二十三、焼け石に舌 三
二重の回答を得て、龍左衛門はしかと足を踏んばった。しくじりは許されない。
「まず、俺の質問への回答は、口じゃなくて字にして書いて貰います。短い答えで構いません。筆も墨も紙もありますよね」
武家ならば、旅に際してそれらを所持するのは常識である。二人は等しくうなずいた。
「当然、お二人は背中を向けあってもらいます。万が一にも後ろを見たりしないよう、左右冠者が見張りにつきます」
「心得た」
「うむ」
左右冠者は、こういう場面で飲みこみが早い。
「右冠者がついている方は、回答に右と書き添えて下さい。左冠者は左です」
そうしないと、どちらがどちらの回答か、訳が分からなくなる。当然、二人とも同意した。
「お二人が書いた答えは、河童に俺まで届けさせます」
「おうっ」
河童も、断るはずがない。
「準備が出来たら始めますよ」
筆記の段取りは、即座に終わった。
「じゃあ、一つめ。赤口に、『お前はずっとそのままでいたいのか』っていいましたけど、櫛田様は内心どんな気持ちでしたか、教えて下さい」
すぐに答えが寄せられた。右は、『赤口にも赤口なりの言い分があるのだろう』。左は、『赤口の身になって考えないと糸口が見つからない』。
両方とも似たような発想で、さすがにこれだけでは分からない。まだまだ序の口にすぎない。
「二つめ。『お前の口ぶりだと、そのままでいたくてたまらないと思えたがな』という言葉に、赤口は『黙れといってるだろう』と返しましたが、黙るつもりでしたか」
これも、速やかに返事が来た。両方とも、『黙るつもりはなかった』。
龍左衛門は、櫛田の心理を吟味する前に、ふと河童を見やった。甲羅の人魚が微笑んでいる。
「三つめ。俺の与太話は、面白かったですか」
両方とも、『つまらなかった』。全力で知恵を絞って思いついたのに……と、どうでも良いところで落ちこみかけた。
河童は伝令役に徹している。こんなときこそ愚痴の一つでも聞いて欲しい。いうまでもなく、そんな状況ではない。
ただ、人魚を眺めていると、把握できた。
「これで、結論が出ました」
龍左衛門は、竿を両手で持ち、河童の後頭部を思いきり突いた。
「ぐわぁっ」
頭を櫛田達に投げだす形で、河童はうつ伏せに倒れた。
「臭い芝居だったな、偽河童」
倒れた河童の右かかとを、さらに竿でくじいた。これで、河童だろうがのっぺらぼうだろうが、川に逃げてもそれほど上手くは泳げない。
「な、何を……」
倒れたまま、河童が頭だけ起こして龍左衛門に
「いい加減にしろ。甲羅の人魚がどうして表情を変えるんだ」
頑丈な甲羅に彫りこまれた人魚の表情が、細かく移るはずがない。
普通なら見落とすような、些細な差異だった。河童と何度か相撲を取り、彼の甲羅へのこだわりも知りつくしているからこその気づきであった。
「ぎゃぁーっ」
右櫛田が絶叫した。左櫛田が、血の滴る脇差を右手に下げている。右櫛田は、脇腹を斬られ、一気に血を吹きだしていた。がくっと左膝を桟橋につけ、傷口を抑える。簪が懐から落ちて、ただの小枝になった。いや、戻ったというべきか。
「お前も、目線に注意すべきだったな。河童が倒された一瞬、お前は龍左衛門ではなく河童に注目した。河童もお前と目を合わせた。偽者は一人ではなかったということだ」
「おい、本物の河童をどこにやった」
龍左衛門は、偽河童の左かかともくじいた。無論、小細工も腹ただしい。しかし、その小細工のために仲間をどこかに隠したというのが、一瞬で怒りの上限を振りきっている。
「どちらか一方を殺してしまおう。その方が決断しやすくなるというものだ」
脇差を宙に数回振って、櫛田は血を刃から弾いた。彼女の人生からすれば、龍左衛門よりは河童の方が長いつきあいである。潜伏していた神社でも、親切にしてもらっている。ましてや簪まで偽物を作った。その点、龍左衛門と同じように怒っていても不思議ではない。
「わ、分かった……」
「待て」
偽櫛田が、変身を解かないまま応じようとした時、左冠者が制した。
「お前、河童のいるところに案内しろ。わしと龍左衛門は泳げるからな。河童を助けだせたら、その血でお前の手傷を治す。駄目ならお前はそのまま血を失って死ぬ。偽河童も今すぐ変身を解け。さもなくば殺す」
ことここに至り、偽河童はのっぺらぼうに戻った。手前の忍び宿で射殺されたのと同じような格好で、男なのも共通している。顔がないので歳までははっきりしなかった。
「おい、じっとしてろよ」
釘を刺して、龍左衛門は舟から縄を持ちだした。時間をかけずに、のっぺらぼうの両手両足を縛りつける。
「こやつは私と右冠者で見張っておこう」
櫛田が、縛られたのっぺらぼうを冷たく見おろした。
「念のためだ」
そういって、櫛田は縛られたのっぺらぼうの首筋をごく薄く斬った。血は出るが、手傷というほどの物ではない。これで、万が一のっぺらぼうが縄を解いて櫛田に化けても、簡単にバレてしまうようになった。
「さてと、お前も、いつまでも櫛田様に化けるな」
龍左衛門が命じると、偽櫛田もまたのっぺらぼうに返った。こちらの外見もまた、縛られている方と大して変わらない。斬られた脇腹からはしっかり血が流れ続けており、見誤る心配はなかった。
「その体たらくなら、おかしな真似は出来ないだろう。さあ、案内しろ」
斬られたのっぺらぼうは、黙って水中に飛びこんだ。龍左衛門と左冠者もすぐに追った。
河童は、あっという間に見つかった。桟橋の柱に、両手両足をくくりつけられて気絶している。人間なら、とうに溺れ死んでいても不思議ではなかった。怪我はないようだ。
すぐに縄を解こうとする龍左衛門を、左冠者は軽く肩に触れて止めた。水面を指さしている。龍左衛門はうなずき、のっぺらぼうともどもいったん浮上した。
「場所さえ分かれば、こやつは離しておいた方が良い」
左冠者は、水面に出るなりいった。
河童は怪力で知られる。まして水中で彼を捕縛するとは、不意討ちを差しひくにしても、恐るべき格闘術だ。ゆめゆめ、油断できる相手ではない。
「ああ、その通りだな。おい、上がれ」
斬られたのっぺらぼうは、素直に桟橋に上がった。龍左衛門らも続く。かくして、元偽河童の隣に、縛って置いておくことになった。
龍左衛門は、舟から黒光りするハサミを持ちだした。かなり太い縄でも切れる品で、商売柄いつも備えてあった。
そこからは、単純な作業ですんだ。また川に入り、水中で河童の縄を切ってから肩に担いで一度舟にいく。ハサミを舟に戻し、河童を乗せてから自分も乗った。桟橋では、水面から高すぎて河童を出しにくいからである。
「おい、大丈夫か。起きろ」
河童を揺さぶると、うめきながら目を開けた。
「良かった、無事なようだな」
「うう……面目ない。赤口の最後を眺めてたんだけど、熱くて桟橋の水際に寄ったんだ。そうしたら、いきなり足首を掴まれて……」
「のっぺらぼうがやったんだ。相手は風魔衆だし、仕方ない」
「け、結局どうなったんだ」
「細かい話は、桟橋に上がってからだ。立てるか」
「当たり前だい」
見栄を張って一人で立ったものの、両手で頭を抑えてふらついた。
「無理するな」
龍左衛門は先に舟から出て、河童の手を握った。そうして、軽く引っぱって桟橋に移るのを助けた。
「は、恥ずかしいからやめてくれよ」
「もうやった後だし、大したことないだろ。それより、こいつらをどうにかしなきゃな」
龍左衛門は、縛られたままののっぺらぼう二人に顎をしゃくった。一人は脇腹からの血が止まらず、もう一人は首から血を流している。
「二人して、それぞれ櫛田様とお前に化けていたんだ。顔だけじゃなくて、身体つきから所持品まで自由自在だった」
「そ、そんなの、良く見破られたな」
「お前の人魚様が教えてくれたのさ」
「人魚様」
河童は首をひねった。
「まあ、それは置いて、ここでお前に頼みたい。こいつらの傷を治してくれ」
河童からすれば、つい先刻まで、自分を殴って縛りつけていた相手とその仲間である。そこは、龍左衛門も承知している。とはいえ、長々と同意を促す時間はない。
「良いよ。脇差を貸しておくれよ」
龍左衛門の心配をよそに、河童はあっさりうなずいた。
「すまんが、また頼む」
櫛田も、河童の寛大さに甘える形となった。
脇差を借りて、河童は自分の腕を薄く斬り、流れた血で二人を治した。
「さて。聞きたいことは山ほどあるが、まずはどちらにするかだな」
龍左衛門は、ぽきぽきと拳の骨を鳴らした。
「その前に、忍び宿に誰かいるのか確かめよう」
左冠者が提案した。これについては、無人だとすぐ判明した。同時に、ここの忍び宿も風魔衆に割れていることが明らかとなる。




