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霧にさおさしあやかしつく夜  作者: マスケッター


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五、日暮れて客遠し 五

 あまり考えたくない可能性ながら、家出が御公儀絡みの陰謀か何かと誤解されていることもあり得る。桐塚が雇った腕利きの忍びが、親切ごかしに監視していても不思議ではない。


「野暮といえば、世間の金持ちは屋形船でも仕たてて派手に遊ぶのだろうな」

「と、おっしゃるからには、お家の躾が厳しかったようですね」

「厳しいというよりせざるを得ないことばかりだったな。母が早くに亡くなり、長女の私が弟や妹の面倒を見た。剣の術は……」


 腕は竿の手応えを感じつつ、背は櫛田の恥じらいを感じた。


「恋人が教えてくれた」

「そうでしたか。きっと、教え上手なお侍様だったんでしょうね」

「剣だけでなく、和歌も巧みだった」

「それは雅じゃありませんか」


 案外、平安の貴族めいたところもある。 


「龍左衛門は、あやかしを信じるか」


 唐突に、櫛田は妙なところで龍左衛門の柔らかいところを突いた。


「いやー、その……まあ、いてもいいんじゃないんですかねえ」


 何なら、櫛田が座っているのは、河童がよこした鯉が暴れた箇所である。きれいにしてあるし、とうに乾いてもいるにせよ。


「小さな時に、母上に読み聞かせられた草双紙でいろいろなあやかしがでてきた。それで、何となく親しみを持っていた」

「俺の両親は、夫婦で貸本屋をしていたんです」


 ぎいぎいときしむ舟体が、沈んでいく夕陽の光を跳ねた。


「そうだったのか。近ごろは売れる本が増えて、商売繁盛だろう」

「もう死んでます」


 人通りの尽きかけた道で、柳がわずかな風に吹かれてゆらゆら枝を揺らしている。


「何っ、それは気の毒な。申し訳ない」

「いえ、とんでもないです。ただ、櫛田様のお話を伺って、川の上ということもあり、つい口が緩みました」

「いや、それにしても」

「俺は、親の商売道具をこっそり盗み読みして、お化けと親しくなったんですよ」


 話をやたらに重くする趣味はないので、龍左衛門はさらりと流れを変えた。


「なるほど、それはまた奇妙な縁だ」

「しかし、どうしてまたお化けの話が出てきたんです」

「神社で、河童に会った」

「ああ……そうなんですか」

「それほど驚かないのだな。もっとも、私もそうだった。悪いあやかしでないのは確かだ。話し相手になってくれたし、たまに魚をくれた。もっとも、煮炊きはさっき話した老人がしてくれた」

「それなら、俺もお話します。その河童、たぶん俺の知りあいですよ」

「ええっ」

「河童によれば、この川は、もともとあやかしがいくつも潜んでいたんだそうです」

「埋めたてられたあとも生きていたのか」

「詳しくは知りませんが、まあ、そうみたいですね」

「ならば、どうやって龍左衛門は知りあったんだ」

「そいつをお話するには、少し改まった内容になりますが……一つの機会なので、まあ、いいでしょう」


 おふみにも、はっきりとは知らせてない。だが、櫛田の覚悟からして、打ちあけても差しつかえない。


 十年前……十五歳にして元服した当時。両親の商売を継ぐでもなく、船頭になるのでもなく。龍左衛門は、日雇いで適当な人生を送っていた。


 ある日、急な夕立ちに襲われた。ちょうど、この川のほとりで父と鉢あわせになってしまう。父はいつも決まった道のりで客の家を訪れていたので、特に意外ではない。龍左衛門自身は、川普請(かわぶしん)に加わっていた。茶家見川を掘りかえし、復活させるための。


 あのとき、日雇い仲間は大半が岸から少し離れた小屋に雨宿りした。龍左衛門は人いきれを嫌い、手近な柳にもたれていた。だからこそ、親子で思わぬ遭遇となったのである。貸本屋は、本を担いで得意先を一軒ずつ回る。だから、毎日が外出となる。そこへ、父を心配してきた母も加わり、図らずも家族総出となった。


 父は、『川底にあるかもしれない』とまでいっていた。母も、『岩の下敷きになっていることだってある』とうなずいている。何冊かは、あの時点ですでに、流れさってしまったと考えて間違いない。


 世間話をする暇もなく、上流から大水を知らせる半鐘が鳴らされた。すぐに避難しようと走りかけた父が足を滑らせ、背負っていた本がそこかしこにぶちまけられる。早く逃げろと龍左衛門は怒鳴ったものの……。母まで父とともに本を拾い始め、両親を手伝いかけたところへ大水がやってきた。


 まるで合図でもしたかのように、両親がそろって龍左衛門の胸を突きとばした。尻もちをついた彼の目の前で、本ごと両親は押しながされていく……。


 あとでわかったことだが、目黒川の上流で大雨が降り、堤防が決壊寸前となった。そこで、現地の代官が、あえて復活途中の茶家見川へと放水させたそうだ。


 水が引いてから、川普請は何事もなかったかのように再開された。龍左衛門は、両親の行方不明を奉行所に届け、なにがしかの見舞金を手にした。一方で、暇を見ては川沿いから海に至るまで、両親を探しつづけた。


 努力は、まるで無駄になったのではない。河口で、泥に埋もれかけた小さな石地蔵を見つけたのだ。一尺ほどの大きさで、それほど重くもない。これは御仏の導きだと解釈し、持ちかえって今に至る。


「河童は、石地蔵を持ち帰ってから数日後に、俺の家を訪れてきたんです。雨の降る晩、石地蔵の引きあわせとかいって。手土産に、でかい(すずき)を担いでいました」


 河童は相撲好きで、土俵として神社の場所も教えられた。いうまでもなく、櫛田が潜んでいたのもそこだ。


 河童からはまた、舟の上手な漕ぎ方や、天気の予測について学んだ。かくて龍左衛門は、十九の頃には名の知られた凄腕の船頭として知られるようになった。


「河童は人を深みに引きずりこんで、溺れさせるというが……。お互い話を突きあわせた限りでは、良い河童だな」

「俺もそう思います。櫛田様は、河童とどんな話をしたんですか」

「私の身の上話から始まって、昔の茶家見川の賑わいや、他のあやかしの説明も受けた」

「身の上話を」

「どのみち、あやかしは人間の世界とは無関係だ。それに、私は別に、悪事を働いている覚えはない」


 武家の娘が、親のきめた結婚に逆らって自分から家をでるとは、誰が聞いても非常識だ。しかし、当人から面とむかって堂々といわれると、それほどひどいことなのかとも思えてくる。


 半年前までは、気ままな人生を送ってきた身からすれば。武家の窮屈な生き方を、気の毒にさえ思う。


「あやかしには、血の縛りがないのかと河童に尋ねたら、千差万別だと答えられた。ただ、気にくわなければ、親でも家でも捨てて好きに放浪して構わないとも」


 何年も河童とつきあってきたのに、そこまで踏みこんだ話はしたことがない。関心が違えば視点も異なる。


「そういえば、あいつ、甲羅に人魚の絵を描いてませんでしたか」

「いや、あれは絵ではなく彫ったのだそうだ。入れ墨と同じようなものだな」

「へぇー、気合いが入ってますね」

「相撲の強い船頭がいて、今度こそ勝つために彫ったという話だが……まさか、龍左衛門のことか」

「そのまさかですよ。あいつ、そんなことまで喋ったのか」

「それは龍左衛門も似たような物だろう」

「い、いや、それは……」


 おふみとは別な意味で、どうも櫛田には弱い。


「あはははははは」


 櫛田は笑った。武家の娘が大口開けて笑うのを拝むのは、これが初めてだった。


「退屈しなくて済んで、良かったですね」


 冗談混じりの皮肉を、龍左衛門は口にした。


「まあ、そういうな。ただ、あやかしはあくまであやかし。私は人間だ。好きに生きていこうとて、お金もいれば立場もいる。それは、新しく手にしなければならない」

「どうやって」

「仇を討ってから考える」


 無計画なのか思慮深いのか、わからない。


「男女の道ってのは、一度踏みこんだが最後、茨詰めだろうとまき(びし)だらけだろうと進むしかないですねぇ」

「それも否定はしない。だが、私からすれば、たまたま自分の道を貫く機会が当の相手からもたらされたというだけだ」


 夕陽がずいぶん傾いたとはいえ、まだ灯りをつける時間ではなかった。そこで、鯉志を入れたらニつ目の船着き場が見えてくる。

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