1話 - 黄金の轍
境界――そこは、人類がかつて弄んだ数々の兵器が遺した、黄色い死の領域。
依存性の毒ガスが淀み、磁界の狂った乱気流が空を閉ざし、放射能が地を這う。その「世界の隙間」を往来し、分断された国家を繋ぐ者たち「越境者」がいた。
境界の安全地帯「黄路」の交通網の中央位置に越境者の移動式テントの集落がある。
その中央に「越境者」の首長の大きなテントに三人の男と、一人の美少女がいた。
「よいか。今回の旅の目的は、大国を攻略するための足がかりじゃ。境界の霧が次第に薄くなってきた今、まずは周辺の都市国家への経路を確保し、交易のパイプを繋ぎ、我らが通貨『G』をゆくゆくは浸透させる。それが悲願の越境者の国の建国の礎となる。極めて重要な初手となるのぉ」
低い、老成した声が響く。声の主は、黄色いツインテールに不釣り合いなほど丈の長い黄色いトレンチコートを纏った美少女――越境者の首長、ラヴィアだ。その瞳は、深紅の光を放っている。
「承知しています。現地の通貨は物々交換の如く無価値ですが、各国に『値付け』を行い『G』を流通させ混沌と化したこの世界に『金による秩序』を実現させますよ」
返事をしたのは、白髪の細目をした男、レビオ。彼は眼の前の膨大な地図と諸外国の情報を短い単語に変換する越境者の記憶術『黄縮』の技法で頭の中に圧縮し、いつでも『黄解』で引き出せるよう整理していく。
「値付けねぇ。レビオのそれは、いつも夢がなくていけねぇな」
傍らで、無精髭の男がニヒルに笑う男、ダレカ。彼はフェドーラハットを指で回しながら、皮肉げな口調で続ける。
「値段なんて口先三寸の嘘でたちまち変わっちまうんだ。俺の嘘でインフレが起こりゃあ紙くずにだって出来るぜ。理論上はな」
「ダレカ、お前の法螺話で商談が壊れたら、俺がその口を文字通り塞いでやるからな」
ドスの効いた声で遮ったのは、耳が潰れ、顔に深い古傷のある大男、プラントだ。彼は静かに拳を鳴らし圧を放っている。その眼には、歴代の用心棒たちの格闘術を越境者の記憶術『黄廻』で引き継いだ、圧倒的な武の記憶が宿っていた。
「プラントは相変わらず血の気が多いのぉ」
ラヴィアが小さく笑い、三人の前に立った。
「よいか。他国は機械に頼り、肉体を改造し人の形を捨てておる。だが我ら越境者は「人たる人として」『黄信』の契約のもと、霧に毒され短い我らの寿命のもと、紡いだ記憶術・会話術・伝達術。生身の人間であることを誇りとしておる」
「記憶媒体に頼るな。神に頼るな、人を捨てるな。生きる人の己の脳髄だけを信じよ。我らの誇りを見せてやるのじゃ。」
「はい、首長――承知しました」
レビオの返事を合図に、三人はテントの外に鎮座する巨体を見上げた。 六本の強靭な多脚を持ち、全身を黄染めの鉛装甲で覆った多脚装甲車。
その名は、「黄輪」。 電子機器を一切排除し、物理的な歯車と蒸気ジャイロで駆動する、境界を駆けるための「鋼鉄の馬」だ。
ハッチが閉まり、気密室が作動する。 車内は、独特の油の匂いと、化学反応式酸素供給器が発する微かな熱気に包まれていた。
運転席に座ったプラントが、巨大なレバーを引く。蒸気が噴き出し、複雑に組み合わされた歯車が、物理的な咆哮を上げて噛み合った。
「出すぞ。揺れるから舌噛むんじゃねえぞ」
「……この振動は、いつまで経っても慣れませんね。まともな乗用車なら、コーヒー一杯こぼさずに済むのですが」
レビオが揺れに耐えながら、頭に地図を描き、ため息をつく。
「そいつは退屈な生活だ。コーヒーをこぼす心配があるから、一口が美味い。これからの旅路が困難であるという意味なのだが……」
ダレカがそう言い窓の外を見た。 厚い防護ガラスの向こう側、かつての文明が崩壊した後の「境界」が広がっている。黄色い霧が世界を覆い、太陽の光さえも鈍い金色の光へと変えていた。
多脚装甲車「黄輪」が、巨大なクラックを力強く跨ぎ、荒野へと踏み出した。
彼らは「金の亡者」と蔑まれ、忌み嫌われる越境者。 だが、彼らが通った後には、道ができる。 彼らが情報を落とした後には、変革が起きる。
三人の男たちが背負うのは、単なる物資や情報ではない。 数多の越境者が短命を捧げて積み上げた、人生そのものの記憶。 そして、いつか訪れるはずの越境者の国、建国への希望という名の、重い「負債」だった。
「さあ、商売を始めましょう。世界の価値を決めるのは、神でも機械でもない。我らです」
レビオの静かな宣言と共に、黄色の装甲車は毒霧の深淵へと消えていった。 三人の旅立ちの足跡は、黄金の道となって、不毛の地に刻まれていく。




