二十二、焼け石に舌 二
「赤口」
龍左衛門は、改めて話しかけた。
「何だ」
「お前の苦労話も無残だが、のっぺらぼうがいかに苦労しているのか知らないだろう」
「知らん。それがどうした」
「一つ、俺が聞かせてやる。まず、のっぺらぼうはただ顔がないわけじゃない。そういう奴はのっぺらぼうの子どもか未熟者だ」
「じゃあ、顔があるのか」
「あるんじゃない。作る。真ののっぺらぼうはまずそこから始まる」
「のっぺらぼうに真偽があるのか」
「あるとも。真ののっぺらぼうの朝は、顔の選択から始まる」
そんなはずがない。船頭の仕事をしていて、客と交わす世間話に、のっぺらぼうを適当に混ぜているだけだ。たまたまのっぺらぼうの忍びがいたから思いついたにすぎない。
「選択だと」
赤口は本気で話に乗ってきたらしい。
「ああ、そうとも。美女美男、老いか若きか、一口に顔といっても無数にある。だが、まかり間違って頓珍漢なのを選ぶと、上役からどやされる」
「上役」
「そうとも。のっぺらぼうはな、のっぺらぼう株仲間ってのを作ってるんだ。株仲間に入れて貰ったら、一流の仲間入りだ。でも、そこに行きつくまでには、果てしない顔の選択で合格を重ねないといけない」
見てきたような嘘とはこのことだ。
「ふむふむ」
「とはいえ、ここで肝心なのが、上役がどんな顔を求めてるかってことだ。もちろん、前の晩に、上役からお触れが来る。このお触れが曲者で、あやふやなことしか書いてない」
「例えば、どんな」
「炎天下の下でそよ風に揺れる看板のような顔、とか、砂浜で波に揉まれる砂利みたいな顔、とか、そんなのばかりだ」
「顔なのか。それは顔なのか」
「な、素人にはさっぱりだろう。それを乗りこえてこそ、のっぺら道を極められる」
「何だ、のっぺら道って」
「読んで字のごとく、のっぺらぼうの道だ。のっぺらぼうにはのっぺらぼうの道がある」
「そ、そうか。そういうものか」
訳もわからないだろうに、赤口はしきりに感心した。
「上役ともなれば、もちろん、のっぺら道の達人だ。達人であるからには、ただ顔を選ぶだけじゃない。物語を練りこむ」
「物語って何だ」
「物を語るから物語だ。黙って聞け。ここで、さっき引きあいに出した、炎天下や砂浜が活きてくるんだ」
「炎天下や砂浜って生き物なのか」
「馬鹿、特徴が活用されるって意味だ。ちゃんと説明してやるから口を挟むな。炎天下にさらされつつ、黙々と役目をこなす看板のような顔といったら、地味だが真面目で、いざというときは目立つ顔ってことだよ」
「そよ風に揺れる、じゃなかったのか」
「細かいことをいうな。そういうのを揚げ足とりというんだ。とにかく物語を感じさせろってこと」
「ううむっ、物語か」
「そうだ。ここにいるのっぺらぼうは、上役を通りこして元締めだ」
共闘を持ちかけたのっぺらぼうの忍びに、龍左衛門はお鉢を回した。共闘であるからには、聞き役に終始させるつもりはない。
「お前が元締めか」
「そ、そうだ」
なりゆき上、龍左衛門の頓珍漢な大法螺につきあわざるを得ない。
「お前はどんな物語を作ったんだ」
「あ……あー……赤口を閉口せるような物語だ」
「俺が閉口する……どんな物語だ」
「俺を真似してみろ。できるものならな」
のっぺらぼうの忍びは、赤口の顔を自らに写しとって再現した。大きさこそ、実物の三割かそこらだが、確かに閉じている。
「できるに決まってる」
赤口は、まさに口車に乗った。真一文字に唇を閉める。
「ようし、閉じたな」
仕上げといわんばかりに、龍左衛門はいった。
「ぐぐぐ……うぐぅっ……ぐふーっ」
赤口の顔から、幾条もの黒い煙が吹きだし始めた。やたらに暑くなる。
「ごふぅーっ」
右頬を内側から破り、炎に巻かれた右手が宙に現れた。ついで、左手も。両手で赤口の右頬を、扉でも開くかのように裂いて、神職の冠がぬっと現れた。赤口の頬の裂け目からは、血ではなく、火が断続的に吹きでたり消えたりしている。
自らが燃えている炎を絶やすことなく、冠をかぶった頭から、袍を身につけた上半身、ついで、袴をはいた下半身が出てきて桟橋に降りたった。龍左衛門の二割くらいな背丈にすぎず、燃えつづけているので顔も分からない。ただ、赤口がまだ御家人だった時分に殺した神職なのは察しがついた。
燃えさかる神職は、一同に背を向けて赤口に対面した。何かを小声で呟きだしたようだが、良く聞こえない。
「や、やべっ、やべでぐべっ。お、おでがばるがっだ。やべでぐべっ」
赤口は、『やめてくれ、俺が悪かった』とでもいいたいのだろう。口がうまく開かないので、まともな言葉にならない。
神職の炎が、蛇のように伸びて赤口の全身に巻きつき、焼けおちる寸前の屋敷さながら、一気に炎上させた。
「ぎゃあああぁぁぁ」
断末魔が轟き、赤口の肉体が煙になっては消えていく。
燃えつきた赤口の、煙の残りかすが散った時。神職もまた、ぱったり消えた。
「どうにか……解決したようだ」
右冠者の意見で、龍左衛門は額に浮かんだ汗粒をようやく手の甲でぬぐうことが出来た。
「自業自得ってのはこのことだぜ」
櫛田のもたらした糸口を、逃さず使いきったとはいえ、斬ったはったのやり取りよりもずっと神経を使った。
「龍左衛門」
櫛田が呼びかけたので、彼女に顔を向けたら、もう少しで悲鳴が出るところだった。
「く、櫛田が二人いるよ」
河童が叫んだものの、龍左衛門はうなずくことさえ出来ない。
二人の櫛田は、顔や背丈はいうまでもなく、衣服から爪の形まで寸分たがわない。
「簪を持っている方が本物に決まってる」
龍左衛門が指摘すると、二人とも懐から同じ簪を出した。彼女自身が、近山に贈った品だ。
風魔衆なら、あらかじめ櫛田のおよその人生は調べてあるだろう。となれば、経歴を質問しても意味がない。
龍左衛門は、赤口を倒すために自分が吹いた大法螺を今さらながらに思いかえした。出任せのつもりだったのに、まさしくそこまで化けられるのっぺらぼうが実在したとは。
一つ明確なのは、櫛田に化けている風魔者が自分達の中に紛れこみ、全滅を目論んでいたことだ。
そのためには、最初の一人を不意討ちで倒さねばならない。それに、あやかしだとさすがにボロが出やすい。つまり、最初の的は櫛田か龍左衛門となる。
櫛田は全員が意識して見守っているから、必然的に龍左衛門になるだろう。いきなり川に落として、殺してからなりすまし、何くわぬ顔で戻るという塩梅。龍左衛門は泳げるから、河童も助けに行くのをためらう。そこに隙が生じるという計算だ。
が、赤口のせいで、当初の目論見は外れた。具体的に何があったのかは知らないが、わざわざ姿を晒すことになってしまった。次善策として、赤口が燃えている様子に一同が気を取られているのを利用し、素早く櫛田に化けた……という展開だろう。
そこまでは、龍左衛門にも読めた。肝心なのは、どちらが本物の櫛田か見極めることだ。
「右冠者、どうにかして選べないの」
ふだん口喧嘩ばかりしている癖に、河童が芯から不安そうになっている。
「そんな方策があれば世話はない」
にべもなく、右冠者は一蹴した。
そもそも、龍左衛門は櫛田と知りあった日が一番浅い。何せ本日が初対面である。それも、半日しか経ってない。
だが、そんな自分でも理解できるような要領があるはずだ。過去よりも、むしろ直近……現在ただ今といってもいいくらいな時分でこそ。
「櫛田様、どちらが本物かはともかく、先ほどの赤口への挑発はお見事でした」
「いや、それをうまく役だてた龍左衛門の方こそ立派だった」
二人の櫛田は同時に答えた。
「この通りのいきさつですから、失礼ですが、偽者を見破るためにいくつか質問したいです」
「良し」
龍左衛門の提案に、またも異口同音であった。
「まずは、お時間を少しだけ拝借」
いいおいて、龍左衛門は、舟から竿を出して来た。端を桟橋につけてから、自分の肩にもたれさせる。
「偽者は、俺がこいつで成敗します」
「いいだろう」




