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霧にさおさしあやかしつく夜  作者: マスケッター


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十、祖先の実績 五

 龍左衛門らは、小豆とぎと対峙(たいじ)したまま目だけ動かした。河童が手足を空に伸ばし、硬直したまま下流へと浮き沈みしていく。


「河童の川流れとはまさにこのこと。いひひひひひひ」

「少しも面白くない。要するに、お前のつぶてには、敵を痺れさせる力でもあるのだろう」

「なぁんだ、それなら鐙口達だって痺れないとおかしいだろう」


 櫛田の分析に、龍左衛門は疑問を重ねた。


「わしらは元々馬具であるからつぶてが効きにくい」


 右冠者が、簡潔に説明した。


「つぶてはまだまだ残っているぞ。素直に血判状をよこせ」


 小豆とぎは、ざるの外れた箱を左手でしょきしょき鳴らした。


「断る。お前こそ、怪我をしない内に消えろ」


 龍左衛門は、場違いにも櫛田に感心した。船頭をやっていると、桟橋の優先権や、船宿同士の見栄の張りあいで喧嘩になるのは珍しくない。懐剣がなくとも、彼女なら、一睨みで荒くれ者も肝を潰すだろう。


「その懐剣が届くまでに、我のつぶてが当たりそうだな」

「ふん、どうかな。試してみるか」


 櫛田が言葉戦(ことばいくさ)をしている間に、龍左衛門は舟までの距離を吟味した。置いてある竿……川底を突いて舟を進めるための竿……なら、懐剣よりはるかに速く小豆とぎまで届く。


「この箱には……」


 べらべら語る小豆とぎを尻目に、龍左衛門は桟橋の板を蹴った。舟に飛びうつり、竿を手にした。舷が水面近くまで沈み、波立ちながら浮かんだ時にはもう、櫛田は小豆とぎの背後に回り、懐剣を喉に当てていた。


「ひ、ひいいっ」

「まず、ザルも箱も捨てろ。死にたくないだろう」


 耳元で櫛田に囁かれ、小豆とぎは即座に従った。ザルがごろごろ転がり、箱はつぶてを巻きちらす。二つとも、どうにか桟橋に留まった。


「河童は回復するのだろうな」

「心配ないっ。しばらくすれば、自然に治る。河童なら溺れたりもしない」

「どうして血判状を狙った」

「それだけは……とても……」

「いえっ」


 櫛田が、血が出ないですむぎりぎりまで小豆とぎの喉に刃を食わせた。


『……』


 とても小さな声がした。小豆とぎは、まだ返事をしていない。


「何の真似だ」


 櫛田が手に力をこめ、小豆とぎの喉からうっすら血がにじんで来た。


「右冠者、小豆とぎの狙いを教えてくれ」


 龍左衛門は、舟から出ないまま小声で聞いた。


「わしにも分からん」

「さっきのつぶてには素早く対応したじゃないか」

「どんな手なのかは知らんが、当たらない方がいいに決まってると思っただけだ」


 となると、迂闊に舟を後にできない。


「ま、まずいっ。我を放せっ。ざると箱を元に戻さねばっ」

「寝言をほざくな」

「早くしろっ。早く……」

『ち、ち、ち……』


 ようやく聞きとることができた。


『ち……ちを洗え……ちを洗え……』

「て、手遅れだ……」

「手遅れだと」


 うなだれる小豆とぎの台詞に、櫛田は眉をひそめた。


「櫛田様、足元です」


 龍左衛門は、どうにかそれだけ叫んだ。櫛田も、反射的に視線を下げた。


 小豆とぎの箱から出たつぶて……極小の生首……が、櫛田と小豆とぎから数歩隔たったところに集まっている。


 数々の生首が、足もないのに寄せかたまり、赤黒い紙袋のように膨れ上がった。小豆とぎと同じくらいの大きさだ。それがふわふわと空中に浮かび、櫛田と同じ目の高さになった。


 それだけでも驚きだが、生首袋の表面に、ひとりでに絵が浮かんだ。若い男の顔が。


 櫛田の手から力が抜け、小豆とぎの喉から懐剣が外れた。この好機に、小豆とぎは櫛田よりもはるかに強く身体を強張らせている。


「や、やめろ」


 小豆とぎが命じたのも虚しく、若い男の絵は、絵のままで、口を開いた。舌や歯までちゃんと描いてある。


「小豆とぎをぶつけなされ」


 これまでどこに隠れていたのか、左冠者が怒鳴った。櫛田はようやく我に返り、右手に懐剣を持ったまま、左手で小豆とぎの襟を掴んだかと思うと生首袋に投げつける。


「わぁーっ」


 悲鳴を残し、小豆とぎは生首袋まで一直線となった。生首袋が、開いた口から小豆とぎに息を吹きかけると、小豆とぎはぱっと消えた。


「ど、どうなったんだ」

「小豆とぎは、生首袋の力で小さな生首になった。板の上を良く見てみろ」


 右冠者にいわれ、龍左衛門は生首袋の手前の辺りに注目した。たしかに、小豆とぎの生首が転がっている。実行した櫛田は、余りにも異常な事態に驚き呆れて声もない。


「死んだのか」

「いや、生きている」


 こうなると、右冠者が肩にいるのは心強い。それにしても、常識の枠を踏みはずしている。


「生きている」


 小豆とぎ自体は知っていたが、こんな筋道をたどるとは、予想どころか目の当たりにしても理解できない。


「詳しい話は後。それより、竿で千栄様を突け」

「何っ」


 いくら右冠者の助言でも、すぐには飲みこめない。


「早くしろ。千栄様まで生首にしたいのか」

「くそっ、もうやけくそだ」


 櫛田が強いのは把握しているが、龍左衛門の腕っぷしも馬鹿にできない。ましてや、味方のはずの彼からいきなりやられては避けようがない。


 みぞおちを竿で突かれ、櫛田は鈍くうめいてから川に落ちた。


「し、しまった」

「いや、それでいい。今度は生首袋を叩け」

「ええーい、食らえっ」


 龍左衛門の一撃が真上から決まり、生首袋は(ぼこ)という漢字さながらにひしゃげた。その直後、河童が櫛田を抱えて桟橋に上がった。すぐに櫛田を降ろす。


「ふんっ」


 ひしゃげた生首袋を、河童が張り手で一突きすると、大きな穴が開いた。底の部分から、袋の元になっていた生首がぼろぼろと落ちて崩れはじめ、しまいには桟橋をふたたび極小の生首まみれにして静かになった。

 

「ただでさえややっこしい話を、余計にひどくしやがって」


 生首の群れを睨みながら、龍左衛門は竿を舟に横たえた。もう、生首はうんともすんともいわない。


「うわぁっ、生首だ」


 とどめを刺した河童が、腰を抜かした。


「遅いんだよ、気づくのが」


 龍左衛門は、ようやく舟から桟橋に上がった。


「だって、気色悪いし」

「お前が痺れて川下りをしている間、あわやという状況だったんだぞ」

「そんなことより、千栄様は」


 右冠者が、たまりかねて話の腰を折った。


「耳の近くで喚くなよ。いくら泳げないからって、すぐに助けたんだし」

「川から助けたのは俺だ」

「うるさい、早く確かめろ」


 右冠者が強く命じ、河童は右手で自分の頭の後ろを撫でながら櫛田へと近よった。左冠者も、彼についていく。


「生首はどうする」


 河童達を見守りながら、龍左衛門は右冠者に聞いた。


「ほとんどが死んだ」

「小豆とぎって、こんな奴だったか」


 親の貸本で読んだ記憶では、川原で小豆を洗っている姿しか残っていない。


「もともと、あやかしには定まった伝承がないものが多い。あやかし同士でも知らないことだらけだ」

「そういうものか」


 と、そこへ、櫛田がうめきながら意識を取りもどす声が重なった。


「おおっ、ご無事で」


 左右両冠者が口をそろえた。


「あ……小豆とぎは……」


 河童が差しだした手を断り、起きながら櫛田は誰にともなく尋ねた。


「良く分かりませんが、倒した……」

「助けてくれーっ」


 龍左衛門の報告を、あまり耳ざわりの良くない懇願がかき消した。


 声音は、小豆とぎのものではある。だが、姿は見あたらない。どのみち敵であるから、無視かとどめを刺すかの二択だろう。


「自分が生首になったんだよな」


 これっぽっちも同情する気になれない龍左衛門。


「わ、我が悪かった。血判状の秘密を教えてやる。だから、我が持っていた箱に、他のつぶてと一緒に入れてくれ」

「虫がいいにも程があるだろ」


 櫛田の前でなければ、龍左衛門は唾でも吐いてやりたい気分だった。


「待て。まず、どうして血判状を狙って襲ったのかを語れ。話はそれからだ」


 なるほど、櫛田の要望こそが優先だ。


「血判状には、茶家見川の秘密が隠されている。川の主を呼びだし、自由自在に操るための言葉が四つに分けて書いてある。我は、それを手にしたかった」

「川の主だと。そんな文言はどこにもなかった」


 血判状を最後まで読んだのは、櫛田だけだが、彼女が嘘をつく筋あいはない。


「わしも聞いたことがない」


 右冠者の発言に、左冠者と河童もうなずいた。

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