのだが」


女は震える手でカップを受け取った。


プラントが黄輪のエンジンをかける。六脚がゆっくりと動き出した。

城壁の向こうの黄色い霧に向け再び走り出した。


―――


レビオは脳内の報告書に記す。

『絆の国。鎖による相互依存を美徳とする社会。しかし、その実態は互いを縛り合う奴隷制である。鎖の数が多いほど信用されるが、それは他者を従属させた証でもある。自由を求める者は裏切り者として更生される。


取引成果:極めて低調。情報への需要なし。

特記事項:絆なき者一名を保護。その後、越境者候補として最寄りの露営地に引き渡し済』


―――


越境者の露営地にて越境者候補として引き渡され、

女は初めて一人で食事をした。

鎖がない。誰も傍にいない。

孤独だった。そして、恐ろしいほど静寂だった。

彼女は手首の痣を撫でながら、小さく呟いた。


「これから、どうすればいいんだろう」

言葉は空虚に響き、誰も答えてくれず、自身の耳が捉える。


それが、自由の始まりだった。



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