七、祖先の実績 二
人もあろうに、自分の恋人を手討ちにした仇。
「さかのぼること、二十五年前。藩主の米倉 昌晴が、当時の公方であった九代家重公に陳情したのがことの始まりです。昌晴によれば、茶家見川は台風の度に洪水を起こしている。時に自領にまで浸水しているから、埋めたてて欲しいとのことでございました。資金も藩から出すと。洪水云々は事実ながら、建前にすぎません」
「その裏にいたのが、桐塚か」
吐き捨てるように、櫛田は確かめた。
「いかにも。桐塚は、御公儀の関心が茶家見川から離れたのを幸い、まず茶家見川を埋めるよう運動しました。そうすれば、船宿は潰れ、結果として忍び宿も潰れます」
「関係ない話で申しわけないが、川が埋まっていた間、船宿の人々はどうしていたのだ」
「思い思いに別な仕事につきました。ただ、建物は、希望するならそのままにしておいて良いとのお達しで、いくばくかの宿は川にあわせて商売を再開できたのです」
「なるほど。とはいえ、忍び宿が潰れて桐塚に何の得がある。まさか、武州金沢藩が監視されていたのではなかろう」
櫛田の疑念を待つまでもなく、武州金沢藩は石高一万石にすぎない。大名であるのに、城さえ持ってない。
「桐塚の、人を超えた狡猾さがそこにございます。明和の大火のあと、新たな火事を起こしました。もっとも、藩主の名誉のためにつけ加えますと、桐塚が独断で起こしたことです」
「か、家老が火つけをやらせたのかっ」
櫛田が叫ぶのと反対に、龍左衛門は物もいえないほど衝撃を受けた。事実なら、自分の打ち首だけではすまない。
「おっしゃるとおり。御公儀に茶家見川の重要さを見直させるために、あえて一度埋めたて、それから火事を起こしたという次第」
「正気の沙汰じゃない」
龍左衛門は思わず口にした。茶家見川の火事で、身内が亡くなったり焼けだされたりしたことはない。だが、それでも、忍耐の限度というものはある。
「茶家見川の復活にも、藩から多額の資金が投入されました。御公儀では忍び宿に改めて忍びを入れるかどうかの極秘評定が行われ、藩からも忍びを出そうとしたのでございます」
「そもそも、あの藩にそんな力があったのか」
「櫛田様。ことは、幕閣にまで及んでいます。田沼様が、同藩の支配地に当たる横浜村に注目してらっしゃいます」
「田沼様って……田沼 意次様か」
川舟においても、重税の元凶だけに、龍左衛門は聞きずてならなかった。
「他に誰がいる」
つまらないことで船頭は口を挟むな、といわんばかりの右冠者。
「横浜村とは」
櫛田は話の手綱をしめた。
「相模藩の海辺にございます。長崎ばかりが、異国と交渉する土地ではないとのお考えで」
「仮にそうだとしても、埋めたてられてから火事まで待つ必要があったのか」
「桐塚は、執念深くも慎重な人間です。十年だろうと二十年だろうと、機会が来るまで待ち続けます」
「どうやって火事を起こした」
「桐塚は、風魔衆の末裔でございます。血縁者の大半は風魔の技を継承しております。実のところ、かつては茶家見川の忍び宿にも一部は風魔衆が入る予定でした」
かつて、戦国時代の北条家を支えた恐るべき精鋭の忍び衆。伊賀や甲賀と並び、忍びの代名詞ともなっている。なるほど、風魔なら火つけなどお手のものだろう。
「それで、御公儀に取り入って、忍び宿には風魔衆だけを定宿にさせたのか」
「と、そういきたいのですが、寸前で凍結となっております。桐塚の計画を押しとどめたのが、あなたのお父上でいらっしゃるのです」
「なっ……」
無理もない。恋人の仇が張りめぐらせている陰謀が、家ごと捨てたはずの父によって食いとめられた格好だ。
「お父上は、櫛田家の使命を忘れてはいません。桐塚は、自分の手勢を忍び宿に入れることで、間接的に諸大名を操るつもりでいます」
忍び衆は、大藩を潰す情報をさえでっちあげることもできる。桐塚の目論見が進めば、実質的にどこの藩もいいなりとなるしかない。
「櫛田家は、一応、小普請組世話取扱にはなれた。小普請、すなわち無役の旗本や御家人の取締役だ。そんな閑職で、こんな陰謀を防げたのか」
かつて、小普請組は城の壁だの瓦だのの修繕を……不定期にではあるが……おこなうべく、命令に応じて人手を自家からだしていた。それも百年ほど前に廃止され、年に二回小普請金を払うのみである。
小普請組は、禄は貰えても役職はない。だからこそ、小普請組支配の元へいき、役職を得るための面談をおこなう。小普請組世話取扱とは、小普請組支配の部下として、ふだんから担当する一人一人の小普請組の面倒を見るのが仕事となる。
分家とはいえ江戸の物流にかかわっていた仕事からすれば、閑職そのものだ。
「そこでようやく、お話が戻って参ります。あなた様のご先祖が、家康公から拝領した品が」
「何を授かった」
「葵御紋つきの巻物です。忍び宿を出入りするための符丁を始め、日々の運営から給金の決済方法まで事細かに記してあります。江戸のお城にも寸分違わない写しがございます」
「具体的に、父はそれをどう使った」
「巻物には、茶家見川の忍び宿にいれる者は幕閣でのみ選定すべしとあります。それで、桐塚の野心は一度挫けました」
「父は、もうすでに桐塚の企みを見破っていたのか」
「いえ、茶家見川が復活した時に、念のためにと上申していらっしゃいました」
「にもかかわらず、二度目があるのか」
「その密議のために、桐塚めは品川の岡場所を頻繁に利用しているのです」
抜きさしならないとはこのことだ。
「で、では一刻も早く……」
「あなた様と、そこの船頭が力を合わせて桐塚と戦っても、返り討ちになるだけでございます。桐塚は老齢にさしかかっておりますが、風魔衆を好きに使えますれば」
右冠者は、櫛田の焦りを一蹴した。
「しかし……」
仇討ちは完遂せねばならない。櫛田がその主張を曲げるつもりはないのもまた、明白だった。
「落ちついて、わしの話を最後まで聞いて下され。桐塚を討つには、桐塚の念願であるところの忍び宿について知り尽くしておかねばなりません。まずは知恵で相手をしのぐのが先決でございます」
「忍び宿の中身を語ったら、桐塚がおどおどするのか」
龍左衛門は、すっかり話に引きこまれて尋ねてしまった。
「そんなはずがなかろう。だから若者は失敗する。年寄りの忠告は黙ってきけ」
「申し訳ない。鐙口のいうとおりだ。ぜひ語ってくれ」
櫛田が詫びて、龍左衛門は面白くない。しかし、自分だけでどこかへ行くわけにもいかない。結果として黙る他なかった。
「はい。まずは、宿そのものを作る時のいきさつでございます。基本的に、宿の壁を二重にして、その中空に生活のための品々を手配致しました」
「屋根裏はどうした」
忍びが潜むといえば、屋根裏は定番である。
「そこは、逆に手をつけないように致しました。この先、船宿が栄えると、必ず屋根裏をちょんの間にしようとするだろう、とのことで」
「ちょんの間」
「男女がしけこむ場所ってことですよ」
櫛田には、あまり下世話な話をしたくない龍左衛門だが、この際仕方ない。
「あ、ああ。なるほど」
「指図(設計図面)を作ったのは、もちろん頼元様です。いざ普請に取りかかるまでに、二つの課題をこなさねばなりません。すなわち、いつも以上に口の固い職人を集めることと、職人の安全を守ることでございます」
戦国時代に遡るなら、城を造り終えたあと、口封じに大工達が殺されることも当たり前にあった。家康が活躍したのは、そうしたやり方がまだ色濃く残っていた時代である。
「そこは、御公儀が保証しただろうに」
櫛田がそうした機微に疎いのは致し方ない。
「忍びの中には、疑り深い者もいたのです」
「実際にあったのか、そんなことが」
「幹久という忍びが、この川での溺死を装おうとして、大工の一人を引っぱりこみました。それを……」
「おいらが助けた」
霧が多少薄くなったかと思うと、ざばぁっと音がした。河童が桟橋に上がった。




