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霧にさおさしあやかしつく夜  作者: マスケッター


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二十四、焼け石に舌 四

 河童と左右冠者がいるので、風魔衆は時間稼ぎさえ出来ない。最初に、嘘が通用しないのを簡単なやり取りで悟らせておいた。だが、尋問となれば、二人の情報に違いがないとは限らなかった。


「一度忍び宿へ連れていって、別々に離してからにするか、この場で始めるか……」

「この場で始めよう。忍び宿に、別な風魔衆が来ては困る」


 龍左衛門の迷いに、櫛田が明快な決断を下した。


「その通りです。時間が惜しいので始めましょう」


 右冠者も同意し、龍左衛門もうなずいた。


「まず、お前は一つ上流の忍び宿で、のっぺらぼうの忍びを殺したか」


 櫛田は、偽河童だったのっぺらぼうに聞いた。答えは否だった。実行したのは偽櫛田だった方で、罠を張ったのも当人だと知られた。


「鉄砲を使ったのか」

「短筒だ」


 短筒とは、一尺二寸(約三十六センチ)程度の長さをした鉄砲の一種である。狙って撃つのは、よほど的に近づく必要がある。それを、少し離れた地点から一発で頭を撃ちぬいた。相当な手練れと考えねばならない。


「短筒はどこにやった」

「川に捨てた」


 決して安価な品ではない。証拠になるので捨てたという、忍び一流の合理主義だ。


「お前達もまた、桐塚の手下か」

「そうだ」


 元偽河童が明かした。


「どうして味方を殺した」

「余計な情報を、お前達に与えないためだ」


 元偽河童の主張は疑いようがない。それだけに、龍左衛門は彼らの冷酷さを改めて思いしった。


「お前達は、血判状に隠した情報から川の主を操ろうとしているのか」

「少し違う。解放されたいだけだ」


 引きつづき、元偽河童が櫛田の質問に返答している。


「桐塚からか」

「そうだ」

「解放されたとして、それからはどうする」

「隠り世に行く」


 隠り世とは、神や死者のいる世界である。


「自害でもするのか」

「あやかしなら、生きたまま行ける」

「こちらで悪さをするために戻ってきたりしないだろうな」

「しない。もう現し世にはうんざりだ」

「裏切者がいて、血判状の計画は失敗したというのは、どんないきさつだったのだ」

「最初は、川の主にいうことを聞かせる手だてが出来たからには、すぐに我らを解放させるはずだった。幹久が、何だかんだと理屈をつけて引きのばした。そうこうする内に、大阪夏の陣に参加するようお触れが来た」

「幹久が、裏切者だったのか」

「そうだ。仕方なく、解放の手順を血判状という形で四つに分割して隠し、大阪夏の陣に参加した」

「そもそも、主は、血判状が川に隠されるのを放置していたのか」

「主の考えまでは分からん。とにかく幹久は、残りの三人を殺し、自分も含めて討ち死にしたと見せかけた」

「どうしてそんなことをする必要があった」

「幹久は、川の主の力を独り占めしたかった。ただ解放されて、隠り世に行くだけで良しとはしなかった」

「一人残ったからには、然るべく実行すれば良かろう」

「桐塚は、幹久の卑しい性根を早くから怪しく思っていた。茶家見川にこっそり帰ってきた幹久を捕まえさせ、拷問したが、幹久は自害した」


 ここでいう桐塚とは、櫛田が今追っている桐塚の祖先である。


「桐塚の祖先は、血判状を知らなくとも、茶家見川を徹底的に捜索して結果的に発見することも出来たのではないのか」

「やったことはやったが、隠し方が巧妙すぎて見つからなかった。幹久も死んで、秘密を知る者もいなくなり、二百年近く放置されるに至った」

「それを、お前達がどうして知っている」

「お前の恋人……近山から知らされた」

「何ぃっ」


 逆上とは、まさにこのことだ。


 龍左衛門達は、左右冠者から血判状の存在を教えられた。しかし、櫛田の先祖に対する逆恨みが動機のはずだった。


 幹久らが、巧妙に真の動機を隠蔽していたのは良いとして、川の主云々は小豆とぎから伝えられている。


 近山は、それらを左右冠者の頭越しに知っていたことになる。しかも、櫛田には一言の説明もない。


「近山は、風魔衆がのっぺらぼうの一族で、何百年も生きてきながら桐塚に奉仕させられているのを知っていた。血判状について、我ら風魔衆だけで密議を開き、密かにそれを探しだすことにした」

「そ、それも……それも近山様は知っていたのか」

「我らが教えた。ただし、近山と馴れあいはしない。あくまで両者は別々に動く。血判状も、勝手に使えとのことだ」

「どうしてだ。どうして近山様は、血判状を無視したのだ」

「知らん。我らの当面の大事は、桐塚に面従腹背し、血判状を極秘裏に集めることにある」

「磯女は、少なくとも最初は血判状を守るつもりだった。お前達は、磯女を殺してでも手にするつもりだったのか」

「そうだ」

「主は、磯女に干渉して、近山様との約束を反故にさせた。お前達に、主からそうした干渉は来ないのか」

「来ない」

「お前達が、川の主に泳がされているのではないのか」

「ならば、血判状を教えた近山も、主の一味になりかねん」


 逆に指摘され、櫛田ははたと黙りこんだ。近山が主の指示で動いている方が、一連の事態を説明できる。主は、ここまでの話をまとめる限り、人の恨み辛みをもてあそんでは命を浪費させる外道中の外道だ。近山が、そんな穀潰しの仲間だとは、少なくとも櫛田に納得できる事情ではない。


「主は、自分の骨を拾わせて復活したいという話だが、近山様からはそう聞かなかったか」


 龍左衛門が、櫛田に代わって尋ねた。


「聞いてない」

「あくまで血判状とその効きめだけか」

「そうだ」


 重ねて質問する龍左衛門に、元偽河童は淡々と答えた。


「この話を知っている風魔衆は、何人いるんだ」


 なおも龍左衛門は聞いた。


「四人」

「お前達も含めてか」

「そうだ」

「さっき殺された奴も」

「そうだ」


 となれば、残るは一人。


「近山様は、どこか目的地などについてお前達に告げたか」


 ここでようやく、櫛田が会話の手綱を取りもどした。


「いいや」

「最後に近山様と会ったのは」

「二週間ほど前だ」


 初めて出てくる日付になる。


「場所は」

「武州金沢、六浦陣屋の近傍(きんぼう)にある桐塚屋敷の離れ」


 六浦陣屋は、藩主の米倉氏が居住する館である。品川から、南南西におよそ十一里(約四十四キロ)といったところか。桐塚は家老であるから、陣屋の近くに住むのは何らおかしくない。


「残る一人の風魔は、どこにいる」

「ここの忍び宿で、合流する手はずだった」

「その時刻は」

「あとほんのわずかだ」

「血判状は一枚でも回収できたのか」

「いいや」

「隠し場所も知らないのか」

「そうだ」

「近山様は、そこまでは教えなかったのか」

「教えてない」


 そういえば、赤口は近山と約定を交わしてなかった。小豆とぎも。


「もし、我らが血判状を使ってお前達を解放するのであれば、我らに協力するか」


 櫛田は、尋問というより勧誘を始めた。実際、赤口という不確定要素がなければ、龍左衛門達が風魔衆に倒されることも充分にあり得た。では、いっそのこと懐柔した方がやり易い。


「断る」


 これは、元偽河童だけでなく、元偽櫛田も同様だった。


「何故だ」

「近山の真意があやふやな以上、その仲間を信じることは出来ん」


 正論ではある。龍左衛門達とて、近山に問いただしたいことが山ほどある。


 さりとてここに置いておくのもはばかられた。最後の一人が、この二人を救出すれば非常に厄介だし、殺しでもしたら寝ざめが悪すぎる。


「捨てちゃいなよ」


 河童が、思いもよらない方策を提示した。


「えぇっ」


 龍左衛門は、さすがにぎょっとした。


「だって、おいら達の手に余るし、連れてくのも無理だし。ここに残すと、最後の風魔が助けてしまうだろうし」

「そりゃあそうだが、捨てるって……」

「川に流すんだよ。まあ、溺れ死なせるのは可哀想だから、丸太にでもくくりつけてさ」


 そんなに都合良く、丸太が調達できるとは思えない。


「桟橋から板でも柱でも引っこぬくのが良かろう」


 右冠者が、こともなげにいった。


「そ、そんなことをしたらここの船宿の人達が困るだろう」


 櫛田は、人としてまっとうである。つまり、時として融通が効かない。


「櫛田様、俺達には時間がありません。それに、諸悪の根源はどう見たって桐塚です」

「だからといって、我らまで……」

「じゃあ、桟橋の残った部分に、『武州金沢藩 桐塚様並びに風魔衆御用済』って書いとけば」


 河童は楽しそうにいった。

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