表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧にさおさしあやかしつく夜  作者: マスケッター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/34

十八、岩に柔肌 六

「大変じゃ。河童が斬られた」


 櫛田が血相を変え、脇差を抜いた。


「待て。敵は誰だ」


 右冠者が、素早く機先を制した。


「人間ではあった。得物は短刀で、恐ろしく素早い」

「河童は死んだのか」

「それも分からん。あっという間の出来事で、傷は右肩じゃった」


 喉や首なら即死の可能性が高いが、それなら多少は望みがある。ただし、河童は龍左衛門に勝るとも劣らない怪力のあやかしである。甲羅の修復で気が散っていたのだろうが、ただ者ではない。


「背後から襲われたのか」


 龍左衛門は、河童が遅れを取ったことをどうしても理解したくなかった。


「いや、忍び宿に着いた途端、頭上からいきなり降ってきた。刺したと思ったらまたどこかに消えた」

「頭上から……」

「天井にへばりついての待ち伏せか。忍びでなくばこなせまい」


 右冠者の発言で、龍左衛門にも事態が飲みこめた。


「ならば、河童はわざと生かされている可能性がある」


 右冠者は、なおも冷静に分析した。


「わざと……どうして」


 さっさと殺した方が、確実に敵が一人減るのにと、龍左衛門は思った。


「我々をおびき寄せる(おとり)にしているのだろう。敵は忍びだな」


 櫛田が憎々しげに補足した。


「囮……」

「わしらが河童を助けに来たら、待ち伏せして一網打尽ということだ」


 右冠者の説明を耳にして、龍左衛門はまさに血が逆流する思いとなった。小豆とぎや磯女も不快な攻撃を仕掛けてきたが、これはもう別格だ。


「怒るな、龍左衛門。敵の術にはまるぞ」

「これが怒らずにいられるか」


 右冠者にいい返した龍左衛門だが、忍び宿の様子はもう分かっている。長い得物を振りまわせる場所ではない。相撲だけでなく、いざとなれば殴りあいもこなす龍左衛門だが、忍び相手では分が悪い。


「わしが露払いをする。一度は姿を見たから、多少は不意討ちに対応し易い。わしのすぐ後ろを龍左衛門、次に櫛田様、最後に右冠者の順で中に入るのが吉じゃろう。一人一人は、一間ほど距離を取るのを忘れてはならん」


 最初の血判状を取りにいく時もそうだったが、左冠者は現場でこそ強い。


「わしは龍左衛門と背中あわせに、後ずさりしながらついていく。壁に手をつけば転びはすまい。ただ、龍左衛門は竿を置いていかねばならん」


 左冠者は、背後からの不意討ちに備えるために、わざとそうした姿勢を取る。そこは理解できるが、何かあった時に素手なのはいささか心細い。通路の狭さはもう知っていることだから、反対はできない。龍左衛門は竿を床に置いた。


「良し。左冠者、頼む」


 櫛田も即決した。


「お任せあれ」


 さっき命からがら戻ってきたばかりというのに、左冠者はまた忍び宿へ入ることになった。しかも、罠と承知の上で率先して。


 とはいうものの、忍びを倒して河童を救出しないことには解決とならない。


 左冠者の背を追って、龍左衛門も螺旋階段を降りた。しばらくは、地下道となる。


「走りたくなるが、敵がここらにいる可能性もある。早歩きで耐えるしかない」


 左冠者が、前を見ながら注意した。一同に異論はない。ともかく忍び宿までは、何事もなく進めた。地下道の終点に、螺旋階段の下端があり、そこを昇れば忍び宿の床を踏む。ここも、何ら支障なかった。


 かくして龍左衛門達は、本日二つ目の忍び宿に到着した。抱いていた印象通り、狭い廊下が細長く伸びている。さすがに、基本的な内装までは違わないようだ。


 左冠者の言葉そのままに、螺旋階段から十歩ほどのところで、床を血に染めた河童が倒れている。生死は不明瞭だが、どこに忍びが潜んでいるかが先だ。


 龍左衛門は、天井を仰いだ。誰もいない。ならば、曲がり角の向こう側か。そこから手裏剣を投げるのか。はたまた小さな弓でも射るのか。


 まき菱は見あたらないし、いくら忍びでも複雑な仕組みの罠を張るのはまず無理だろう。ならば、手当てを左冠者か右冠者に任せて、じりじり進むべきか。

 

 いきなり、左冠者がばたんと倒れた。手裏剣どころか、吹き矢一本飛んで来てない。背後でも同じ音がした。振りむくと、櫛田までもが倒れるところだった。


 誰も、かすり傷一つついてない。となれば、毒か、それに近い品しかない。


 左右冠者が倒れ、それから少し間を置いて櫛田が倒れた。恐らくは、無色無臭の煙なのだろう。そして、空気より重い。親が蓄えていた本に、そんなくだりがあって、たまたま読んで覚えていたのが役に立った。


 龍左衛門は、背伸びして深く息を吸いこんだ。それから息を止める。しかる後、わざとうつ伏せに倒れたふりをした。この時、頭を横にして耳が床につくように意識した。


 自分から忍びを探し回っても勝ち目はない。油断させてからの、一瞬の奇襲だけがわずかに逆転を成しとげ得る。息が持つまでに、相手が来るかどうかは賭けだ。


 じりじりしながら待つ内に、段々と息が詰まり始めた。苦しまぎれに、せめて手足をばたつかせたいが、無理な相談だ。


 一息でも吸えば、自分も意識を失い全滅となる。意地でも待ちぬく。


 と、いった決意も、肉体的な限度がある。もはや、意地をつき抜けて自殺に近くなってきた。


 ぎしっと床がきしむ音が、かすかに聞こえたのと同時に、龍左衛門はがばっと跳ねおきた。くすんだ緑色の小袖姿に藍色の覆面をした人間……右手には短刀を持っている……に、足元の左冠者を蹴りあげて食らわせた。残酷だし著しく礼も欠くが、仕方ない。それを左手で払った相手の短刀に、わざと左腕を食らわせた。


 船頭同士の喧嘩でも、あえて敵の得物に身体の一部を攻撃させることは普通にある。自分から当たりに来ることで虚をつく。そして、一度当たった得物は手元に戻さねば思うように使えない。


 案の定、敵は短刀を引こうとした。そのみぞおちに、右爪先をめり込ませる。こうなると、体重の差が物をいう。二尺ほど吹きとばされた敵は、かかとを床に滑らせてあおむけに倒れた。受け身を取るために短刀を手離し、頭をもろにぶつけるのはどうにか免れる。


 その間に、龍左衛門は大急ぎで螺旋階段へと引きかえし、床から首を突っこんで息を吸った。地下道では異常がなかったのだから、空気に問題はない。


 また息を止め、龍左衛門は対決の場まで走った。忍びは起きあがっているものの、短刀は手にしてない。左手で腹を抑え、足をがくがくさせている。力士ほどではないにしろ、江戸の船頭に本気で腹を蹴られて、立てただけでも大したものだ。


 龍左衛門は、短刀を拾うつもりはない。使いこなせはしないし、かえって相手を有利にしかねない。それより、もう奇襲は効かない。敵が回復する前に次の手を打たねばならない。


 敵がどんな武器を隠し持っているか明らかでないまま殴りかかるのは、賢くない。このまま待ってばかりなのも良くない。


 必死に知恵を絞っていると、最初の忍び宿で目にした光景が不意に思いだされた。


 忍びからすぐ近い壁に、干飯を入れた袋がある。一か八か。


 意を決して間合いを詰める龍左衛門を、忍びはぎりぎりまで引きつけた。伸ばした手が触れそうなほど近づいた時、忍びは胸元に手を入れた。同時に龍左衛門は干飯の袋を掴んだ。


 忍びは棒手裏剣を投げたが、それは干飯の袋に突きささった。直後に、龍左衛門は棒手裏剣ごと袋で横っ面を殴り倒した。忍びは一回転してから壁に背中を叩きつけ、今度こそばったり倒れた。


 まず、龍左衛門は改めて息を継ぎに行った。それがすんでから、忍びの服も覆面もはがす。どこにでもいそうな若い男で、忍びは目立つわけにいかない以上、理想的な顔つきといえた。


 ふんどし一丁にしてから、小袖を探ると、裏地に縫いつけた筒状の布が左右に十カ所ずつあった。胸から腹に当たる部分だ。筒の中には鉄色の棒手裏剣が納まっていて、一番左上のそれだけ空だ。短刀の鞘も探したら、帯の背中側にあった。


 覆面は、一見ただの布に思える。手で揉んだり引っぱったりすると、微妙に感触が変化した。口を覆う部分が二重になっていて、灰色の薄い布が出てきた。手の平ほどの広さをしている。


 ふと、試みに、龍左衛門は新たに出てきた布を口に当ててから中腰になった。布越しに息を吸うと、少しだけ頭がふらついたものの、特に害はない。忍びが自由に動けたのは、この布あってのことなのだろう。となれば、それを外されて床に伸びている以上、忍びも同じ煙を吸って寝ているはず。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ